ブランドの変遷を左右してきた4つのドライバー(4)強みの創造と差別化戦略

重要なのは「インナー・ブランディング(コミュニケーション)」
まず学内で「強みの共通言語化」はできているか

 以前、小誌で認証評価の特集をした際、認証評価の問題点を専門家に尋ねたところ、返ってきた答えが「大学名を隠すとどこの大学だか分からない」というものだった。専門家でさえそうなのであれば、進学しようとする高校生には大学ごとの違いが伝わるはずはない。大学の数は、保護者世代が学生だった1990年の507校から2021年は803校に増加、学部の名称は29種類から700以上にまで広がっている。18歳人口増加時には、他大学の成功事例を真似る「同質化戦略」が効果的だった。全国に「ミニ東大」「駅弁大学」と呼ばれるような大学が数多く設立されても学生は集まった。しかし、18歳人口が減少し、マーケットが縮小するなかでの「同質化戦略」は、コスト優位性が活用できる大規模総合人気大学には効果が期待できるが、それ以外の大学では効果は期待できない。期待できるとしても、併願校として第2志望以下の高校生の獲得である(参考:図1)。


図1 マイケル・ポーターの競争戦略


 図2は、リクルート進学総研が、高校卒業時に進路選択活動全般について調査している「進学センサス」から、大学・短大・専門学校各学校種へ進学した学生に、その学校種に進学することのメリットを聞いたものである。上位10項目を抜き出したが、興味深いのは「そこでしか学べない内容がある」が短大で5位、専門学校では7位に入っているが、大学では10位にも入っていないことである。大学は、偏差値による単純な序列化や、グルーピングによって、選ばれることも少なくない。以前から、「MARCHに行きたい」という高校生がいる。もちろん、MARCHという名前の大学は存在しない。一方、専門学校は、偏差値がないため、強みや個性を徹底的に磨き込み、その学校でしか学べないことをアピールしている。それが、高校生には伝わっているのである。


図2 大学・短大・専門学校、それぞれの学校種に進学するメリットは何か(回答項目上位を抜粋)


求められる総花主義・平均主義からの脱却

 では、その学校ならではの魅力が高校生に伝わるにはどうしたらよいのか。それは、総花主義、平均主義から脱却し、その大学ならではのミッション、ビジョン、バリューを確立することだ。そのためには、その大学の強みを見いだし、全学で共有し、磨き込むことが重要である(差別化集中戦略)。その大学の強みは何か、ほかではなくその大学で学ぶ価値は何なのかを社会に発信し、ストーリーとして認識してもらうことが重要である。本誌の後半で、早稲田大学ビジネススクールの山田英夫教授に、2号にわたる連載『競争しない競争戦略』をご執筆頂いている。詳しくはお読み頂きたいが、ほかにはない強みを特徴とし、社会に認識してもらうことで、競争しないマーケット構造を作り上げるのである。

 その際、重要なのは「インナー・ブランディング(コミュニケーション)」である。高校生や社会に価値が浸透するのが最終目標ではある。しかし、その前に大学内で、しっかりとミッション、ビジョン、バリューを共有し、強みを学内で共通言語化することが重要である。大学の個性や強みが浸透している大学は、その大学の学長、教職員、学生に聞いても、同じ言語で語られていることが多い。学長や広報担当者だけが、発信するだけでは一過性に終わり、長期にブランドを築くことは難しい。私は、多くの大学を訪問しているが、大学は意外と「インナー・ブランディング」が苦手なのではないかと考えている。進学ブランド力調査15回の志願度を見ると、50年、100年続く伝統的な大学を、新しくできた大学が上回る事例も出てきている。何となく昔から存在している強みや個性を、もう一度この機会に見直し、他大学とどのように差別化を図っていくのか、学内で議論してもよいのではないか。



(文/小林 浩)





千葉工業大学
「ロボット」「宇宙」を前面に打ち出した独自のブランド戦略で志願者大幅増を実現

千葉工業大学 入試広報部 部長 日下部氏、入試広報部 次長 大橋氏

14年間でのべ志願者約13万人増を実現

 千葉工業大学は、近年志願者数を急速に伸ばしている大学のひとつだ。右ページの図に示したのが同大学の一般入試ののべ志願者数の推移。2008年度には1万人に満たなかったが、その後はほぼ右肩上がりの増加を続け、14年後の2022年度には約13万人増の14万人近くに達している。

