地域貢献のDNAを集約した横断躯体で挑む、次代の社会システムマネジメント/岐阜大学 社会システム経営学環
- 教育学部、地域科学部、医学部、工学部、応用生物科学部の既存5学部に加え、2021年社会システム経営学環を創設
- 経営にイノベーションをもたらし、豊かな地域社会システムの創造に貢献できる人材育成・輩出を目指す
- 3つの履修プログラムと2回の長期実習からなる往還型教育が特徴
- 国立大学法人東海国立大学機構を名古屋大学と創設する等、次代に向けた大学改革に積極的に取り組む
岐阜大学(以下、岐大)は2021年に社会システム経営学環を設置した。学部等連係課程実施基本組織の形態をとった新たな横断的教育スキームだ。その設置の意図について、学環長の肥後睦輝教授にお話を伺った。
地域に根差した大学として、地域課題解決を牽引する人材を育成
岐大は高度専門職人材の育成を通じた地域社会の活性化を掲げる国立大学である。また、地方創成については「地域志向産業リーダーの協働育成」事業が文部科学省COC、COC+でいずれもS評価を得る等、これまでも多くの活動と評価を積み重ねてきた。まず、「本学を含めた地方大学は、地域活性化への貢献を求められています」と肥後教授は前提を置く。岐阜県は木曽三川が流れる美濃地域や標高3000m級の山々が連なる飛騨地域を擁し、農業や製造業、特に航空産業や自動車産業に関連した金属加工等が中心産業の県である。日本の地方大学のご多分に漏れず、地域社会と向き合い、地域社会の強みを伸ばし、課題を解決できる教育研究や人材育成が求められている。
学環設置の議論は2016年頃から始まった。「既に、工学部は主に地域の製造業と、応用生物科学部は林業や農業と深い関係性を築いており、地域科学部はその名の通り、地域の文化や政策にアプローチする教育を展開してきた経緯があります。次代に向けてこうした地域貢献をさらに強化する方策を学内で議論していた際、時を同じくして岐阜県経済同友会等の経済団体から、地域や会社のマネジメントができる人材を輩出してほしいという要望がありました」と肥後教授は当時を回顧する。これが大きな契機となり、方向性として、経営人材育成という方向性が決まったという。
「岐阜県が抱える課題は産業やまちづくり、観光、経済活動等様々な分野に存在しており、今後さらに深刻化する可能性が高い。同時に、これらの多くは岐阜県固有のものではなく、日本の地域社会が抱える課題でもあります。こうした課題解決へのアプローチとして、専門的知見とデザイン経営視点によるマネジメント観点を併せ持つリーダー人材を育成輩出することで、岐阜に限らず次代を担う人材になれる可能性が高い。そうした人材育成の拠点となることが、地域に根差した大学として、持続可能な地域社会システムの実現に貢献することになるのではないかと考えました」と肥後教授は学環の設置趣旨を述べる。
実は、最初は経営学部構想で進んでいたという。しかし、経営学部を作るとそこで教育が閉じてしまう。当初の目的に照らし、「地域に関する教育は特定の学部のみならず、全学的に必要である」という認識から、他の学部・学科にも展開しやすい横断躯体が望ましいと方向性を改めたという。そこで利用したのが学部等連係課程制度である。この制度を利用すれば、経営マネジメント教育を行いつつ、その教育を既存3学部の学生にも提供できるというわけだ。地域課題とよりフィットさせるためには、学部・学科を横断する柔軟な拠点が必要だったのである。
なお、学環で開講する科目については、学環のみならず連係協力学部である3学部所属の学生も履修することが可能な教育システムを整えた。もちろん、地域連携を先導する3学部でも、地域で経営的手法を備えてより活躍できるようにである。現状の制度でも他学部開講科目の履修制度はあるが、それは学生自身が他学部のカリキュラムを調べて希望を申請し、自学部と相手学部の許可を得る必要がある。しかし学環では、連係協力学部である3学部においては、学部の開講科目を学環の教員が担当しており、かつその授業を学環の学生も受けられるため、通常の履修手続きで授業をとることが可能だ。
長期にわたりインプットとアウトプットを往還する教育システム
では、学環の具体的な教育内容を見ていこう。経営学を座学のみならず、多くの実習を含めて体得するのが全体の方針だ。肥後教授は、「社会システムを構成する要因一つひとつを経営できるようになるのと合わせて、より俯瞰した社会システムそのものを経営することも見据え、要素同士の相互作用も含めて考える必要があります」と教育の対象概念に触れる。議論を重ねた結果、1年半の大型実習を在学中2回取り組み、実習と座学の時間を1:1とし、双方を行き来することでより高度な教育と実践に昇華していく往還型教育を構築するに至った(図1)。長期実習に拘ったのは、単発の課題解決のみならず、継続的な課題解決に伴走し、現場のリアリティを知り、自ら課題を発見し、本質的な解決に向けて丁寧に戦略を立案し、戦術を実践していくためだ。実習は、入学後初期に行うマネジメント活動実習、2年次後学期から実施するデザイン実習と、段階的に難易度を上げていく設計である。
図1 往還型教育の仕組み
