DXによる新たな価値創出[6]文系女子大学がメタバースで取り組む地域貢献/岐阜女子大学

 岐阜女子大学は下呂市と提携して「メタバースに学びの世界を」プロジェクトを2022年7月より展開し、地域における様々な分野でのメタバース利活用の可能性を探っている。その内容や経緯等について、プロジェクトの中心メンバーである文化創造学部長の横山隆光教授と、企画運営を担当する学生の方々に伺った。

岐阜女子大学 文化創造学部長 横山隆光教授

地域貢献の軸足にデジタルを据える

 当該事業は、メタバース空間に岐阜女子大学と下呂市を構築して観光客を呼び込むという、下呂市の観光DXを実現する内容だ。2022年から3年の計画で展開されている。同大学が保有する地域資源コンテンツのアーカイブ等を繋ぎ、地域の活性化を担うと同時に、大学のイーラーニングシステムと接続して大学教育にも繋げる。これに先立って下呂市と大学は「地域活性化に関する包括連携」を結んでおり、本事業は「市町村と連携したメタバースの研究と利活用」「小中高生・大学生のDX 等デジタル分野での学習の場の創設」「遠隔協働学習教育での個人に応じた教育やクリエイティブな学びのための環境構築」といった目的で設計されている。

 では、何故メタバースを地域連携に用いるのか。その背景を知るには少々時間軸を遡る必要がある。同大学は、2004年文科省の現代GP事業に「デジタル・アーキビストの養成ー文化情報の創造、保護・管理、流通利用を支援するー」が採択されて以降、国の複数の事業に「デジタルアーカイブ」の領域で採択を受けている。デジタルアーカイブとは、知的資源を対象とし、デジタル技術を用いて作成された保存記録のこと。近年では2017年同省の私立大学研究ブランディング事業に、「地域資源デジタルアーカイブによる知の拠点形成のための基礎整備事業」が採択された。大学としてのブランディングにこうした20年来の知的資産の蓄積を活かしていこうというわけだ。今回取り組むメタバースは、当然こうした文脈の延長線上にある。

 では、そもそも何故デジタルアーカイブ領域に踏み出したのか。それは、前学長が岐阜大学教育学部で教育工学の専門であったこと、及び現学長が元岐阜県教育長で、現在も岐阜県のDX推進協議会の委員として教育分野のDX推進に前向きであること等が起因している。横山教授もまた、理科教育における教育工学の専門家である。時代に即した新しい教育をどう設計するのかを考えた時、教育効果の高い手段としてデジタルの有効性は自明だったという。「子ども達は、自分で課題解決するためのツールとしてデジタルが効果的だと分かると、あとは主体的に勝手に使っていく傾向があります」と横山教授は話す。大学としてデジタルで利活用できる教育素材を作る意味合いで地域資源のデジタルアーカイブ化を進め、それが結果として地域の利益につながる。教育と地域貢献を両立する取り組みなのである。翻って、同大学は地元就職率が2017年度81%と高く、卒業生は地元地域を支える人材として、地域を知り、地域に貢献し、地域の課題を解決できる姿勢や専門性を持つことが望ましい。そのため、専攻ごとに地元地域とのコラボレーションを多く創出してきた経緯がある。

 こうした地域貢献の文脈に、20年来の知的資産の蓄積を重ねた時、より一層の地域振興を叶える手段として挙がったのがメタバースだったのである。


画像 メタバース空間 下呂温泉(製作中)、健康栄養学科紹介会場


学生アンケートを起点にした教学マネジメントで教育を改善

 また、2019年に構築された教学マネジメントの存在も大きい。同大学では毎年とっている学生アンケートを起点にした教育の見直しと改善を行っており、PDCAサイクルを回す文化が根づいている。三つのポリシーに即して学生の学修成果を最大化し、質を向上していくためには、教育データの集積とその分析、及びデジタル空間も利用した教育の展開が欠かせない点も、こうした改善サイクルの中で当然のこととして議論されてきたという。今後メタバース上で大学教育を展開していくことも見据え、今回のプロジェクトが動いている。単にデジタルを用いたツールというだけではなく、全学教育改善の動きだと言えよう。

