【ダイバーシティの今】④大学のダイバーシティの最前線/事例report  関西大学

障害の有無にかかわらず、困りごとを抱えた学生が気軽に立ち寄れるセンターを2013年に開設

 近年の障害学生の増加と、「合理的配慮」の提供が2024年度から全大学で義務化されることにより、大学における障害学生支援は不可欠となっている。一方で、予算や人員等、学内のリソースは限られており、障害の重度・重複化、多様化の傾向もあって支援の困難さは増している。

 どのような体制を構築すれば、一人ひとりに適した支援を効果的に提供できるのだろうか。そのヒントを求めて、2023年4月に10周年を迎えた関西大学学生相談・支援センターに支援体制構築のポイントや、10年間の取り組みの成果等を伺った。


POINT
  • 心理面の支援を必要とする学生の増加を背景にセンターを設立
  • 障害学生支援の機関と心理相談室を同じ組織に配置
  • コーディネーターと学内関係者の連携を事務職員が支える


学生相談・支援センター長(経済学部 教授)林 宏昭氏、学事局次長(学生相談・支援センター事務グループ長兼務)神藤典子氏、学生相談・支援センター事務グループ コーディネーター 藤原隆宏氏





心理面の支援を必要とする学生の増加を背景にセンターを設立

 まずは、障害のある学生の現状と支援の動向について概観したい。独立行政法人日本学生機構が2023年8月に公表した「令和4年度 大学、短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査」によると、2022年5月1日時点での障害のある学生の数は4万9672人(全学生の1.53%)で、前年度から8928人増えた。2012年度調査の1万1768人(全学生の0.37%)から10年で約4倍に増えている。

 障害のある学生の数を障害種別で見ると、 多い順に精神障害(31.8%)、病弱・虚弱(27.2%)、発達障害(診断書有/20.7%)、その他の障害 (9.6%)、聴覚・言語障害(4.0%)、肢体不自由(4.0%)。近年の傾向として発達障害の学生が増えており、前述の調査では診断書有の学生1万288人に加え、診断書はないが発達障害があることが推察され配慮が必要な学生が2561人いた。また、複数の障害を持つ学生もおり、なかでも発達障害と精神障害が重複している学生が多い。

 こうした現状から、大学には従来の身体に障害のある学生への支援だけでなく、発達障害等心身に多様な困難を抱えた学生への支援が求められている。しかし、同調査によると、障害のある学生4万9672人のうち、学校が何らかの支援を行なっている学生(2万7121人)の割合は54.6%であり、障害学生支援のための専門部署・機関を設置している大学等は全学校1174校のうち26.1%(306校)。多くの大学において、障害に応じた「合理的配慮」の内容については検討されはじめているものの、本格的な体制整備はこれからという状況だ。

 そんななか、2013年4月に「学生相談・支援センター」を教務部門内に開設し、心身に多様な困難を抱えた学生の修学を全学的に支援してきた関西大学の取り組みは先駆的と言えよう。同センターは前身の「障がいのある学生に対する修学支援チーム」の機能向上を目指し、当時の学長の強いリーダーシップのもとに設立された。

 当時すでに障害学生支援の専門室を設置し、レベルの高い支援を提供している大学もあったが、関西大学の「学生相談・支援センター」は「障害のある学生の修学支援」と「全ての学生のための総合相談窓口」のふたつの機能を持つ点で独自性が高かった。「総合相談窓口」を兼ねた支援センターを立ち上げた背景には、発達障害の学生等心理面の支援を必要とする学生の増加がある。

 発達障害の学生の中には何をどう相談していいのかわからず、支援にたどり着けない学生も少なくない。また、診断書はなくとも発達障害の特性が見られ、修学に困難をきたす学生もいる。「こうした状況に問題意識を抱いた教職員から、『障害の有無にかかわらず困りごとを抱えた学生が気軽に訪れることができ、かつ専門的な支援を提供できる場を作りたい』という声が上がり、現在のセンターが誕生しました」と開設当時の副学長であり、初代センター長も務めた現センター長の林 宏昭氏は話す。

 「学生相談・支援センター」開設後、障害のある学生の修学支援はセンターが窓口となり、学生の所属学部・研究科、授業を担当する教員、教務センター職員等さまざまな関係者と連携して行われている(図1)。窓口機能が明確でなかった「修学支援チーム」時代と比べて、困りごとを抱えた学生の情報が幅広いルートから入るようになった。

 加えて、センターが全学生を対象にした“気軽に立ち寄れる場”であることから、多様な学生が来談するため、本人が発達障害であることを自覚していなかったり、障害と診断はされないものの発達が気になったりする学生等、潜在的な困難を抱えている学生にも支援の手が届きやすくなったという。


