文理融合を実現する総合大学化へのチャレンジ/麗澤大学 工学部
- 1935年開設の道徳科学専攻塾を前身とし、道徳教育を基盤とした大学
- 創立者の廣池千九郎氏は、知徳一体の教育を基本とし、学生生徒の心に仁愛の精神を培い、その上に現代の科学・技術、知識を修得させ、国家・社会の発展と人類の安心・平和・幸福の実現に寄与できる人物を育成する理念を掲げた
- 2025年90周年を迎えるに当たり、24年に経営学部・工学部を設置予定。工学部ではデジタルテクノロジー分野で社会課題解決に臨むエンジニアを育成する
麗澤大学は2024年、工学部を設置する。創立以来文系大学として教育を展開してきた麗澤が、なぜ工学部を創るのか。その背景と趣旨について、徳永澄憲学長と、柴崎亮介副学長(工学部長)にお話を伺った。
世界の大学と戦い、今後の私立文系大学の生き残りをかけて、文理融合のための理系を創る
まず、文系大学で国際性に独自性を置く麗澤が、なぜこのタイミングで工学部設置に至ったのか。その背景から見ていきたい。
徳永学長はこう語る。「2019年の学長就任を機に、グローバル化、Society5.0時代、そしてコロナ禍という、先が見えない混沌とした時代を乗り越えるために、世界と地域に貢献する『品格あるグローバル人材』の育成を提唱しました。大学は時代の趨勢や社会のニーズに応じて進化する必要があります。現代の地球規模の複合的な課題や世界的に見て日本のデジタル競争力の低さへの対応を考えると、現在の文系を軸とした本学の教育構成では限界があります。学生が卒業後の社会で持続的に活躍するには、分野を横断し融合できる能力が必要です。そのため、本学は開学90周年を機に、文理融合のアプローチを取り入れることにしました」。
横断融合の足掛かりとなる理系学部の設置は、既存の文系との相乗効果を生み、教育全体の質を高めることを目指しています。麗澤大学の理念「知徳一体」は、優れた能力が高い道徳性に支えられていることの重要性を説いています。「心豊かな人間性と多様な専門知識を兼ね備え、国際的に活躍できる人材を育てるには、多様な要素を横断する教育が必要です」。新しい時代の人材育成には、教育の軸足を拡張し、異なる分野を横断することが求められます。工学部の新設は、今後の麗澤大学の教育の試金石となり得る重要な決断です。
2022年度からは基盤教育改革も実施しています。従来の90分授業を、反転授業やアクティブラーニングを取り入れた100分授業に変更し、アカデミックカレンダーをもセメスター制とクォーター制を併用する形に変更しました。全学生が1年次から学ぶ「道徳教育」「グローバル教育」「データサイエンス教育」「キャリア教育」を「麗澤スタンダード」と位置づけ実施しています。こうした改革は、「伝統を活かしつつ、建学の理念を現代化する取り組みです」と徳永学長は説明する。
モラル×エンジニアリング
柴崎学部長は「一見最も理系的イメージが強いであろう工学ですが、実は文系とは親和性が高い」と述べ、その参考に「道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である」という二宮尊徳の言葉を引用する。「技術は社会の課題解決に使われてこそ活きますが、生成AIの出現でAI倫理が問題になる等、技術はそれだけでは暴走する可能性を孕む。技術の社会実装の質を高めるには社会における道徳観や技術領域の倫理が必須なのです。本学は道徳に起源を持つ大学であり、そうした大学が工学部を創ることには大きな意味があります」。また、学部教育でモラルと共に重視するのが「デザイン思考」だ。「先端技術を追い求めても、技術の新陳代謝は非常に早い。技術の専門性に拘りすぎるより、目の前の課題解決に技術を馴染ませることができるかどうかが必要で、技術を主語にせず、課題を主語にした会話ができるかどうか。そのマインドセットが大事だと捉えています」。道徳と倫理に裏打ちされた高い品質の社会実装を見据え、多彩な技術を、デザインの力を用いて社会にフィットさせていく。大事にしたいのは技術そのものよりも、「それを使ってどうやって社会の役に立てるのか」である。
今回設置するのは情報システム工学専攻・ロボティクス専攻という、デジタルテクノロジーに絞った2つの専攻だ。これについて柴崎学部長は、「本学で、工学領域全体を網羅するような大規模な展開は現実的ではありません。今後の成長性と汎用性を見込んでデジタルテクノロジーに特化しました」と説明する。こうした思い切ったドメインの設定や理念との整合は、ゼロベースの新設であるが故に可能となったという。
