リカレント教育最前線 [1]DX時代を先導するハイブリッド人材のための“リスキル×アドオン”プログラム/東京理科大学

一人ひとりが異なる志向を持つ社会人マーケットは、これまで18歳入学者に特化しその態勢を最適化してきた日本の大学にとって、「新たな市場・顧客」である。時々刻々と変化する環境下、また各大学それぞれに経営課題も利用できるリソースも異なる中、社会人マーケットの開拓を目指す取り組みには「正解」や「定石」のようなものは考えられない。しかし、だからといって立ち止まっていられる状況ではない。この連載では、さまざまな方法で社会人に向き合う先駆的な取り組みをレポートしていく。

定員50名に700名以上の社会人が殺到。
受講者の声、企業の声を正面から受け止めプログラム設計に活かす

東京理科大学 社会人教育センター平川センター長、経営企画部・小原正之次長


熱の入った応募動機にうれしい悲鳴

 2022年8月に募集を開始した東京理科大学オープンカレッジ「DX時代を先導するハイブリッド人材のための“リスキル×アドオン”プログラム」。同年9月に一般公募が締め切られた段階で、定員50名に対する応募人数は700名を大幅に超えた。

 「告知開始からの時間が短く、受講生が集まるかどうか危惧していましたから本当に驚きました。大わらわとなって全ての応募書類に目を通し、志望の明確度や業務経験とのつながりなどの項目で一つひとつ評価していったのですが、記載された応募動機はどれも非常に熱の入ったものばかりで、まさにうれしい悲鳴でした」(事務局を担う東京理科大学経営企画部・小原正之次長)。

 同プログラムは文部科学省令和3年度補正予算「DX等成長分野を中心とした就職・転職支援のためのリカレント教育推進事業(DX分野等リスキルプログラムの開発・実施)」に採択されたもの。受講料は無料で、受講者はいくつかの必修講座を受講した後、「新規ビジネス創造コース」「データサイエンスコース」「情報技術者育成コース」の3つのコースに分かれた選択必修講座を受講する。加えて、オープンカレッジの既存の講座をベースにした講座群から各自が自由に選択。各講座は1.5時間~10時間程度であり、全体の受講時間は60~80時間程度が想定されている。

 仕事をしながら学ぶ社会人はその最も貴重な資源である「時間」を投資するのだから、受講料が無料だからといって人が集まるというものではない(実際、同事業の採択プログラムにも、集客に苦しむプログラムは少なくない)。ではなぜ、同プログラムにこれほどの応募が集まったのか。


東京理科大学オープンカレッジ沿革


<ビジネス分野の学び>というコンテンツを作り込む東京理科大学オープンカレッジの取り組み

 東京理科大学でリスキリングに注力するビジネスカレッジの機能を持つオープンカレッジが開設されたのは2018年。「マーケティングの世界で<スターバックスの競合は他のコーヒーチェーンではなくディズニーリゾートである>と言われますが、ターゲットと提供価値の設定はそのコンテンツを継続的に盛り上げていくうえで非常に重要です。我々の場合は、ネットフリックスやAmazonプライムなどの動画配信サービス、スマートフォンのゲームを競合と考えています。つまり、ビジネスパーソンに余暇やお小遣いを使う先として優先してもらえるよう、<ビジネス分野の学び>というコンテンツを作り込んでいるのです。

 開設以来、企業の人材育成を担当している方と意見交換させていただく機会が数多くありました。人材育成プログラムで足りないことは何か、どういうことを社外、特に大学に求めているのか。デジタル戦略領域、データサイエンス、AI、そして新たな価値の創造の手法…。求められるものは毎年のように入れ替わっていきます。幸いなことに私たちは理工系の総合大学ですから、時代が求めるデジタル領域の学びのノウハウをすでに学内に有していました。そこで、常に最新のものに更新できるような態勢をととのえていったのです」(同カレッジを運営する社会人教育センター・平川保博センター長)。

 「オープンカレッジでは、講座終了後に受講者アンケートを事務局と講師の先生で共有し、評価された点、課題となった点を振り返って次回へとつなげています。事務局のスタッフも積極的に講座を聴講し、できるだけ多くの受講者の生の声を聞くよう努力しています。講師にお任せにするのではなく、スタッフが自らの実感値を基に主体的にコミットして講座を作り、二人三脚で磨きあげてきたのです」(小原次長)。

 コロナ禍への対応はむしろ追い風となった。「自分たちもさまざまなオンライン講座を受講してみて、どうすればライブ感が出るかなどと工夫していきました。それがぴたっとはまった」(同)。

 では、こうした知見はどのように今回のプログラム設計に活かされたのだろうか。「DXを学ぶべき対象として見たとき、学習者が身につけるべきスキルや得るべき知識は、職務によって、あるいはその人の経験や関心によってそれぞれ異なります。そこで前年度の事業では、オープンカレッジで開講されている関連講座から受講生が各自で自由に科目を選択するアラカルト制をとりました。100%オンラインとし、受講者が終業後、あるいは出張先からでも参加しやすいよう、時間的な負担を最小化したのです」(同)。

 一方で課題もあった。どの内容にどのレベルまで取り組むべきなのか、受講者が手探りで取り組む困難さだ。「これまでの取り組みの中で、コアになるべき部分が見えてきていました。そこで、各人が目指している方向性を整え、自由設計できる枠組みの良さを残しながら、選択必修としてパッケージされた20~30時間の学びをコース制で履修する「ハイブリッド」形式としたのです。今回多くの方に応募いただけたのは、この部分のわかりやすさが理由の一つではないかと考えています」(平川センター長)。


プログラムイメージ図2


プログラムイメージ図


試行錯誤を可能にする専門部署と専任スタッフの存在

 取材を終えて特筆すべきと感じたのは、社会人を専門とする部署を法人本部に置き、かつ専任スタッフを配した同学の体制だ。それが、企業との意見交換を通じて必要とされた最新のテーマの小規模講座を多彩に展開し、受講者の声をもとにふりかえって改善と更新を重ねていくことを可能にしているのである。

 個々の社会人が学ぶ意欲の高まり、企業からの後押し、そして「5年で1兆円を投じる」ことが話題となった国の政策。それらに応えることができるか、それぞれの大学が問われている。

 「これまで大学は社会人の学び先の選択肢としてあがってこなかった。しかし、大学が本気で取り組めば、この状況はどんどん改善されていくと実感している」と小原次長は言う。そして平川センター長は、「理科大は業界を引っ張っていく覚悟はできている」と強く言葉を結んだ。



(文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員[社会人領域])


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