課程制の導入と横串の設計でSociety 5.0で活躍できるエンジニアを育成する /龍谷大学 先端理工学部

龍谷大学キャンパス


龍谷大学は「課程制」を導入し、2020年に理工学部を改組して新たに先端理工学部を設置した。開設当初の趣旨や背景を振り返りつつ、開設4年目を迎える現状について、学部長で開設当時の教務主任であった岸本直之教授にお話を伺った。

龍谷大学 岸本直之教授

POINT
  • 1639年京都西本願寺境内に設けた学寮を起源とし、2019年に創立380周年を迎えた仏教系大学
  • 文学部・心理学部・経済学部・経営学部・法学部・政策学部・国際学部・先端理工学部・社会学部・農学部の10学部に27学科(課程)を展開し、募集定員は約5000名という大規模大学
  • 2020年に課程制を導入した先端理工学部を設置し、将来の日本を支える専門性と広い視野を両立したエンジニア育成に取り組む

Society 5.0で活躍できるエンジニアの育成

 「新学部として想定したのは、Society 5.0の到来です」と岸本氏は話す。新たな社会で求められるのはどういう理工系人材かを冷静に議論したという。「Society 5.0とは、デジタルで全てがつながり、部分最適ではなく統合された全体最適を作ることが求められる社会です。本学は人材輩出という立場でそれに貢献したい」。個別の技術を磨くだけでは早晩立ち行かなくなるという。「専門性があるのは当然として、それをどのように他の技術や分野と統合できるのかが問われるでしょう」。専門性を深化させるだけではなく、俯瞰して統合するところを新しく仕組み化する必要があると考えた。そうした構想は、新学部が掲げる人材像に端的に表れている。つまり、「多様な価値観が共存する複雑な現代社会において、専門性を磨きつつ広い視野を持って社会的課題の解決に挑戦する理工系人材」である。

 専門教育に軸足を置く理工系教育を、横串を通す設計に変えるにはどうするか。岸本氏は、「第一にして最大の検討事項は、学科ごとにシラバスが固まっている教育システムの打破でした」と述べる。検討が始まった2018年は、文部科学省で「2030年の高等教育に向けたグランドデザイン答申」が出された年だ。そして翌年の2019年、龍谷は長期計画である「龍谷大学基本構想400」を公表している。そしてもう一つ、工学教育に関する教員組織編成の大括り化について中間答申が出され、課程制が制度化されたのもこの年である。岸本氏は、「本学として理工学部の改革について議論していたところ、ちょうど良い制度変更が文部科学省によって提示されたのです」と当時の状況を振り返る。改革構想を新たな制度変更に載せる形で、学科から課程に変更する改組の方向性が定まり、2020年に学部設置と相成った。国の制度変更を踏まえた改革としては最短のタイミングだったと言えそうだ。


図1 先端理工学部カリキュラム全体イメージ
図1 先端理工学部カリキュラム全体イメージ


高い専門性と横断統合を両立するカリキュラム設計

 では、先に挙げた目標を達成するための様々な仕組みについて見ていきたい(図1)。

●課程制

 課程制は、従来の理工学部の課題であった「タコ壺型の専門教育」から脱却し、多様な学習ニーズに対応した「分野横断型の専門教育」の実現を可能とするための方策で、2019年に文部科学省が大学設置基準・大学院設置基準等の一部改正を経て実現した制度だ。龍谷はこの制度を利用し、既存の理工学部の6学科を改組する形で先端理工学部を設置した。

 課程制の一番の特徴は学科に紐づいていた教員組織が学部所属になり、組み換えによる横断的な教育を設計しやすくなることである。これを活かし、先端理工学部では後述する学修プログラム制を取り入れた。これにより、学生は6つの課程のうち、いずれかに所属して専門性を身につけながらも、他課程の学びもプログラムによって柔軟に取り入れることができる。こうした設計で、学生個人の課題意識に沿った教育設計が可能となり、高等教育のグランドデザイン答申が示すところの「学修者本位の教育実現」に資すると岸本氏は見る。

 ただし、学部が第一に置くのはあくまで専門性である。岸本氏は、「これからの時代は、要素・技術だけではなく俯瞰する必要があるわけですが、俯瞰するだけでもダメです。コアが違う人が集まることで、多様な価値観と多様な視点によりイノベーションが生まれる。その蓄積がSociety 5.0の実現につながると考えれば、専門人材としてのスキルと、その専門性を横断的につむぐスタンスの両方を学部教育で育成する必要があるわけです」と述べる。また、入試募集や卒業後の進路の観点からも専門性を担保することは必要だった。横断が良いからといってプログラムをつまみ食いすると、何を専門とする人なのか分からないというわけだ。そこで、改組前の6学科をベースとしながら、課程制により学科間の壁を取り払うことで、柔軟なカリキュラムの構築を可能とした。

●学修プログラム制

 教育設計において最重視した「横串」を担うのが学修プログラム制だ。6課程それぞれで先端・複合的なテーマの教育プログラムを考案し、全課程の学生が自由に履修可能とすることで、主専攻・副専攻的な学びが可能となった。現在は25個存在する(図1)。横断的なテーマで関連科目の横串を通せるよう、各プログラムは管理運営に主たる責任を持つ課程を置きつつ、複数の課程の協働で設計されている。今後も時勢に合わせたプログラムを設計できればと意欲的だ。

