「理事長調査」吉武博通・和田由里恵

吉武博通・和田由里恵



タイトル 問題意識と調査目的・概要

令和6年度からの5カ年は「集中改革期間」

 1992年に205万人を数えた18歳人口は2022年に112万人となり、2023年の110万人から緩やかな減少を続け、2035年には初めて100万人を割って約96万人となることが予測されている。その後、足元で進む出生数減により、2040年には80万人を割り込む見通しである。

 足元では令和5年度入学において、入学定員充足率100%未満の私立大学の割合が初めて5割を超え、全600校中320校と53.3%を占めるに至っている(日本私立学校振興・共済事業団「令和5年度私立大学・短期大学等入学志願動向」より)。

 文部科学大臣が令和5年9月25日付で中央教育審議会に諮問した「急速な少子化が進行する中での将来社会を見据えた高等教育の在り方について」では、「設置者の枠を超えた、高等教育機関間の連携、再編・統合の議論は避けることができない状況にあります」との認識が示されている。

 また、文部科学省は令和6年度概算要求において、令和6年度から令和10年度を「集中改革期間」と位置づけ、将来を見据えたチャレンジや経営判断を行う私立大学・短大・高専への総合的支援を充実することにより、主体的な改革を後押しするとの方針を示している。

 このような状況において、大学・短大を設置する学校法人の理事長の認識及び考えを質問紙調査により聞いたのが本調査である。

 質問は、現状認識、課題認識、取組評価、今後の取り組みに当たっての課題の4つに大別される。

 現状認識では、将来に対する見通し、経営状況に関する認識、学生募集の状況の3つを尋ねた。課題認識では、収支バランスの改善とその方策について聞いた後、財務体質、学生募集、教育力、研究力等をはじめとする14の経営課題について、重要性や緊急度に関する認識を尋ねた。

 これらの課題に対する取り組みが満足できる状況にあるかどうかを聞いたのが取組評価である。そのうえで、経営施策を遂行する上で何が課題となるかについて尋ねた。

 質問紙は大学・短大を設置する学校法人の理事長660名に送付し、161名からの回答を得た。回収率は24.4%である。

 以下に調査概要とともに、理事長と学長の兼務の有無、回答161法人の内訳として地域分布及び学生数規模についてまとめている。1都3県は東京、神奈川、埼玉、千葉、2府1県は大阪、京都、兵庫である。

調査概要


タイトル わが国の大学の現状及び将来、現在の経営状況等に関する認識

回答者の9割が淘汰・再編は避けられないと認識

 本調査では、最初に「わが国の大学の現状及び将来に対する見通し」に関する認識を尋ねた。その結果、「今後淘汰・再編が急速に進むことは避けられない」との回答が42%を占め、「淘汰・再編は不可避だが、当面は緩やかに進むものと想定している」との回答の45%と合わせると、進み方に対する認識に幅はあるものの9割近くが淘汰・再編を避けられないと考えていることが明らかになった。

 「現在の経営状況に関する認識」については、「経営の持続可能性に対して強い危機感を持っている」、「既に経営状況が悪化しつつあり、危機感が増している」を合わせると41%に達している。さらに「5年程度先まで見通した場合、経営状況の悪化が危惧される」が16%、「10年程度先まで見通した場合、経営状況の悪化が危惧される」が32%となり、現時点において経営面で特段の不安を感じていないとの回答は約1割にとどまる。

 また、「学生募集に関する認識」については、大学全体で入学定員数に対して未充足の状況にある法人が42%となり、「既に一部の学部が未充足」、「近い将来の定員割れを危惧」まで合わせると約7割が定員充足に対して強い危機感を抱いている。

 以上3つの質問結果を円グラフにまとめたものが図1-1~図1-3である。

(なお、以降のグラフ中の百分率については四捨五入の関係上合計が100%にならない場合がある。)


図1-1~図1-3


1都3県とその他の3地域の間で経営状況に関する危機感の程度に差がある

 次に、学校法人の所在地別(1都3県、愛知県、2府1県、その他の4地域)に「わが国の大学の現状及び将来に対する見通し」と「現在の経営状況に関する認識」がどう異なるかクロス集計を行った(図2-1、図2-2)。


