「地方と都市をまたぐ探究活動」や「キャリア・パスポート」で個々の成長を促す/島根県立吉賀高等学校

【学校DATA】創立1948年/普通科/生徒数102名(男子45名、女子57名)/
進路状況(2022年3月実績)大学14名、専門学校8名、就職8名、その他1名

島根県立吉賀高等学校 教諭 中村 美楠子氏

地元の生徒と県外の生徒が共に学ぶ小規模校

 島根県立吉賀高等学校は、1学年1クラスの小規模校だ。地域みらい留学(※欄外参照)で県外からも生徒を募集し、クラスの3分の1程度が県外生となっている。卒業後の進路は大学進学から就職まで多様。生徒のなかには中学校まで勉強が得意でなかった者も少なくない。また、きめ細かな少人数指導を打ち出しており、周囲とコミュニケーションを取りづらかった生徒が自身を成長させるべく入学してくることも多い。

 こうした多様な生徒が、以降でふれる活動に取り組むと、大学進学においても、持てる力を発揮するようになった。島根大学の総合型選抜では毎年のように合格者が出るようになり、私立の難関の総合型選抜でも複数人の合格者を輩出するようになったのだ。

地域に根差した探究のなかで自分の成長を見つめる

 同校の最大の特徴は、地域連携のキャリア教育を推し進めていることだ。総合的な探究の時間を「アントレプレナーシップ教育」と名づけて展開。その活動のながれを、教諭の中村美楠子氏は次のように語る。

 「自分のやりたいことや興味あること(Will)と、地域社会の課題や必要性(Needs)を掛け合わせて、どんな課題にどういうアプローチで解決を目指すか考え、実践まで必ず行います。それを振り返り、できたことや気づいたことを発表し、フィードバックをもらって考えて…という探究のサイクルを3年間回します」

 活動のなかでは青山学院大学、法政大学、大正大学といった都内の大学生とも交流する。大学生を吉賀町に招いて外からの意見をもらい、続いて生徒達が東京に出向き、大学生と一緒にフィールドワーク。その後もオンラインでやり取りする。年度末には成果発表会があり、全学年の生徒が一人ひとり発表。小規模校同士がオンラインで交流する横断型探究プロジェクトにも参加しており、探究活動を言語化する機会が多い。

 さらに同校は、生徒が自分で成長の記録をつける「キャリア・パスポート」を2019年度から導入。探究活動や教科学習から行事や部活動まで含めて、どんな場面でどういう力が伸びて今後は何を伸ばしたいかを、資質・能力をベースに年3回振り返っている。


画像1 フィールドワークの様子、キャリアパスポート


総合型選抜に限らず生徒が力を発揮する可能性も

 探究活動が3年目に入るころには、生徒の変化も顕著に見えてくるという。人と話せず泣いていた生徒が、自ら地域の人と関わるようになった。活動のなかで将来の目標を見出し、「成長できた」と口にする生徒も現れた。そうした変容が総合型選抜でも評価された。

 キャリア・パスポートに3年間取り組んだ2021年度の卒業生には想定外の変化もあった。少なかった一般入試の受験者も増え、一次試験の共通テストで過去最高点を出して進学したのだ。「たまたまかも」と中村氏は慎重だが、探究活動と振り返りで学びたいことを見つけ、学習意欲が高まっていた面はあったという。定期的に自分を見つめて言語化するなかで「緊張しやすい自分は一般入試が向く」「秋までは受験より部活動を頑張りたい」などと周囲に流されることなく主体的に選択した面もあった。

 なお、探究活動は3年間一貫したテーマで進むわけではなく、大半の生徒は紆余曲折があるという。3年生になってから自分の掘り下げたいテーマ、いわば大学でも学びたい分野が定まる者もいて、そうした生徒が総合型選抜にのぞむ際はより入念な準備が必要だ。

 「総合型選抜では『行きたい学部や学科につながる体験や思いがあるか』を問われると感じています。3年生になってから学びたいことが定まった生徒には、地域の方々にもご協力頂き、『専門家と会ってみる』ように促します。そこで気づきや新たな問いを得て、また動き、学びを深めてもらうためです」(中村氏)

 それだけの準備が必要だと思うからこそ、課題に思うこともある。総合型選抜では、選考の一部に共通テストを課すことがあるが、生徒がテスト対策まで追うと無理が生じるのではないか、という懸念だ。少なくとも「自分が何を頑張りたいのか考えることは大事」とみており、だからこそ中村氏は、総合型選抜で各大学が独自色を出してくれることを期待している。

 「大学によっては、総合型選抜で専門的なテーマのレポートを何度も課すところや、グループディスカッション重視を打ち出しているところもあります。すると生徒は、残された時間や現状を踏まえて、そこに挑めるかを考えるのです。結果、別の道を選ぶこともあれば、まだ至らないが頑張りたい、と奮起することもあります。生徒が自分を見つめ、ジャンプアップするきっかけにもなるので、どんな人を求めているかを試験内容でも明確にして頂ければと思っています」

  • 地域みらい留学……都道府県の枠を越えて、地域の高校で学ぶ制度。一般財団法人 地域・教育魅力化プラットフォームが事業展開し、2022年度時点で約100校が参加している。

画像2 フィールドワークの様子



(文/松井大助)


【印刷用記事】
「地方と都市をまたぐ探究活動」や「キャリア・パスポート」で個々の成長を促す/島根県立吉賀高等学校