「競争しない競争戦略」は大学でも有効か?【前編】/早稲田大学ビジネススクール 教授 山田英夫


早稲田大学ビジネススクール 教授 山田英夫氏


【1】競争のメリットとデメリット

 日本企業の売上高営業利益率の低下が止まらない。新型コロナ等の環境要因も大きいが、背景には日本企業同士の同質化競争がある。「他社がやるから自社もやる」「他社が止めたら、自社も止める」という横並びの発想から、なかなか抜けられない。

 もちろん競争には、効用もある。

 第1に、競争によって顧客は選択肢を増やせる。企業も選べるし、製品・サービスも選ぶことができる。電電公社独占の時代の電話機と現在とを比較すれば、その違いは歴然である。

 第2に、競争によって価格も下がる。電話料金や航空料金は、競争が生まれたことによって価格が下がってきた典型例である。

 第3に、競争があると市場も成長する。かつて宝酒造㈱が、「バービカン」によって孤軍奮闘していた時代は市場が確立できなかったが、昨今のノンアルコール飲料市場は、各社の競争によって市場も急拡大している。

 第4に、競争は組織を活性化させる。ライバルと切磋琢磨することによって、ヒトや組織能力も高めることができる。

 しかし一方で、競争にはデメリットもある。

 第1に顧客よりも競争が優先されてしまい、顧客そっちのけで競合の動向を探ることにエネルギーを費やしてしまう。かつてのガソリンスタンドの価格競争等がその例だ。

 第2に、同質化競争の究極は価格競争であり、各社が価格を引き下げ、誰もが利益が出ない状況になってしまう。こうした競争をカット・スロート・コンペティション(Cut Throat Competition)と呼ぶが、これが日本企業の利益率が低い背景にある。

 第3に競争ばかりに目を注ぎすぎると、組織の疲弊を招く。ライバルへの短期的対応を繰り返すことによって、従業員は心身共に疲弊していく。

 このように競争には良い面もあるが、日本企業が得意としてきた同質化競争には、デメリットも少なくない。

【2】経営学が教える「競争しない戦略」

 過去の経営理論では、競争はどのように捉えられてきたのであろうか。競争戦略の体系を作ったマイケル・ポーターの『競争の戦略』(1980)をよく読むと、5つの競争要因の脅威が少ないほど、高い収益率が得られると説明している。本のタイトルは『競争の戦略』となっているが、本当は「競争しないための戦略」が説かれているのである。

 またベストセラーになった『ブルー・オーシャン戦略』(2005)においても、「競争のない市場を切り開く」「競争を無意味なものにする」ことが望ましいとされている。

 ほかにも企業の中核的能力に注目した『コア・コンピタンス経営』(1994)でも、成功の方程式は、競合他社とぶつかるのではなく、避けることだと述べられている。

 日本の経営学でも、例えば伊丹(2012)は、企業の戦略と軍事の戦略には類似点が多いと指摘し、最大の類似点は、ともに「競争しないこと」「戦わないこと」を究極の要として目指していることだと述べている。

【3】競争しない競争戦略のバリエーション

 生物の世界では、ある種が生き残るためは、「棲み分け」と「共生」の2つの方法があることが示されている。棲み分けとは、生息する範囲を他の生物と分けることによって、存続を図る方法であり、例えば鳥類や魚類では、地上や水面からの距離によって、棲む種は異なっている。

 他方共生とは、コバンザメのように、異種の複数の種同士が相手に益を与えることによって、双方が存続を図る方法である。

 この考え方を企業の競争に当てはめると、図1のように、棲み分けに関しては、ニッチ戦略と不協和戦略、共生に関しては、協調戦略に置き換えることができる(詳しくは山田 2021を参照)。