図2-1、図2-2


 その結果、前者の見通しについては、淘汰・再編が進むとの認識に地域間で大きな差はないものの、「急速に進む」との回答割合は、2府1県が6割と高く、次いで愛知県、1都3県、その他の順になっている。その他地域の回答割合が比較的小さいのは3大都市圏に比べて多くの大学がひしめき合う状況にないことも影響している可能性がある。

 後者の経営状況に関する認識については、「強い危機感」と「危機感が増している」を合わせた割合が、愛知県、2府1県、その他の3地域で5割近くに達しているのに対して、1都3県は現時点で3割弱にとどまっている。さらに「5年程度先まで見通した場合、経営状況の悪化が危惧」まで合わせると、その割合は愛知県が約7割、2府1県とその他が約6割、1都3県が5割弱となる。

 また、学生の規模別(1000人未満、1000人以上2000人未満、2000人以上4000人未満、4000人以上8000人未満、8000人以上の5グループ)に「わが国の大学の現状及び将来に対する見通し」と「現在の経営状況に関する認識」がどう異なるかクロス集計を行った(図3-1、図3-2)。


図3-1、図3-2


 現在の経営状況に関する認識では、1000人未満で最も危機感が強く、次に1000人以上2000 人未満が続き、中小規模校ほど厳しさを感じていることが裏付けられたが、2000人以上4000人未満の法人で危機感を持つ割合が最も小さいとの結果は予想外である。

 前述の調査概要に記載した通り、学生数の規模別では5つの区分の回答数はそれぞれ30前後とばらつきが少ないため、より本質的な理由があることも考えられる。その解明は今後の課題である。


タイトル 経営課題の重要度と緊急性に関する認識

6割近くが収支バランスを極めて重要な課題と認識

 次に収支について、課題の重要度と緊急性に関する認識を尋ねた(図4-1~図4-3)

 回答は「極めて重要な課題であり、緊急性が高く、早急に成果を出す必要がある」、「極めて重要な課題であり、計画的かつ着実に推進する必要がある」、「重要な課題であり、早急に成果を出す必要がある」、「重要な課題であり、計画的かつ着実に推進する必要がある」、「現時点では特に重要な課題と考えていない」の5つである。

 収支のバランスについては、6割近くの法人が「極めて重要な課題」としており、うち全体の2割は緊急性が高く、早急な成果が必要と答えている。

 収入の増加施策の重要度・緊急性については、当然ながら学生納付金、補助金の順に高く、以下、競争的資金及び共同・受託研究、寄附金、資産運用益、収益事業となっている。

 一方、支出抑制に関する施策については、重視している度合いは教員人件費、光熱水費、職員人件費、管理経費、その他外部調達費の順であり、昨今の資源価格高騰を背景に光熱水費については特に緊急性が高い課題であるという結果になっている。


図4-1~図4-3


学生募集、教育力、広報・ブランディング戦略

 収支を超えてより広い視点から経営施策について重要度と緊急性について尋ねた結果をまとめたのが図5である。

 収入確保に直結する学生募集、教育力の強化、広報・ブランディング戦略の強化が上位3つを占め、次いで、DX、研究力の強化、高大接続、ガバナンス改革、地域・社会貢献の強化と続く。研究成果の社会実装や産学連携の強化、施設・設備の整備、国際化の推進等は所在する地域、学問分野、校舎の建設時期等大学の状況によって異なるものと考えられるが、ダイバーシティやキャンパス移転については、重要度や緊急性が相対的に低い。

 特にダイバーシティに関しては、国が進める補助事業への申請や採択を見る限り、国立大学に比べて私立大学は全般に低調との印象を拭えないが、今回の調査でもそれが裏付けられる結果となった。

 また、キャンパス移転については重要度・緊急性に強弱はあるものの5割弱の法人が課題として認識する一方で、5割強の法人が「現時点で重要な課題ではない」と回答している。


図5



タイトル 経営施策への取り組みの現状に対する評価

最も多い回答は「取り組んでいるが評価はどちらともいえない」

 理事長はこれらの経営施策への取り組みの現状をどう評価しているのだろうか。その結果をまとめたものが図6-1~図6-3である。


図6-1~図6-3


 収支バランスの改善の取り組みについては、満足し成果も得られているとの回答は11.8%、取り組みは満足だが成果はこれからを加えても3割程度にとどまっており、取り組んでいるが評価はどちらともいえないとの回答が5割を超えている。

