「競争しない競争戦略」は大学でも有効か?【後編】/早稲田大学ビジネススクール 教授 山田英夫


早稲田大学ビジネススクール 教授 山田英夫氏



図1 競争しない競争戦略の分類


【1】競争しない競争戦略の3類型(※前号より続く)

(2)不協和戦略

 企業が競争戦略を考える時に、相手企業の弱みがどこにあるのかを分析し、それを突くというやり方があるが、長年競争が続いていくと、相手企業も弱みを徐々に克服していき、つついても効果が出なくなることがある。

 そのような場合には、相手の「弱み」ではなく「強み」を分析し、その強みを生かすことができないような戦略を打つことが有効である(山田 2021)。不協和戦略は、大手企業が同質化しようとしてもできなかったり、同質化したくない状況に追い込む戦略である。大手企業の内外にある資産が、“負債”になってしまう場合に効果がある。

①企業資産の負債化

 大手企業が持つ量的・質的に優れた経営資源が、資産ではなく負債になってしまう状態を作り、資産があるがために同質化が仕掛けられない戦略が、「企業資産の負債化」である。

 例えば生保業界では、かつては営業職員の数が、契約高を決めていた。生保は加入者がニーズを感じて自ら加入するものではなく、人的プッシュによってニーズ喚起することが鍵であったからである。

 しかしこの世界に、ユーザーが自らパソコンやスマホを操作し加入するネット生保が登場した。その代表格のライフネット生命(株)は、営業職員や事務所を持たないことから、安い保険料を実現し、かつ、加入者にとっては分かりにくいが、大手生保にとっては儲けの大きい特約を廃止し、消費者が保険を自ら選べるようにした。

 大手生保にとっては、営業職員は廃止できないし、ドル箱の特約も手放せない。チャネルの力がものを言ってきた業界で、ネット専業の企業が登場した業界では、同じような状況が生まれている。

 大学で言えば、社会構想大学院大学の実務教育研究科等が、企業資産の負債化の例と言えよう。同大学では、経験を積んだ社会人が、大学の講師・教授になるためのコースを開講している。近年、専門職大学院や専門職大学等で、一定比率の実務家教員が求められており、そこでの教員を養成しようというコースである。同大学は博士課程は持っておらず、修士の2年で養成することを目的としている。

 伝統的な大学では、大学の教員になるためには、学部から修士課程、博士課程へと進み、長い時間と苦労を重ねて博士号を取得し、身分が不安定な助手や非常勤講師等を務めた後に、専任の職を得るというのが典型的なキャリアパスである。「大学教員のなり方」を教えること等は、“ハウツー”と位置づけられ、学内的にも歓迎されない。そのため、わずか2年間で大学教員を育成するようなコースは設置しにくく、同質化は仕掛けにくい。

 また近年、私立大学では総合型入試と学校推薦型入試による入学の比率が高まってきている。実際、私立大学入学者の58.2%(2021年度)が総合型入試と学校推薦型入試によるものである。そこではペーパーテストによる学力よりも、「何がやりたいのか」を面接やエッセイを通じて判定しようという大学が少なくない。複数の学部・学科がある大学では、なぜその学部・学科を目指すのかは、願書のなかでも欠かせぬ情報となる。

 しかし受験勉強に明け暮れる高3生にとって、「大学で何をやりたいか」が本当に明確になっているだろうか。現実には、社会に出て何をやりたいか分からないので、とりあえず大学に行くという生徒が大多数ではないだろうか(早稲田ならどこでも良いと、文系全学部を受験する猛者も未だにいる)。

 この点から見ると、国際基督教大学(ICU)(入学定員677名)は、専攻(メジャー)を2年次の終わりに決める制度になっており、これは大手の大学では同質化しにくい(仮に、マンモス大学で、専攻を決めずに全員の入学を許したとしたら、2年後に学内は大混乱に陥いるであろう)。

 ICUでは、「学びたい分野が変わる、ICUではよくあることです」と言う。他方、伝統的な大規模大学では、途中から学部・学科を越えての変更は容易ではない。

 さらにICUでは、専攻を1つ修める「Single Major」、主専攻を2つ修める「Double Major」、2つの専攻を比率を変えて履修する「Major + Minor」の3つの選択肢がある(日本の普通の大学は「Single Major」に当たる)。

