DXによる新たな価値創出[8]デジタルスキルを備えたビジネス実務人材の育成で地域貢献を志向する/滋賀短期大学


滋賀短期大学 学長 秋山氏、デジタルライフビジネス学科長 特別教授 小山内氏、デジタルライフビジネス学科 講師 小笠原氏


 滋賀短期大学(以下、滋賀短大)は2022年、文科省「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」に「デジタルマインドとコミュニケーションスキルを兼備したビジネス実務人材の育成」が採択された。全国で短大としては唯一の採択である。その内容や背景について、秋山 元秀学長、デジタルライフビジネス学科長の小山内 幸治特別教授、同学科の小笠原 寛夫講師にお話を伺った。

次の50年を生き抜くためにデジタルを軸に教育力を強化する

 秋山氏は「短大という教育機関の在り様は四大以上にどんどん変容しています」と述べる。最盛期の1996年には598校あった学校数は、2023年には約半数の300校にまで減少。女子の高等教育の受け皿になっていた時代から、資格取得や職業教育を中心に、短期高等教育機関に適した領域に特化した教育展開が中心になっている。「現在も一定のニーズはあるものの、将来的に短大がこのままでよいとは思えません。かといって、四大のような新増設等の教育強化の動きも、組織が小さい短大では財政面も含めて大変難しいのが実態です」。そんななかでも滋賀短大は教育力強化の動きを模索してきた。2020~2022年度の中期計画においては、「学修成果の可視化を目的とした3つのポリシーの見直し」「教育力向上WG(ワーキンググループ)の設置」「学生の成長の可視化」といったテーマと並んで、「専門教育の充実」の文脈で新学科の設置が盛り込まれている。「厳しいマーケットで生き残るには、教育基盤の充実と、他にはない特色に裏づけられた教育力が必要です」と秋山氏はその意図を説明する。

 ここで活用されたのが、2019年に大学設置基準改正によって制度化された学部(学科)等連係課程制度である。「既に学内にあるリソースを有効に組み合わせることで学科設置ができるこの制度を使い、新たにデジタル社会における活躍人材を育成しようと考えました」。具体的には、生活学科から10名、ビジネスコミュニケーション学科から20名の定員を新学科に充て、両学科の教員が兼務するかたちで、今後の時代に必須となるデジタルを軸に新たな教育を創り上げた。それが、2022年設置のデジタルライフビジネス学科である。今回のビジネスコミュニケーション学科の採択内容は、この学科新設を目指した動きのひとつでもあった。申請書においては、新設学科認可のタイミングの問題もあり、既存のビジネスコミュニケーション学科を対象に構想・申請していたが、教育内容の面からいえば、新学科のほうが、よりこの事業との整合性が高い。そうした経緯もあり、新学科ありきではなく既存の学科についてもデジタル教育推進を盛り込む内容となっている。「新学科だけではなく、全学的にもデジタル教育を推進し、それを滋賀短大の特色にしようと考えています」と秋山氏は言う。

 デジタルありきではなく、短大として今後生き残るのに必要かつ適切な教育のチューニングについて模索するなか、社会ニーズ等を踏まえてデジタル領域が特色として整合した、ということなのだろう。あくまで本丸は「教育力強化」そのものだ。新学科はその突破口なのである。


図表 「ビジネスコミュニケーション学科」における組織的な学修支援体制


推進役となる学内体制を構築し学内外の連携を強化

 時系列で見ると、2021年9月にデジタルライフビジネス学科設置届出、翌2022年3月に産業DX採択、同4月に新学科設置、同8月にはMDASHリテラシー採択と、改革が集中している。設計は同時並行的に行われていたという。その主体は、教学マネジメント委員会の下に設けられた学長を座長とする「全学デジタル教育推進WG」である。日常的な業務で忙殺されやすいところ、企画戦略を司る組織を作ったことに意義が大きいという。「小規模短大ですから、潤沢に人がいるわけではありませんが、業務分掌としてデジタル教育推進に関する重要項目の議論や企画を行う組織を作ったことで、推進力が増したと思います」と秋山氏は話す。WGは現在、デジタル教育に必要な設備を含めた支援を教務委員会と連携して行っている。

 また、WGは滋賀県や地域、産業等の連携も行っている。カリキュラム設計、関連する連携先との協働・実習等受け入れの調整、授業アンケート等の収集、教育推進の評価・企画・提案といったサイクルを回す主体なのである。「今後さらに社会連携を深め、教育を高度化していきたい」と秋山氏は意気込む。事業の背景にはこうした社会ニーズの確実なトスアップがあるようだ。

