地域に根差し、地域包括ケアシステムを担う人材育成を目指す/京都光華女子大学 人間健康学群

京都光華女子大学


 京都光華女子大学(以下、京都光華)は2022年に人間健康学群を開設した。学部等連係課程制度を利用した教育組織だ。その設置趣旨や背景について、副学長で人間健康学群長の吉川秀樹教授にお話を伺った。


POINT
  • 京都市に立地し、「仏教精神に基づく女子教育」を掲げ、1学群・4学部・学群6学科を展開する女子大学
  • 2022年、健康科学部・キャリア形成学部・こども教育学部が連携した人間健康学群(学部等連係課程)を設置
  • 地域包括ケアシステムを担う人材育成を目指すと同時に、大学教育改革のフラッグシップとしての意義も担う

新たな教育の枠組みで次代の地域に必要な人材育成を模索する

京都光華女子大学 副学長 人間健康学群長 吉川秀樹教授

 学群設立の背景について、吉川教授は2つの理由を挙げる。まずは2018年の「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」(答申)において、学部等連係課程ができたこと。そして、文科省の「知識集約型社会を支える人材育成事業」の存在だ。前者については、「これまで看護、管理栄養、心理、福祉、言語聴覚等の専門職養成をやってきましたが、入学当初から目的意識が変わり、方向転換する学生が毎年一定数おり、学生がより広い視野を獲得できるように副専攻制度の模索をしていたところ、新制度を利用した在り方を議論するようになりました」と吉川教授は当時を回顧する。一方、後者はSociety5.0時代に向けて全学横断的な改善の循環を生み出す教学マネジメント等の確立と、今後の社会や学術の新たな変化や展開に対して柔軟に対応し得る能力を有する、幅広い教養と深い専門性を両立した人材の育成を目的に設置されたもので、京都光華はその事業採択を目指した。結果として採択はならなかったものの、全学として今後の方向性を模索した議論は学群設置に引き継がれた。その根幹は、厚労省が提唱する地域包括ケアシステムの構築に資する人材育成である。「地域包括ケアに関わる専門教育は、例えば看護学科でも行われていますが、看護学科教育の主軸は国家資格取得に関連した専門性修得です。ウェイトとして地域包括ケアは小さくならざるを得ない。」こうしたジレンマを解消するため、次代に必要な新たな教育組織の構想に至ったというわけだ。

 吉川教授はこうした動きを、「現場の医療福祉サービス専門職だけでなく、地域のWell-Beingをかなえる要となる人材を輩出する拠点を持つことで、先に挙げた事業が示すような幅広い教養と深い専門性を両立し、社会を支える人材育成を担う大学として位置づけられるようになるのではないか。それが学群設置の経営的意図です」と総括する。

 また、学校法人光華女子学園の光華ビジョン2030(2020-2029)によると、建学の精神を体現する女性の輩出という経営理念の実現に当たり、「知性豊かで品位のある女性を育む教育と先進的な教育の融合が評価され、ワクワク感が漲る地域のプラットホーム校として認知される総合学園」との経営目標を掲げており、その戦略には「Society5.0時代を切り拓きSDGsの実現を担う光華教育」とある。今までの伝統の良さは残しつつ、トレンドをきちんととらえた経営をしている学園という認知・評価を得ることが中期的に目指されており、そのためにはこうした動きを体現するフラッグシップが必要だったとも言えるのかもしれない(参考:図1)。


図1 学校法人光華女子学園 中期計画の概観
図1 学校法人京都光華女子学園 中期計画の概観


 また、学部等連係課程では柔軟な入学定員の移行や、教育研究に関わる体制・教育資産を活用することが可能であり、国家資格を前提にした学科では難しいチューニングが可能となることも決め手の1つだったという。「大学として今後を模索するための実験的な場としての意味を持たせることもできると考えました」と吉川教授は言う。

地域包括ケアの対象である「健康」を支える人材育成を担う

 教育設計に当たっては、1947年に採択されたWHO憲法の定義をもとに、地域包括ケアの対象である「健康」を「身体的健康」「精神的健康」「社会的健康」に分け、奇しくもそれぞれを担ってきた健康科学部・こども教育学部・キャリア形成学部が協力して学群を形成することになった。小規模校でありながら、従来の教育のターゲットが地域包括ケアと親和性が高かったのが幸いした。最も、そうした問題に向き合ってきた大学だからこその横断構想だったとも言える。