●クォーター制

 こうした教育のシステムをスムーズにするために採用した授業開講形態がクォーター制だ。自分の軸足を持ちながら横断・複合的なテーマにチャレンジし、次代を担う技術者を育てるスキームにおいては、学生自身の多様な興味を喚起することと、その持続が鍵となると岸本氏は述べる。「科目特性に応じて学修期間を短く区切ってすぐ評価し、その結果を次の学修に活かすといった細かいサイクルの蓄積で、実践力ある技術者になってくれればと考えています」。

●R-GAP(Ryukoku Gap quarter)

 3年次第2クォーターに夏休みを加えた期間を「R-GAP」と名づけ、主体的に活動する素地を培う期間として設定した。岸本氏によると、むしろこの仕組みを入れるためにクォーター制を採用したと言っても過言ではないという。「社会を支える人材になるには、社会を知り、社会との関わり方を知る必要があります。そのためには、学生が自主的に活動して自らの力を試し、現時点でできることと不足していることをメタ認知し、再び学修に繋げるアクティブラーニングの期間を挟む必要がありました。海外留学やインターンシップ等、ある程度の長い活動も許容するには、必修科目の存在がネックになりかねない。しかし、必修科目のないセメスターは学修計画上成り立ちません。だからクオーター制にしたのです」。3年次というタイミングは、専門性をある程度身につけたうえで自主性を修得できる時期であることを見込んだ。まずコアたる専門性があり、そのうえで俯瞰・統合を身につけるという、学部設計当初の趣旨に沿ったかたちだ。

 R-GAPでは大学として3つのプログラムを用意している。1つ目は、プロジェクトリサーチⅠ・Ⅱ。個人またはグループで、教員が必要に応じてサポートしながら、自主的に課題設定から調査・研究手法の検討・実施、結果分析と成果報告までを行うものだ。2つ目は、学外の企業や研究所等の現場実務を体験する理工インターンシップ(学外実習)Ⅰ・Ⅱ。3つ目は、アメリカのシリコンバレーで2週間の企業研修でビジネスを学ぶグローバル人材育成プログラムだ。この3つ以外に、自分自身で計画して様々な活動も可能。その場合は単位認定に足るかどうかをR-GAP委員会でチェックするという。「自主的にテーマを設定して活動するのは大変なことですから、可能な限り単位認定してあげたい」と岸本氏は補足する。

 こうした活動の設計においては教員が相談に乗り、活動後はポスター発表や成果報告会等、必ずアウトプットさせ、客観的に評価する場を設ける。なお、そうしたアウトプットに対する社会の評価は現状極めて高く、滋賀の経済団体も注目しているという。アウトプットして振り返り、エンカレッジされて、次の学修に向かうのだ。


画像
R-Gap Sparkle|先端理工学部|龍谷大学 You, Unlimited (ryukoku.ac.jp)


●教育の順序

 こうした仕掛けを俯瞰して改めて注目したいのは、専門教育→R-GAP→プログラム→卒研という教育の順序である。岸本氏が何度も強調されたことではあるが、「専門のコアがまずあり、そこから自主性や俯瞰・統合へ」という流れが明快だ。そもそも人材育成の思想として、この順序に決まったのはなぜだったのか。

 「知的好奇心をいかに喚起し、持続・発展させるかを意識しました」と岸本氏は述べる。せっかくコアに興味を持って入学してきても、教養科目や入門科目ばかりでやる気が削がれてしまう学生は多い。そこで、まず専門教育を前倒しし、興味を持続させることを優先した。そのうえで、それを発展させて横に広げていく方策を講じた。「学生も様々な情報に触れますから、生成AIの仕組みはどうなっているんだろうとか、DXって何だろうといったかたちで、課程の学びに含まれない様々なキーワードに興味を持ちます。そうした学修をプログラムで包含し、学生の知的好奇心を持続させたいのです」。スタートダッシュとなる初年次は教員1人につき学生10名前後のクラス担任制で、こうした理工系の学びに向かうスタンスと基礎学力を培う。個別最適な学修をどう実現させるか。その工夫がそこかしこに見られる。

 こうした学びを設計した当然の帰結として、高校で探究活動に注力してきた生徒とは親和性が高い。課程制についても「将来の方向性に柔軟に対応できる教育システム」として高校からの評価は高いという。岸本氏は、「多様な興味関心を持つ学生に来てほしい」と期待を寄せる。

全学システムとの調整が今後の課題

 現状の課題は、「全学の教育システムとの不整合」であるという。「クォーター制は本学部にマッチしたやり方ですが、全学的にはセメスター制であり、定期試験の時期や成績評価の方法がクォーター科目には合致しないことから現場の教職員の負荷にもなっています」。龍谷全体でも学部横断連携を進めたいという議論は継続的にあり、こうした問題と現状の高い評価を得つつある教育をどのように両立していくかが課題だという。

 また、学修者本位の教育が成功したかどうかは受益者である学生の満足度や成長実感のほか、その人材を受け入れた企業がどう評価するかまで見る必要がある。そうした検証の設計もこれからだ。しかし、龍谷が踏み出した未来への一歩は確実に、これまでとは異なる学びの設計の可能性に満ちている。今後の動向にも注目したい。


文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2023/8/10)