学科制から課程制への変更:社会ニーズに即応する工学領域内のダイバーシティ推進/芝浦工業大学 工学部
芝浦工業大学工学部は2024年度から課程制に移行する。その趣旨や背景にある課題意識について、課程制導入責任者で工学部長の苅谷義治教授にお話を伺った。
- 1927年有元史郎が創設した東京高等工商学校を源流とし、工学部・システム理工学部・デザイン工学部・建築学部の4学部を展開する工業系大学(2023年4月現在)
- 2014年に私立理工系大学として唯一SGU(スーパーグローバル大学創生支援事業)に選定され、近年は長期ビジョン”Centennial SIT Action”で2027年の100周年にアジア工科系大学のトップ10に入ることを目標に据える等、積極的なグローバル化を進める
- 一方、建学の精神として掲げる「社会に学び、社会に貢献する技術者の育成」に即し、現代社会のニーズに即した新たな教育の躯体として2024年度から工学部で課程制を導入
- 工学部教育を大括り化することで多様な教員が多様な教育プログラムを提供できるようになり、より社会ニーズに即した横断・連携が可能に
社会に学び社会に貢献する技術者を育成する
芝浦工大の建学の理念は、「社会に学び、社会に貢献する技術者の育成」である。設立当時から「社会」を強く意識する方針で人材育成を行ってきた。苅谷氏は、「こうした理念を掲げる以上、常に社会の変化に対応できなければなりません」と述べる。現在の激しい社会変化に即してこの理念を読み直した時、既存の教育躯体で都度対応するには限界が生じたという。「抜本的に思考やスタンスを変える必要性に迫られ、新たな教育躯体の模索に至りました」と苅谷氏は説明する。
また、同大学は先行して2020年に先進国際課程を設置している。これは2014年SGU採択によるグローバル強化の流れで設置した、教育全てを英語で提供する課程だ。ここで既に課程制を導入し、学部所属の教員による機動的な采配で、高い専門性に加えて俯瞰的視野や国際的リーダーシップ等を身につけられるように教育を設計した経緯がある。今回の改革も、その流れに連なるものと言えるだろう。
図1 横断的な課題解決の例:電気自動車(EV)
理工系単科大学として社会に発揮できる価値を最大化する
検討の背景としてもう1つ苅谷氏が強調するのが、「理工系単科大学の良さを最大化するために、社会の変化に応えていくことを選んだ」という点である。「激変する社会に、本学が理工系単科大学としてできることは何か。本学の建学の精神は技術者に特化したもので、総合大学とは目指す大学像が異なる。そうした文脈の未来の方向性を模索することで、理工系単科大学としての価値を最大化できるのではないかと考えました」。自らのドメインからぶれず、社会に対して徹底的に開いた技術を模索することで己の価値を最大化するため、単科の中で多様化する方向性を模索している動きとも言えるだろう。工学の中のダイバーシティ、隣り合う領域の垣根を下げ、結びついて生まれる価値、既存の思考にとらわれない発想の誘発を生じさせるための仕組みなのである。
また、現在工学部に約160ある研究室では、それぞれが社会・産業に対して共同研究・連携を行っている。企業相手の場合は特に、企業にとって必要性がない研究には資金が出ない。教員は日常的に社会のニーズを感じ取り、それに技術で応える術を模索している。研究そのものが社会への窓になっているということであり、今後そうした文脈をより強化しやすくするための措置としても課程制は機能しそうである。
継続的な改革を志向し検討議論を日常化する
ガバナンスやマネジメントの在り方に与える好影響も無視できないという。
「今後の社会を見据えた時、学科ごとに教員を採用している現状の在り方では、早晩立ち行かなくなることは目に見えています。課程制で学部単位の教育計画・採用ができる点は、教育の継続性という観点でも非常に大きい」(苅谷氏)。ニーズに応じた柔軟な横断プログラムを設計しやすくすること。そのためには、教員が大きな組織に全員所属している状態にすることが不可欠というわけだ。