 ICUには文学、物理学という伝統的専門分野に加え、平和研究、アメリカ研究等の分野もあり、合計31のメジャーが用意されている。そのため、経済学と音楽を両方専攻することも可能なのである。

 このような“二刀流”は、日本の伝統的大学では学部の壁が厚く、なかなか実現できない。また日本の古い価値観では、「あなたは結局どちらがやりたいの?」ということで、「二足の草鞋」を好まない層もいる(英語で同じような言葉に「wear two hats」があるが、この言葉には、ネガティブな意味は含まれていない)。世界で“二刀流”を求める潮流が出てきたなか、こうした制度は、複数の才能を持つ若者には魅力的な機会を与えるだろう。

 最新の事例では、奈良女子大学が2022年4月から、リベラルアーツ型の工学部(入学定員45名)を開設した。同学部は女子大で初の工学部であるだけでなく、米国の大学等を参考にし、入学時に専攻を決めず、幅広く情報システム、機械工学、化学、エンジニアリング等を学ぶ。その土台になるのがSTEAM(化学、技術、工学、アート、数学)の教養教育である。卒業に必要な単位の半分が自由に選択できる。専門を早く決めない「レイト・スペシャリゼーション」の考え方を採っている。

 こうしたレイト・スペシャリゼーションの試みは、既存の学部・学科の枠組みを変えなくてはならないため、大規模な大学では同質化しにくいと言える。

 例えば東京経済大学では、2017年から「キャリアデザイン・ワークショップ」と呼ぶ少人数制(入学定員50名)の学部選択制度が始まった。1年次に東経大の4学部の入門科目を学んだうえで、2年次以降は選択した学部に所属し、専門的知識を習得することを狙いとしている。

 これは経済学部(入学定員530名)、経営学部(同565名)、コミュニケーション学部(同225名)、現代法学部(同250名)の4学部を擁し、入学定員が合計で1570名という中規模大学であるが故に可能な仕組みと言えよう。

②市場資産の負債化

 顧客の手元に蓄積された交換部品、消耗品、そして企業イメージ等は、大手企業の資産である。それを逆手にとった戦略が、「市場資産の負債化」である。

 例えば、(株)リブセンスは既存の求人企業と似たような、求人、不動産、中古車等の領域で、企業とユーザーをマッチングする企業である。ただし既存の求人企業と違うのは、企業から“成功報酬”として代金をもらう所にある。

 既存の求人企業は、広告掲載料として先に料金をもらい、情報をエンド・ユーザーに届ける。しかし中小のクライアントのなかには、効果があるか分からない広告に、多額の料金を払うのをためらう会社もある。リブセンスは、こうしたユーザーに対して、効果があった分だけ課金(例:求人であれば、リブセンス経由で採用できた分だけ課金)する仕組みとした。

 既存の求人企業がリブセンスの成功報酬制に同質化すれば、今まで効果があると言って広告の掲載を勧めてきたロジックは破綻するうえ、売り上げも減ってしまう可能性もある。これは、後発者で失うものがないリブセンスだから採れる戦略でもある。

 大学の例で言えば、グローバル化が叫ばれ、海外留学を義務づけたり、留学生の多い大学も新設されてきた。

 しかしグローバル化は、大手の大学も比較的同質化しやすい分野であった。例えば早稲田大学国際教養学部(2004年設立)、立教大学異文化コミュニケーション学部(2008年設立)、関西学院大学国際学部(2010年設立)等が次々と誕生し、これらの大学の学部が、偏差値で言うと上位を占め、新設大学の特長が目立たなくなってきた。

 そうしたなか、立命館アジア太平洋大学(APU)が存在感を維持し続けているのは、立命館という母体のブランドに加えて、その留学生比率の高さにポイントがある。APUの留学生比率は46.0%(2021年11月、大学院含む)であり、かなり高い。この比率を大手の大学が実現することは難しい。仮に上位校が46%留学生を採ると、その大学を希望する多くの日本人が不合格となり、多くの受験生や高校から不満が出る可能性が高い。

