入試は社会へのメッセージ[5]【事例report】探究型オープンキャンパス innovationGO to MAU/武蔵野美術大学

武蔵野美術大学キャンパス


 武蔵野美術大学(以下、ムサビ)は2021年度より『探究型OC innovationGO to MAU』を開催している(図1)。その趣旨と意図、背景にある課題意識について、社会連携チームリーダーの河野通義氏にお話を伺った。

武蔵野美術大学 社会連携チームリーダー河野氏

非美大層を獲得するための多様な施策

 まず、通常のOCとは別に、探究型OCを設計した目的は何か。河野氏は、2019年に設置した造形構想学部クリエイティブイノベーション学科、及び市ヶ谷キャンパス開設に通じるムサビの課題意識を挙げる。

 「既存の延長線上にない将来社会、正解のない問いにどう対峙するか」という大命題に対し、昨今はデザイン思考や分野横断的なSTEAM教育の有用性が謳われている。しかし、「美大と聞くとそれだけで特殊な世界と思われてしまうのが進路指導の実態です」と河野氏は言う。「多くの方々にとって美大とは学費が高く専門的で、一般社会には通用しないと見られてしまう。特に地方ではその傾向が顕著です。一方、社会に出た方々は美大で得られるはずの思考力や着眼点等をビジネス書に求めたりする。社会が求めるものが美大には確実にあるのに、進路選択の段階では普通のマーケットで勝負できないというのが、本学の積年の課題です」。

 そこで、非美大志望層にいかにアプローチするかという視点で設計されたのが、冒頭に挙げた新学科であり、新キャンパスであった。「問いを立てて解決への道筋を見出せる人材を育成する」ことが新学科の目的であり、それは従前から美大にある「デザイン思考」「造形思考」のメソッドを、観点を変えて提供することでもある。「美術とは、事象に対して課題を設定し、問いを立ててそこにアートという方法でアプローチする手法です。事象に対してそもそもを疑い、何かしらの解を見出すために造形表現を用いる、と言ってもよいでしょう。ファインアートのアウトプットだけ見ているとなかなか分からないそうした真髄こそが、現代においてビジネスで有効な手立てだとされているのです」。手段を目的化せず、WHAT・WHYを追い求めるのが肝要だ。こうしたギャップが生まれる要因には、初等中等教育で展開されている図工や美術の授業の延長線上に美大が捉えられていることが大きいかもしれない。基礎教育が社会目線でアップデートされていないがゆえに、狭く専門的な領域だと捉えられがちだ。もちろんそうした領域もあるが、それは本来、法学部で弁護士という専門職に就く人もいれば一般企業に就職する人もいるのと同じレベルの多様性のはずである。

 翻って探究型OCも、こうした「これまで美大を選ばなかった層にいかにアプローチするか」という文脈で設計された。少子化のみならず、前述した「通常の志願校となりづらい」美大の特性から、美大の志願状況は近年大変厳しい。ムサビは美大のなかではいわゆるブランド校だが、そのムサビですら、従来の美大志願者だけでは低調な志願状況に直面し、「これまで美大を選ばなかった」層を獲得する必要性に迫られているのが実情だ。次代にフィットする教育を従前から展開しており、社会の要請に今こそ応えられるという自負、そして厳しい募集環境という課題意識から出てきた打ち手の1つが、今回のOCなのである。

