対談/大学ブランディング 今後の方向性
今後、大学はどのようにブランディングについて考えていけばよいのだろうか。ブランディングの専門家である四元正弘氏と、長年記者として大学を取材し現在高等学校の校長である中根正義氏に、高校・大学・企業を俯瞰して会話頂いた。
ランキングという「社会的証明」への依存
――本日は、大学は今後ブランディングをどう考えるべきかをテーマにお話を伺いたいと思っています。まずは四元さん、今企業が取り組んでいるブランド戦略については、トレンドというのはあるのでしょうか?
四元 ブランドは、そもそもトレンドで動くものではないですし、ブランド戦略がうまくいっている企業なんて、全世界で見ても2、3%。つまりブランディングいうのはそれぐらい難しいものだと思います。
大学の場合なら、まずは「うちの強みはこれだ」というカテゴリーを決めるべき。何が学べるのか、学んだらどういう人間になれるのか。絞れば絞るほど特徴が明確になり、卒業したときにどんな人間になっているのかを高校生がイメージしやすくなる。
マーケティングでは「理想の自己像」と言いますが、絞って明確に発信することで、将来の理想の自己像としっかり摺り合わせができた学生を集められるわけですよね。
――中根さんは今年4月に、メディアの記者から中高の校長に就任されました。今、四元さんから「理想の自己像」という視点についてお話がありましたが、中根さんが生徒さん達と接するなかで、高校生が大学を見る視点について何か気づきはありましたか?
中根 実は、生徒達と日々話をするなかで、四元さんがおっしゃった「理想の自己像」を生徒達があまりにも描けていないことを痛切に感じています。ですので、自分が大学でどのように学んで、卒業してからどんなキャリアを歩みたいのかを考える場を、中学3年か高校1年あたりで作ろうと、教員達に言い始めたところなのです。卒業生にも教育や進路に関する専門家がいますので、子ども達向けに講演会をしてもらおうと考えています。
四元 なるほど、素晴らしいですね。
中根 とはいえ、現状は高校3年生の夏休みの段階になっても、「MARCHであればどこでもいい」「早慶なら学部はどこでもいい」と話す子ども達がまだいることにも悩まされています。
――グルーピングされた学校や、偏差値ランキングからしか選べないと。
四元 特徴がないものに対しては、ランキングという指標が参考にされる傾向があります。現状多くの大学は、正直言って無個性で特徴がないと感じています。高校生も同様で、何を選べばいいか分からないから誰かに同調しておく、ランクの高い大学に行ってリスク回避しておく、という考え方になる。いわゆる「社会的証明」と言われているものです。
大学が、ランキングではない方法で自分達のアドバンテージを語るのであれば、いわゆる文字情報で説明するよりも、卒業生にこういう人がいるとか、あるいはこういう先生がいるといった、「人」にフォーカスして情報を伝えるほうが、伝わるのではないかと思います。人が一番興味を持つのは、人ですからね。
中根 四元さんのお話、非常に同意しますね。私は記者の時代、ある女子大学の連載企画で、活躍している卒業生を25人ぐらい、足掛け4年ぐらいかけて取材させて頂いたのですが、記事をホームページに上げるとアクセス数のトップ3を常に維持していました。卒業生の様々な分野での活躍は、多くの人がロールモデルとして非常に注目するのだということを経験的に認識しました。
四元 そういった「理想の自己像」となる情報を発信するときには、ステレオタイプに職業別で紹介したりせず、今後多様化する働き方や生き方を切り口に伝えるべき。企業ブランドにおいても、企業側がただ自らのスペックを消費者に分からせようとするのは最悪です。消費者としては、それよりもその企業の商品を使う「私がどうなれるか」という、「私の話」として知りたいのです。だから、魅力的な生き方をする卒業生を多数送り出していることを伝えれば、高校生は「この大学に入って勉強したいと思える」動機につなげられると思うのです。
