大学を強くする「大学経営改革」[99]業務の「外部化」と出資会社の活用 ──大学業務の構造改革の視点と課題 吉武博通

吉武 博通氏

深刻化する地球温暖化と国際情勢の不安定化

 教育社会学者で文部大臣を務めた永井道雄はその著書『大学の可能性』(中央公論社,1969)で、「急速に展開している社会変化に対して、大学の制度及び組織が時代遅れだということです」と述べている。

 いつの時代においても、社会変化は急速であり、変化に適応できない大学への視線が厳しいことを改めて認識させられる一文である。

 ただ、現在起きている変化は、これまでとは比較にならない大きさであり、かつ加速度的に進行している。加えて、これから起き得ることへの期待より不安のほうが大きいと言えよう。

 その第一が地球温暖化である。2022年2月にまとめられたIPCC第6次評価報告書第2作業部会報告書(「政策決定者向け要約」環境省による暫定訳)では、「人為起源の気候変動は、極端現象の頻度と強度の増加を伴い、自然と人間に対して、広範囲にわたる悪影響とそれに関連した損失と損害を、自然の気候変動の範囲を超えて引き起こしている」とし、「地球温暖化が、次の数十年間又はそれ以降に、一時的に1.5℃を越える場合(オーバーシュート)、1.5℃以下に留まる場合と比べて、多くの人間と自然のシステムが深刻なリスクに追加的に直面する」との認識が示されている。

 東西冷戦の終結により平和と安定に向かうと考えられた国際情勢も、中国をはじめとする権威主義国家の影響力増大により不安定さを増し、軍事的緊張が高まり、政治・経済両面での分断が進みつつある。

 世界が協力して地球規模問題に取り組むことが求められている中、分断化が進むことは自然環境や人類社会の持続可能性に極めて深刻な影響をもたらすことになる。

 もう一点、2008年のリーマンショック以降、低インフレが続いていた世界経済が急速なインフレに転じたことも多くの生活者を不安に陥れている。2023年1月に国際通貨基金が公表した「世界経済見通し改訂版」は、2022年に8.8%に達した世界のインフレ率が2023年6.6%、2024年4.3%と鈍化していく見通しを示す一方で、経済の下振れリスクとしてインフレの長期化を挙げている。

我が国の将来に垂れ込める暗雲と若者の意識

 国内に目を転じると、世界に例を見ない速度で進む少子高齢化と長期にわたる経済の停滞により、我が国の先行きに暗雲が垂れ込めている。

 2022年の出生数は80万人を割り、統計開始以来過去最少となった。2040年の18歳人口は2018年11月の中教審グランドデザイン答申が前提とする88万人を大幅に下回ることになる。

 2022年9月1日現在の日本の総人口1億2497万人のうち15~64 歳は7420万人、65歳以上は3624万人であり、二人の現役世代で1人の高齢者を支える状態であるが(総務省統計局)、2040年には総人口1億1091万人のうち15~64 歳は5977万人、65歳以上は3920万人となり、約1.5人の現役世代で1人の高齢者を支えることになる(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」の出生中位・死亡中位仮定)。

 現役世代に大きな負担がのしかかるだけでなく、社会・経済を誰がどう支えるかという深刻な問題に直面する。その兆候は既に様々な分野に現れている。

 このような状況を受けて、既に2021年4月に改正高年齢者雇用安定法が施行、70歳までの就業確保措置を講じることが努力義務とされている。また、外国人労働者の確保も課題となるが、2040年時点で目標GDP到達に必要な外国人労働需要量を674万人とした場合、42万人不足するとの推計もある(2022年2月3 日株式会社価値総合研究所「2030/40年の外国人との共生社会の実現に向けた調査研究– 暫定報告–」)。外国人労働者に選ばれる社会や職場たり得るかが問われている。

 バブル経済崩壊後の長期にわたる経済停滞により、世界のGDPに占める我が国の割合は1995年の17.6%から2021年時点で5.1%まで低下し、1人当たり名目GNI(国民総所得)も23位まで大幅に順位を下げている(2023年1月外務省「主要経済指標」)。GDPで見た世界経済の中心が欧米からアジアにシフトし、2060年には世界経済の約半分をアジアが占める中、世界経済に占める日本の割合は3.2%にまで低下するとの見通しも示されている(内閣府ウェブサイトより)。