 学群で重視するコンセプトは、厚労省も推進する「社会的処方」だ。これは、患者の課題を解決するに当たり、身体的・精神的課題に対応する医療サービスの提供のみならず、その背景にある社会的健康要因に対し、地域の活動やサービス等の社会参加の機会を”処方”するという考え方。概念の先進国であるイギリスでは、人と人の繋がりを処方することを専門にする「リンクワーカー」が活躍している。孤立が引き起こす生活習慣病等の健康課題を、医療機関と地域コミュニティーが連携・協働して解決を目指す、まさにWell-Beingの向上を目指すアプローチである。

4つの専門科目群×3つのアプローチで組まれた教育マトリクス

 では、具体的な教育内容を見ていこう。人間健康学群では、前述した「地域包括ケア」を担う人材育成、「社会的処方」を重視し、4つの力を身につけるカリキュラムを設計した。

  • 地域・働き方・政策の観点から、“健康”に関する課題を解決する力
  • 「社会的処方」や「健康経営」の考え方や取り組み方を理解し、社会で活用できる力
  • Society5.0において不可欠なデータ活用力
  • グローバル社会でも活躍できるコミュニケーション力・課題解決力(海外留学プログラムを実施予定)

この4つを修得するために、社会的・心理的・身体的健康を学ぶ以下4つの専門科目分野を仕立てた。

  • 社会的健康について学ぶ「福祉と政策」
  • 心理的健康について学ぶ「人と心理」
  • 身体的健康について学ぶ「食べ物と栄養」
  • 3領域に関連する学びとして「関連科目」

これらの多くは協力3学部の学生と共に学ぶ科目群だ。「複数学部の専門教育を複合的に学ぶことで、1つの学部・学科の専門性では得られない幅広い知識や技術を身につけることが期待できます」と吉川教授は述べる。

 また、履修選択の手がかりとして、以下3つのキーワードを設定し、専門領域×キーワードでマトリクスを作って教育内容を整理した。自分にフィットする学びを選び取りやすいようにとの配慮であり、3年次以降始まるゼミナールや演習等でのフィールドにもなる。

  • 「地域」:行政・企業・ボランティア活動などの連携への理解
  • 「政策」:自治体の社会政策・健康政策への理解
  • 「働き方」:個人のワークライフバランス、健康経営への理解

 こうした学びの多様さを担保するのはご苦労が多かったのではないかと聞くと、「本学のこれまでの教育資産をフル活用して、新しい価値創出のスキームを整えたので、大変でしたが、やる意義はありました」と吉川教授は述べる。大学教育がバージョンアップしていくチャンスとして捉えているのだという。

 カリキュラム上は、4年次に配置した卒業研究でそれまでの学びを統合し、社会・人の健康の維持・増進をマネジメントできる力を身につけるという仕組みである。


図2 人間健康学群の学び 概要
図2 人間健康学群の学び 概要


高校生に分かりにくいコンセプトを伝える募集コミュニケーションが課題

 学群がスタートしたのは2022年だが、あいにく初年度は認可の遅れが大きく影響し、年内入試実施に間に合わない等、募集は苦しい結果となった。ゆえに、「現状の一番の課題は学生募集です」と吉川教授は言う。「本学の新たなスキームによる教育価値創出にジョインしてくれる学生を1人でも多く迎えたい」。幸い、今年は春から募集広報が行えており、オープンキャンパス等での反響は上々だという。しかし、「本学は女子大であり、資格取得をメインにしている大学として認知されているなか、ゼネラリスト的横断人材育成を行うことについて、本質的な理解を得ることは決して容易ではない」と吉川教授は気を引き締める。むしろ大人には「地域包括ケア人材」の必要性が理解しやすいという。「既に社会福祉の現場でサービス提供者として働く方々から見ると、こうした俯瞰的な視点や要となる人材育成の必要性は日々痛感するところのようで、社会人の方のお問合せもいただきます」(吉川教授)。募集の中心である高校生に、こうした概念や担い手の必要性や魅力をどうわかりやすく伝えていくのか。社会全体の健康課題とも言える難問に、今年は成果を出せることを期待したい。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/11/10)