リカレント教育最前線 [3]高知大学 土佐フードビジネスクリエーター人材創出事業

一人ひとりが異なる志向を持つ社会人は、これまで同質性の高い18歳入学者に特化しその態勢を最適化してきた日本の大学にとって、「新たな市場・顧客」である。
時々刻々と変化する環境下、また各大学それぞれに経営課題も利用できるリソースも異なる中、社会人マーケットの開拓を目指す取り組みには「正解」や「定石」のようなものはないだろう。しかし、だからといって立ち止まってはいられない。
この連載では、それぞれの方法で社会人に向き合って試行と探索を行う先駆的な取り組みをレポートしていく。


高知大学 次世代地域創造センター センター長 教授 石塚氏、高知大学 次世代地域創造センター 特任教授 韓氏、高知大学 次世代地域創造センター 特任講師 松田氏


15年、714名の修了生による累積100億円の経済効果。
事業の継続と発展をもたらした「数字」と「コミュニケーション」の力

修了生が開発した商品達が売り場に並ぶ

図 概要

 取材を終えて訪ねた高知市内の県産品販売施設「アグリコレット」。売り場には、取材資料に記載されている商品がいくつも見つかった。「高知大学土佐フードビジネスクリエーター人材創出事業(以下土佐FBC)」の修了生が開発・事業化したこれらの商品による経済波及効果は、コロナ禍での停滞はあったものの年々増加し、2021年度、累積で100億円を超えたという(図表1)。「こうした修了生の活躍が土佐FBCの継続と発展につながったのです」。そう話すのは、事業責任者である高知大学次世代地域創造センターのセンター長・石塚悟史教授だ。

 土佐FBCは、高知県の食品産業の中核を担う専門的人材、食品産業の拡充に資する基礎人材を育成するプログラムである。2008年に「文部科学省科学技術戦略推進事業(地域再生人材創出拠点の形成)」としてスタートし、2013年に同事業が終了したのちも5年ごとに事業内容を更新しながら発展を続け、16年目を迎えた。

 今年から始まった第四期「FBCⅣ」で開講されるのは4コース。その中のひとつ「本科コース」を例に内容を見てみよう。講義は「食品学」「食品ビジネス」「マーケティング」「品質管理」の4科目、それに実習「実験技術」「現場実践学」が加わり、全94時間オンラインでの開講となる。

 「高知県は野菜や鮮魚等おいしい食べ物がたくさんあるのですが、恵まれているぶん、生鮮のまま県外に出荷されてしまっており、十分に稼げていない。県の雇用創造と経済振興のためには、一次産品を加工して魅力的な商品を継続的に生み出すことが必須」(石塚氏)。

 「いっぽう、2004年の国立大学の法人化に当たり、高知大学が何をもって高知県に貢献していくのかという議論がありました。大学の持つ資産を考え、『食』で地域産業の担い手の育成に取り組んでいこう、と。そこで国の事業に応募し、採択されたのが土佐FBCのはじまりです」(石塚氏)。

 こうした外部資金による事業の場合、事業終了とともに継続が困難となるケースは多い。

 「国の事業の終了後を見据え、受講生の満足度の高さ、新商品や生産性の向上といった修了生の活躍を丁寧に説明していくことで、大学からの財源を確保し、県、自治体、銀行、JA、地場企業から協力をいただくことができました」(石塚氏)。そして7~8年後あたりからは、修了生の活躍が数字としても表れるようになった。「地域で作ったもので外貨を稼ぐ」修了生の輩出が知られることで、事業の意義が浸透していったという。


図 概要


修了生は「無料で、コンサルが一生続く」

 受講生の職業は、食品産業に関わる事業者をはじめ、農家、広告業界、銀行員と幅広い。「知識のレベルはバラバラです。学歴も違うし、職歴や家庭背景も色々。そんな受講生に、なぜこれを学ぶ必要があるかから教えて、商品開発や産業振興につなげていく。大変です」と話すのは特任教授の韓 力氏。同じく特任講師の松田高政氏は「授業アンケートでも、『簡単すぎ』と『分からない』に回答がバラけます。でも、モチベーションの高さは共通。対面の時には、高知県西南端の町から車で片道3時間かけて通われていた方もいました。SNSのコミュニティーもいつもとても盛り上がっていますよ。もともとのやる気が高いうえに、ここでは同じ気持ちの人と出会えますから」(松田氏)。

 修了生のコミュニティー「土佐FBC倶楽部」も活況を呈する。ただの交流ではない。取引先の紹介やコラボレーションの実現のための実益の場になっている。

 また、修了生は自らの事業課題について教員に相談ができる。「無料で、コンサルが一生続くんですよ、すごいお得ですよね。相談件数は年々増えていて、内容も多岐にわたります。近年は商品企画の相談が多くなっていますね」(松田氏)。

 「対応は大変ですが、産業の促進は私達の一番の使命です。その想いがあるからやっているので」(松田氏)。「だから結構『御用聞き』しますね、何困ってますかって(笑)」(韓氏)。

 「そして関わったら売上を聞きます。経済効果の数字の算出は、そうやってヒアリングした一つひとつの商品の数字を積み上げていったものなんですよ」(松田氏)。

数値目標の意義と学内・学外からの支持獲得の努力

 土佐FBCでは毎年の経済効果について数値目標を掲げている。

 「人材育成は数字で表現しにくいですが、数値目標があることで、取り組むべきことが明確になります。先生方が躊躇なく相談対応に力を注ぐことができるのはその効果だと思います」(石塚氏)。

 「そして、大学に対しても県に対しても、ボランティアではなくちゃんと価値のある事業だというのを説明していくうえで、数値は強力です。例えば県に対しても、『修了生による売上がこれだけあります、そこからの納税額を考えると、寄附講座の予算は効果的ですね』と、そんなふうに説明できるわけですから」(石塚氏)。

 石塚氏が学内・学外に対して事業の意義の説明の労を惜しまないのは、事業の継続とその今後を見据えてのことだろう。

 「今年から『学術指導コース』として共同研究や大学院への接続をコース化しました。研究開発人材を育成し、同時に、共同研究ができる企業、研究開発部署のある県内企業を一つでも増やしていきたいんです。海外への展開も具体的な検討をはじめています」(石塚氏)。

 売り場で見つけた修了生による商品の数々。そのパッケージはどれも、購買意欲がかきたてられるようしっかりとデザインされている。それは、学内外とのコミュニケーションをおろそかにしない土佐FBCの姿勢と同じもののように感じられた。


画像 「サンデーJマルシェ」の様子




(文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員[社会人領域])


【印刷用記事】
リカレント教育最前線 [3]高知大学 土佐フードビジネスクリエーター人材創出事業