 内閣府が2018年度に実施し、2019年6月に公表した「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」によると、自国の将来は明るいと思うかの問いに対して、『明るい』(「明るい」「どちらかといえば明るい」の合計)と回答した日本の若者の割合は31.0%であり、調査対象7カ国で最低になっている。ちなみに『明るい』と回答した割合は高い順に、アメリカ(67.6%)、スウェーデン(62.0%)、ドイツ(60.7%)、イギリス(56.7%)、フランス(50.6%)、韓国(41.0%)である。ただし、日本に関しては2013年度調査より『明るい』が2.2ポイント上昇し、『暗い』(「暗い」「どちらかといえば暗い」の合計) が5.5ポイント低下していることを付け加えておきたい。

デジタル技術がもたらす変化とどう向き合うか

 もう一つ、猛烈な速度で進化するデジタル技術がもたらす変化とどう向き合うかという問題がある。

 本連載においても2016年にはAI、2021年にはDXを取り上げ、これらが大学に問いかけるものについて考えてきた。

 現在、この分野で頻繁にその用語が登場するのはメタバースであり、2022年11月の公開以来、話題を集めているのは米国OpenAI社が開発したChatGPTである。

 前者については、米国Facebook社が社名をMeta Platforms社に変更したこともあり、一気に期待が高まった。メタバースはコンピュータネットワーク上に構築された3次元の仮想空間を意味し、アバターと呼ばれる自分の分身を介して、仮想空間内で会議をしたり、交流したりできるプラットフォームである。教育分野でも様々な事情で学校に通えない児童・生徒の支援等への活用が期待されている。2030年の世界市場規模100兆円との予測がある一方で、概念自体の曖昧さを含めてその可能性に疑問を呈する声もある。

 後者のChatGPTは、質問を入力すると、AIが自然な文章で答えるサービスであり、質問の仕方如何では学生本人が書いたものと見分けがつかないレポートの作成も可能と言い、大学もその対応を迫られている。

 デジタル技術の革新により一般の人々が想像すらしていなかったツールやサービスが次々に生み出され、評価も定まらないうちに、人々が巻き込まれていく。これらがもたらすベネフィットは総じて大きいが、同時に様々なリスクが伏在し、いずれ多大な損失をもたらす可能性もある。このような状況をどう理解し、対処していけば良いのか、この時代を生きる私達に突きつけられた難問である。

大学自らが諸問題に向き合い未来を構想する時期

 地球温暖化と国際情勢、日本の未来、デジタル社会という順に見てきたが、我が国はこのような変化にどれだけ正面から向き合い、問題の解決に真摯に取り組んできたのだろうか。少子化、財政と社会保障、エネルギー、食料自給など、国が結果として先送りを続けてきた問題は少なくない。

 スイスのIMD(国際経営開発研究所)「世界競争力年鑑」の2022年版(2022年6月公表)によると我が国の総合順位は63カ国・地域中34位、アジア・太平洋地域でも14カ国・地域中10位となっている。

 4つの大分類ごとの順位は、経済状況20位、政府効率性39位、ビジネス効率性51位、インフラ22位であり、その下の小分類では、雇用2位、科学インフラ8位、健康・環境9位に対して、財政62位、経営プラクティス63位と、日本の財政や企業の経営に厳しい評価が示されている。

 大学に対して、国は次々と新たな政策を示し、経済界からも厳しい注文がつく。これらに急き立てられるように「改革」を競っているのが大学の現状である。そのため、大学の視線や意識はどうしても国やその背後にいる経済界に向きがちになる。しかし、教育や科学以上に問われているのは、財政をはじめとする政府効率であり、経営プラクティスをはじめとするビジネス効率なのである。

 もちろん、IMDの年鑑は一つの見方に過ぎず、大学も長年同じような指摘を受けながら、十分な変革が行えていないことは確かである。しかしながら自らも大きな問題を抱えるセクターからの一方向的な指示や要請だけが改革の契機となって良いのだろうか。大学自らが、より直接的に人類社会や日本社会の課題に向き合い、大学の未来を構想すべき時が来ているのではないか。それが本稿の主張である。

第一は「学生と共に」考えること

 そのために大学が重視すべき課題を5点に絞って挙げておきたい。

 一つ目は、「学生と共に」、地球や世界、日本社会の未来を考え、社会をより良くするために何が必要か、自分にできることは何かを考えるということである。就職だけを考えるといわゆる超氷河期等今より厳しい時期はあっただろうが、これまでとは規模も内容も異なる難問が若者の未来に横たわっている。彼ら彼女らはそれぞれの立場でこれらの課題に取り組みながら、より良く生きることを追求していかなければならない。4年間という限られた時間にそのための準備をどうしておけば良いか、学生と共に考え、支援することが何よりも重要である。

