受注物を精巧に作る技術者ではなく、IT技術で社会をデザインできる専門人材を育成/東京情報デザイン専門職大学(TID)

東京情報デザイン専門職大学キャンパス


学校法人滋慶学園は、2023年4月東京都江戸川区に東京情報デザイン専門職大学(TID)を設置する。その趣旨について、情報デザイン学部長予定者の松井俊浩教授にお話を伺った。


東京情報デザイン専門職大学(TID)情報デザイン学部長予定者 松井俊浩教授


POINT
  • 時代の変化と社会のニーズを踏まえ、「職業人教育を通して社会に貢献する」をミッションとする滋慶学園グループが2023年4月に開学する専門職大学
  • 江戸川区初となる四年制大学
  • 日本の課題であるDX人材不足に対し、社会課題を解決できるIT技術者の育成を掲げる
  • 将来の活躍像を見据え、卒業要件単位の1/3以上を占める実習と理論の掛け合わせで実践的な人材育成を目指す

社会接点と実践力に軸足を置いてDX人材を育成する

 松井教授は産業技術総合研究所(産総研)や国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構、情報セキュリティ大学院大学での勤務を経て、TIDへ招聘された。学長となる中鉢良治氏が産総研時代の理事長だったことが直接の関係だという。

 TID設置の背景にあるのはDX人材の不足である。松井教授は、「日本企業のIT投資は業務効率向上を目的としたものが中心であり、事業拡大や新事業進出等のビジネスモデル変革を伴うDXは広がっていないのが実態です。また、日本のIT人材はIT企業に偏在しており、企業がDXを進めるうえでDX人材不足が大きな課題となっている。DX企業が米国並みに増加すると、GDPが68兆円増加するとの試算もある。本学はこうした課題に正面から取り組んだ人材育成を行います」と説明する。

 こうした人材育成のための校種として、大学ではなく専門職大学を選んだ理由も伺った。過去の状況からして、専門職大学設置の審査は通常の大学設置よりも難易度が高く、また、制度認知自体もまだまだ低いのが実態である。それでも通常の大学に比べ、実習科目の40単位以上修得が卒業要件で、うち企業等での臨地実務実習が20単位以上である点等、極めて実践的なカリキュラム設計になる点が魅力的だったという。長らく研究職に従事してきた松井教授は、「情報技術の研究はコンピュータの性能を向上させる方向に傾倒していき、どう実社会に役立てるかという観点が弱くなりがちです。しかし実際に大事なのは、技術をどう応用して社会課題を解決するのか。そこを起点にすると、社会を観察・理解し、課題を発見し、仮説を立て、解決に必要な技術を見極め、修得し、それを社会に実装するという循環が生まれます」と述べる。産総研で感じていた、「技術開発や研究と実社会の距離の遠さ」を埋める教育を展開していきたいという。社会活動に役立てるための専門教育、まさに実学である。

育成したいのは受注したシステムを組むだけの人材ではなく、自らIT技術を使って課題解決できる人材

 学校名でもある「情報デザイン」について、「高等学校の新学習指導要領で導入された科目『情報Ⅰ』において情報デザインとは、ユニバーサルデザインやユーザビリティといった、情報を使いやすいメニューにしていく意味合いです。一方本学で扱う情報デザインは、情報とITを使って、ビジネス・産業・社会をデザイン(設計)することを指します。つまり、社会で情報やITを使って行く時に社会に適合するように情報を設計していく意味で使っている。ITのことしか分からない技術者ではなく、社会を理解したうえで情報技術をどこにどう応用していくのかを設計できる人材を育成するのが本学です。社会の理解と情報技術の専門性の両立を志向することになります」と松井教授は話す。

 既存の専門職では、プログラミングの仕組みは詳しいが、何のプログラムを書くべきかが分からない人材が多いという。「そういうトレーニングをしていないため、現場に入ってからOJT的に学んでいくケースが多いのです。本学ではそこも教育に包含します。具体的には、ビジネスで何をしたいのか要求を心に抱くこと、それにツールとしてのITを掛け合わせます」(松井教授)。例えば、社会でITが起こしてきたイノベーションの動機や狙い、意図を知ることが大事だという。「どんな社会の不を解消するためにどんな技術が開発されたのか。何を実現する手段としての技術なのか。そうした視点を持つことで、社会と技術の間にあるデザインの必要性が分かるようになる」と松井教授は続ける。冒頭に挙げた問題意識に根差し、人材の輩出先はIT企業はもとよりユーザー企業も想定している。受注したシステムだけを作る技術者ではなく、各領域の内部でIT技術を使ってこの領域で何ができるのかを発想できる人材を育てたいという。「分野としての専門性は必要ですが、ベンダー側にいては、ユーザー企業側のニーズや社会実装からはやや遠い。ユーザー企業側にいれば、どこにITを使うのかを自らデザインすることができる。つまり、ビジネスにおける情報とITの価値が分かります。そして、技術活用の発想のためにはその業界理解が必須になる。必要なスキルセットが変わるのです。本学が育てたいのは後者です」。TIDの教育では、社会理解と専門性それぞれをどう高めるのかが教育の軸となる。情報に関する専門知識と技術を修得し、課題の要因を探り、解決策をデザインする思考法を備えた、ステークホルダーとの連携・協働によりシステムを開発できる情報技術者を養成するのが、その本旨である。

