デジタル化時代の人材育成をリードする総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)~内閣府 総合科学技術・イノベーション推進事務局 生田知子参事官に聞く~

科学技術・イノベーション政策をリードする総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)。各省より一段高い立場から、科学技術の振興を図るための基本的な政策や重要事項の調査・審議等を行うことを目的とした、「重要政策に関する会議」の1つだ。現在の官邸主導政治にあってその果たす役割は大きい。

第5期基本計画で示された「Society 5.0」をどのように実現していくのかが、その後の政策の軸足となっている。そうした内容のいくつかについて、生田参事官にインタビューした。


内閣府 生田知子 氏


―2020年に科学技術基本法が改正され、2021年には第6期基本計画でSDGsやウェルビーイングといったワードが出てきました。こうした流れの背景には何があったのでしょうか。

 「研究成果の社会還元」という課題意識やイノベーションという文言が出てきたのは第4期からであり、次の第5期のSociety5.0の提言へと繋がっていきます。また2020年の法改正により、それまで入っていなかった人文・社会科学を対象に包含し、あらゆる学問に社会への価値創出を意識した営みへと変容を促していますが、これは世の中が複雑化するなかで、既存の方程式では解けない問題が山積してきたことが背景にあります。予測不可能で多元的なアプローチが必要な社会、既存のやり方の延長線上で捉えられない社会にあっては、経済価値偏重主義な価値観を脱し、人間性や根源的な豊かさを求める価値観へと人々の意識を変容し、社会への参画意識を高める必要があると考えます。そして誰かが作ってくれる社会を受け入れるのではなく、自らの行動が社会を良い方向に変えられるという意識と、それを様々なアプローチで実現できるという事実が大切です。いわば、従来型のモノづくりを中心とした経済的価値に留まらず、人間関係の豊かさや協調・調和といった社会的価値を通じて社会を変えるという考え方が生まれ、ESG投資の増加や、官民連携におけるソーシャル・インパクト・ボンドの広がり等がこうした風潮を裏打ちしています。

 第6期のキーワードである一人ひとりの多様な幸せ(well-being)とは、世界秩序の再編の始まりや、グローバルアジェンダの克服への貢献等、国内外の情勢変化を踏まえ、第5期でSociety 5.0を表現した「経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」を、より具体的な未来社会像として世界に示そうとしたものと言えるのではないでしょうか。

―人材育成の観点では、第5期と第6期では何が変わったのでしょうか。

 第5期でもSociety 5.0の実現に呼応した人材育成という観点はありましたが、どちらかというと研究を担う人材を主たる議論の対象としていました。第6期では研究人材のみならず、Society5.0の社会像を念頭に、新たな価値を生み出す人材の輩出と、それを実現する教育・人材育成システムの考え方まで踏み込んでいます。日本が世界に先駆けて実現させたいSociety 5.0とは果たしてどのような社会なのかという議論のなかで、新たな社会像での価値創造を担う、世代を超えた「人材」の重要性が改めて認識されました。国際的な覇権争い、コロナやサイバーテロの危機や、地球温暖化等のグローバルアジェンダへの対応が迫られる一方、経済的格差が社会の分断を生み、どうも今までのやり方では幸せになれない。そんな不確実な時代だからこそ、様々な課題にも対応できるレジリエンスを持ち、持続可能で安全安心な社会像こそが目指すべきSociety 5.0であり、そうした社会を構成する一人ひとりの一般市民はどのようにあるべきか、という議論になります。社会とそこに存在する人とは当然別の次元の話ではなく、一人ひとりの行動の集積が社会を作るわけですから、不確実な状況でも常に課題に立ち向かい生き抜ける人材をどう育てるのかは、日本の社会像の在り方にも直結してきます。従って、第6期及びそれを受けて2022年に策定された教育・人材政策に関する政策パッケージでは、初等・中等教育段階からのSociety 5.0時代の学びに踏み込んだ提言をしています。文科省の領域なのに、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、社会構造の変化を踏まえ、社会全体としての学びを支える環境構築の観点から、より俯瞰した視座で、オールジャパンで取り組まなければならない政策課題だからこそCSTIが関与しているのです。

―社会を作るためにはという文脈で一気通貫していく必要があるのですね。もう1つ頻出するキーワードが「総合知」です。その意図するところは何でしょうか。

 単なる文理融合に留まらず、既存の縦割り学問では解けない問題に横のつながりで挑むというシフトチェンジこそが総合知です。内閣府では、それを可視化した具体例として戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)を活用した取り組み(図)を開始しようとしています。SIPとは、CSTIが府省・分野の枠を超えて自ら予算配分し、基礎研究から事業化までを見据えた取り組みを産学官連携で推進する制度で、従来は主に自然科学の分野で技術成果を社会に実装する取り組みを支援するものでした。しかし優れた技術があっても、それが社会に受容されるかは、ユーザビリティを含めた推進軸も視座に入れ、技術開発と社会実装の間の工程を可視化し、成果が確実に社会に価値として還元されることが必要です。その一連のプロセスのナレッジをまとめて総合知と表現することもできるのではないでしょうか。


図:SIPプログラムの仕組み
図:SIPプログラムの仕組み


 このSIPの制度を活用し、2023年度より社会構造の変化を踏まえた人材育成に関わるテーマについても取り組む予定です。社会全体を俯瞰し府省横断的な立場であるCSTIが、本取り組みを進めていくことに意味があります。ポストコロナ時代に求められる新たな学び方や働き方を実現した、Society5.0のショーケースを、総合知を通じて作り上げていきます。それは、従来の基礎学力を向上させる学びを否定することではありません。Society5.0を生きる人材像を念頭に、基礎学力に加え、自らの生き方を主体的に考え、異なる価値観を認め、他者と協働する意欲や態度を醸成する新たな学びを、初等・中等教育段階から社会人まで一気通貫でデザインすることを狙いとしています。

―最後に、CSTIが大学に求める役割とは何なのでしょうか。大学経営者はCSTIの政策文脈をどう捉えればよいでしょうか。

 一部の国際卓越研究大学だけではなく、地域の中核大学や特定分野に強みを持つ研究大学の多様な機能を強化し、我が国全体の大学の底上げを図る必要があります。また、大学の基本的役割として社会貢献が追加されて以降、各大学はかなり尽力されていますが、その起点は社会側であり、社会に必要な人材、社会に必要な技術、といった形で大学がお題に合うものを提供していた流れと考えます。しかし今後は、社会がより複雑に、不透明になるなかで、社会を起点にしたベクトルだけでは早晩立ち行かなくなることは目に見えており、大学は、新たな価値創造を通じて、次代の社会構造の転換を自ら促していく能動性が大事になってくるでしょう。VUCAの時代は、決まったことをやっていれば生きていける社会ではなく、常にアジャイルに組み直す対応力、レジリエンスが必須ですが、これに対応できる多様性を持ち、総合知を持続的に生み出し続けることができるのは大学しかありません。

 日本の様々な地域でそうした動きが活性化してくれば、社会全体が新たな価値創造の方向性へ、即ちSociety 5.0の実現へと向かうと考えており、大学には、受け身の姿勢を崩し、自律的に社会を牽引する存在への変容を期待しています。



(取材・文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓)


※所属・肩書は取材時点(2023年3月17日)のもの