【有識者Interview】大学のあらゆる意思決定基準にSDGsを取り込むことが重要/関 正雄

SDGsの本質がどこにあるのか。企業においてはどのようにSDGsへの取り組みが進んでいるのか。大学経営が重視すべき考え方とは何か。サステナビリティ経営に関する有識者に尋ねた。


学校法人先端教育機構 社会構想大学院大学 コミュニケーションデザイン研究科 関 正雄氏


必要なのは「アウトサイド・イン」による大変革

―そもそもSDGsの本質的な理念や考え方について、改めてご説明いただけますでしょうか。

 SDGsは、一般的には高邁な理想のように思われています。しかし実際には、非常に切実な問題を解決するための具体的な実践の目標です。この図(図1)は、我々が置かれている危機的状況をドーナツの円に見立てたものです。外側の輪が「プラネタリー・バウンダリー」といって、気候変動等、9つの要素において地球の許容限界を超えてはいけないということを示しています。内側は「ソーシャル・バウンダリー」、つまり貧困や医療、教育等、超えなければいけない最低ラインです。しかしプラネタリー・バウンダリーは、既に5つぐらいの要素において超えつつあるという状況。一方のソーシャル・バウンダリーに関しても、途上国は貧困や格差、あるいは紛争の脅威に晒されている人が増えています。我々は、こういった非常に切実な状況にあって、図のドーナツ本体部分に収まるような限界内での成長をなんとか成し遂げなければなりません。そのためにはあるべき姿を起点とした社会・経済システムの大変革(トランスフォーメーション)が必要なのです。


図1  ドーナツ経済とは


―企業の経営にとって、SDGsの取り組みはどのような意味を持っているのでしょうか?

 WBCSD (持続可能な発展のための世界経済人会議)は、2021年に産業界の主張を凝縮する形で「Vision2050」という提言書を発表しました(図2)。2050年までに90億以上の人が地球の許容量の範囲内で真に豊かな暮らしをできるようにしなければならず、これに対して、切実な問題である「Climate(気候変動)」「Nature(生物多様性)」「People(格差・人権)」の3つの要素に関して、ビジネスとして何をすべきかを提言しているものです。

 この「Vision2050」においては、変革の道筋として9つの分野が示されています。例えばこの中の「食料」について言えば、生産者から輸送され、加工されて、消費者に渡り、最終的に廃棄されるまでのバリューチェーンがありますが、その全体を通じて、Climate・Nature・Peopleの3つの要素の大変革を盛り込もうというもので、そこに企業が深く関わるべきとしています。

―例えば、具体的な企業の取り組みとしてはどういったものがありますか。

 SDGsに戦略的に取り組んだことによって企業価値も向上した企業の例を挙げるならば、ユニリーバでしょう。2010年に「ユニリーバ・サステナブル・リビング・プラン」として、①世界中の10億人以上の人々の健やかな暮らしに貢献する ②製品ライフサイクルからの環境負荷を半減する③数百万人の経済発展を支援する、という3つの目標を掲げて課題解決に取り組み、サステナビリティに関するリーダーシップを発揮し続けている企業です。産業界としてSDGsの中から4つの分野を選んで試算をしたところ、SDGsに取り組むことによって、12兆ドルものビジネスチャンスが生まれ、3.8億人の雇用が世界中に生み出せることが分かりました。また取り組みを行った10年間で、同社の株主リターンは292%を記録しました。元CEOのポール・ポールマン氏は、「SDGsは企業の力を必要とする。一方で、企業もSDGsを必要としている」と語っていますが、ユニリーバは、SDGsへの戦略的な取り組みが企業価値の向上も実現できるということを証明したわけです。

―多くの企業にとって戦略的取り組みを企業価値につなげるには何が必要でしょうか。

 大切なのは長期的な視点に立って考えること。将来の到達点をまず先に描いて、そこから自社が現状とのギャップを認識し、そのギャップを埋めるために何に対して力を発揮できるのかを考える「アウトサイド・イン」の思考が大切だと思います。過去のやり方を積み上げ式で実施していくというやり方では、トランスフォーメーションは実現できないでしょう。

―そういった積み上げ式の企業も少なくないように感じるのですが、実際はどうなのでしょうか。

 よく「SDGsウオッシュ」という言葉で語られるのですが、大変革に貢献するようなことをやらずに、うわべだけの貢献をアピールしたり、反対に事業プロセスにおいて人権侵害や環境汚染を引き起こしている企業は強く批判されます。

 SDGsウオッシュを防ぐためには、取り組みの前後でどれだけ課題を解決できているのかという、社会的なインパクトや成果を開示するという透明性が重要だと思います。「ただ頑張っている」というだけでなく、企業はもちろん、自治体等、そして大学も含め、全ての取り組み主体が、真に変化を生む意味ある取り組みをしているのかどうか把握し情報を開示すべきだと思います。

―とはいえ、そういったインパクトを証明するのは難しいと思います。どのように取り組めばよいでしょうか。

 UNDP(国連開発計画)が、SDGsに真に貢献する企業を増やしていこうという目的で「SDGsインパクト」という評価手法のパッケージを作り、国際的に広めていこうとしています。まだ教育プログラム等も始まったばかりですが、インパクトの把握と評価は一時的な流行ではなく、ポストSDGsにも引き継がれるべき重要なものだと思います。