図1 探究型OC 告知チラシ

美大教育のエッセンスを圧縮したワークショッププログラム

 では、その内容を見ていこう(図2)。

 探究型OCは「主体的に問いを見つける」ことを目的としたFIND Programと、「問いをかたちにする」ことを目的としたMAKE Program(図3)の2段階で構成されたワークショップだ。プログラムの開発にあたっては、一般社団法人i.club(代表 小川 悠)とともに取り組んだ。i.clubは従来から高校の探究学習プログラムを提供していたが、コロナ禍においてオンライン探究プログラム「innovationGO」を展開していた。小川氏は新学科と同時に設置したソーシャルクリエイティブ研究所の客員研究員でもあり、「innovationGO」と美術大学の学びをかけ合わせてムサビと共創で開発したのが、探究型OCとなった。プログラム全体を通して、ムサビの学生がメンターとしてチームにつき、同世代で話し合いながら、自らの「学び」についての自分の課題を見出し、それをどう解決するかを磨き、優秀なアイデアは表彰される。美大のスキームが通常の課題解決に有効だと知ってもらう目的に照らし、FIND Programだけの参加も認められている。開催要項詳細は図2を参照されたい。もともとは地域でのリアル開催を想定していたが、コロナ禍でその実施は難しく、全面オンラインに切り替えたという。結果的に「全国津々浦々の高校生がスマホ1つで集う多様な場が実現した」と河野氏は振り返る。「探究型OCのワークショップの根幹は、多様なメンバーのチームで個々の問いを見出し、それを磨いていくというプロセスです」。実社会では自分1人で成果を出せることは少なく、多様な協働が前提である。価値を創出するためには他者の力を引き出し、自らの当初の問いの変化を楽しみながら、横断的に物事を捉え、アウトプットを磨いていく取り組みが必要になる。美大では「デザイン思考」と「造形手法」というアプローチでそうした問いの発見・磨きこみを行っていく。そうしたプロセスを圧縮して体感することが場の目的だ。非美大層に美大の魅力を訴求するには、体験により「課題発見や課題解決に使える」という実感値を持ってもらうことが一番であり、それが最良の高大接続にもなり得るという仮説のもと設計されている。


図2 開催概要


図3 MAKE Program概観


OCで示す美大教育と探究教育との親和性

 2021年に実施したプログラムでは自分の考えを伝えるために絵という表現方法を用い、「いかに思う通りには伝わらないのか」を体感してもらい、「本来こう伝えたかったのに実際はこうだった」という事実から「どうやったら伝わっただろうか」という思考が始まった。「それを4年間続けているのが美大の学びで、その片鱗を90分にしたのが2022年のプログラムです」との河野氏の言葉の通り、まさに「自分で考えていることと他者に向けてのアウトプットには差が生じる」「問いには必ずしも答えがない」「そこにどういう自分の軸を通すのか」といったことを体感するプログラムなのである。高校で進む探究教育の下支えになる考え方と言えそうだが、そこにはやはり「美大は特殊だろうから参考にならない」という無意識の壁があり、そうした推進力を得るのは機を待つことになりそうだ。

 募集プロセスでもあるが主目的が啓発なので、対象は高校3年生に限らず高校生としている。「いずれ入試も含め設計することも考えられますが、現状はまず実績を作るのが先」と河野氏は言う。しかし、本来のブランド力が通用しない領域に打って出ているわけなので、決して順調とは言えない状況だという。それでも、「例えば工学部や社会学部のように、アウトプットの方策や手法としてのデザインに触れる機会がある学問領域の志願者に、美大も選択肢に入ることを気づいてほしい。量的な目標は特に定めていません。こうしたアプローチを続けることで、美大の学び全体の底上げや、潜在層の掘り起こしにつながると考えています」と河野氏は述べる。

探究世代との親和性への期待

 昨年度の参加者アンケートによると、「美大生と交流できてよかった」「美大のイメージが変わった」「全国の高校生と集まって話し合う、なかなかできない経験をさせてもらった」「オンラインでここまで活発な話し合いができることに感動した」等、概ね好評であった。また、男女比はやや女性が多かった。また、参加者のなかには最終的に受験した生徒もいたという。実施した手ごたえとして「高校生には美大のメソッドがちゃんと通じるし、楽しんで学ぶことができていた」と河野氏は総括する。一方で、昨年はMAKE Programの時間が短かったという反省があり、今年はMAKE Program単体で2日間に仕立て直した。「初日に考えた内容を壁打ちし合い、その内容を持ち帰って振り返り、2日目にまた挑むといった仕立てです」(河野氏)。今年のプログラムの反響が今から楽しみだ。


(文/鹿島 梓)


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