 「大学でやっていることを価値として社会に認めてもらうためには、やはり具体的な社会貢献のアウトプットが必要です。本学の教育成果をどう地域社会に役立ててもらうかを常に念頭に置きたい」と横山教授は述べる。地域実践を教育に還元し、教育をチューニングしながら地域へ価値として返す。こうした循環を将来にわたって構築していくことが肝要である。


図表 全学教学マネジメントの概観


専攻の学びを社会実装する過程で価値創出のリアリティを修得する

 プロジェクト運営の主体は学生だ。実務のナレッジ継承を考えてクラブを立ち上げ、2023年1月現在50名ほどが参加。企画・制作・検証の3つのグループに分かれて活動している。「BlenderやHubsを使ってメタバースに岐阜女子大学や下呂温泉の建物を造っています」と学生の1人は話す。提携するシステム大手のポストケアジャパン社の指導を受けながら、精密さを求めればデータ量が膨大になり、簡易すぎては見栄えが悪くなるといった、インターフェースやユーザビリティを含めた実装と理論のバランスをも学んでいく。女子大生であることを活かしたファンシーなデザインにも挑戦しているという。現在は多言語対応を検討中だ。最終的には、下呂市役所や下呂駅等の公共施設や歴史・文化財資源、温泉地区を中心とした観光資源を構築し、利用者にアバターとして訪れてもらい、情報収集や市内を散策してもらうことを目指す。旅館等も建築し、外観だけでなく、美術品等の内装品を見たり、土産物屋で買い物したりできるようにしたいという。

 初めて触るソフト等の難しさがありつつも、「もともと3Dモデリングに興味があり、専攻でも学んだうえで具体的な社会実装に関わることができて楽しい」という学生が多いようだ。今後の人材ニーズの高さにも期待しているという。授業ではドローンを飛ばして360度カメラを使って撮影し、そのデータをメタバース上で組み上げるといった経験もしている。また、この活動から学んだこととして、取材に対応してくれた学生3名全員が「コミュニケーション力」「横断的に物事を進める時の調整や意思疎通」を挙げた。興味関心に即した学びを実現する手段としてのみならず、プロジェクトマネジメント等、実際に社会で物事を動かしていく際のリアリティを実際の価値創出スキームをベースに学ぶことができるのは大きそうだ。

 企画から制作へと段階が進み、基盤整備がある程度完了すれば、実際に観光客が集まるか、日本の他地域に展開できるかといった検証フェーズに入る。「同様の取り組みを他地域から要請されたりもしますが、まずは3年きっちりやりきって、効果検証してから次に行きたい」と横山教授は述べる。また、メタバースを介して小中高の遠隔協働学習、高校生や一般向けの講座開講といった展開も見据える。「メタバースの中で様々な属性の方々が一緒に学習したり情報交換したりする等、新たな教育の在り方を研究して地域活性につなげていきたい」と横山教授は話す。将来的な大学教育への活用として、メタバース大学内に外部交流の場を創る等の構築も進めていく。メタバース空間は特別支援の学生も自由に動き回ることができ、インクルーシブな環境整備としても有効だ。既にこうした事業を利用した高大接続事業等にも展開しており、大学の独自性として立てていく方針だという。2024年度からは全学の学生が初年次からメタバースで学べるようにする予定だ。

学生の力や興味を伸ばす手段としてのメタバース

 前述の通り、これまでも同大学は、健康栄養学科で地域の素材を活かした食事を考案したり、住居学専攻で地域の空き家リノベーションを手掛けたりと、学んだ内容を地域に実際に役立てる教育を展開してきた。最近ではメタバースに冬の白川郷を作り、沖縄や岐阜の4 つの小学校の児童をメタバース内に招いたばかり。今後も学びの内容を実社会に実装する経験を学生に多く積ませたいという。「女子大ならではの活躍フィールドを探したいのはもちろんですが、女子大だからではなく、学生の力や興味を伸ばす機会を創りたい」と横山教授は力を籠める。学生本位の学修を考えればこそのメタバース利活用なのである。今後の展開にも注目したい。



(文/鹿島 梓)


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