そして、そうしたプログラムを設計するために、運営体制も変更する。「これまでは学科ごとに最適なカリキュラムを考案していましたが、今後は工学部の運営として、学部長室に課程長5名が全員いる状態を常態化します」と苅谷氏は述べる。大学ビジョンを受けた工学部の議論の主体を学部長室とし、学部長の意思決定の補佐を課程長が担う。また、学部内に将来の課程教育プログラム検討委員会を作り、具体的な課程検討を行っていく。「課程制開始時点では、これまでの既存体制の実績や産業分野との親和性等を考え、既存の延長線上の課程編成にしています。しかし、完成年度を迎えた後に備え、常に将来に向けて変化を可能にする検討体制をとります。社会変化に対応できる運営体制の変革が、一番の課題感だったかもしれません」(苅谷氏)。フラットに今後を考える躯体を作っていかないと、理工系単科大学として生き残っていくのは厳しい。学部に全教員が所属する課程制は、ガバナンス変革にも最適だったのだ。
横断のメンタリティを段階的に身につけ、早期実践により教育へ循環させる
では、具体的な教育内容を見ていきたい。
課程制はこれまで記述した通り、教員を学部所属にすることで柔軟な教育プログラム設計を可能とする制度である。教員が学部に所属し、学生はコースに所属するため、教員は様々なコースの授業を担当し、学生は様々なクロス履修が可能となる(図2)。導入時点では各課程が1~2つのコースを展開する(図3)。
図2 学科制から課程制への変更
図3 2024年度のコース編制
しかし、入学していきなり「分野横断」は難易度が高い。芝浦工大では、まずは軸となる専門性を各コースで身につけながら、横断のメンタリティを育む仕掛けをいくつか設計している。
まず皮切りとなるのが、初年次の必修科目「社会の中の工学」だ。「全課程が社会でどう連携しながら役立っているのかを社会目線で学ぶ科目です。技術が社会に出る時、単独で成り立っていることは少ない。それを実感し、隣接領域を学ぶ必要性を無理なく理解してほしい」と苅谷氏はその狙いを説明する。
次に、2年次の必修科目「工学研究探訪」である。所属コース以外から10の研究室を選び、その研究内容をオンデマンドで視聴するという内容で、専門性を向上させていった先の社会実装フェーズで他分野知識が必要となった場合、「あの研究室に聞いてみよう!」と引き出しを作ることができる。
そして、1~3年次にかけて、各課程は他課程に向けて「分野別科目群」を開講している。なお、特定の分野別科目群から10単位と、後述する「学内研究留学」2単位の合計12単位を取得すると、副コースの認定を受けることができる。
こうした学びを積み重ね、3年次からいよいよ研究室に配属される。早い段階で社会とのつながりの強い研究の領域に入ることで、横断の必要性やそのリアリティも肌感覚で修得することができ、自らの知識の限界等についても切実な問題として考えるようになる。そして研究領域での横断を可能とするのが「学内研究留学」だ。所属とは違う研究室に半年間「留学」して学ぶことができる制度で、それにより、専門領域の学びがより深まっていく。なお、課程制導入に当たって制作された課程長のクロストーク動画において、奇しくも電気電子工学課程長の吉見 卓教授が参考になる話をしている。
例えば、「固定してね」と言っても機械工学の子はねじで止めるし、電気工学の子はガムテープを貼る。材料工学の子だと「接着剤だ」と思う。
工学部という領域の中であっても、分野が変われば同じことに対する考え方や解釈は往々にして異なる。それを知ることが大事だと苅谷氏は言う。「技術文化のダイバーシティとはそういうことで、他分野で技術を文化ごと学んできてほしい」。社会に出てからびっくりしないよう、異文化体験を大学生のうちにさせるとも言えるだろう。コースで作れない人脈を作る意図もあるという。
「総合大学だと理系学部も文系学部の横断等に向かうと思いますが、本学は工学内他分野との横断による価値創出とダイバーシティを推進することに注力したい」。横断することで実現する立体的な学びこそが課程制の成果とも言えそうだ。
喫緊の課題は制度認知と理解
現時点の課題は、広報における制度理解の難しさだ。苅谷氏は、「大人は実社会の経験則から理解してくれるし、高校生は探究によりそうした思考を獲得しつつあり、親和性が高いと感じますが、直接説明しないとなかなか理解されないところがあり、そこは苦労しています」と話す。受け手側の認識のアップデートがなされていないなかで、伝え方の課題が大きいようだ。また、自律性が求められる課程制の学びにおいて、学生がどの程度主体的に横断してくれるかは今後も継続的に確認していく必要はあるという。
しかし、苅谷氏は「完成年度以降はコースや課程制の検討をよりフラットに、より社会に近く、多様な横断を生み出していきたいし、それを本学のブランドとして認知していただけるようにしたい」と前向きだ。今後の社会にフィットする新たな教育躯体の今後が大変楽しみである。
(文/鹿島 梓)