図1 競争しない競争戦略の分類


 ここで言うニッチ戦略とは、「競合他社との直接競合を避け、棲み分けした特定市場に資源を集中する戦略」(嶋口 2000)のことである。代表的な例として、自動車におけるポルシェ、コンビニにおいて北海道に特化した㈱セイコーマート、漢方薬に特化した㈱ツムラ等があげられる。

 次に不協和戦略とは、「大手企業が同質化できない、もしくは同質化したくない状況に追い込む戦略」である。代表的な例として、営業職員を持たないライフネット生命㈱や、衣料の世界でモデルチェンジしない㈱ワークマン等があげられる。

 最後の協調戦略とは、「相手企業のバリューチェーンの中に入り込み、もしくは自社のバリューチェーンの中に、他社の事業を取り込み、win-winの関係を作る戦略」である。代表例として、ATMだけに特化し、多くの金融機関からATM事業を受託している㈱セブン銀行や、オフィスグリコのように競合する企業の商品も取り込んで共存共栄を図る戦略があげられる。

 競争しない競争戦略には以上のような3つの類型があるが、今後の日本の大学の戦略を、この3つの視点から見た場合、どのような戦略が考えられるであろうか。特に、経営資源が十分にあるとは言えない中規模大学において、どのような生き残り戦略が可能かを考えてみよう。

【3】競争しない競争戦略の3類型

(1)ニッチ戦略

 競争しない競争戦略の1番目は、ニッチ戦略である。

 ニッチと言うと、「小さい市場」あるいは「特殊な技術」等をイメージするかもしれない。

 ニッチの語源は、ラテン語の「nidus」(巣)であり、花瓶や偶像等を置くために造られた、壁の「くぼみ」という意味であった。人間が洞窟に住んでいた時代、時々熊がやってきて大事な物を持って行ってしまうことがあった。そこで人間は、熊の手が入らないような小さなくぼみを壁に掘り、そこに大切な物を置いた。この挿話からも、ニッチは「隙間」ではなく「くぼみ」であることが分かる。

 ニッチは、リーダー企業が参入できない、もしくは、しにくいことから、市場規模が小さいままにとどまり、結果的に経営資源の多い企業が参入してもペイしない。

 ニッチ戦略は、①量的限定と、②質的限定の2つの軸で考えることができる。両者を組み合わせると、図2のようになり、そこには10 のニッチ戦略が想定されるが、ここでは大学のニッチ戦略として可能性のある4つのニッチ戦略を説明しよう。

a. 技術ニッチ

 歯科・眼科用の切削やナイフ等の機器で圧倒的な優位性を持つマニー㈱は、規模は小さいながらも、この分野で世界シェア30%以上を持っている。同社はホームページで、「やらないこと」を宣言しており、世界の市場規模が年間5000億円以上の製品、製品寿命の短い製品、自社が世界一の品質を持てない領域は、やらないと決めている。

 大学で「××以外はやらない」と宣言している大学は聞かないが、専門分野をかなり特化し、特化した方法で教えている大学もある。例えば、日本初のコンピュータ理工学専門の大学として1993年に設立された会津大学(入学定員240名)がそれに当たる。開学時から教員の約半数が外国人教員であり、英語での論文執筆を学部から義務づけており、「コンピュータ×英語」教育を実施している。

 2011年に開学した沖縄科学技術大学院大学も、教員や学生の半数以上が外国人であり、教育・研究が英語で行われ、英語で論文を書くことを求めており、その論文の量や質は、日本の大学の中でもズバ抜けている。(2019年のNature Indexでは世界9位、ちなみに東京大学は40位)同大学院は、「専門領域×英語」を世界レベルで教育・研究する大学を目指している。

 このような、技術を2つ掛け算するようなニッチ戦略は、新設校でも可能性が高いと言える。

b.チャネル・ニッチ

 大同生命㈱は中堅の生保であるが、全国の税理士と提携し、中小企業のオーナー向けの定期保険では、日本生命、第一生命をも寄せつけない強さを誇っている。中小企業への販売チャネルをおさえていることが、その要因である。