 収入増加施策への取り組みについては、取り組みは満足、成果もでているとの回答は資産運用益の13.7%を除くといずれも1割以下と低く、全施策において「取り組んでいるが評価はどちらともいえない」の回答が4割から5割程度を占めている。また、寄附金及び収益事業による収入については、不十分とやや不十分の合計が半数前後にのぼっている。

 支出抑制施策については、いずれの施策も取り組みは満足との回答は2割以下にとどまり、逆に不十分とやや不十分を合わせた割合は2割から3割であり、取り組んでいるが評価はどちらともいえないが5割から6割を占めている。

 収支を超えたより広い視点からの経営施策の取り組みに対する評価について、満足度の高い順に並べたのが図7である。

 取り組みに対する満足度が5割を超えるものはないが、高い順に、施設・設備の整備、地域・社会貢献の強化、ガバナンス改革、教育力の強化となっており、学生募集の強化については取り組んでいるが評価はどちらともいえないが6割を占めている。また、不十分とやや不十分を合わせた比率が4割を超えるのがDXと国際化の推進、4割近いのがダイバーシティとなっている。

 全ての施策において「取り組んでいるが評価はどちらともいえない」の回答の割合がほかを引き離して最も高くなっている。そこには様々な手を打ってはいるが、確かな手応えを感じることができない理事長のもどかしさが表れているようにも思われる。


図7



タイトル 経営の今後の方向性と新たな需要獲得

約65%の大学が今後3年程度の改組を検討

 経営の今後の方向性について、最初に今後3年程度の間に教育組織の改組を考えているかどうかを尋ねた(図8)。なお、本質問については複数回答を可としているため、以下のパーセンテージの合計は100%を上回る。

 その結果、「既存学部の改組・分割を予定または検討中(学部名称変更を含む)」36.6%、「新たな学部の設置を予定または検討中」19.9%、「既存学部間の統合再編を予定または検討中」17.4%、「既存学部の廃止を予定または検討中」5.6%との回答が得られた。その一方で「現時点での予定または検討はなし」の回答も35.4%あった。

 令和4年10月施行の大学設置基準改正により従来の専任教員制度が基幹教員制度に改められ、社会のニーズに対応した迅速で柔軟な学位プログラム編成が可能となった。これらの制度を活かしながら、学問の動向と社会の要請を踏まえ、教育組織をどう編成するかは大学の持続可能性を高めるうえで極めて重要な経営課題である。

規模や分野等経営戦略の巧拙が試される

 学校法人が設置する大学の規模について、今後の方向性を尋ねた結果をまとめたものが図9である。

 最も多い回答は「経営の規模は現状を維持しつつ、学問分野等の組み替えにより競争力を強化」であり、回答割合は57.5%と極めて高い。次いで、「18歳人口の減少を踏まえて、規模を適正化(多少の縮小はやむなし)」が16.9%、「規模をある程度縮小しつつ、強みを活かせる分野を強化(資源を集中)」が13.8%となり、「大幅縮小もやむなし」を合わせると、回答者の約3割が規模の縮小をやむなしと考えていることがわかる。

 その逆に、「経営の規模を拡大しつつ競争力を強化」との回答も1割強(11.3%)あることにも注目したい。

 大学の規模と分野をどうするか、経営戦略の巧拙が試されているといって過言ではない。


図8、図9


多様な手段を用いた新たな需要の掘り起こしは喫緊の課題

 次は、18歳人口の減少を見据えた新たな需要獲得方策についてである(図10-1、図10-2)

 最初に、「社会人に対するリカレント教育・リスキリング教育」、「シニア層に対する教養講座や市民講座」、「受け入れ留学生の増加」のそれぞれについてどの程度重視しているかを尋ねた。

 その結果、「極めて重視している」の割合が最も高かったのは留学生の増加(36.6%)、次いでリカレント・リスキリング教育(32.9%)であり、シニア層向けの講座は13.0%にとどまっている。ただ、「ある程度重視」を合わせるとリカレント・リスキリング教育93.8%、シニア層向け講座85.7%、留学生の増加81.3%といずれも高い割合になっている。

 また、これらの教育機会提供の手段について尋ねたところ、留学生は対面を主とした教育が対面と通信の併用を上回り、シニア層向け講座やリカレント・リスキリングでは対面と通信を併用した教育が対面を主とした教育を上回る結果となった。

