【対談】高校教育現場の課題・高大接続への期待

高校教育改革調査2022から見えてきたこと

「高校教育改革に関する調査2022」に表れた現在の高校現場における学習指導・進路指導の課題とその背景、課題解決のために高校・大学・社会が取り組むべきことは何か。高校生の主体的な進路選択を応援する先生のための進路指導・キャリア教育専門誌『キャリアガイダンス』編集長と小誌編集長が対談を通して考察する。


キャリアガイダンス編集長 赤土、カレッジマネジメント編集長小林


大学が高校の「今」を知ることが、相互のニーズに合った連携につながる

図1~3

小林 まずは2022年度入学の高校1年生から実施されている「新学習指導要領」の目玉として注目される探究学習の取り組み状況について、調査結果をどう捉えていますか。

赤土 2019年度から先行実施されていた「総合的な探究の時間」は95%の学校で導入が完了し、「主体性・多様性・協働性」の向上を6 割が実感しています。新設された7つの探究科目(図1)については科目ごとの調査は行っていませんが、高校の教育現場で表立った混乱は見られません。ここ数年、取材や講演で高校に伺った際に探究が話題に上る頻度が増え、先生方の関心の高まりを感じます。

 ただし、「総合的な探究の時間」導入校の98%が何らかの課題を抱えており、導入校の8割が挙げた最大の課題は「教員の負担の大きさ」。次に「教員間の共通認識不足」(54%)、「教員の知識・理解不足」(44%)と続きます。

小林 探究学習には「課題の設定」「情報の収集」「整理・分析」「まとめ・表現」の過程があり(図2)、これらを発展的に繰り返すことで学びが進んでいきます。先生方が特に指導に難しさを感じているのはどのあたりでしょうか。

赤土 「課題の設定」です。旧学習指導要領の「総合的な学習の時間」にもこの過程はありました。ただ、課題そのものの定義はなく、「課題を解決する過程で自己の生き方を変える」のに対し、「総合的な探究の時間」では「自己の在り方生き方と一体で不可分な課題を自ら発見し、解決していく」とされ、「自ら解決したいと思う課題を発見すること」が重視されています(図3)。

 そういった「問いを見つけて自分ごと化する」ということは、先生自身も経験がなく、ファシリテーションが非常に難しいという声をよく聞きます。

小林 確かに指導が難しそうです。赤土さんは高校生対象のアントレプレナーシッププログラム「高校生Ring」(※)にも関わっていますが、高校生の課題発見力を養うためのポイントは何だと思われますか。

赤土 私はよく「半径5メートルから始めよう」と高校生に話しています。課題発見をそんなに難しく考えなくていい、という意味です。社会問題を解決するような事業も、最初は一人の起業家の小さな問いから始まっていたりします。まずはこの感覚を先生・生徒共に共有できるといいように思います。

 次に、課題を発見するには今いる場所をメタ認知する力が必要ですから、生徒が自分の殻を破れるような仕掛けをいかに作るかが鍵だと思います。探究の取り組みを円滑に進め、何らかの実績に結びついている学校のお話を聞くと、この仕掛けづくりが上手です。学外の人や体験との出会いの場をつくる一方で、文化祭や体育祭といった既存の活動を探究のコンテンツとして捉え直すなど工夫をして、全ての教育活動を「総合的な探究の時間」で生かそうとしています。

小林 組織的な意識改革や発想の転換が必要かもしれませんね。ただ、一朝一夕でできることではなさそうです。ところで、今回の調査で「文理コース選択の状況」を見ると、文理選択を実施している学校は全体の約7割で、大学進学率70%以上の層では9割以上です。さらに、選択の時期は1年生が75%を超え、「高校1 年生10月~12月」が採択校の半数を占めます。文系・理系の枠を超え、身近な課題を発見することを重視する探究と文理選択は相容れず、こうしたことも探究の指導の難しさにつながっているのではないでしょうか。

赤土 多くの生徒が将来をイメージできていない時期に文理選択を尋ねる用紙を配ることに対して「悩ましい」というお話を聞いたことがあります。ただ、「教員の負担の大きさ」に関しては、指導の難しさ以前の問題もありそうです。2年生以上は旧課程で指導する過渡期のなか、高校には2025年から共通テストに追加される「情報」への対応やICT活用もなども求められています。本調査の自由記述欄にも、「ほかの仕事とのやりくりの大変さ」を訴えるコメントが見られました。対応すべきことが山積みで、「探究の意義は理解できるけれど、手が回らない」というのが多くの先生方の本音かもしれません。

 こうした実情や、授業内容や方法が生徒の個性や資質に左右されることも相まって「総合的な探究の時間」はカリキュラム・マネジメントの中核に位置づけることが求められているものの、実施できている学校は3割。「考えていない」学校も2021年度の調査から増加して2割あり、取り組み状況に格差、温度差が生じています。


赤土氏 コメント


探究で生まれた問いが、大学のどの研究にどうつながるのか

小林 「新学習指導要領」第一世代の現高校2年生が大学に入学するのは2025年。彼・彼女らの大半が世の中に出る2030年の社会で活躍する人材の育成は高大社の共通課題であり、ここからは少し高大連携の可能性を探りたいと思います。高校は大学の学びに対して、今最も期待していることは何でしょうか。

赤土 高校での探究の学びで生まれた問いが、大学のどの研究にどうつながるのか、高校生に分かりやすい情報提供をしてほしい、という声を頻繁に聞きます。本調査の「大学・短期大学に期待すること」で「実際の講義・研究に高校生が触れる機会の増加」、「分かりやすい学部・学科名称」がいずれも5割近く、上位を占めているのもその表れだと思います。

