【ダイバーシティの今】①大学のダイバーシティマネジメントの「現在地」

 文部科学省中央教育審議会「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」で「学生や教員の多様性」が謳われて約5年。大学のダイバーシティの取り組み姿勢に変化が見える。例えば、東京大学の女性教員比率は「約16%(2022年)」と日本全体の平均(約27%・2022年度学校基本調査)よりも低いが、同大学は「多様性と包摂性」を軸に据えた全学ビジョン「U Tokyo Compass」のもと、5年間で女性の教授・准教授を300人採用して「25%」を目指す計画を2022年11月に発表。これまでにない規模の女性大量採用が話題となった。

 ジェンダー平等の推進に限らず、留学生支援、障がい者支援等、各大学でも様々な取り組みが行われているが、日本の大学のダイバーシティ推進は今、どの地点にあり、経営の場ではどのようにこのテーマに向き合っているのだろうか。高等教育の研究者であり、東北大学総長特別補佐(国際戦略担当)として大学経営にも関わる米澤彰純教授に見解を伺いつつ、大学のダイバーシティマネジメントの現状を概観する。


POINT
  • 教員の女性比率は職階が上がるごとに下がり、学長では約14%
  • ダイバーシティマネジメントの対象は多様化している
  • ダイバーシティ関連の課題は大きく分けて2つの観点から議論されている
  • ダイバーシティマネジメントは組織における“死活問題”


東北大学 総長特別補佐・国際戦略室(副室長)教授 米澤彰純氏

東北大学 総長特別補佐・
国際戦略室(副室長) 教授
米澤彰純氏

専門は教育社会学、高等教育。国際戦略担当の総長特別補佐を務めている。
東京大学大学院教育学研究科博士課程中退、2009年東北大学より博士(教育学)。
東京大学、経済協力開発機構コンサルタント、広島大学、大学評価・ 学位授与機構、名古屋大学を経て現職。
著書に『学士課程教育のグローバル・スタディーズ』(明石書店)、『大学のマネジメント』(玉川大学出版部)、『高等教育の大衆化と私立大学経営』(東北大学出版会)等。




教員の女性比率は職階が上がるごとに下がり、学長では約14%

 まずは、「女性活躍推進」に注目して現在の日本の大学をデータで見渡してみよう。図1は令和4年度の文部科学省「学校基本調査」を基に学生、教員、事務系職員の女性比率をまとめたものだ。学生の女性比率は44.5%、女性教員比率は26.7%で、ともに過去最高値を記録。大学の女性活躍推進の取り組みの成果が徐々に表れていると言える。

 ただし、「世界標準」に追いつくには取り組みの加速が必要だ。OECD加盟国全体を見れば、男性よりも女性のほうが高等教育を修了する比率が高い傾向があるが、日本の学生の女性比率は男性よりも低い。教員の女性比率もOECDの平均(2020年時点で40%)と大きな隔たりがある。


図1 大学の学生・教員・事務系職員の男女構成


 また、図2は日本の大学教員の職階別女性比率をグラフにしたものだが、職階が上がるにつれて女性比率が下がり、学長では13.9%に過ぎない。大学の女性活躍推進には多くの課題が残されている状態だ。


図2 日本の大学教員の職階別ジェンダー構成


ダイバーシティマネジメントの対象は多様化している

 一方で、キャンパスの「多様性」実現のための課題は女性活躍推進だけではない。

 米澤教授は海外を含めた大学のダイバーシティマネジメントのあり方を見てきた経験から、「現在、大学のダイバーシティの対象は、男女だけでなくLGBTを含めたジェンダー、人種・民族・国籍、障がい、家庭環境、年齢等多様で、施策や議論のテーマもマイノリティーの学生に対する日常のケアから合理的配慮のあり方、入学や卒業後のキャリア、教職員の採用、さらには属性による様々な理由により進学を諦めている潜在的な志望者へのアプローチまで多岐にわたります」と話す。

