多様なバックグラウンドの受講生に合わせて学習内容を最適化した履修証明プログラム/青山学院大学 社会情報学部 ADPISA

画像 青山学院大学 社会情報学部長・教授 宮川氏、社会情報学研究科 ADPISAプロジェクト 教授山口氏


事業とITをつなぐ社会人向け教育

 青山学院大学では、情報システムを企画・開発・運営できる人材の育成を目指す社会人向け教育プログラム「ADPISA(Aoyama Development Program for Information Systems Architect)」を開講中だ。これは2019年から始まったもので、2021年にはコロナ禍での失職等を経て就労を目指す女性にIT教育を施す「ADPISA-F」も実施。現在はIT初心者向けに基礎的な知識から教える「ADPISA-E」、一定以上のIT知識を持つ中級者向けの「ADPISA-M」、高度IT人材向けの「ADPISA-H」という3本のプログラムが用意されている。開講期間はいずれも3~4カ月程度。週末に講義が行われるため、仕事を持つ社会人が学びを継続しやすい。

 同学社会情報学部学部長でADPISAのリーダーを務める宮川裕之氏は、このプログラムの狙いを「ビジネスとデジタルを融合できる人材の育成」だと語る。

 「今は多くの企業がDXを進めていますが、いくら新しいシステムを導入しても、それだけで価値を生み出すことはできません。新たな価値はあくまで、人間の営みが生み出すものなのです。そこでADPISAでは、『経営とITをつなげる教育』を目指しています。ビジネスをよく知っているがIT知識が乏しい人に、ITで実現できることを教える(=ADPISA-E)。あるいは、IT知識はあるが組織や経営に関する知識が薄い方に、ITでビジネスを変えるやり方を教える(=ADPISA-M、ADPISA-H)のです」(宮川氏)


図1 ADPISA-Fのプログラム


各受講生に応じたプログラムを提供

 ADPISA受講生のスキルや能力にはかなりのバラツキがある。受講動機も、就労・転職・スキルアップと様々だ。そこでADPISAでは、多様な受講生に合わせた仕組みを用意していると、ADPISAプロジェクト教授で、ADPISA-Eのスーパーバイザーを務める山口理栄氏は胸を張る。

 「まず運営側から、『一人ひとりバックグラウンドや経験、スキルが違うのだから、他の受講生と自分を比べて落ち込む必要はない』というメッセージを出しました。また、進度が遅れ気味の人をサブ講師が個別サポートしたり、チャットシステムを使って疑問点を解消したりする等の仕組みも用意しています。特に過去に開講していたADPISA-Fでは、手厚い個別対応を行っていました」(山口氏)

 ADPISAのプログラムでは、一部、オンライン型学習プラットフォーム「Udemy」のコンテンツを利用している。ADPISA-Fでは、受講生の習熟度や就労を目指す職種等に応じた講座を受講。また、女性向けライフデザイン科目を提供しつつ、チューターが個別にキャリアコンサルティングを行っていた。このように、各受講生に学習内容を最適化しようとする姿勢が、ADPISAの特色の1つなのだ。

 一般的な社会人向け教育とは異なり、大学教育の中にしっかり位置づけられている点もADPISAの特徴。

 「ADPISAは『履修証明プログラム』。学修者には学籍もあり、図書館をはじめとする大学の資産も正規の学生と同様に利用できます。履修証明制度は教育基本法にも明記されていますが、歴史が浅いこともあって知名度はまだまだ低いのが現状です。ADPISAは正規の学習プログラムなのだと学内を説得するのにも時間がかかりましたね」(宮川氏)

学外資源を活用しながら新市場を開拓

 「18歳人口が減少する中、大学の置かれた状況は決して楽観できません。一方、日本では低成長が続いていて、企業が人材育成予算を捻出しづらい傾向にあります。そのため、社会人向け教育は大学にとって将来有望なマーケットと言えるでしょう。ただし、そこではオンライン講座を展開する企業等との競争が生じるとは思います」(宮川氏)

 その時、大学にとって強い武器となるのが「体系化の力」だと宮川氏は考えている。表面的な事象にとらわれず、本質を見抜いて知識を体系的に捉える能力の醸成は大学の強みであり、そこが教育コンテンツのみを提供する企業との差別化ポイントになる。

 しかし、大学における社会人向け教育は、存在やその価値が産業界に十分伝わっているとは言えない。そこで、大学ならではの強みを発揮しながら社会とつながりを持つ活動が必要だと、宮川氏は言う。

 「欧米の企業が多くのIT人材を雇用し、社内で開発を進めているのに対し、日本企業では外部の開発会社に依頼するケースが目立ちます。そのため、開発時にムダなコミュニケーションコストがかかりますし、開発スピードも高まらないのです。そこで一般企業に、自社でIT人材を育てる必要性を分かってもらうことは、我々にとって重要な課題なのです。

 例えばある一般企業に向け、他の大学や教育会社を巻き込みながら、オーダーメイドの教育プログラムを提供する。そうして企業を変革に導いて成功事例を作る。そういう展開が必要かもしれません」(宮川氏)

 一方、受講生の多様なニーズに対応する努力も続けていく。例えば2023年度のADPISA-EとADPISA-Mについては、新たに「コーチ」と呼ばれる役職を置く。

 「これは技術とキャリアの両分野にまたがって、受講生にアドバイスする役割です。ADPISA-Fの時にはITに詳しくないキャリアアドバイザーがサポートしていた点が課題だったので、今回はITに詳しい人とキャリアコンサルティングの技術を持つ人の両方を用意し、受講生に伴走させる予定です。また、修了生のコミュニティー作りも検討しています」(山口氏)

 受講生それぞれの状況に応じ、適切な目標設定を行う。その上で、学外とも提携しながら受講前から修了後まで手厚いフォローを行うことを、ADPISAの運営チームは目指しているのだ。


図2 ADPISA-E 受講生へのコーチングによる個別支援




(文/白谷輝英)




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