また、実習で拘るのが「自分なりの成果を出すこと」と肥後教授は言う。現場で試行錯誤しながら、成果を可能な限り相手のフィールドに還元することを求める。計3年間にも及ぶ実習ではそうしたPDCAサイクルをひたすら繰り返し、課題に対する当事者意識と価値創出のメンタリティを体得させるのが狙いだ。こうした取り組みは探究世代とも親和性が高そうである。「高校の探究は裏付けとなる学問分野がありませんが、本学は座学との往還型学修を行うので、よりブラッシュアップされていく。探究に注力する高校との教育接続もしっかりやっていきたい」と肥後教授は述べる。現状は既存の教員の人脈を最大限活用した実習先となっているが、将来的には実習先をさらに広げて展開していく意気込みだ。
なお、学環の教員は学内公募の形で集まった。元の所属学部にも学環にも所属する形になるため、マネジメントのご苦労を聞くと、人によって異なるものの、概ね2~3:7~8の割合で学環業務が多くなるようにエフォート管理を行っている。毎月開催される学部等連係調整委員会等で教員の働き方や授業の方向性等を議論しながら、新しい形として作り上げていっているところだという。
3つの履修モデルをベースに自分軸の学びを設計
往還教育以外に触れておきたいのが、ビジネスデザイン、まちづくりデザイン、観光デザインという3つのプログラムの存在だ。肥後教授は、「連係協力学部である3学部が取り組んできた3分野であり、同時に、岐阜県が抱えている課題を集約したものと言えます」と話す。プログラムはコースではないので1つに絞る必要はなく、あくまで選択必修科目のモデルプランである。実際は経営学の基礎やデータサイエンス等の必修に載せる形で、学生一人ひとりが、自分に合うカリキュラムを構築する。こうしたカスタマイズ教育を実現するに当たり、履修相談等支援の仕組みはどうなっているのか。
これについて肥後教授は、「岐大には従来から助言教員制度という担任制度があります」と説明する。学環では学期の始めに学生30名に対し2名の教員で、学生1人当たり30分程度の面談を実施しており、その中で、「前学期にどういう授業をとって後学期はどうしたいのか、困ったことはないかを丁寧に聞きます。これを毎学期実施、教授会で重要事項は共有し、教員総出で学生の学びを支える仕組みです」。面談のベースになるのは学生が履修状況等を入力するポートフォリオだ。また、学環の入学定員を30名としているのも、高校のクラスと同程度のサイズに拘ってのことだという。
知的好奇心や積極性、行動力をレディネスとして問う入試設計
では、実際に開設後、どのような学生が入学してきているのか。こうした教育に必要な素養を、入試でどのように見極めているのだろうか。
まず入学者については、「経営学でこういうことをやりたい、という目的意識を持って入学している学生が多い」と肥後教授は笑顔を見せる。学ぶことに積極的な学生が多く、授業での発言も多いという。
地域課題を解決できる牽引人材として育て上げるに当たり、入学段階で備えていてほしい素養として、入試で掲げるアドミッションポリシーは以下5点である。
- 国内外の社会全般に高い関心を持ち基礎学力を十分に備えている人
- 理解力に富み論理的な思考ができる人
- 相手の意見を聴き自分の考えを伝えて協働できる人
- 積極的に行動することをいとわず多くの経験を積むことを楽しむ人
- 知的好奇心にあふれ自ら地域の課題を理解し、解決策を探究しようとする人
横断領域の中で自らの学びを設計していくに当たり、赤字で示した素養は特に必須と言えよう。これらを反映するべく、入試では重視する人物像と選抜方法を以下の通り規定した。2つの入試方式でベースメントは揃えつつ、傾向の異なる人物像を想定し、半々の定員を配置している。
- 重視する人物像
- 一般選抜(前期日程)15名
- 国内外の社会全般に高い関心を持ち、基礎的学力を十分備えている人
- 理解力に富み、論理的な思考ができる人
- 知的好奇心にあふれ、自ら課題を理解し、解決策を探究しようとする人
- 学校推薦型選抜Ⅱ 15名
- 相手の意見を聴き、自分の考えを伝えて、協働することができる人
- 積極的に行動することをいとわず、多くの経験を積むことを楽しむ人
- 知的好奇心にあふれ、自ら課題を理解し、解決策を探究しようとする人
■選抜方法
健全な危機意識が支える大学改革のスピード
最後に、岐大の改革スピードについて触れておきたい。名古屋大学と共に創設した東海国立大学機構や今回の学環開設等、次代に向けた動き、課題に対する打ち手が速いことに気づかされる。それについて肥後教授は、「本学は地方国立大学として、何かをやらないと目立たない、何とかしないと生き残っていけないという意識が強くあります」と述べる。前述したCOC事業、さらに今年度8月に採択されたSPARC事業を見ていても、国や文科省が提唱する新しい動きに真っ先に手を挙げている様子が垣間見える。健全な危機意識のもと、あるべき姿を迅速に描き、具体的なアクションを起こし、次の改革につなげる。こうしたマインドが打ち手のスピードに結び付いているのは想像に難くない。
カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/10/11)