【ダイバーシティの今】②大学のダイバーシティの最前線/事例report  早稲田大学

大学経営層のリーダーシップのもと、多様な構成員の視点を反映した取り組みを実施

 大学のダイバーシティの気運が高まるなか、「センター」や「推進室」等の専門組織の設置や、「ダイバーシティ宣言」の実施等ダイバーシティ推進のための組織体制の整備を進める動きも見られる。こうした取り組みを「絵に描いた餅」で終わらせないためにはどうすればいいのだろうか。ポイントを探るべく、早稲田大学ダイバーシティ推進室室長の石田京子氏(法学学術院教授)に同大学の組織的なダイバーシティの取り組みについて話を聞いた。


POINT
  • 組織間の連携・調整は、大学のダイバーシティにおいて要となる
  • ダイバーシティ推進の組織体制に学生の声が明確に反映されている
  • 早稲田だけで取り組みを進めても、大学のダイバーシティは実現できない


早稲田大学 石田京子氏

早稲田大学ダイバーシティ推進室
室長(法学学術院教授)
石田京子氏



組織間の連携・調整は、大学のダイバーシティにおいて要となる

 早稲田大学は、その創立以来、大学コミュニティにおける多様性を重視してきた。近年の取り組みとしては、2007年に「早稲田大学男女共同参画宣言」を公表し、「男女共同参画推進室」を開設。5年後の2012年、創立150周年を迎える2032年に向け、「世界に輝くWASEDA」を目指して策定された中長期計画「Waseda Vision150」の核心戦略の中で、「男女共同参画・ダイバーシティの推進プロジェクト」が発足した。

 この流れを受け、「男女共同参画推進室」を発展的に改組する形で2016年に「ダイバーシティ推進室」が始動。さらに、2017年には既存の「障がい学生支援室」「ICC(異文化コミュニティセンター)」、新設の「GS(ジェンダー&セクシュアリティ)センター」が統合されて「スチューデントダイバーシティセンター(SDC)」が設立された。

 「創立150周年(2032年)に向けた中長期計画『Waseda Vision150』において“ダイバーシティ”を核心戦略に位置づけたことにより、キャンパスにおける多様性の実現が本学のひとつの“生命線”であると全学に明確に示されました。この戦略のもとで組織の統合・整備が行われ、個別に行われてきた取り組みに共通目的が設定されたことで、本学のダイバーシティの推進力は確実に高まったと思います」と石田氏は話す。

 同大学のダイバーシティ推進体制を示したものが図1だ。便宜上「ダイバーシティ推進室」が上部に配置されているが、トップダウン型の構造ではなく、同推進室は組織間の調整・連携を図りながら、大学全体のダイバーシティ推進にかかる施策を企画し、実行する役割を担っている。

 「大学は各組織の独立性が高く、例えば本学でも学部や研究科によって学生の男女比も違えば、教員の採用も学術院ごとに状況が異なります。各組織の置かれた環境や状況を理解しつつ全体の取り組みを進めていくことが不可欠であり、組織間の連携・調整は大学のダイバーシティにおいて要となる機能です」


図1 早稲田大学のダイバーシティ推進体制
図1 早稲田大学のダイバーシティ推進体制


 「ダイバーシティ推進委員会」の2022年12月時点のメンバー構成リストは図2の通りだ。総長が指名した理事2名を筆頭に、学内のほとんど全ての組織からの選出者が並ぶ。

 「委員会だけでは解決できない課題は、理事の判断により総長まで上げて、理事会で議論されます。経営リーダー人材が問題意識を持ってダイバーシティの諸課題に向き合う風土と仕組みが本学にはあり、これは具体的な取り組みを迅速に進めていくうえで、非常に重要な要素だと感じています」


図2 早稲田大学ダイバーシティ推進委員会メンバー構成
図1 早稲田大学のダイバーシティ推進体制


 同推進委員会は原則年3回開催され、課題の共有や議論、施策の提案のほか、教職員の女性比率、管理職の女性比率といった項目の各組織の数値のモニタリングも行う。

 「一例として学術院ごとの女性教員比率も公表されます(図3)。隣に座っているメンバーの所属組織と自組織の違いが『見える化』されるわけです。各組織には個別の事情がありますから、隣の組織との違いをどう捉え、どう対応していくのかは各組織の判断であるとしても、隣の組織との違いを知れば、何らかの対応を考えることになります。これが、各組織のダイバーシティの取り組みを半歩でも前に進めます。委員会という場の重要な機能のひとつに『見える化』があり、『見える化』によって閉鎖的になりがちな組織を開くことは、全学的なダイバーシティ推進において非常に効果的だと感じています」