 実際の取り組みの幅は大学によって差があるものの、日本の大学においてもダイバーシティマネジメントの対象は広がる傾向にあり、このことは学術的な調査からも読み取れるという。

 「『男女共同参画宣言』や、取り組みの対象をより幅広くした『ダイバーシティ宣言』の実施状況に着目した東京大学大西晶子教授の2022年2月時点の調査において、前者のピークが2010年前後であるのに対し、後者のピークは1度目が2017年前後、2度目が2020年前後という結果が出ています」。

ダイバーシティマネジメントは組織における“死活問題”

 大学のダイバーシティへの国や社会の期待が高まり、取り組みの対象も広がる中、大学経営の場では諸課題にどう向き合っているのだろうか。米澤教授の見解では「日本の大学に限らず、ダイバーシティ関連の課題は大きく分けて2つの観点から議論されている」という。

 「1つは、“パフォーマンス向上”の観点です。研究教育機関としての卓越性や、事務運営組織としての学生や教員の獲得等ダイバーシティによってパフォーマンスをいかに上げるかという議論が行われ、企業でよく語られてきた経済合理性とダイバーシティを結びつけた理論が支柱になっています。

 もう1つは “コミュニティーをどの属性の人にとっても、大事なものにしていく、魅力的なものにしていく”という観点。“多様性(ダイバーシティ)”や“いかなる属性も排除しない”という意味での “包摂性(インクルージョン)”の原則に則った議論が世界的な潮流で、その根底にあるのは人権問題です」。

 この2つの観点の各大学における位置づけには、その大学が置かれている国や社会的諸条件、社会から期待される役割等による違いが見られるという。

 「北米等、人種等社会の分断が深刻な問題として日常的に意識されている国々の大学、特にトップクラスの大学では、大学の経営者がキャンパス内で属性故に不利な立場に置かれている人達の問題に真摯に取り組むのは当然のこととされており、“パフォーマンス向上”の観点からの議論も、“コミュニティーを公正なものにしていく”という視点を前提に行われます。

 他方、日本ではそれらの国々と比べて社会全般においてダイバーシティの諸課題が人権問題として意識されたり、当事者が声をあげることは少ないのではないでしょうか。その結果、ダイバーシティマネジメントにおいて “パフォーマンス向上”が優先される傾向があります。女性教員比率の問題を例に挙げれば、活発に行われているのは『女性の教員を採用することによって集合知の高い組織を形成することが、研究水準が上がることになるのでは』といった議論です。

 こうした議論も1つの選択肢として大事ですが、 “コミュニティーを公正なものにしていく”という視点からの議論が欠ければ、大学の取り組みが、学生、教員、職員といった学内のステークホルダーの期待に応えるものとはなりません。

 また、日本と北米の大学では社会的、文化的背景が異なり、ダイバーシティの取り組みの道筋も同じではないはずですが、どのような道筋をたどるにしても、特定の属性を持つ集団が排除されるような環境は魅力的ではありません。受験生の獲得や職員の採用といった場面で外部から人が集まらなくなり、最終的には経営パフォーマンスが低下してしまいます」。

 つまり、ダイバーシティマネジメントはステークホルダーエンゲージメントの一環でもあり、言い換えれば、組織における“死活問題”だ。

 最後に、各大学が取り組みを進めるうえで最も大事なことは何か、について米澤教授の考えを伺った。

 「学生や教員、職員、国や社会等大学が持つ多様なステークホルダーが大学に寄せる期待は様々で、各大学が抱えるダイバーシティの課題には複合的な要因が絡み合っています。各ステークホルダーにきちんと向き合ってそれらを解きほぐし、利害調整を行いながらビジョンを示していく。そこに定石はなく、各大学が当事者意識という意味でのリーダーシップを発揮してそれぞれの答えを見つけていくことが、大学のダイバーシティマネジメントにおいて最も大事なことだと思います」。


(文/泉 彩子)