ブランドの変遷を左右してきた4つのドライバー(1)時代に合致した商品ラインアップの充実

高校生から見た学べる領域の拡充と、新たな社会課題に対応したメガトレンドへの対応

 高校生が大学を選択する際に重視する項目において、調査開始以来一貫して圧倒的トップなのが「学びたい学部・学科がある」である。企業の商品ラインアップに該当する学部・学科を充実させるためには、大きく2つの手段がある。まず1つは、大学自体を統合・合併して、学べる領域を拡充することである。もう1つは、学部・学科・プログラムの新設である。統合・合併について、国公立大学は、経営戦略というより、行政的な課題解決策として統合が行われることが多い。一方、私立大学の統合・合併は経営戦略に基づいて行われる。規模の大小はあるにしても、競合しない他大学と統合することで、新たな領域や分野を充実させている(図2)。学べる分野が充実し、学生数が増加すると、それだけ高校生からの認知率は高まることになる。

 しかし、高校生の学びたい分野は、時代によって変化することが分かっている。また社会環境が大きく変化するなかで、解決すべき課題も従前とは大きく変化してきている。カレッジマネジメント205号では、こうした新たな社会課題を解決するための学問領域を「メガトレンド」と呼んで対応が必要であると示した(図1)。

 まず、「第4次産業革命・Sosiety5.0」と呼ばれる技術革新への対応に関わる学問領域である。データドリブン社会を迎えた今、AI、データサイエンス、ロボティクスといった新たな分野に対応した領域となる。次に、グローバル化に対応する領域である。複雑化する社会においては、日本国内だけで解決できない課題が山積している。脱酸素やグリーンエネルギー、食や資源の安全と確保等、SDGsに掲げられた目標に関連した課題が挙げられる。さらに、その解決に向けては、各国の歴史や文化を理解すること、コミュニケーション手段としての語学の習得、人の交流が重要になる。もう一つは、前述の課題のベースともなる少子高齢化社会に対応した学問領域である。人生100年時代に向け、医療だけでなく、健康寿命増進のためのスポーツ・健康領域や、人口減少下における地方創生の在り方等が関係してくる。


図1 メガトレンドへの対応


図2 近年の主な大学の統合・合併


複合分野に対応する新学部を分かりやすく伝える

 こうした『メガトレンド』である新たな領域の前提にある課題の解決においては、既存学問分野で賄いきれない。そのため、分野横断型の学際・複合分野となることが多くなる。従って、新しい学部・学科の新設、共通教育の見直し、新たなプログラムや副専攻の導入等の対応が求められる。これまでのブランド力調査の結果を見ると、高校生から分かりやすい形で学部を設置した大学が、学べる領域の拡大と将来への期待値で、支持を集めている。企業の視点で考えると、新学部の設置は、商品ラインアップの充実と同様の位置づけとなる。

 重要なのは、“高校生から分かりやすいか”ということだ。本調査では、分野別に大学の志願度ランキングを出しているが、同じような分野を持っていても、ランキング上位に出てくる大学と、そうでない大学がある。その違いはいったい何なのか。それは、調査を実施する高校3年生の春時点で、その分野を持つ大学として純粋に想起されているか否かにある。やはり、該当分野が学部名称に分かりやすく「見える化」されていることが重要なのだ。学科、コース、専攻では、ホームページ等でも埋もれてしまい見えづらいといったことがあるのではないだろうか。もっとも、高校3年生の秋以降の模試の結果を見てから志望校は変わるが、その段階では併願校にはなれても、第一志望群にはなり得ない。できるだけ早い段階で、高校生からその分野を持つ大学として想起してもらえるような広報が重要になってくる。


(文/小林 浩)





武蔵野大学
社会のニーズに応じた教育プログラムを迅速に開発し、ブランドを強化

武蔵野大学 西本照真学長

 2016年に建学の精神に基づき策定したブランドステートメント「世界の幸せをカタチにする。」と、その実現のための中長期改革の方針「武蔵野大学2050VISION 5つのチャレンジ」に基づき、学生達が社会の中核で活躍する2050年に必要な素養を身につけるための学部・学科や教育の開発・改革を幅広く、かつ、迅速に進めてブランドを強化している武蔵野大学(以下、武蔵野)。その実行力の背景と課題意識等について西本照真学長に伺った。

2050年に照準を当て、必要なスキル・素養から学部・学科を開設

 武蔵野は、2010年代後半以降、既存学部の改組のみならず、データサイエンス学部(2019年)、アントレプレナーシップ学部(2021年)、工学部サステナビリティ学科(2023年/予定)の新設、全学共通基礎課程の全面リニューアルによるAI、SDGs関連科目の必修化(「武蔵野INITIAL」、2021年)、独自の学修法「響学スパイラル」の導入(2022年)と、社会の動向・ニーズに応じた改革をほぼ毎年、立て続けに展開している(図表1)。そこに通底しているのが、2016年に策定されたブランドステートメントだ。