(3)協調戦略

 協調戦略とは、相手企業のバリューチェーンの中に入り込んだり、自社のバリューチェーンの中に他社の事業を組み込むことによって、win-winを実現して生き残りを狙う戦略である。

①相手企業のバリューチェーンの中に入り込む戦略

 株式会社セブン銀行のATM戦略が典型例である。ATMを自社で持つコスト、それを管理するコストの高さから、撤退したい金融機関は少なくない。しかし撤退すると、顧客へのサービス水準が下がる。そこでセブン銀行のATMに置き換えることによって、コスト削減とサービス水準の維持の両立を目指している。

 一方セブン銀行は、ATM事業を受託する企業数が増えれば増えるほど、規模の経済性が働き、収益率の向上が見込める。まさにwin-winの関係である。

 印刷ポータルのラクスル(株)も、自ら印刷機は持たないが、印刷業界に参入し、顧客からの注文を、手余りの印刷会社に発注し、短納期、低コストを実現している。稼働率が平均50%いかない中小の印刷会社にとって、手余りの時期の受注は有難い。また自ら営業担当を持つのは難しいため、ラクスルの営業機能を利用したほうが得である。

②自社のバリューチェーンの中に他社の事業を組み込む戦略

 自社のバリューチェーンの中に、他社の事業を組み込むことによって、協調しながら存続をしていくことが可能になる。

 例えば江崎グリコ(株)のオフィスグリコは、オフィスの中にプラスチックの3段ケースを置き、中に菓子を入れて販売する“置き菓子”サービスである。オフィスグリコが成功した大きな理由として、グリコ以外の会社の菓子も入れたことが挙げられる。

 同じ菓子ばかりでは、ユーザーも飽きてしまう。しかしグリコは全ての菓子を作っているわけではない。そこで他社製の豆菓子や珍味系、そして最近ではアイスクリームも備え、ユーザーが飽きないように毎週入れ替えも進めた。

 最近では、類似の置き菓子会社も多数参入してきたが、江崎グリコが多メーカーの菓子を揃えていることから、わざわざ他社に置き換える必要もない。

 ほかに、(株)星野リゾートも、自ら旅館・ホテルを経営するだけでなく、傾きかけた他のリゾート施設の再生事業を受託している。米国ではホテルは所有と運営が分離しているのが一般的であるが、日本では一体のケースが多い。その中で、星野リゾートは運営だけを請け負うプロとして、実績を伸ばしている。

③大学における協調戦略

 従来大学は、全ての資源を自校に備えていないと、そもそも認可されなかった。敷地、校舎、図書、設備のみならず、教員にも厳しい認可規制がかかっていた。しかし世界を見ると、キャンパスを持たない大学も登場している。ハーバード大学に並ぶ人気を集めているミネルバ大学等が、その代表例である。

 他方日本では、大学の経営上、“持つ”ことの負担が大きくなり、限界に近づいている大学もある。一部には、語学の授業をベルリッツのような専門学校に委託している大学もあるが、規制の緩和とともに、専門学校だけでなく、同じ大学同士のケースも増えるであろう。特に需要の大きい語学系とIT系では、受託・委託が常態となるであろう。

 2022年4月から東京医科歯科大学が、フランス語の授業を東京外国語大学に有償委託した。きっかけは、医科歯科大の仏語教員が3月で退職することにあったが、外語大に委託できれば、「学ぶ言語の選択肢が増えるだけでなく、学生同士の交流も生まれる」(※)という狙いもあった。

 さらに一橋大学、東京工業大学、東京医科歯科大学、東京外国語大学の4大学は、2001年4月から、「大学連合」を始めた。大学連合により、他大学の講義を単位として認めるだけでなく、学際領域のコースを共同で設立し運営する狙いがあった。

 これらの4大学は、専門領域に特化した大学であり、持っている資源と持っていない資源がはっきりしている。そのため、アライアンスが組みやすかった面もあった。

 一般にアウトソーシングは、当初はノン・コアビジネスから始まるが、成熟市場になると、コア・ビジネスのアウトソーシングにも進んでくる。具体例で言えば、企業が最初にアウトソーシングしたのは、警備、食堂、受付、物流等のノン・コア分野であり、その後ホワイトカラー業務(例:経理、教育、IT、調査等)に進み、成熟期になると、開発の一部や生産等もアウトソースされるようになった。

