リカレント教育最前線 [5]日本福祉大学 『日本福祉大学 FUKUSHI ACADEMY』開設構想

一人ひとりが異なる志向を持つ社会人は、これまで同質性の高い18歳入学者に特化しその態勢を最適化してきた日本の大学にとって、「新たな市場・顧客」である。
時々刻々と変化する環境下、また各大学それぞれに経営課題も利用できるリソースも異なる中、社会人マーケットの開拓を目指す取り組みには「正解」や「定石」のようなものはないだろう。しかし、だからといって立ち止まってはいられない。
この連載では、それぞれの方法で社会人に向き合って試行と探索を行う先駆的な取り組みをレポートしていく。


大阪大学 社会技術共創研究センター センター長・教授 岸本氏

図 概要

現場と協働し、既存の研究知で解決できない課題に向き合うプログラムを多数構築。
それらを集約し、専門職が集うイノベーションの拠点づくりをめざす

現場の実践知を体系化しプログラムの形に。多くの実践家が「教える側」「学ぶ側」に参加

 「性暴力被害者支援看護職養成プログラム」「里親養育包括支援機関人材養成プログラム」「伴走型支援基礎講座」…。日本福祉大学リカレント教育事業部のホームページ(図1)には、医療・福祉などの分野の専門職・実践家を対象とした特徴的なプログラムが数多く掲載されている(表1)。


図1 2023年度にリニューアルされた日本福祉大学リカレント教育事業のホームページ「FUKU+」


表1 日本福祉大学の主な現職教育プログラム


 「伴走型支援基礎講座」をクリックすると、講師陣には、北九州市で多くのホームレスの自立を支援してきた奥田知志氏、精神障害の当事者の支援に取り組む浦河べてるの家・向谷地 生良氏…といったそうそうたる実践家が名を連ねている。他のプログラムも同様に、講師を務めるのは教員だけではなく、看護師、社会福祉法人の施設長、NPO法人や自治体のリーダーといった方々だ。いずれのプログラムにおいてもオンライン教育が活用されているが、特定の時間・場所に講師・受講者を拘束しなくともよいというそのメリットが活かされている。

 日本福祉大学は、これらのプログラムを集約し、2024年に「現職教育」の拠点「日本福祉大学 FUKUSHI ACADEMY」を立ち上げる構想を持つという。「伴走型支援基礎講座」のプログラムコーディネーターでもある原田正樹学長に取材した。

 「日本福祉大学が社会人教育に取り組んできたのは、『万人の福祉のために』という建学の精神を実現するため。18歳で愛知のキャンパスに入学してきた学生を専門職として育て輩出するだけではなく、2001年に通信教育部を開設し、社会福祉士や精神保健福祉士を取得したいという全国の多くの社会人に受講いただいてきました。

 いっぽうで福祉の現場では、従来の方法では解決できない課題が数多く出てきています。現場は悩んでいる。そのことを受けとめたとき、資格教育、専門職の養成だけやっていればいいとは思えません。現場の課題に応えられる『現職教育』の提供は、私たちの使命なのです」(原田氏)。

 常に最新の知識や技術を学び続ける必要がある医療や福祉の世界。『現職教育』とは、そのために提供される社会人向けプログラムを指す用語だ。

 「どの領域でも、既存の知識技術を学ぶ現職教育の機会としての研修は数多く用意されています。しかし、もはやそれでは現場の悩みには応えられない。私がコーディネーターを務める『伴走型支援基礎講座』も、ホームレスや社会的孤立で生きる意欲を喪失した方と向き合ったときに、今までのような形式的な知識では対応できない、解決できない、そういったときに何が必要か、現場の方々に一緒に考えてもらおうと開講したのです。

 受講生のアンケートで印象的なのは「15回聞くと悶々とする」「聞けば聞くほど分からなくなってくる」というコメント。私達はこれを良い評価だと考えています。HOW TOの提供ではなく、新しいイノベーションを現場に起こしていきたいというメッセージが伝わっているわけですから」(原田氏)

 こうした狙いはどのプログラムにおいても共通だ。

 「これまでの社会人教育のイメージは、大学に蓄積された色々な『研究知』を社会に還元するというもの。そうではなく、現場の方達と一緒になってプログラムを作っていくのです。現場の実践知を現場の方が語るだけでは、個人の経験談で終わってしまいますから、例えば『伴走型支援基礎講座』なら、奥田氏や向谷地氏が長年蓄積してきた実践で共通する部分は何か、それをどう言語化、体系化しプログラムの形にしていくか。全体をコーディネートする教員が非常に悩むところですが、こういうことこそがこれからの大学の役割なのだと思いますし、だからこそ初年度から多くの方々に受講いただけたのでしょう」(原田氏)。

協働研究により培われた現場重視の姿勢と通信教育で培った講座運営のノウハウ

 「本学は創立時から、『当事者』と呼ばれる色々な困りごとを持った本人、その家族、支援者の方々と一緒に課題に向き合うということを大事にしてきました。研究においても、『協働研究』という形で、実践家と教員がチームを作って現場の課題に応えることを意識的に進めています。そうした活動がプログラムの起点になります。

 それを形にできるのは、通信教育部や大学院、社会福祉総合研修センターなどの部署で職員がこれまで蓄積してきた講座づくりと運営のノウハウがあるから。この2点が私達の大きな資産になっています」(原田氏)。

 各プログラムとも、オンライン教育を積極的に活用。全国をターゲットにすることで場所のハンデを、オンデマンド教材により時間の制約を解消することで、「現場の方達にピンポイントで刺さるような」(原田氏)プログラムづくりが可能になった。コロナ禍で受講者側のオンライン教育へのリテラシーが高まり、環境整備が進んだことも大きい。

専門職が教え合い、学び合い、イノベーションを生み出す拠点「日本福祉大学 FUKUSHI ACADEMY」構想

 「次のチャレンジとして2024年春の立ち上げに向け準備を進めているのが、現職教育の拠点『日本福祉大学FUKUSHI ACADEMY』です。東京サテライトを有楽町駅前へ移転し、鶴舞駅前の名古屋キャンパスとの2拠点体制を構築。対面プログラムの提供のほか、学外とのネットワーク形成など一連の流れをマネジメントしていきます。

 目指す姿は、専門職が学び、教え合うためのプラットフォーム。専門職と教員が集い、実践知と研究知を融合させていくことで、双方にイノベーションを起こしていく場所、それを大学の仕組みとしてきちっと作っていきたいのです」(原田氏)。

 専門職教育の課題は、他の業界・分野においても共通するものだ。「日本福祉大学 FUKUSHI ACADEMY」の取り組みとその成果に、これからも注目していきたい。



(文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員[社会人領域])


【印刷用記事】
リカレント教育最前線 [5]日本福祉大学 『日本福祉大学 FUKUSHI ACADEMY』開設構想