工学部キービジュアル
2つの専攻
実践におけるコンピテンシー涵養に軸足を置く学部教育
述べてきたように、麗澤の工学部は「技術をどう使うか」に軸足を置いている。設置趣意書には、「工学が時代の要請に応じるとは技術を高度化させていくことだけではない。人間や社会をいかに調和させていくか、行動変容を促し、ある種の社会デザインに結実させていくか等、技術のみならず人間や社会の関係性、その背後にある構造等にも深い理解を持つことが必要になる」といった趣旨が記されている。そうした趣旨に照らし、工学部の学びには7つの特徴があるという。
- アイディアを形にする力を手に:AI・IoT・ロボティクス等、最先端のデジタル技術やソフトウエア工学の知識を、演習やPBL等の実践的な形式で、「アイディアを形にする力」に昇華する。
- 解決策をデザインする力を磨く:自身を取り巻く地球環境や社会構造を正しく理解したうえで、課題解決手法の学習と実践によって、デザイン思考や工学的思考法をもとにプランニング力を磨く。
- 多角的な視点から社会を理解する:「社会に出た時に、顧客の問いに社会的視点から対話できる技術者でなければ、早晩立ち行かなくなる」と柴崎学部長は言う。問われたことを鵜呑みにせず、広い視点で俯瞰して、部分最適ではなく全体最適を志向できるかどうかが、活躍人材とそうでない人材の差になり得る。そうした考えに基づき、「多角的に物事を捉える視座と理解力」を育む。
- 技術者としての倫理観を醸成する:多様な価値観や社会的ルールを前提としながら、「技術者としての倫理観」を問い、最先端の知識や技術を人や社会のために活用できる力を養う。
- 「学び方」を学び、深める:自ら発見した課題を起点にした探究的な学びを繰り返すことで人生の基盤となる学修力を育み、生涯にわたり主体的に学び続ける姿勢を身につける。
- 仲間と共にチームで協働する:多様な専門スキルを持つ仲間と共にチームで実施する演習等の機会を豊富に設け、「チームワークの大切さや難しさ」を実践的に理解する。柴崎学部長は、「小学校から成績は1人で達成できることを基本とした個人評価ですが、社会に出たら『その問題を10人で解け』と言われるのが普通です。また、テストで隣の人の答案を見たらカンニングですが、社会では誰と相談してもよく、何を参照してもよい。そのうえで目の前の課題を解くことが求められる。このマインドセットが、社会で通用するかどうかの分岐だと思います」と補足する。
- 4年間の成長を支えるEdTech:教育工学的アプローチで、最先端技術を活用して学生一人ひとりの成長をデータ化。日々の学修支援に加えて、個々に最適な勉強やキャリアを提示する等、データに基づき精密にサポートを行う。
これまでとドメインの異なる分野に学びを展開するチャレンジ
学生募集においては、文系大学の麗澤が理系学生の認知を作るのは、かなり難易度が高そうに思える。学部系統からして、全志願者がこれまでとは異なる完全新規層になるからだ。国際性等これまでの実績に根差した固定ファンが見込めない領域に敢えて踏み出すことについて、徳永学長は「非常にチャレンジングです」と述べる。
柴崎学部長は、「概念的な説明を理解してもらうのはなかなか難しい」と述べつつも、「本学に工学部があることを知ってわざわざOCに来てくれている方は、やはり出願率が高い。また、高校訪問で学部説明をすると、何人かは非常に興味を示してくれる。そうした兆しに丁寧に対応し、志願者を集めていきたい」と力をこめる。理念に即して学びの内容を尖らせた分、教育のメッセージは明確に届くのかもしれない。であれば、やはり当面の課題は認知であろう。麗澤らしい工学部の実現は、文系大学に工学部ができることの認知を今後どれだけ作っていくことができるかに掛かっていそうだ。
また、徳永学長は「学部が増えて、総合大学へと進化しても、私達は小規模ながらも力強い学生を育てることに拘ります。文理5学部が同一キャンパスに集まることで、学部間の垣根を超えた文理横断・融合型教育を実践することが可能です。このアプローチにより、学生達は異なる分野間の知識と視点を融合させることを学び、より幅広い視野を持った人材へと成長できるでしょう」と話す。麗澤らしさを失わない総合大学化へのチャレンジ。その第一歩の行く末を見守りたい。
(文/鹿島 梓)