 この考え方を大学に当てはめれば、当初は、一般教養の科目、例えば履修人数が多い語学や体育等の科目からアウトソースが進むであろう。

 そして規制緩和が進み、バリューチェーンを全て持つことが難しい状況になれば、高度のITC科目のように、専任の教員ではまかなえないような科目がアウトソースされるようになろう。

 ちなみに、企業において初期のアウトソーシングの判断基準は、コストが高いか安いかであるが、成長期、成熟期に入ると、その機能を持つことが自社のコア・コンピタンスになるか否かが判断基準となる。そのため、初期はアウトソースされる分野は業界横並びであるが、成長期、成熟期になると、各社の戦略によって、何を持つか、何を外に出すかが変わってくる。

 即ち、自分の大学の何がウリであり、ウリに関する資源は多少コストが高くても内製化しなくてはならない。逆にウリの対象から外れた領域は、仮に競合する大学がコアにしていようが、アウトソーシングする決断が必要であろう。

 企業の場合には、バリューチェーンの一部分の連携から始まって、経営統合に進む例も多いが、大学の場合には、トップダウンが強い大学であれば、経営統合の方が早いかもしれない。

 国立では、北海道の小樽商科大学、帯広畜産大学、北見工業大学の3大学が2022年に法人統合した。3校はいずれも“単科大学”であり、統合により総合大学化して存続・発展を目指す。

 また、静岡大学と浜松医科大学も法人統合し、静岡大学は医学部を持つ総合大学として検討を進めている。さらに2022年10月に、東京工業大学と東京医科歯科大学は1法人1大学に統合することに合意した。企業で言う、大型合併である。両大学は、多様な社会課題を解決するため、理工学、医歯学、さらに情報学、リベラルアーツ、人文社会科学などを収斂させた「コンバージェント・サイエンス」を目指している。

 私立では、慶應義塾大学が2008年に共立薬科大学を合併し、現在は東京歯科大学と合併交渉中である。これが実現すれば、慶應義塾大学は医、看護、薬、歯と、医療系を全て持つ大学になる。また神戸山手大学と関西国際大学も2020年1月に統合した。これによって関西国際大学は、保健医療、国際コミュニケーション、教育、経営、人間科学、現代社会の6学部を持つ総合大学になった。

 バリューチェーンの提携からM&Aと、これまで企業でしか見られなかった経営手法が、大学の世界でも求められてきたと言えよう。

 以上見てきたように、企業で行われている競争しない競争戦略の一部は、特に経営資源の少ない中堅大学でも有効であり、大学関係者にとっては、一般企業が採用してきた戦略に、今後のヒントがあるのではないだろうか。


【注】
(※)日本経済新聞 2022年3月16日

【参考文献】
・ Hamel G. and C. K. Prahalad (1994), “Competing for the Future”,Harvard Business Scholl Press.
(一條和夫訳〈1995〉『コア・コンピタンス経営』日本経済新聞社)
・伊丹敬之(2012)『経営戦略の論理 第4 版』日本経済新聞出版社
・Kim W. C. and R. Mauborgne, (2005), “Blue Ocean Strategy: How to Create Uncontested Market Space and Make the Competition Irrelevant”,
Harvard Business School Press.( 有賀裕子訳〈2005〉『ブルー・オーシャン戦略』ランダムハウス講談社)
・Porter M.E.(1980)“Competitive Strategy: Techniques for Analyzing Industries and Competitors”,
Free Press( 土岐 坤・中辻萬治・服部照夫訳〈1982〉『競争の戦略』ダイヤモンド社)
・嶋口充輝(2000)『マーケティング・パラダイム』有斐閣
・山田英夫( 2021)『 競争しない競争戦略 改訂版』 日本経済新聞出版社


(早稲田大学ビジネススクール 教授 山田英夫)



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「競争しない競争戦略」は大学でも有効か?【後編】/早稲田大学ビジネススクール 教授 山田英夫