 大学の学びに触れる機会として、オープンキャンパスへの期待値は本調査でも高く、模擬授業も人気です。ただ、高校生がやりたいことを見つけ、それを実現できる大学、学部・学科を判断するのは大人が想像する以上に難しいことです。

 そこに気づいたある大学では、高校生が探究学習などで培った学びの種を個人面談を通じて確認し、本人に合う学部・学科を他大学も含めてアドバイスしています。この面談は何度も受けにくる学生が毎年いるようです。

小林 大学の先生が高校生の探究活動や課題研究の支援を行い、入試や入学後の教育につなげている例もあります。こうした個別最適化の取り組みは大学にとって負荷もありますが、高校や高校生に各大学の学びの特徴や面白さが伝わりやすく、今後より求められるようになるのではと思います。

 ところで、学びの高大連携といえば、大学の先生による出前講義といった従来からのプログラムに加え、大学の授業の高校へのネット配信といったICT活用、高校生の大学の科目履修制度に関する法令改正など多面的に取り組みが進んでいます。こうした状況を高校はどう捉えているのでしょうか。

赤土 もちろん歓迎されていると思います。ただ、多くの高校に伺うなかで、私がよく考えさせられるテーマが「多様性」や「格差」です。最近、工業高校の先生から聞いた印象的なお話があります。優秀な成績の生徒が大学に進学しないと知って事情を聞くと、身近に大学卒の大人がいないために大学が何をするところなのかよく分からず、「自分にはハードルが高すぎる」というのが理由だったそうです。「大学入試に挑戦する学力は十分あるのにもったいない」と先生が嘆いていらっしゃいました。

小林 大学にとっても機会損失です。

赤土 大学が学びの場を高校生に開くのはとても意味のあることで、進学の意志が固く、主体的に行動できる人達にとっては絶好の情報収集の機会です。でも、そうでない高校生もたくさんいて、彼らも「学びの種」を持っています。それを引き出すために高校も頑張っていますが、大学が高校の学びの場にもう一歩踏み込んでいただけると高校生の進路選択の可能性がより広がると思います。先ほどの工業高校の先生も「大学の方々が高校を訪れ、高校生が大学での学びを身近に感じるような授業や講演をしていただける機会があれば、とてもありがたい」とおっしゃっていました。


小林 コメント


高校の「多様性」を意識した連携、情報発信を

小林 高校での探究学習の推進もあって総合型選抜の導入など入試による高大接続も進められています。そんななか、今回の調査の「大学・短期大学に期待すること」で、「基礎学力を問う入試の拡大」が前回よりも大きく上昇して5位に挙がっているのが気になります。総合型選抜には学力評価も課されているのですが、この結果をどう解釈すればよいでしょうか。

赤土 基礎学力を強化する指導に軸足を置き尽力されている先生方が多くいらっしゃいます。入試方式が多様化・複雑するなかで、「基礎学力をきちんと入試で見てほしい」という考えの表れかもしれないと考えています。また、総合型選抜の評価基準はアドミッション・ポリシー(AP)に準拠していますが、APは抽象的な表現で書かれたものも多く、従来の学力試験に比べて基準が明確でないと感じているのだと思います。高校生と一緒にAPを読み込み、受験指導をされていたベテランの先生から「不合格の生徒に理由を問われて答えが見当たらず、振り返りを次に生かしてあげられないのがつらかった」と伺ったことがあります。

 また、入試の多様化については、選抜方式が複雑化して情報収集や指導が追いつかず、負担を感じていらっしゃる先生も多いです。「進路指導上の課題」の調査結果も、「教員が進路指導を行うための時間の不足」(63%)が1位、「入学者選抜の多様化」(55%)が2位でした。

小林 「選抜の多様化」は大学が高校までの学びをより幅広く評価していることの表れでもあり、高校生は「個」に合った大学を選びやすくなりますし、「新学習指導要領」の目指す学びのあり方ともマッチするはずです。ところが、大学の高校教育に対する期待が高校生や先生に伝わってないのですね。高校の先生から「探究活動が大学入試で評価されない」という声をよく聞きますが、これも同じ図式だと思います。高校側の不安を解消するには、大学が高校への期待をもっと分かりやすい形で発信していく必要がありそうです。

赤土 今は高校教育も過渡期にあって先生方の負荷が増えています。高校側も今はまだ「新学習指導要領」の目指す学びのあり方を十分には形にできていないというジレンマがあります。ただ、大学と高校の相互理解が足りていないのも事実かもしれません。

 今回の「高校教育改革調査」から見えてきた高大の相互理解のポイントは「多様性」だと思います。高校教育の現場は今、非常に多様化しています。公立・私立だけでなく、普通学科の高校もあれば、総合高校、専門高校もあって、進路多様校には私が携わっている探究学習プログラムで有名起業家がうなるような発想と行動力を持つ生徒もいれば、学びにすっかり自信をなくしている生徒もいます。この「多様性」の中に高大連携をどう位置づけていくのか。高校教育の「今」を知っていただき、そこにある課題を解決する道筋を一緒に考えていただくことが、お互いのニーズに合った連携や、高校生や先生に分かりやすく伝わる情報発信につながるのだと思います。

小林 同感です。今回の調査からは様々な課題も読み取れましたが、若者の育成、自立に向けて一所懸命取り組んでいるからこそ課題も生まれるのだと思います。大学も同じです。2030年の社会に若者が羽ばたいていく姿を楽しみに、大人達が手を携えて頑張りたいですね。



(文/泉 彩子)


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高校教育現場の課題・高大接続への期待