(図1)関西大学の障害のある学生に対する修学支援の流れ


障害学生支援の機関と心理相談室を同じ組織に配置

 図2は「学生相談・支援センター」の組織図である。センターの業務は教員が務めるセンター長、副センター長2名(うち1名は心理相談室長が兼務)、心理や福祉、障害を専門とする教員である専門委員、事務職員、障害学生支援コーディネーター、心理相談室相談員等で構成される運営委員会における協議のもとに進められている。


(図2) 関西大学「学生相談・支援センター」組織図


(CAP)学生の障害や生活の多様化により、新たに求められる支援も多い。何をどこまで対応できるかといった協議は年間7回以上開催する運営委員会で行っている。

 障害学生支援の機関と心理相談室が同じ組織下に置かれているのも、関西大学の障害学生支援の大きな特徴だ。「発達障害の学生の支援には心理的なアプローチが必要ですが、かつては心理相談室が別組織にあり、コーディネーターと心理相談員、事務職員それぞれの判断基準の違いにより連携がうまくいかないこともありました」と「修学支援チーム」時代から障害学生支援に携わる学事局次長兼事務グループ長の神藤典子氏は話す。

 センター開設に伴って組織の壁がなくなってからも、「専門性の異なる三者の連携は容易ではなかった」と神藤氏は振り返る。コーディネーターと心理相談員、事務職員が話し合う場を定期的に設け、粘り強く対話を重ねることにより、現在のようにそれぞれの強みを生かしてチームで学生の多様な困りごとを支援していく体制が形成された。

 ただし、心理面のケアが必要な学生への支援においては、守秘義務や個人情報への配慮をより丁寧に行うことが不可欠であり、情報共有の難しさは常に感じているという。「学生本人に了承を得るのは当然のこと、本人が本当に必要とする支援を見極めて情報を取捨選択する必要があり、判断に迷うこともしばしばです。コーディネーターや心理相談員のスキルが高く、一人ひとりの学生との信頼関係が築かれているからこそ成り立っています」(神藤氏)。

コーディネーターと学内関係者の連携を事務職員が支える

 障害学生の修学支援機能と「学生の総合相談窓口機能」を併せ持ち、「誰かに相談したいけれど、どこに行っていいのかわからない」という学生が気軽に相談に来られる場であることと、組織内に心理相談室が置かれ、心身両面の困りごとに専門的な支援を提供しているという2点に加え、「学生相談・支援センター」の大きな特徴がもうひとつある。「関大流コーディネート術」と称される、コーディネーターと学内関係者の連携を事務職員が支える仕組みだ。

 コーディネーターは、支援を必要とする学生と現場での対応を行う教職員等の関係者との調整役を果たし、障害学生支援において要となる存在だが、専門職の特性上学内の業務の流れやシステムについての知識や人脈を持たず、他部署との連携が課題となりがちだ。そこで、同センターでは、学生の困りごとを聞く際や学生の所属学部・研究科職員とセンターが話し合う場合等に、コーディネーターと事務職員がペアになって対応にあたり、事務職員が「潤滑油」の役割を果たしている。

 最後に、同センターの活動を支える学生支援スタッフについても触れておきたい。学生支援スタッフは有償でノートテイク・パソコンテイク、代筆、点訳といった情報保障(視覚障害や聴覚障害のある人が情報を入手するために必要な支援を行うこと)を中心に支援を担い、活動は有償で行っている。

 学生が有償で支援活動に携わっている大学は多くない。有償としているのは「障害のある学生と支援する学生が対等な関係を築きやすいように」という意図で、コーディネーターの藤原隆宏氏によると、「センター構想当時から、“学生が学生を支える仕組みを作り、障害のある学生と支援する学生双方の学びにつなげたい”という強い意思が大学側にあった」という。「コロナ禍でのリモート授業への対応等学生支援スタッフのアイデアに助けられる場面も多く、本学の障害学生支援において学生支援スタッフは重要な役割を果たしています。一方で、障害学生とのかかわりを通して刺激を受け、自主的に手話を学んだり、勉強会を開いたりする学生の姿も見られ、これは当センターの取り組みの大きな成果だと受け止めています」と藤原氏は笑顔で話す。

 これから障害学生支援に本腰を入れる大学にとって、全学で組織的な連携を行い、障害学生の支援を全ての学生の学びにつなげている同センターのあり方から得られるヒントは多いはずだ。


(取材・文/泉 彩子)