――未来の自己像みたいなものが、人間らしく滲み出てくるものに共感するという感じでしょうか。
四元 そう思います。一方で、学生側には「10年後の自分は、何をしたいか」という思考が欠けている。理想の自己がないから、リスクを下げるためにランキング上位の大学に行っておくほうがいいという判断になっていると思います。だから、先ほどの中根さんの学校の取り組みのように、「10年後の自分は何をしたいか、どうあるべきなのか?」ということや「選択肢は色々あるよ」と、人生の幅を広げるような教育がもっとなされるべきだと思いますね。
ファーストコンタクトとなる情報は短く
――現状、「理想の自己像」がない高校生に対して、スペック以外の接点から、大学が自校の情報を高校生に届けるためにはどうしたらいいのでしょう。
四元 世の中にある情報量がこれだけ増えているなかで、届けたい人に届くなんて言うことは狙ってできるものではない。多くの情報のなかでたまたま見つかる状態だと考えたほうが良いでしょう。とはいえ、バットも振らなきゃ当たらないように、情報も出さなければ届かないから、届くだろうと信じて情報を出すしかない。
ただ一つ工夫できることはあります。それは、たまたま出合う情報を短くすること。ファーストコンタクトで出会うが長いと人は振り向きません。そのうえでもし興味を持てれば検索する。そういう情報の構造は意識したほうがいいと思います。
中根 それから、学内にどんな先生がいるのかといったような、自分の大学のことについてしっかり認識していない大学関係者もいるように思います。私が常々思っているのは、やっぱり自分の大学のことを分かっている人は、自分の大学に対して誇りを持てている人ですよね。誇りを持っている人が語る言葉には重みがあるし、何が最も重要なポイントなのか分かる。記者時代、そういった人から取材した記事は見出しもリードも書きやすかったです。
――メッセージが明確ということですね。
中根 実は、今私立の中高一貫校で人気のところは、校長のメッセージが生徒募集においてとても大事で、トップのメッセージが人気校を作っているところがあると思います。特に、私立の中高一貫校は非常に多いような感じがします。
――学校のトップのメッセージが、その学校の人材育成の考え方として明確に伝わっているということなのでしょうね。
四元 おっしゃる通りだと思いますね。さらに言えば、人の心を打つ物語というのは、逆境や理不尽を乗り越えた話。高校や大学のトップがそれらをどう乗り越えて学校を作ってきたのかという話には、高校生や保護者が惹かれるものがあると思います。詰め込み型の知識ではない、トップのスピリッツのようなものですよね。
大学も高校も、人間の集団。知識のインプットだけなら一人で勉強すればいい。先生がいて、仲間がいて、人々によって精神が形作られる。そういう場であるという面はもっとクローズアップされていいと思います。
「顧客は学生」なのは、高校も大学も一緒
――ブランドは絞り込むことが大事だというお話がありました。ただ一方、絞り込むことが怖いので、保険をかけてあれもこれも重視しようとする状況は、企業にも大学にもあると思っています。
四元 よく分かります。でも、そういった姿勢ではいつまでたってもブランドはできません。理想的顧客像の魅力に惹かれて、普通のリアル顧客として寄ってくるというのがブランドの構造です。ですから、理想の顧客像を絞って明確にするほど、リアルな顧客が広がるのです。
――そうですね。コロナ禍でオンラインでの知識の提供が一般的になったからこそ、精神を作る場として大学の価値が注目されるべきかもしれませんね。
中根さんは、大学は、そういったスピリッツも含めて高校に届けられていると感じますか?
