【寄稿】鹿野利春氏:新しい情報科の目指すもの─高校の学習指導要領改訂で何が変わったのか

画像 京都精華大学メディア表現学部 教授 鹿野利春氏


【1】はじめに

 日本の初等・中等教育は、学習指導要領の改訂によって大きく変化する。高校では2022年度から、新しい学習指導要領が実施されている。これが意味することは、2022年度の1年生が使う教科書も学習内容も、それ以前のものとは異なるということである。

 今回の学習指導要領改訂では、小学校から統計教育が強化されたり、プログラミングが必修として導入されたりする等、これからの時代に必要な資質・能力を育むための大きな変化があった。そのなかでも、高校の情報科は最も大きく変わったものの1つといってよいだろう。私は、情報科の教科調査官として、新しい情報科の学習指導要領の取りまとめを担当した。本稿では、学習指導要領改訂の背景、従前のものとの違い、2022年春からの実施状況や課題、大学入試や大学の教育への影響について述べる。

【2】学習指導要領改訂の背景

 学習指導要領は、大体10年に1度改訂される。その間の時代変化を反映するとともに、次の10年に必要なものを見越した内容が盛り込まれる。ご存じのように、最近の情報技術の進展には著しいものがあり、社会への影響も大きなものがある。次の10年でこれがどのくらい変化するかは、正直なところ誰にも分からないといってもよいだろう。

 文部科学省は、学習指導要領等の改善に関する中央教育審議会答申(2016.12)のなかで、「今、学校で教えていることは、時代が変化したら通用しなくなるのではないか」「人工知能の急速な進化が、人間の職業を奪うのではないか」と述べ、「予測できない変化を前向きに受け止め、主体的に向き合い、自らの可能性を発揮し、よりよい社会と幸福な人生の創り手となるための力を子供たちに育む学校教育の実現を目指す」としている。これが新しい学習指導要領の根底に流れる考え方といってよいだろう。

【3】情報活用能力

 今回の学習指導要領改訂では、言語能力や問題発見・解決能力に加えて、情報活用能力を「学習の基盤となる資質・能力」の1つとして位置付け、全ての教科等で育むべきものとした。中央教育審議会答申(2016.12)では、情報活用能力を「世の中の様々な事象を情報とその結び付きとして捉えて把握し、情報及び情報技術を適切かつ効果的に活用して、問題を発見・解決したり、自分の考えを形成したりしていくために必要な資質・能力」と定義し、発達段階に応じた体系的な指導が行われるようになった。

 例えば、小学校では、日本語入力を第3学年のローマ字の指導の際に習得するよう定めている。プログラミングは第5学年の算数の図形において正多角形の作図を行う学習や、第6学年の理科の物質・エネルギーにおいて、電気の性質や働きを利用した道具があることを捉える学習に関連して取り扱っている。

 これらの学習が中学校技術・家庭科技術分野で計測・制御等のプログラミングにつながり、高校の情報科では全員が問題の発見・解決のためのプログラミングに取り組むことになる。情報デザイン、プログラミング、データの活用に関して、発達段階に応じて取り組む内容を表1に示す。


表1 小学校からの学習の積み上げ(現行学習指導要領を基に筆者作成)


【4】高校情報科の科目の変遷

 高校情報科は表1に示した小学校からの学習の積み上げの上に立って、従来と比較して高度な内容に改訂された。この教科は2003年から実施されているが、情報技術の進展や社会の変化の影響を受けて科目構成が学習指導要領改訂の度に変化している。これを図1に示す。

 教科設置当初(2003)から旧学習指導要領への改訂の際は、情報活用の実践力が生徒についてきたということで、「情報A」が廃止される程度であった。今回の改訂では、2つの科目を統合して高校生全員が履修する科目としてプログラミングを内容に含む「情報Ⅰ」とし、発展的な選択科目として「情報Ⅱ」を設置した。


図1 情報科の科目の変遷(学習指導要領改訂を踏まえて筆者作成)


【5】高校情報科の内容の変化

 旧学習指導要領では、「社会と情報」「情報の科学」の2科目から1科目を選択して履修する形であったが、現行学習指導要領では、この2科目を「情報Ⅰ」に統合するとともに、発展的な選択科目として「情報Ⅱ」を設置した。これらの変化を図2に示す。「情報Ⅰ」は、高校生全員が履修するので、その内容はこれからの国民的素養といってもよいだろう。

 「社会と情報」「情報の科学」に共通した内容は、「(1)情報社会の問題解決」に、「社会と情報」に特有な内容は「(2)コミュニケーションと情報デザイン」に、「情報の科学」に特有な内容は「(3)コンピュータとプログラミング」に引き継がれたと考えると分かりやすい。「(4)情報通信ネットワークとデータの活用」では、小学校から強化されている統計が、数学科と情報科が連携することにより実践的にデータを活用する形になり、「情報Ⅱ」では、これがデータサイエンスに発展する。

 情報科の目標は、図3に示すように「問題の発見・解決」であり、「情報デザイン」「プログラミング」「データの活用」は、そのためのツールである。

 この構造は、「情報Ⅱ」でも変わらない。情報科は、情報活用能力を育む要となる教科であり、単に技能を身につけるだけではなく、「問題の発見・解決」ができる資質・能力を身につける教科である。ここで身につけた資質・能力は、学習の基盤となるものとして、他教科等でも生かされる。カリキュラム・マネジメントを通じた他教科等との連携の例を図4に示す。