図3 早稲田大学の学術院別 教員数と女性比率(2022年度)図3 早稲田大学の学術院別 教員数と女性比率(2022年度)


ダイバーシティ推進の組織体制に学生の声が明確に反映されている

 早稲田大学のダイバーシティ推進のための組織体制は、過程で教職員だけでなく学生の声が目に見える形で反映されていることも大きな特徴だ。全国でもいち早く2017年にジェンダー・セクシュアリティに関するリソースセンターとして設立された「GSセンター」は、学生コンペ「Waseda Vision 150 Student Competition」で総長賞を受賞した企画をきっかけに生まれた。

 「開設準備にも学生が携わりました。『センターを利用することによって自分のセクシュアリティを他者に知られることが不安、と感じる学生も多いのでは』という学生の意見をもとに、LGBTQという特定の属性を指すことのない名称を工夫したり、安全に相談できる環境を検討する等、開設までには職員と学生で何度も話し合いが行われたと聞いています。

 職員の尽力もあって、開設から3年目の2019年には年間延べ1761名が同センターを利用。コロナ禍の影響で一時激減したものの、徐々に増加して2022年度には年間延べ約1200名が利用し、当事者だけでなくジェンダーやセクシュアリティに関心がある学生や教職員、学外の人達まで多様な人々が集う場となっています」

 LGBTQ+支援に関しては、2017年からの出席簿における性別欄の廃止、性別問わず利用できる「だれでもトイレ」「だれでも更衣室」の設置、教職員向けの「セクシャルマイノリティ学生への配慮・対応ガイド」の発行等細やかな取り組みを実施。2022年11月には、職場におけるLGBTQ+などのセクシュアル・マイノリティへの取り組みを認定する「PRIDE指標」で最高位の「ゴールド」を取得した。

 同大学においては、組織体制が整っているだけでなく、大学経営層のリーダーシップのもと、教職員、学生等多様なステークホルダーの視点を反映した取り組みを実施していることが、具体的な支援や成果につながっていると考えられる。

早稲田だけで取り組みを進めても、大学のダイバーシティは実現できない

 自学のダイバーシティ推進について石田氏は「体制面はかつてと比べてかなり進んだものの、課題は数多く残っています」と言う。数値に表れているものとしては、「女性教員比率」の伸びの低さが大きな課題だ。

 図4は早稲田大学の学生・教員・職員の女性比率の推移を示したもの。同大学では学生・教員・職員ともに女性比率3割を超えることを第一段階での目標としていたが、学生と職員については「Waseda Vision150」で数値目標の設定を見直した2012年の時点で既に3割を超えていた。そこで、設立150周年にあたる2032年度までに学生と職員の女性比率を5割にする目標を掲げ、いずれも2022年度時点で約4割に達している。一方、教員については2012年時点で13%だったため、目標を3割に据え置いたが、いまだ2割に達していない。


図4 早稲田大学の学生・教員・職員の女性比率の推移(2018-2022)図4 早稲田大学の学生・教員・職員の女性比率の推移(2018-2022)


 「教員の女性比率については、社会の意識や慣習の影響もあって学部生段階での女性比率が低く、女性研究者が少ない学問分野も存在する等、背景には構造的な問題があります。ただ、変化が必要であることは間違いありません。ジェンダーに拘わらず働きやすい環境づくり、採用に携わる教員のジェンダーゆえに生じるアンコンシャス・バイアス(無意識の思い込み)の低減を図る等、多方面から対策を進め、思考停止に陥らないことが大事だと考えています」

 また、「これまでの取り組みを形骸化させないためには、ダイバーシティの価値を教職員や学生にしっかりと浸透させていく必要がある」と石田氏。同大学では学生のダイバーシティへの理解を深めるために全学生が履修可能なダイバーシティに関連する科目を設置・運営する等「ダイバーシティ教育」も実施してきた。だが、必ずしも履修しなければいけないわけではない。また、教員においては独立性が高く、ダイバーシティの問題を意識しているのはやはり「当事者に近い人達や問題を認識している人達」が多い。

 「『知らない』ために無意識に当事者を傷つけてしまうことも考えられ、それは人道的に問題なのはもちろん、大学の価値を損なうことにもなります。“多様性を発揮できるコミュニティ”として早稲田が生き残っていくためにも、ダイバーシティの重要性を発信し、あらゆる構成員の理解を促すことが非常に重要だと考えています。

 ただ、本学だけで取り組みを進めても、できることには限りがあります。他大学との連携も少しずつ進めており、2023年7月には慶應義塾大学とのダイバーシティ関連のイベントの共催も予定しています。他大学、そして社会と手を携えながら、真の意味での大学のダイバーシティを実現していけたらと考えています」


(文/泉 彩子)