最先端研究と社会実装の循環が大学の独自性を強固にする/信州大学 アクア・イノベーション拠点

信州大学 天野氏、藤重氏、土井氏

世界の水問題に挑む産学協働拠点

 信州大学が推進するアクア・イノベーション拠点は、世界が抱える水問題の解決を目指した「水の拠点」として世界からも注目されている存在だ。取り組んでいるのは、安全な水資源確保のための、海水の淡水化、飲用水の有害物除去、そして水道水の浄水のようなPOU(Point of Use)への技術の応用だ。こういった人類の課題に対し、アクア・イノベーション拠点ではナノカーボン等の新素材による膜、有害物質の吸着剤等のイノベーションを進め、革新的な造水・水循環システムの実用化を産業界とともに目指している。

 安全な水の供給はSDGsが掲げる17のゴールのひとつで、他の16ゴール全てにも関係している。アクア・イノベーション拠点は2013 年に文部科学省と科学技術振興機構(JST)のCOI(センター・オブ・イノベーション)採択と同時に発足し、SDGsが提唱された2015年よりも早いスタートを切っている。COIのプロジェクトインキュベーターを務めた藤重雅嗣氏は、SDGsという言葉を耳にするようになった時のことを次のように語る。「色々な人を巻き込み、共有するちょうど良い目標ができたと思いました。そして我々の行っている方向は間違いではなかったと確信を得ることができた」。その後、日本のSDGs 事例として国連でも紹介されたことをきっかけに、SDGsの文脈も取り入れた研究・発信を進めている。

 同大学はもともと環境に関する研究を重視してきた歴史がある。1998年には環境の冠をつけた環境機能工学科を設置し、国立大学ではいち早くISO14001を取得した。拠点形成担当副学長である天野良彦氏はその根底にある考えを、「大学は最先端の研究こそが社会への貢献に値する」と端的に表現する。この考えのもと尖った研究を目指し、学部・学科を超えた横断的な研究組織として「先鋭領域融合研究群」を設置、伝統的に強みを持つ材料工学、ファイバー工学、山岳科学等6つの研究所・拠点を有し、持続的な発展を目指した研究が進められている。アクア・イノベーション拠点もこのような活動のひとつに位置づけられる。

 もうひとつ同大学で特徴的なのは、各学部に、社会と共創するための組織があることだ。例えば工学部には「信州大学みらい産業共創会」という組織があり、約300社の企業・団体が参加している。

 アクア・イノベーション拠点は独自のプラットフォーム組織を持ち、そこには県内外含め水に特化した66の企業・団体が集まっている。学部・研究群・企業のサポートも入り、50名は常時メインスタッフとして稼働する。まさに信州大学が培ってきた最先端研究と社会との共創の基盤があってこそ実現した組織だ。

研究と社会実装を同時進行

 アクア・イノベーション拠点のプラットフォームはCOIプログラムに即した目的もある。シーズ・ニーズ探索副統括を務めた土井達也氏は、「一般的には大学が開発した新技術を社会で課題解決に投入した際、スムーズに社会で実用化に至るとは限らない。そこで、技術ができあがるもっと手前のところから企業と一緒に取り組んでいくための組織としてプラットフォームが機能しています」と述べる。また、COIプログラムでは先に世の中のニーズを探り、そこに研究テーマをフォーカスしていく「バックキャスティング」の考え方を取り入れ、研究と社会実装を同時進行していくことが特徴だ。信州大学では、最初に追うべき将来課題を定めるためのフューチャーセッションを行った。企業・団体だけでなく一般市民も巻き込み、20年30年先の社会のあり方と課題を議論したという。「本学のカーボン、ファイバー、無機結晶といった材料科学の技術を生かせる分野を将来の社会からバックキャストした時に見えてきたのが水問題でした」(天野氏)。そこから企業とともに一緒に取り組める形を数カ月かけて練りこんでいった。アクア・イノベーション拠点は、こうして企業と共に同じ目標に向かって長期的に取り組める「アンダーワンルーフ」と呼ばれる体制を実現。現在、一部の研究は社会実装の試験段階まできており、タンザニアの風土病を解決するために地下水のフッ素を吸着除去し100世帯に給水する試験が開始。研究と社会実装の連携が着々と実りつつある。


図表 信州大学アクア・イノベーション拠点体制図


人材育成、資金調達…大学経営へのメリット

 実は同大学ではアクア・イノベーション拠点発足を機に、工学部に水環境・土木工学科を設置し(2016年4月)、未来人材の育成にも方策を講じている。水問題というSDGs的にも長い目線で取り組まなければいけない課題には、社会にそれを定着させるための教育も必要だという考えだ。卒業生達は水関連企業へ就職し始めており、将来の人材として水環境課題を解決していく活動が期待され、大学と企業をつなぐ大事なループとなっている。

 また、SDGsにも掲げられる課題の解決に向け、企業との連携によって社会実装を加速することは、大学経営においても大きな意味を持つ。「まず知的財産として研究成果を高めることは、それに着目した社会実装を担う企業に注目され、新しい研究を活性化させる資金を得ることになる。企業連携のもと研究を社会課題に合うようにチューニングすることで、出資企業が増えていくことも見込まれる。こうした研究と社会実装の好循環を持続的に回していくためのプラットフォームであり、さらにこの経験から得たノウハウは、将来の研究にも応用できるはず。本学はこうしたサイクルを構築して、SDGs関連研究を軸にした社会貢献を継続していきたい」。天野氏の言葉は力強い。



(文/木原昌子)


【印刷用記事】
最先端研究と社会実装の循環が大学の独自性を強固にする/信州大学 アクア・イノベーション拠点