地域連携で発展する大学[7]島根県の「人口減少に打ち勝つ」の旗の下、 学生と地域・企業の「活気の好循環」を目指す/しまね産学官人材育成コンソーシアム
島根県は鳥取県と並んで全国でも人口流出・高齢化の進み方が顕著な地域だ。島根県ではこれまでCOC事業、COC+事業を通じて、島根大学を中心に地方創生のための自治体・企業・経済団体を巻き込んだ協議体の構築と施策の実行を進めてきた。COC+ではその成果が高く評価され、S評価を得ている。2020年には、2019年度で終了したCOC+事業の取り組みを引き継ぐ形で「しまね産学官人材育成コンソーシアム」を発足(図1)。島根県の若者の人材育成と県内定着を目指すための施策をさらに推し進めている。人口流出・高齢化の「課題先進県」とも呼ばれる島根県の地方創生の取り組みとはどのようなものなのか。コンソーシアム事務局である島根大学の地域未来協創本部の本部長を務める松崎貴氏に話を伺った。
10年連続で人口減少
島根県の地域としての最大の課題はやはり人口減少だ。県民数は1992年の77万人から、2021年は66万人まで減少。生産年齢人口も県民数と同年の比較で48万人から35万人になっており、働き手の不足による県内産業の量的・質的な影響も大きくなっている。
人口減の大きな要因のひとつが高校卒業時点で県外に出ていく若い人材の多さだ。
また高校卒業生のうち毎年約2700人が大学・短期大学に進学するが、県内の大学は島根大学、島根県立大学のみで、2校合わせても入学定員数は1600人。県内進学を希望する学生であっても必然的に県外に行かざるを得ないという構造的な問題もある。(図2)
こういった現状の中、島根県では若者の県内定着を狙うだけでなく、県外に出ていった人材を流出したままにせず、のちに島根に戻ってくる人材に育てるという視点も持ちながら、手を打っていこうとしている。
「流出・流入のギャップは島根県に限ったことではないと思いますが、我々は、若者が県外に出ていく前に島根の魅力をきちんと伝えることが大切だと考えています。島根には魅力的な働き口があり、魅力的な経営者がいる。そこで若者の力が求められていることを認識したうえで、彼らが武者修行で県外に出ていくのは必ずしも悪いことではない。しかし、島根のことを何も知らずに出ていってしまっては、なかなか戻ってこない」(松崎氏)
こういった現状を変えるべく、しまね産学官人材育成コンソーシアムは自治体が深く関わっているのが特徴だ。もともとはCOC+の流れを引き継いだ形ではあるが、その背骨に当たるものが、島根県知事が掲げる「島根創生計画」だ。人口減少対策をどう打ち出していくかをメインテーマとし、「人口減少対策に打ち勝ち、笑顔で暮らせるしまね」というスローガンを立てている。産業を支える人材の育成に関しては、小中高大の教育機関、Uターン・Iターンの促進等、全体をそのステージとして捉えている。そういった県の大きな構想のもとに「島根版 高等教育のグランドデザイン」が示されているが、コンソーシアムもグランドデザインの推進を担う大きな役割を果たす位置づけとなっている。島根県、島根大学をはじめとする高等教育機関、経済団体や賛助団体・企業と、まさにオール島根で未来に向けた取り組みを実現する構図となっている。
4つのステップで学生と県内企業をつなげる
島根県の企業について、学生に知ってもらい、自分が活躍できる場があることを知り、将来的な県内定着に結びつける。そのためにコンソーシアムでは4つのステップで施策を展開している。
ステップ1は高大接続の観点から、高校生に県内大学をよく知ってもらう。
ステップ2、3、4では県内企業を広く知る、深く知る、選択するというテーマで島根大学、島根県立大学、松江工業高等専門学校の学生と企業との接点を企業見学やインターンシップ、課題解決プログラム等、様々な形で提供している。
その中でも最も特徴的なイベントが「しまね大交流会」だ(写真)。COC+の時に始まった「しまね大交流会」は2022年で8回目の開催。20年、21年は一部オンライン開催となったが、2022年は対面で復活、来場者は1400名にのぼった。うち約1000名が高校生・大学生。島根県で活躍する122の企業・自治体・高等教育機関等が参画し、学生と直接交流する。その様子はお祭りのような盛り上がりを見せている。
大学側は1年生、2年生のときから授業の一環として学生を「しまね大交流会」に参加してもらっている。その目的を松崎氏は以下のように語る。
「就職活動が始まってから企業訪問をする時点で企業を知ろうとしてもタイミング的には遅い。もっと早い段階から島根県の企業を知ってもらうためにも授業の一環に組み込んでいます。最初のうちは学生も若干やらされている感があるかもしれません。ですが、今の若者はちょっと背中を押されるぐらいでないと自分から動かないところもあります。これがきっかけになってそのあとの企業プロジェクトに参加したり、企業のバスツアーに参加してみようという学生も少なくありません。そのためにもしまね大交流会のように広く企業を知る機会は効果的だと考えています」
また、こうしたイベントや施策は、学生のためだけでなく企業の成長につなげていきたいという目論見もあると松崎氏は語る。
