データを取得・解釈して製品に落とし込むデジタル技術を用いた食品開発のプロを育成する/南九州大学

 「『食・緑・人』に関する実学的教育と研究をすすめ、創造性に富み、人間性と社会性豊かな人材を育成する」との理念に基づき、「食・緑・人」に関わる3学部4学科にて教育・研究を行っている南九州大学(以下、南九大)。2022年3月、健康栄養学部食品開発科学科と宮崎産業経営大学(以下、産経大)経営学部が共同で提案した「産業界、地域社会と連携するデータ駆動型6次化スマートファクトリーDX人材育成」が、文部科学省「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」に採択された。地方大学としてどのようにデジタル人材の育成に取り組んでいるのか、中瀬昌之学長と吉本博明副学長に伺った。

画像 南九州大学 中瀬学長、吉本副学長

食品開発におけるデジタル技術の活用スキルを磨く

 本事業が目指すのは、デジタル技術を活用し、食品開発による価値提供から経営発展のためのマーケット分析までを一貫して行える、農業の6次産業化全体を把握できる人材の輩出である。具体的には、最新の味覚センサーや成分分析装置等を導入し、食品の分析・加工に関するデータや、人流・購買履歴といったマーケティングデータ等を収集・管理するシステムを産経大と共同で構築。南九大の「食品開発演習Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ」や産経大の「経営シミュレーション」といった科目でデータ解析やシミュレーション等の実習を行い、2大学間でSlack等を用いてコミュニケーションをとりながら、食品開発スキームにおけるマーケティングや、製品の企画、試作、評価に必要なデジタルスキルを身につけていく。

 具体例として吉本副学長が挙げるのが、「地域の課題に応じたレトルトカレーを開発する」という課題に取り組む「食品開発演習Ⅲ」だ。地元企業(2022年度はJA宮崎経済連)が提示したテーマに基づき、製品コンセプトの設計からターゲットの設定、それらに合った製品の開発、商品名の検討、パッケージデザインの作成までを行い、関係者の投票により1位を獲得した製品が実際に商品化されるという、「企業の商品開発の現場で行われていることのエッセンスは全て詰め込んだ」(吉本副学長)演習だ。このなかで、味覚センサーを用いて対照群として選んだ既存のカレーと学生達が開発したカレーの味のデータを取得し、官能評価と併せて解釈して製品に落とし込む等、各種機器を用いたデータの取得から分析・解釈・活用までのスキルを磨く。「食品開発ができるプロの育成」を目指して教育を行う食品開発科学科において、デジタル技術を活用できる人材の育成は、宮崎県が推進する「データ駆動型6次化農業の実現」にも寄与することとなる。

 同時に、「どの業界でも求められる汎用的能力を、食品開発というツールを使い、かつ、DXというスパイスをかけて教育しています」と吉本副学長は話す。「DX教育の一番の眼目は、データをはじめとしたエビデンスに基づいて論理的に考え、結論を出すこと。それを、食品開発を通じて徹底的に学生にやってもらい、『データを解釈し、商品に落とし込む力』『働くときのマナー』『他者とのコミュニケーション』といった汎用的な能力を身につけてもらっています」。



地方大学の活路としてのDX人材の育成

 南九大がデジタルリテラシーを備えた人材育成に注力するのは、大学としての生き残り策であり、また、コロナ禍で全学を挙げて進めたDXを加速させる方針による。「教育内容に対する学生の満足度を高めることを第一の方針とし、必要な教育プログラムの構築や既存のプログラムの改善を図ってきました。その取り組みの一つが、各種事業への積極的な申請です」と中瀬学長は話す。とりわけ注力しているのが地域連携とDX人材の育成で、今回の事業だけでなく、2021年度から開始した独自の「数理・データサイエンス・AIリテラシープログラム」が、2022年8月に文部科学省「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」に認定され、また、宮崎県内の3大学との共同事業「新しい価値を創造し持続可能な地域づくりを牽引する『多様な未来共創人材』の育成プログラム」も文部科学省「地域活性化人材育成事業~SPARC~」に採択されている。

 また、コロナ禍を契機に、2020年4月には約3週間でオンライン授業体制を構築し、学生支援に関する学内組織「アクセシビリティーセンター」を中心に聴覚障害のある学生向けにUDトークの導入も行ったこと等から、DXのさらなる推進を学園全体の方針として決定し、2021年4月にIR・DX推進室を設置。11月には、九州の大学で初めて全学にSlackを導入した。IR・DX推進室初代室長でもある吉本副学長は、「地方の小さな大学の生き残り策として残された選択肢は地域との連携とDXだと考え、DXに関しては、デジタルツールを日常的に使いこなせる学生を社会に輩出するという戦略でZoomやSlackの導入に取り組んできました」と話す。



学びの質・満足度の向上に向け、DXを加速させる

 今後は全学におけるDXをさらに加速させていく方針で、「2024年度からの中期5カ年計画に教育DXを推進する基本計画を盛り込む検討を進めている」(中瀬学長)という。具体的には、学内ポータルサイトにて学習ポートフォリオを作成するシステムを構築し、GPAとディプロマ・ポリシーを組み合わせたグラフを学生個人のページに表示させるといった学習成果を見える化する取り組みや、Slackを用いた学長と教職員間、教職員と学生間のコミュニケーション強化等に着手する。「学生が予習・復習の時間を十分に確保できていない等の課題を解決するべく、これらの施策に取り組んでいきたい。デジタルツールを用いた教職員間コミュニケーションを強化することで、対面での会議時間を短縮し、学生の教育に掛ける時間を確保したい」と中瀬学長。南九大のさらなる挑戦に注目したい。



(文/浅田夕香)


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