地域連携で発展する大学[8]「経験値教育」を通じて地域とつながり、 地域での存在感を高める/園田学園女子大学
兵庫県尼崎市で57年の歴史を持つ園田学園女子大学。大学名は地域名の「園田村」に由来し、地域の女性の高等教育を支える存在として、地域に根差し、地域と共に歩んできた大学だ。この園田学園女子大学を最も特徴づけるものが、2002年から掲げている「経験値教育」だ(図1)。看護師、保育士、管理栄養士等の養成の学科を中心とする実学だけでなく、社会での実践という経験値を積むことで、社会人としての素養を育むことを目指す。さらに、この「経験値教育」の実践のために、学生と地域をつなげることにも取り組んできた。2013年にはCOC、2016年にはCOC+にも採択され、COC+では神戸大学、兵庫県立大学、神戸市看護大学とひょうご神戸プラットフォームで他大学との連携にも力を注いでいる。
「経験値教育」の実践において、授業の組み立てや地域との連携はどのように進めているのか、そして少子化が進む中で地域に根差した女子大学の可能性はどのように広げていけるのか。同大学で「経験値教育」を牽引してきた大江 篤学長にお話を伺った。
1年次から4年次まで学びの根幹に流れる「経験値教育」
園田学園女子大学は「人間健康学部」「人間教育学部」「短期大学部」に加え、2021年度は「経営学部」を新設し、女性の教育に力を入れてきた。その中で掲げられた「経験値教育」は、学生が大学での専門分野の理論的な学びが、地域社会でどのように活用されるかを実感し、理論と実践を結びつけることを目標にしている(図2)。
「経験値とは主体性、コミュニケーション力、気づく力、協働する力、考える力の5つの力。この力をつけるための全ての教育を『経験値教育』としています。カリキュラムはキャンパスの中と外で知識と実践を学んでいくものになります。失敗の経験も含め、あらゆる場面で気づき・行動・学びにつなげる循環型の教育を目指しています。これが社会に出たときの強さや逞しさ、いわゆる人間力をつけることにつながっていくものと考えています」(大江氏)。
経験値教育のカリキュラムは1年次の講義科目「大学の社会貢献」から始まる。園田村の歴史から始まり、園田学園女子大学の建学の精神や地域課題への視点等を学び、2年次のPBL型授業のための基盤学習となっている。
2年次に行われるのが地域志向のPBL型授業となる「つながりプロジェクト」。約300名の2年次全学生で学部学科横断のチームを作り、学外での地域課題の実践学習に取り組む。
3年次、4年次は学科専門科目中心となる。特に資格取得科目は実習時間も多くなるため、その時間に専念し、専門知識を深める。
このようなカリキュラムで、短大は2年、大学は4年の全体を通して経験値を高める設計となっている(図3)
学生、先生、職員、地域が出会うつながりプロジェクト
経験値教育の中心となるカリキュラムが、2年次の「つながりプロジェクト」だ(図4)。その特徴はなんといっても2年次学生全員必修であり、全4学部横断のチームで取り組むということにある。
「学生は違う学部・学科の学生とのつながりができますし、さらに先生、職員、地域の人達等、たくさんの新たなつながりもできます。地域に学生が入ることによって、地域の方々同士もつながっていく。まさにプロジェクト名の通り、“つながる”ことが大きな目的でもあります」
プロジェクトは1チーム14名前後で、90分20回の2単位で実施。チームは用意された課題を選んで取り組んでいく。
プロジェクトはバラエティーに富んでいる。昨年度は18のプロジェクトが稼働し、地域の商品開発プロジェクト「宝塚カレーグランプリ」や、地域のスポーツフェスタのボランティア運営、キッズイベントの運営等があった。プロジェクトでは違う学部・学科の学生・先生と取り組むため、課題解決の多様な考え方に出会うことになる。
「本学の場合、国家資格の養成課程が多いのですが、実際に社会に出て地域の課題に向き合うときには、どの仕事でも多職種間の連携が求められてくるでしょう。つながりプロジェクトではこうしたことに取り組む『本気の大人に出会いましょう』と学生に伝えています」
COC+でS評価の経験値評価システム
地域と連携したPBLや課題解決プログラムに取り組む大学はほかにも数多くあるが、学生一人ひとりの活動の評価方法に課題を持つ大学も多いのではないだろうか。園田学園女子大学では、つながりプロジェクトの活動評価を可視化するために独自の「経験値評価システム」を稼働させている。
システムは「経験値アセスメント」「つながり評価」2つの項目で構成される。
「経験値アセスメント」は、自身の経験値を60項目にわたって5段階で自己評価する。評価数値から経験値の測定結果を見ることができる。
もうひとつの「つながり評価」は学生自身の地域活動のリポートに、活動先の人の評価・フィードバックを加えたポートフォリオとして活動を記録できるもの。活動で学生と接した人は、5つの経験値指標ごとに5段階で評価し、コメントを書き込む。