「若い人達がどのようなことに関心を持ち、企業の何を評価するのか、生の声を聞くことで各社も時代にキャッチアップしてほしい。また、島根県の企業は自社の魅力を十分に伝えられていない企業もあるので、学生の声や他社のプレゼンテーション等を見て、自社アピールの力をブラッシュアップする機会にもしてほしいと考えています」
「しまね大交流会」以外にも、大学3年生向けに企業の協力を得て模擬面接訓練を行っている。その場では企業から学生が良い就職を実現するための働きかけやアドバイスがあり、学生は不安を解消し、自信をつけていく様子がいくつも見られるという。同時に、企業にとっても人材採用をうまく進めるための訓練になっている面があるという。
実際のところ、企業がコンソーシアムの施策に参加しても、必ずしも直接自社の人材採用につながるとは限らない。ある意味学生の教育の一環に協力するという側面もあるが、企業も学生との接点を増やしていくことによって自社の対外的なアピール力や採用のレベルがあがっていくメリットを実感し、積極的に協力する関係性を築いている。
「模擬面接といった機会は教員だけでは学生に提供することはできません。コンソーシアムの施策は地域とともに人を育て、地域も活気づく好循環を生み出しています。学生、企業それぞれの成長を促す機会になり、うまく機能しています」(松崎氏)
問題意識を共有し「自分ごと」として取り組む
こうしたコンソーシアムの活動の成果は、数字にも表れつつある。「しまねで活躍したい若者」を増やし、持続可能な地域づくりの実現達成に向けて設定されたKPIである「県内高等教育機関の県内就職率」も順調に達成している(図3・4)。その背景の1つには、島根県として人口減少対策と人づくりを最重要テーマとし、多くの予算を投下しているということがある。また、コンソーシアムには企業から多くの賛助金による支援も得られている。
また、コンソーシアムの運営は、関係者の認識をいかに高め、巻き込んでいけるかもキーになる。
「取り組みが本当に実効性があるのだ、という認知が進んでいけば、『大変だがそこに力を入れていくべき』という地域共通の認識へと発展していくと思います。そうなると色々な取り組みがさらに実行しやすくなるのではないか」と松崎氏はいう。
「学生や教員、企業や地域に協力を得るときに、自分ごととして関わる人が増えていくことが大切」と松崎氏は語る。
特に大学では教員の協力も大切な要素だ。島根大、島根県立大ではコンソーシアムの活動の認知が高まるにつれ、「学部から人を推薦しますよ」と、自分のできる範囲で支えようという教員が少しずつ増えているという。また、活動に長く関わっている教員は、表面的に数字の達成することだけにイベントや事業をするのではなく「何のためにやるのか」という本質を捉え、同じ方向を向いて活動を推進する役割を担いつつある。
「問題意識を共有し、自分ごととして動いている人が増えてきたこと、これによって今はコンソーシアムがうまく動いていると感じています。今後はその後継者をいかに増やしていくか。関わる人々が少しずつバトンタッチしながら仕組みをつくっていくとになると思いますが、属人的ではなく、組織的に増やすシステムをつくれるかは次の課題でもあります」(松崎氏)
島根県にあるものを活用していく
島根の産業側から見てみると、やはり必要な人材像についても明確になってくる。
第1次産業の農業、林業、水産業では高齢化が進む中、DXによる効率化、暗黙知の継承を進める必要がある。第2次産業では地場産業として鉄鋼業の歴史があり、鍛造・鋳物産業といったものづくりが生まれてきた。この分野では、先端金属素材の研究で世界トップレベルの高度専門人材の育成を目指す島根大学の「次世代たたら共創センター」がよく知られている。そのほか、電子デバイス関連の工場も多い。また新型コロナウイルス感染症が拡大した時期には、通信環境の進化によって、地方で遠隔から仕事ができる認識が広がったこともあり、県ではIT関連の県外企業の誘致にも力を入れている。
第3次産業では医療や高齢化対策として医師不足が喫緊の課題だ。観光資源としては出雲大社や世界遺産の石見銀山がある。出雲大社の遷宮には多くの観光客も訪れたが、一過型に留まっている。
「島根にはいいものがある。しかしながらそれらを有効に活用できていないのが現状です。島根県の優れた資源をうまく使っていくための専門的な知識、課題解決につなげるデザイン力を持った人を増やしていきたい。また、労働人口が少ない中で効率化を図るためにはIT、ICTのリテラシーを持った人材の存在も不可欠です。しかし何にも増して、そういった知識と地域の資源を組み合わせ、チャレンジするような気概を持った若者を育てていくことが大事だと考えています。そこは18歳からの大学入学者だけに頼るのではなく、県外の社会人にも働きかけ、リカレント教育も行う。大学、高専を中心に、高校、中学も巻き込みながら、新しい人流を生み出したいと考えています」(松崎氏)
(文/木原昌子)
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