 「人々が幸せに、平和にあるように学び、歩んでいきたいという願いは、本学の建学以来続いてきたもの。私達は本気で世界の幸せをカタチにしようと思っているし、学生達の夢を叶える大学にしたいのです」と西本学長は話す。2019年以降に新設した学部・学科も、学生達が社会の中核で活躍する2050年という未来に照準を当て、必要となるスキルや志、そして今後あるべき社会を理事会の面々が考え、「攻めのガバナンスを効かせるために何が必要かをしっかりと議論」(西本学長)してきた結果だ。「大学の教育事業が統制のとれた形で安定的に発展していくには、理事会を中心とした法人全体の安定的な経営が必要。ただし、守りの経営では衰退していくばかりなので、いかにして次代を見極めた手を継続的に、迅速に、確実に繰り出すか。そこに本学の理事会の役割があります」と西本学長は話す。

図表1 武蔵野大学主要年表

年2回の学科・研究科との協議会でブランド、ビジョンの浸透を図る

 理事会が経営面から社会のニーズを見極めて学部・学科の開設に取り組めば、教学マネジメントに当たる大学側も、西本学長や4人の副学長、教務部長ほか主要組織の部長らが2050年に向けて武蔵野の教育はどうあるべきかと議論を重ね、大学に係る各所が協働して「武蔵野大学2050 VISION 5つのチャレンジ」や響学スパイラルを打ち出してきた。

図表2 響学スパイラル概念図

 5つのチャレンジとは、「自己と世界を問う」「未来の世界を創るCreativeな実践者の輩出」「AI世界を先導するMUSIC(Musashino University Smart Intelligence Center)」等で、中長期計画にて具体的な施策とアクションプランに落とし込まれている。響学スパイラルは、「問う」「考動する」「カタチにする」「見つめ直す」という4つのステップを繰り返しながら学び、成長していく武蔵野独自の学修法(図表2)。2022年度より本格的な導入が始まっており、シラバスにも科目ごとに響学スパイラルをどう組み込んでいるかを説明する項目が加えられている。

 こうした方針を掲げた際に課題となるのが学部・学科への浸透だが、武蔵野は全20学科・13研究科ごとに毎年2回ブランドビジョン協議会を実施。「自分達の学科・研究科は全学のブランドの中でどのような役割を担うのか」「他大学の同学科・研究科とどう異なるのか」「学科・研究科として何をブランドとして考え、どのように達成していくのか」等の議論を通して浸透を図っている。「ここ数年で、協議会での学科・研究科の自主性や主体性が高まってきているし、全体的な傾向として、学科ごとに目指すブランドイメージに近づく成果が出始めています」と西本学長は評する。

 例えばデータサイエンス学部では、学部生のうちから学会で発表することを推奨しており、開設年の2019年度から国内学会で78件、海外学会で22件発表。また法学部では、法曹界に人材を送り出すべく2016年より「法曹・士業プログラム」を展開しており、2014年の学部開設以降、のべ58名の法科大学院合格者を輩出している。そして、開設2年目に入ったアントレプレナーシップ学部では、これまでの起業件数が4件、起業に関わった学生は10名に上り、「4年後が楽しみになるペース」と西本学長は期待を寄せる※。

社会の変化・ニーズに応じて建学の精神を発展させブランドとしてメッセージングしていく

 このような学部・学科や教育の開発・改革に通底する武蔵野の精神を高校生に発信し、ブランドへの理解を高めていくのは容易なことではないだろうが、広報上も様々な工夫があるという。具体例の一つが、2023年入学希望者向けの大学パンフレットでの学部・学科案内だ。目次において「SDGsと大学での学びは、どうつながる?」と見出しを立て、各学科の学びとSDGsとのつながりから学科検索ができる作りにした。社会ニーズであるSDGsと大学の理念や特徴を紐づける仕組みだ。

 さらに2024年には法人創立100周年という節目も迎える。「響き合って、未来へ。」という100周年記念事業メッセージを掲げ、「武蔵野の過去と現在と未来が出合って響き合う場にするとともに、次の100年後に意味があったと振り返ることができる現在にしたい」と西本学長は意気込む。「予測不能な100年後に向けて、我々にできることは種まきだけ。ただ今後は、自分の幸せだけでなく、全ての人の幸せを願う心がより一層大事になる時代がやってくることは間違いない。これはまさに『生きとし生けるものが幸せになるために』という本学の建学の精神と重なるところで、それをいかにして学生に届きやすい形で伝えていくか」と西本学長。建学の精神から発展した強固なブランドに基づく改革が、今後どのように進められていくか目が離せない。


(文/浅田夕香)


【印刷用記事】
ブランドの変遷を左右してきた4つのドライバー(1)時代に合致した商品ラインアップの充実

ブランドの変遷を左右してきた4つのドライバー(1)時代に合致した商品ラインアップの充実 CASE 武蔵野大学