図2 高校情報科の内容の変化、図3 情報科の構造、図4 情報科と他教科等とのカリキュラム・マネジメント


【6】「情報Ⅰ」の内容

 「情報Ⅰ」は、2025年度の大学入学共通テストで出題されることが決定しており、国立大学協会も現在の5教科7科目から「情報Ⅰ」を入れた6教科8科目を原則とすることを表明している。これからの大学教育は、「情報Ⅰ」の内容を踏まえたものにしなければならない。「情報Ⅰ」について旧学習指導要領との対比で示すとともに、特徴的な内容の一部を図解する。


情報Ⅰの内容(1) 情報社会の問題解決


情報Ⅰの内容(2) コミュニケーションと情報デザイン


情報Ⅰの内容(3) コンピュータとプログラミング


情報Ⅰの内容(4) 情報通信ネットワークとデータの活用


【7】2022年春からの実施状況

 高校の学習指導要領は、2022年度は1年生、2023年度は1年生と2年生というように実施される学年が増えていく。2025年度の大学入学共通テストの受験者は、2022~2024年度のいずれかの年度で「情報Ⅰ」を履修することになる。ただし、浪人生や定時制高校の卒業生の一部は、旧学習指導要領の科目「社会と情報」「情報の科学」を履修しているので、そのような生徒に対応した出題も行われる。

 次に、高校生がどの程度情報科の内容を身につけてくるかについて考えなければならない。現在でも入試に数学を課す学部と、そうでない学部とにおいて高校の数学を身につけている度合いに差があることは体験されていることと思う。情報科でも残念ながら同じようなことが起こる可能性がある。

 では、「情報Ⅰ」を教える高校の先生についてはどうだろうか。情報科の免許を持たない免許外教科担任が問題になっていたが、2023年度にこの数は80人程度に減少し、2024年度には0になる見込みである。実は、多くの都道府県では、情報科の免許を持つ教員は必要数以上に存在し、その配置を適切にすることで免許を持つ教員が情報科を教えることが可能になる。また、情報科教員の新規採用も全都道府県で行われるようになった。

 また、各都道府県における情報科教員向けの研修も充実してきており、プログラミング、データ活用だけでなく、情報デザインに関する研修も行われるようになってきた。文部科学省でも、「高等学校情報科に関する特設ページ」を設置し、教員研修用教材、実践事例、動画等を提供している。民間でも(一社)デジタル人材共創連盟等が、企業等と連携して講師派遣、学習コンテンツの提供等を行っている。情報の授業に企業等の外部人材が参加したり、免許を持つ教員が複数の学校を兼務したりする取り組みも行われている。情報に関する課外活動では、プログラミングやデータサイエンスに突出した才能を示す生徒も現れてきている。

 さらに、情報科に関する教材等の対応も進んでいる。現在、各社から「情報Ⅰ」の問題集等が発売されており、今年度後半に向けて受験用の実践問題集も発売される予定である。スタディサプリ等の動画教材も、ベーシックコースが公開されており、来年度に向けて他教科と同様の受験編が公開されることになるだろう。他教科にない教材としては、インターネットで提供されるプログラミング環境を組み込んだ教材等が挙げられる。予備校等の対応も進んでおり、模擬試験等も実施される見込みである。

 2022年春からの実施状況としては、詳細な調査が行われたわけではないが、授業は順調に行われ、入試に対する環境も整いつつあるといってよいだろう。これらの状況は、私自身が出版社及び教材会社の顧問、社団の代表理事として感じているものである。

【8】大学の対応

 2025年度に大学に入学する者の多くは「情報Ⅰ」を履修しているので、大学のカリキュラムもそれを前提としたものになるだろう。ただし、浪人生や一部の定時制高校の卒業生等は、「情報Ⅰ」を履修していないので、そのような学生への対応も必要になる。

 多くの大学で新カリキュラムの開始を2025年度に設定して準備が進められている。高校情報科の内容は学習の基盤となるものであるから、新カリキュラムにも大きく影響する。大学全体のFD等で教職員全体に浸透を図るようにするとともに、専門科目も含めてプログラミング、情報デザイン、データ活用等の科目の内容変更、該当する教員の研修・採用も進める必要があるだろう。

 大学入学共通テストの「情報Ⅰ」を使わない場合、使う場合、個別試験で「情報Ⅰ」を出題する場合、「情報Ⅱ」まで出題する場合で、入学する学生の情報活用能力に大きな差がつくことが予想される。これは、大学教育の出発点をどこにするかという問題であり、卒業時の資質・能力にも関係する。大学は、これを高校に入試という形で示さなければいけない。また、企業等もこれに注目している。情報科の入試によって大学の人材育成の姿勢が問われることになる。

 現行学習指導要領で教科の内容が変わったのは情報科だけではない。例えば、「地歴総合」といった全く新しい科目が設置された。「総合的な学習の時間」は、高校では「総合的な探究の時間」や「理数探究」に変わった。国語科には「論理国語」、英語科には「論理・表現」といった従来にはない科目も作られた。数学も「ベクトル」等、履修する科目に変更があったものもある。また、学び方も大きく変わっている。これからの時代を生きるための資質・能力を育むために、主体的・対話的で深い学びが重視され、1人1台の情報端末を前提とした個別最適な学びと、協働的な学びの往還が推奨されている。

 大学教育としては、高校までの学習という従来の前提条件が大きく変わったことを認識し、これについて調査、対応する必要がある。これは、大学入学後の授業内容、カリキュラムの変更だけでなく、大学入学共通テストで採用する科目、個別テスト、総合選抜、面接等にも影響する。この変化を前向きに捉えて大学全体をupgradeするか、時代の変化に翻弄されるか、大学のビジョンと経営が問われている。



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