「活動先の人からの評価は全てが5点満点ということはありません。各学生は社会人から強み・弱みをしっかり指摘され、各人にフィードバックされます。いずれもスマートフォンのアプリで管理できるものになっていて、活動先の人もIDとパスワードで各学生に対する評価を書き込めるようになっています」
このシステムはCOC+の際に開発され、地域活動の評価を可視化するシステムとしてS評価された。以来、システム内容も少しずつブラッシュアップを続けている。また、この評価システムは「つながりプロジェクト」だけでなく、インターンシップの評価でも使用する等、学生の多様な活動にも応用され、活動評価のフォーマットとして定着している。こうした評価システムも、地域活動の結果を有意義なものにする手助けになっている。
教育に力を入れる尼崎市のサポート体制
経験値教育のつながりプロジェクトで、安定した地域連携が実現しているが、こういった活動は大学の努力だけでは難しいことは大学関係者であれば想像がつく。つながりプロジェクトの良好な運営の理由について、「尼崎市の行政のおかげでもある」と大江氏は語る。
「COCからパートナーを組んできた尼崎市は、前市長の時代から市民活動と教育に非常に力を入れてきました。市民活動を活発化することによって地域の活性化を図っていくという方針のおかげで、尼崎市にはNPOや地域活動に携わる方がとても多いのです。こういった方々がいるから、つながりプロジェクトや授業の非常勤講師等のお願いを快く受けて頂ける。学生と一緒に新しいことをやってみようという若い方もたくさんいる。こういった地域の土壌に助けられています」
市民だけでなく、大学と市行政の関わりも多い。市から大学に「市民祭り」等のイベント協力のリクエスト依頼もあれば、大学から市につながりプロジェクトやインターンシップの連携先の相談もする。
このような大学と市行政の連携をスムーズにするため、尼崎市は大学との窓口を「協働推進課」に一元化する。大学からの様々なリクエストを市役所内の関連部署に橋渡しすることで、大学と市政の迅速な連携に力を入れている。
園田学園女子大学側では学外との連携の窓口を「社会連携部」が担当する。市からの相談のほか、大学への様々なリクエストに対応していくのだが、部の職員数は部長を入れて4人。
「職員の数が非常に少ないので、部の運営は外部にも委託をしています。インターンシップ等を運営している地元のNPO法人にお手伝い頂いています。企業や地域とつないで頂く仕事でお力を借りています」
社会連携部の取り組み自体が、既に地域連携のスタイルで成り立っている。
地域で必要とされるために。小さい活動でも、深く地域とつながる
日本の課題である少子化は同大学でも非常に大きな課題だ。特に阪神間は女子大学が多いエリアであり、近隣の大学においては学生募集停止や共学化等、様々な動きも目立っている。
「園田学園女子大学では大きな方針として、もう一度大学と地域の関係をしっかり考えて、地域で必要とされる高等教育機関になりましょう、と教職員に伝えました。尼崎市は厳しい予算の中、市民活動強化のひとつとして高校生の地域活動にも補助金を出していて、地域のためにチャレンジをしている高校生がたくさんいます。また、『みんなの尼崎大学』という市民大学があり、商店街の方が商学部、レストランのオーナーが食物栄養学部と名乗る等、どこでも先生どこでも生徒という形で、市内に様々な学びの場がある。市民や高校生が元気な尼崎市の中で、大学だからできることは何なのかを考えてみようと。そして高校生や市民の方々が『大学に行けばもっと面白いことができる』と思える大学にしていきたい」
こうした市民とつながる場として開催されているのが、「地域歴史遺産」のシンポジウム(図5)と「SONODAオープンラボ」(図6 )だ。
「地域歴史遺産」のシンポジウムは、COC+のひょうご神戸プラットフォームの4校で実施していた分配のひとつで、COC+事業終了後も神戸大学とゆるやかにつながりながら、リカレント教育のひとつとして継続している。
2010年から開催してきた「まちづくり解剖学」を2023年から「SONODAオープンラボ」として再開し、日常的に地域の課題を受け止めていく場としている。学生の取り組みや教員の研究の発表等を通じて市民が大学を知り、大学と交流できる場となっている。
「コロナで大学を閉めていた分、市民と大学が少し離れてしまいました。まず学内に来て頂くというところからもう一度再スタートすることが大事だと考えています。そのうえで、市民と大学のマッチングによって『その活動にはこの先生の研究が役立つ』、『この地域の方と一緒に研究に取り組める』といった新しい何かを生み出していきたい」(大江氏)
こうした市民との交流の場づくりや、つながりプロジェクトと評価システムを見ると、細やかで着実な地域連携を進めている印象を受ける。
「本校には大学等連携推進法人や他大学との単位互換といった大きな仕組みはありませんが、新しい刺激がもらえるのであれば小さなことでも地域と共にできることをやっていきたいと考えています」
(文/木原昌子)
【印刷用記事】
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