多彩な演習と座学を循環して学ぶ

 専門職大学の科目体系は図1の通り規定されている。この規定に基づき、TIDのカリキュラムは図2の通り整理されている。


図1 専門職大学の科目体系
図1 専門職大学の科目体系


図2 TIDのカリキュラムマップ
図2 TIDのカリキュラムマップ


 専門職教育の根幹である「職業専門科目」は、卒業要件130単位のうち、84単位を占める。図2中央にある情報デザイン関連の演習と、上部の情報専門基礎の座学を往還して学ぶことが科目配置の基本コンセプトだ。専門性を身につける起点は演習科目であり、そこで試行錯誤した結果を座学に持ち帰り、必要な知識を修得していく。「感情と記憶は連動しており、いかに感情を揺さぶるかで教育効果が高まります。ただ専門書を読んで知識として修得するだけではなく、うまくいくこともいかないことも、経験して喜んだり落胆することで知識吸収欲が高まり、それがさらに優れた実践につながります」と松井教授は意図を述べる。

 展開科目では、アカウンティングやリーダーシップ等、ビジネス領域の科目が多く配当されている。ここではオムニバスで様々な業界の人に来てもらい、業界ごとの実態を掴んだり、それに共通する経営の手法を探ったりすることを想定しているという。「多様なセクターでITがどう使われているか、何が期待されているかを知ることが目的です」と松井教授はその趣旨を述べる。

まず広い視野を獲得し、そこから自らの専門性を立てていくカリキュラム

 TIDのカリキュラムの特徴として、3点挙げることができる。

 まず、全130科目と科目数が多いこと。これは、松井教授の「学生には専門に入る前に、まず、広く学んでほしい」との言葉が示す通り、広い視野と深い専門性の、前者を担うものである。また、TIDは4学期制なので3カ月7コマで終わる授業がある等、多様な科目を柔軟に組み合わせることができる。

 次に、2年後期に選択する履修モデルの存在だ。情報システム(IS)、IoT、AI、サイバーセキュリティ(CS)、コンピュータ・グラフィクス(CG)、デジタル・エンタテインメント(DE)の6つである。2年後期というタイミングについて、松井教授は、「高校卒業段階では自分に身近なDEに希望が偏る可能性が高い。その時点の広くない視野で自分の専門を決めるのは難しいため、最初は大いに模索してもらいます。そのうえで選択させることで、入学時の学生が気づいていない志向を2年間で見つけることができると考えています」とその意図を話す。社会ニーズと高校生の視界にはギャップがあるもので、基礎技術を学び、応用実装現場を知り、就職や仕事の具体を知ることで志望はいくらでも変わってくる。それを2年かけてじっくり気づかせていくイメージだという。

 3点目として、臨地実務実習を3年次・4年次の2回に分けている点がある。これは、専門性を学んで実践の場に赴き、不足した観点を内省し、知識を座学側に戻って修得し、さらに実践に挑むというサイクルを回すためだという。教育成果を高めるために、リフレクションを経て2回経験できるようにしたというわけだ。視野を一度一気に広げてから自らの専門性を見極め、高めていくカリキュラムにおいて、大切なのは一人ひとりの学生が自分の軸足を見定めて進んでいけることである。TIDでは、学生に伴走する支援体制として、1・2年次にアカデミックアドバイザーを、2~3年次にアカデミックナビゲーターを配置し、そして4年次には所属研究室の教員が伴走支援を担う体制を整えている。

志望理由や自己PRを軸に実習に通用するコミュニケーション力を問う

 入試は、入学定員160名を一般80、総合型40、学校推薦型40と割り振り、全てに「国・数・英」と「自己アピールシート」を課し、総合型と学校推薦型は「学修計画書」「活動報告書」を課している。一人ひとりのポテンシャルをきちんと見極める入試設計に拘っているように見受けられるが、やはり「専門職教育を担う機関としては、当然就職するところまで責任を持って育成する必要があるため、コミュニケーション力を備え、学修意欲の高い学生を選抜したい」と松井教授は話す。特に専門職大学には、必修の「臨地実務実習」がある。実習できちんと成果を上げるためには、現場でコミュニケーションがとれる力、人間性が欠かせないという。学ぶ内容に見合う学生を丁寧に選抜する意向からして、数より質を志向した設計と言えるだろう。「本学では企業出身の実務家教員が多いため、そうした教員の力を発揮できる教育・授業にしていくべく、全体の教学マネジメント含め、引き続き準備を進めたい」と松井教授は話す。

 まずは無事開学すること。次に、開学後の教育実態を踏まえた広報展開と、本当に社会を変える力を持つ専門職人材が育成輩出されるように完成年度以降のチューニング。また、ITは足の速い技術であるため、社会人のリカレントニーズ等も見据えることができそうだという。今後の教育設計に期待が高まる。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2023/2/10)