 同大学入試広報部部長の日下部 聡氏、同次長の大橋慶子氏は、この志願者数増について次のように分析する。

 「様々な要因がありますが、なかでも大きなものが2つあります。1つは入試制度を毎年のように変えていること。出願方法なども含めて、受験生が受験しやすいよう工夫を続けてきました。もう1つが、“ロボット”“宇宙”を前面に打ち出したブランド戦略を採ったことで、メディアへの露出が増えたことです。この2つに加えて、補習等の学生フォローに力を入れることで、一時期は全国ワースト5 にも入っていた退学率の大幅改善に成功したことも、高校の先生方からの評判の向上につながっていきました」

 このうち同大学の独自の戦略として象徴的なのが「ロボット」「宇宙」にフォーカスしたブランド戦略だ。例えば、大学案内の表紙にマンガ『宇宙兄弟』を採用するなど、その方針は現在も徹底しており、今や「ロボット、宇宙といえば千葉工業大学」というイメージは広く浸透している。

 しかし、同大学には、工学部、創造工学部、先進工学部、情報科学部、社会システム科学部の5学部があり、学科も建築学、生命科学、情報工学など多岐にわたる。未来ロボティクス学科は先進工学部の1学科に過ぎないが、それにもかかわらずロボット、宇宙に特化した戦略にシフトした理由は何なのだろうか。


図 千葉工業大学の一般選抜志願者数の推移(2008~2022年度)


“エッジを効かせた”戦略が功を奏した

 「未来を見据えたとき、これらの分野が今後注目されていくであろうという予測と、高校生に分かりやすく訴求できる分野でもあることが理由です。大胆な大学改革に着手していた現理事長が決断しました」

 当初はロボット、宇宙以外の学部・学科から不満の声も挙がったというが、この“エッジを効かせた”戦略は、前述の志願者数増が示す通り、結果につながった。

 「本学には早稲田大学や慶應義塾大学のような知名度はありません。ですから、まず高校生や高校の先生方に知ってもらうことが課題でした。しかし、従来通り他大学と同じような広報戦略を採っていたのではそもそも興味を持ってもらえません。ロボット、宇宙を打ち出すことで、まずは千葉工業大学の存在を知ってもらい、それを入口に『ほかにもこんなことが学べるのか』と他学部・学科にも関心を広げてもらいたいという狙いでした。要は小売店が売れ筋商品を目立つ店頭に並べるようなものですね」

 ここで、同大学のブランド戦略の経緯と中身を振り返っておこう。最初にこの戦略に舵を切ったのは2003 年。学内に未来ロボット技術研究センター(fuRo)を開設したことがきっかけだった。同センター所長・古田貴之氏を中心にメディアへの露出を増やしていった。

 「大きな転機となったのは2011年の東日本大震災後、東京電力福島第一原子力発電所の事故現場でfuRoが開発した災害対応ロボット『クインス(Quince)』が活躍したことです。米国のロボットなどが探査に失敗するなかでクインスだけが内部調査に成功し、社会的に大きく注目されました。その後のメディアの取材も一気に増加し、結果として本学の名前も広く浸透することになりました」

 このほか、同大学惑星探査研究センターが、小惑星探査機「はやぶさ2」の光学航法カメラ、中間赤外カメラなど4つの装置の開発・運用に関わったことも話題となった。


画像 CanguRo(カングーロ)
fuRoが開発した変形する搭乗型・知能ロボットRidroid(ライドロイド)シリーズ「CanguRo(カングーロ)」。
このような先端的ロボットを次々に世に送り出すことが、ブランドイメージの浸透につながっている


ブランド戦略の第3の柱はDX

 このように千葉工業大学のブランド戦略は、単なるイメージ戦略にとどまらず、具体的な研究成果による社会貢献や社会へのアピールが伴っていたことが大きい。

 2012年には東京スカイツリー®の併設施設「東京ソラマチ®」に「東京スカイツリー®タウンキャンパス」を開設。同キャンパスは、ロボット技術や惑星探査プロジェクト等に関して、同大学の研究成果を体感できる展示が行われており、見学に訪れた修学旅行生等に「ロボット、宇宙といえば千葉工業大学」と印象づけることに成功している。

 未来を見据えたブランド戦略に取り組んできた千葉工業大学は、既に次なる戦略にも着手している。2021年に、デジタルトランスフォーメーション(DX)などによる社会変革について研究する「変革センター」を設立。「今後は、DXをロボット、宇宙に続く第3の柱として、新たなブランド戦略を進めていきたい」と、日下部氏、大橋氏は今後の構想を語ってくれた。


(文/伊藤敬太郎)


【印刷用記事】
ブランドの変遷を左右してきた4つのドライバー(4)強みの創造と差別化戦略

ブランドの変遷を左右してきた4つのドライバー(4)強みの創造と差別化戦略 CASE 千葉工業大学