中根 いえ、そもそも大学は中高を見ていないんです。私も高校現場に来て感じているのですが、今の高校現場でどんな教育をやっているのかを大学があまりご存じないように感じます。実際にうちの学校に来て頂いて見学されると、「今はこんなにすごいことが行われているのか」と皆さん非常に驚かれます。そういった認識のずれが存在していると思います。ですから大学の方々には、ぜひ高校の現場に足を運んで、どのような教育が行われているのかをもっと知ってほしいと思うのです。
――リアルの顧客は理想的な顧客に憧れてついてくるという話が先ほどありましたが、今の中根さんのお話からは、大学がそもそも顧客である高校生についてあまりにも知らないという課題が窺えます。こういった「顧客の捉え方」については、どう考えればいいでしょうか。
四元 高校にしろ大学にしろ、基本的に「顧客は学生」という点で一緒ですよね。顧客である生徒・学生の立場から見たら、高校や大学がお互いもっと知り合い一つになって、協力するのが当たり前。生徒・学生の立場から考えれば、教育の提供者側がつながっていないほうがおかしいと思います。
――実際には、高校と大学の教育、さらには就職と全てが途切れていて、生徒・学生は今やりたいことと未来をつなげて描くことが難しいように感じます。
中根 確かにそう思います。ただ、最近は探究学習を通じて、自分が将来やりたいことや目的意識が明確になっている生徒達が出てきています。そういった生徒は、自分で大学も探すようになっています。
うちにユニークな生徒がいます。たまたま図書室で仏像の絵を見て絵を描き始め、ある時に曼荼羅の色彩に魅了され、さらに仏教学や哲学も全部自分で突き詰めて学んでいくうちに、密教の世界にはまってサンスクリット語を勉強してみたい、と。大学でサンスクリット語を教えているところを調べ、今、そうした大学で学ぼうとしています。大学側もその生徒を面白いと受け止めて、大学の知を提供してくれようとしている。こういった小さな接続の例が、一部で出てきていますね。
――以前は、「出る杭は打って、全員同じようにして就職させる」というのが日本の姿でしたが、探究学習が進み始めたことで、やりたいことの実現を支援しようという社会に変化してくるかもしれませんね。
四元 Educationの語源は、もともと植物の力を引き出して育てるっていう意味なんですよ。つまり、放っておいても成長するものの力をさらに引き出す手助けをするっていうことですよね。単にテストで良い点数を取るためのトレーニングは、本来のEducationではないと私は思っていますよ。探究学習のように、学校の資源を使って、もっと大きく育ててあげる。素晴らしいと思いますね。
ブランドの責任者は大学トップ
――最後に、大学のブランディングにおいて何が大切なのか、大学へのメッセージも含めてお願いします。
四元 「入学してから10年後にどうなれるのか」。それが大学の価値でしょうね。学生は10年後の自分を買っているのです。もちろん、大学としては10年後のあなたはこうなっていると断定はできない。だからこそ大学が理想の卒業生像としてその価値を示す。そこに惹かれた高校生が、自分事として考えてもらえるように努めることが大事なのではないでしょうか。
それから、重要なのはやはり大学トップの姿勢です。トップがまずブランディングの重要性について認識をし、自ら先頭に立つべきでしょう。企業においても、ブランドの最終責任者はCEOであるという考え方が一般的です。偏差値的な成績のレベルでは語れない、理想の顧客像つまり卒業生像について、トップ自らが明確にしてほしいと思います。
中根 さらに高校の側でも、入口の偏差値や大学名のグループとかやランキングだけで選ぶ状況から脱却して、自身のキャリアや将来像を、高校生が描けるような教育へと深化させていくことが大事だと思います。また生徒・学生の視点に立って、大学と高校がお互いを知る努力をし、具体的なコラボレーションを生み出したい。そのためにも、大学には実際に行われている高校教育について、とにかく授業を見て、顧客を知ってほしいですね。
――大学側は、リアルな顧客である高校生が今どのような学びを経験しているのか知る努力は必要。一方で理想的な卒業生像を明確にすること、分かりやすいメッセージで学外に発信すること。トップのリーダーシップによってそれらを実現し、やり切ることで初めて、ブランドが確立すると言えるのですね。
今日はありがとうございました。
(文/金剛寺 千鶴子)
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