デジタルマインドとコミュニケーションスキルを兼備したビジネス実務人材とは

 では、新学科の内容を見ていこう。

 「今後学生が生きていく社会では、DXは経営陣が考えていればいいという時代ではなくなる。現場でデジタルの意義を理解し、データ収集・処理・分析を行う人材でなければ、具体的に価値創出にデジタルを絡めることは難しいでしょう。本学が育成するのは、まさにこの、『実際に社会や顧客に価値創出を担う人材』そのものです。それは、短大が今まで育成してきた現場人材に時代に応じた付加価値を追加するということでもあります」と小山内氏は話す。それが、採択事業の掲げる「デジタルマインドとコミュニケーションスキルを兼備したビジネス実務人材」であり、デジタルの基本的な構造、コミュニケーションツールとして使えて、ヒューマンコミュニケーションもできる人材のことである。これからの時代はどんな領域でもデジタルと掛け合わせた価値創出が大前提となる。よって、滋賀短大は、特定の領域やエンジニアリング人材ではなく、広く社会に必要な現場人材を育成するということである。「テクノロジーを用いた教育において環境整備はとても大切です。事業採択の結果最新の設備を整えることができました」(小山内氏)。統計ソフトのインストール、デジタルコンテンツの編集が可能なスタジオ、外部とつないでオンライン授業を行う仕組み等を整備し、多くの開講科目においてDX実習室を活用したアクティブラーニングを実施できるようにした。育成人材像である「デジタルマインドとコミュニケーションスキルを兼備したビジネス実務人材」には、「データ収集・処理・分析力」「デジタル表現力」「コミュニケーション力」「問題解決力・実践力」といったスキルが必要で、それぞれを習得できる科目を設計し、そこに環境を掛け合わせて整えた状態だ。


図表 デジタルマインドとコミュニケーションスキルを兼備したビジネス実務人材の育成


授業で学んだ技術を実践し社会価値創出のメンタリティを体得する

 整備された環境でデータやデザインについて学んだ後は、「地域貢献演習Ⅰ・Ⅱ」「イベントプロデュース演習」といった科目で実践の経験を積むことができる。「授業で培った知識・技能を統合し、最終的に問題解決力に結びつける必要があります。社会実装の実際を経験し、活きて働く知識として修得してもらいたい」と小山内氏は述べる。また、「短大は短期教育機関なので、先輩から学ぶことがなかなか難しい。教員主導で設計し、システムとして動かさないと、狙った効果がなかなか現れない傾向があります」と補足する。だから、狙った人材育成のためには、一つひとつの科目が育成人材像の何に寄与するのか、隅々まで行き届いた教育設計とその主体を体制として構築することが肝要なのである。

 デザイン・アート・映像系の会社経営者でもある小笠原氏は、「実習中心で手を動かしながら考える機会が多く、学生が楽しんで取り組めている」と現状を述べる。楽しく学ぶことでもっとやってみたくなり、学んだ内容を実践したくなる。短大50周年のデザインを学生が手掛けたり、大津市の広報ビデオを制作したりする等、実践の場は学内外問わず、学生自身が開いていくポテンシャルがあるようだ。

 さらに「大津市のプロジェクトでは、市の課題は『若年層の人口が定着しないこと』でした。呼び込むには、来た後に定着してもらうにはどうすればよいか。学生が市役所と何度も打ち合わせ、市の魅力、PRポイントの議論、実際に住んでいる若者のリサーチや許諾を得て取材・撮影、インタビュアーやレポーターも自分達で行い、コンテンツを制作・編集して納品までの一連を経験することができました。課題設定から課題解決のアウトプットまで経験できるのは大きい。今後もこうした連携を強化していきたい」と力をこめる。教育が地域の課題解決と連携することで、双方に有益な結果をもたらす。現在も、地域の伝統芸能のデジタルアーカイブ化に取り組んでいる最中だ。デジタルがあるならこういうことができないか、といった要望を広く呼び込み、教育の一環として課題解決していく流れを創ることができれば、教育の高度化・学生の満足度につながっていくという手ごたえがあるという。

既存リソースを活性化するデジタルのポテンシャル

 まさに始まったばかりの教育。初年度は認可されてからの広報であったため、定員に満たなかったが、2年目は定員を充足した。「学生の興味とすり合わせながら、学修成果が高まるように工夫して進んでいきたい」と小山内氏は述べる。一方、OCでデジタル教育の必要性を説明すると、「やはりこれからはそういう方向なんですね」と保護者からのリアクションが多く、非常に励まされるという。また、学内でも「デジタルを使ってこういうことができないか」という相談は多い。「生活学科で調理プロセスのアーカイブ化、学生自身が作成したレシピ動画の編集や投稿についてのスキルを身につけさせる授業の開講などについて準備を進めています。また、幼児教育保育学科では、『デジタル紙芝居』の制作が情報リテラシー系の授業の一部で行われています。専門領域とデジタルを掛け合わせたら何ができるのかについて、全学的に盛り上がっていけたら面白い」と期待を寄せる。

 外部資金を活用して新たな教育を創る今回の動き。今後、産業界や自治体とのより一層の連携強化で、どのように進化していくのか。苦しい環境におかれながらも学生起点の改革を志向することの大切さを教わった。



(文/鹿島 梓)


【印刷用記事】
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