 また、私が座長を務める日本経済団体連合会の企業行動憲章タスクフォースでは「企業行動憲章実行の手引き」を策定しています。その憲章の序文には、“サステイナブルな資本主義の確立を目指して”という副題を付けており、特にDXを一つのツールとして、社会的課題の解決を目指し、社会や個人のウェルビーイングの向上に貢献しようというSociety5.0 for SDGsの戦略を明確にしています。

―また、ESG投資という形で、環境・社会・ガバナンスの観点が企業経営における投資判断に大きく影響していると思います。

 はい、ESG投資は、投資活動のメインストリームとなってきています。かつてはサステナビリティに関する情報は非財務情報でしたが、今はサステナビリティに取り組むことはビジネス機会に繋がるものであり、逆に放置しておくことはリスクになると考えられています。Climate・Nature・Peopleの全てに関する戦略と実績が財務情報化しつつあり、投資家も財務情報として開示を求めるようになっています。


図2 WBCSDのVision 2050、図3 サステナビリティのためのキー・コンピテンシー


複雑に絡み合うSDGs の課題解決にはトランスディシプリナリーが不可欠

―ここからは、主に大学の取り組みについて伺いたいと思います。大学におけるSDGs教育の位置づけについてはどのように捉えていらっしゃいますか。

 サステナビリティに関わる人材として、トランスフォーメーションができる人材の育成が求められていると思います。そこに必要なのは8つのキー・コンピテンシーだといわれています(図3)。

 私がこの中でも特に重要だと考えているのが、「システム思考コンピテンシー」「予測的コンピテンシー」「協働コンピテンシー」「批判的思考コンピテンシー」です。

 物事のシステム全体を捉える力、アウトサイド・インで課題解決を考えられる力、課題解決に関わるマルチステイクホルダーとのパートナーシップ関係を築いていける協働力、そして規定路線に甘んじることなく問題解決の案を打ち出せる力です。

 SDGsに関する科目をいくつか設けるといった単発の取り組みではなく、カリキュラム全体において、そういった人材育成の考え方を反映させることが必要だと思います。

 もう一つ大事なのは、主権者教育だと思います。大変革を起こすためには、社会の問題を自分の問題として捉え意思表明をすることで、政策決定に権限を持っている人や周囲の人々を動かす力を持たなければいけませんが、日本人には圧倒的にその力が足りていないと感じます。

―大学の「研究」の側面に関してはいかがでしょうか。

 様々な学問分野の人やマルチステイクホルダー間の壁を超えるトランスディシプリナリーな研究が不可欠です。Climate・Nature・Peopleの課題は、言うまでもなく複雑に絡み合って相互依存しているものであり、それぞれ単独で考えていては解決できないものだからです。

 私がプログラム統括を務めているRISTEX(社会技術研究開発センター)では、「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム」(図4)を実施しています。これは、研究者と社会課題に取り組む当事者とがペアとなってプログラムに応募し、シーズとなる技術を生かしながらシナリオを作る段階から社会実装まで一緒に考え解決していくという取り組みです。こういった共創的な研究開発を、大学にも実施してほしいと思います。


図4 SDGs の達成に向けた共創的研究開発プログラム


―教育においても研究においても、大学のパーパスに取り込む必要があるということですね。

 そうです。そしてパーパスとして掲げるだけではなく、「Atall levels at all settings」、つまりあらゆる意思決定の中にSDGsを組み込むことが大事だと思います。大学の場合、例えば、理事会での決議から学生一人ひとりの活動まで、あるいは物品購入の調達基準や、資産運用の基準等、多様な場面があるでしょう。

 さらには、大学がどのようにSDGsに取り組んでいるかを透明性高く情報開示していかなければなりません。この点では企業の情報開示が進んでおり、参考にするとよいと思います。

 また、「At all levels at all settings」ということで言えば、大学は18歳からの若者だけでなく、地域や行政関係の人等に教育する役割もあるでしょう。世の中の意思決定に関わる人がコンピテンシーやリテラシーを培うための場づくりは、大学のミッションではないかと思います。

―先ほども、「壁を乗り超える」ことの重要性についてお話しいただきましたが、大学がセクターの壁を乗り越えるための良い方策はありますか。

 ステイクホルダーとの対話だと思います。多様なステイクホルダーと対話をすることによって、自分達が持っていない視点を獲得することができますし、同時に相手に気づきを与える機会にもなり得ます。そういった場を頻繁に作っていくべきではないでしょうか。

 さらに大事なのは、グローバルな視点を持つこと。日本には日本の立場や良さがあり、そこに回帰する姿勢も時には大切ですが、世界のステイクホルダーの考え方や行動をアンテナ高く見ていくこと、そしてグローバルな議論の輪に入っていくべきだと思います。

 いずれにせよ、大学組織には多様な人がいて意思決定も複雑であるからこそ、経営トップの考え方は非常に重要です。トップが本気にならなければ組織は動かないということは改めて強調しておきたいと思います。

 SDGsとは何か。突き詰めて考えると、世の中の全ての「人間の尊厳」を守ることが究極の目的です。人間を中心にして課題解決を組み立てるという問題意識を全ての関係者に持っていただきたいと思います。



(文/金剛寺 千鶴子)


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