 二つ目は、「俯瞰的視野を持ち、現実を直視」するということである。大学も象牙の塔と揶揄されることは少なくなったかもしれないが、依然として大学や学部、専門分野、担当部署に閉じ籠る傾向は続いている。これから社会に出ていく学生を待ち受ける現実を理解せずして、どうして学生を指導することができようか。俯瞰的視野を持ち、現実を直視することのできる教職員をどう育てるか。FD やSDが最も問われているのはそのことである。

 三つ目は、「縦のつながりと横のつながり」をより太く密度の濃いものにするということである。

 ここでいう縦のつながりとは、初等、中等、高等の各教育段階から社会までの連携・協働を意味する。高大連携が進みつつあるが、受験生確保が目的であったり、特定の教職員による限られた連携に留まったりするケースが多いように見受けられる。高校教育までの実態を知らず、また学生の進路先となる社会との濃密な対話なしに、どうして大学教育のあり方を考えることができるのか。そのことを厳しく問い直す必要がある。

 横のつながりとは学問分野を超えた連携・協働のことである。「第6期科学技術・イノベーション基本計画」では、あらゆる分野の知見を総合的に活用して社会の諸課題への的確な対応を図ることが不可欠との認識に立って「総合知」を提唱している。学際性や文理融合は長く問われ続けてきた課題である。専門性の深化に裏打ちされた融合でなければならず、また、研究者個々の興味・関心に基礎を置くことを重視する必要があるが、一定の進展も見られつつある。これらの動きをどう後押しし、拡げていくか、大学の研究のあり方に関わる大きなテーマである。


図 激動の時代の大学経営において重視すべき課題(概念図)


「自由のための規律」と「自前主義からの脱却」

 四つ目は、「自由のための規律」である。前述の総合知を含め、大学における新たな知の創出への期待は高まる一方である。「学問研究の自由」はその基礎であり、引き続き重視されなければならない。しかしながら、責任を伴う自由であり、単に既得権を守るための自由であってはならない。そのために、教員や教員組織をどう規律づけるか、そしてそのことを社会にどう説明するかは大きな課題である。

 五つ目は、「自前主義からの脱却」である。大学が保有する経営資源は限られている。特に中小規模の大学の資源制約は大きく、質の高い教育研究を展開しようとすれば、外部資源に頼らざるを得ない。大規模大学であっても多様な社会的要請や人材育成ニーズに応えようとすれば自校の資源だけでは限界があるだろう。大学の内と外を隔てる「境界」の意味とあり方を問い直す必要がある。

全ての土台は「働きがいがあり働きやすい」職場

 これら5つの課題に取り組むにあたって、大学は教職員にとって「働きがいがあり働きやすい」職場でなければならない。受験生に選ばれるかだけでなく、働く場として選ばれ続けるかも問われている。

 そのためにもダイバーシティとDXは最優先の課題である。トップが強力に旗を振り続けなければならず、教職員も当事者として主体的に取り組む必要がある。「企業では考えられない業務が依然として多い」と言われ続けている現状を重く受け止め、本気で変えていかなければならない。

 国も政策のあり方を見直し、大学の主体性・自律性に委ねる部分を大幅に拡大すべきである。これまでの施策が高等教育や学術研究の発展に如何なる成果をもたらしたのか、客観的に検証する時期に来ているのではなかろうか。

 10兆円ファンドを原資とする国際卓越研究大学の仕組みや第211回通常国会に提出された私立学校法改正については、その経緯や実効性を含めて疑問の声が多い。改革に後ろ向きの人々からのものではなく、むしろ進んで改革に取り組む人々からの声であることを強調しておきたい。

 日本経済の将来の成長率が年率1%すら難しいとの見方もある中、国際卓越研究大学に年率3%の成長を求めることをどう理解すれば良いのか。誰のための何を目的とした改革で、その政策の成果を誰がどう評価するのか、大学関係者のみならず国民に簡潔明瞭に説明できるだろうか。国の関与や政策が大学の現場から活力を奪わないことを願うばかりだ。

 物事がある一定の条件(閾値)を超えると一気に変化が加速する現象を意味するティッピング・ポイント(tipping point)。今地球温暖化に関して、その転換点がいつ訪れるかに関心が集まっている。

 日本の社会・経済に係る諸問題も、転換点に達し、変化が一気に加速し、社会に深刻な打撃を与えることも危惧される。

 だからといって諦めてしまっては事態をさらに悪化させるだけである。日本には他国にない強みも数多い。問題に正面から向き合いつつ、強みを磨き上げれば未来は切り拓けるはずであり、大学こそその先導的役割を果たすべきである。その志と見識が大学に問われている。


(吉武博通 情報・システム研究機構監事 東京家政学院理事長)




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