 大学で言えば、授業を届けるチャネルとして、対面、放送、インターネット等がある。かつては遠隔教育としてはテレビ・ラジオを利用した放送大学が典型例であったが、ネット時代を迎え、インターネットを介して世界中のどこででも学べる大学として、ビジネス・ブレークスルー(BBT)大学は誕生した。世界ではMOOCs等、オンラインで授業を提供する大学は増えているが、日本で全ての授業をオンラインに特化して提供している大学は、BBT大学が代表例であろう。

 BBT大学では、一方的に講義を流すのではなく、「Air Campus」という遠隔教育用ソフトを用いて、双方向、参画型の討議も可能にしている。ちなみにBBT大学は、新型コロナウイルスが感染拡大する中でも、最も影響を受けなかった大学として知られている。

c.特殊ニーズ・ニッチ

 極めて限られた特殊なニーズに対応するニッチ戦略であり、バスの中の運賃箱、行先表示器、押しボタン等に特化したレシップ㈱が典型例である。バスの中はスペースが限られており、かつ常に振動していることから、独自の技術が求められ、同社は大手が入れない市場でトップに君臨している。

 大学で言えば、航空パイロットの養成には、かなり特殊なカリキュラムが必要であるが、熊本の崇城大学工学部航空操縦学専攻等は、パイロット養成を看板としている(※)。

 また、宗教系の大学にもその例を見ることができる。大谷大学(学部定員768名)、高野山大学(学部定員50名)等が、少人数ながら僧侶育成の教育を行っており、他方、専任教員全員がクリスチャンの東京基督教大学(学部定員33名)もニッチ戦略の大学と言える。同大学は、専任教員1人に対する学生は7名と、少人数教育を特長とした全寮制の大学であり、教会教職者等の育成を行っている。

 特殊ニーズ・ニッチ戦略は、資格系の大学に最も有効である。

d.残存ニッチ

 市場は衰退期に入ったが、その製品がなくなると困るものを提供することによって、存続する企業がある。レコード針の㈱ナガオカトレーディング、ボーリング球の日本エボナイト㈱、大きい企業では、フィルムを使ったインスタントカメラ(チェキ)を世界で1社作り続けている富士フイルム㈱もその例に入る。

 大学で言えば、秋田大学国際資源学部や信州大学繊維学部等が典型例であり、今後市場は大きくはならないが、決してなくならない分野である。(残存ニッチは国公立の例が多く、私学が生き残るのは難しい面もある)

競争しない競争戦略の
(2)不協和戦略
(3)協調戦略
については、次号235号(2023年1月1日発行)掲載の本稿後編に続きます。


【注】
(※)他に東海大学、桜美林大学、法政大学等にもパイロット養成コースがある。

【参考文献】
・Hamel G. and C. K. Prahalad (1994), “Competing for the Future”,
 Harvard Business Scholl Press. (一條和生訳〈1995〉『コア・コンピタンス経営』日本経済新聞社)
・ 伊丹敬之(2012)『経営戦略の論理 第4 版』日本経済新聞出版社
・ Kim W. C. and R. Mauborgne, (2005),
 “Blue Ocean Strategy: How to Create Uncontested Market Space and Make the Competition Irrelevant”,
 Harvard Business School Press (有賀裕子訳〈2005〉『ブルー・オーシャン戦略』ランダムハウス講談社)
・ Porter M.E.(1980)“Competitive Strategy: Techniques for Analyzing Industries and Competitors”, Free Press
 (土岐 坤・中辻萬治・服部照夫訳〈1982〉『競争の戦略』ダイヤモンド社)
・ 嶋口充輝(2000)『マーケティング・パラダイム』有斐閣
・ 山田英夫( 2021)『 競争しない競争戦略 改訂版』 日本経済新聞出版社


(早稲田大学ビジネススクール 教授 山田英夫)



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