 18歳人口の急速な減少、労働力不足の深刻化、リカレント・リスキリング教育や生涯学習への期待の高まり等を考えると、多様な手段の組み合わせによる新たな需要の掘り起こしは喫緊の課題と考えられる。

 今回の調査ではその点についてこれ以上の深掘りができていないが、諸外国の状況や国内の先端事例等を広く共有しつつ、新たな大学のあり方を検討する一環としてさらに議論を深めていく必要がある。


図10-1、図10-2



タイトル 経営施策を遂行するうえでの課題

資金面の制約をどう克服するとともに教職員の能力向上・意識変革を促すか

 本調査の最後に、これまでに挙げた経営施策を遂行するうえでの課題について、11の要素を示してその程度について、「極めて大きな課題である」、「課題である」、「ある程度の課題があると考えている」、「多少課題があるが、遂行の支障にはなっていない」、「特に課題とは考えていない」の5つから選択する方法で尋ねた。結果は図11のグラフの通りである。

 「極めて大きな課題」との認識の上位は、資金面の制約が約3割でトップ、以下、教員の意識、職員の意識、教員の教育研究力、職員の職務遂行能力と続く。

 また、「極めて大きな課題」と「課題」を合わせた割合でみても、この5つの要素だけがいずれも5割を超える。その順位は教員の意識(60.2%)、資金面の制約(59.6%)、職員の意識(56.5%)、職員の職務遂行能力(53.4%)、教員の教育研究力(52.8%)である。

 資金面と教職員という内部要因を課題と考えているのに対して、労働組合、同窓会、産業界、地域社会・自治体といったいわゆるステークホルダーの理解と協力は一定程度得られていると認識している様子が窺える。そして、この中間にあるのが組織風土や組織文化、意思決定プロセスである。

 資金面の制約に対していかなる工夫を図るか、教職員の能力向上を促し、その意識をどう変えられるか、経営戦略を練り、実行していくために克服すべき課題である。


図11



タイトル 本調査結果のまとめ

取り組みに対する評価、成果に対する評価をより明確にする必要

 本調査の結果は、大学の危機がいよいよ現実の問題となり、私立大学は既にその渦中にあることを改めて感じさせるものとなった。

 文部科学大臣の中央教育審議会への諮問では「設置者の枠を超えた、高等教育機関間の連携、再編・統合の議論は避けることができない状況」との認識が示されているが、私立大学の理事長の9割近くは淘汰・再編を避けられないと考えており、現時点において経営面で特段の不安を感じていないとの回答は1割にとどまる。

 このような状況を背景に、理事長の6割近くが収支バランスを極めて重要な課題と認識し、重要度・緊急性の高い経営施策として、学生募集、教育力の強化、広報・ブランディング戦略の強化をあげている。国際化やダイバーシティ等の重要性を認識しながらも、収入確保に直結する施策に対しては大きく劣後する結果はやむを得ない面もあるが、世界における日本の立ち位置を考えた場合、それで良いのか疑問もある。

 最も気になった点は、経営施策への取り組みに対する評価において、「取り組んでいるが評価はどちらともいえない」が全ての施策において圧倒的に大きな割合を占めていたことである。

 取り組みに対して満足でもなく、不十分だと感じているわけでもなく、成果に対する評価もどちらともいえないとの回答が意味するものは何であろうか。「やってはいるが手応えを感じない」という感覚が近いようにも思われるが、取り組みそれ自体に対する評価、それによってもたらされる成果に対する評価をより明確化することで、経営の質をさらに一段高めることができるものと考える。

 経営施策を実施するに当たっての課題については、前述の通り、資金制約の面と教職員の能力向上・意識変革に強い問題意識を持っていることが明らかになった。資金面は別にして、構成員の能力・意識を含めて組織をどう変えていくかは、あらゆる組織における最大のテーマである。特に大学は教員と職員という2つの職種によって機能が維持されている。この問題をどう解決するかに大学の将来がかかっているといって過言ではない。

事業構造を含めて大学の将来をどう構想するか

 今後の方向性については、「経営の規模を維持しながら学問分野の組み替えにより競争力を強化する」との回答が6割近くを占めており、規模の適正化または縮小との回答は3割程度にとどまっている。その一方で、社会人に対するリカレント・リスキリング教育、受け入れ留学生の増加については重視する考えが示されているものの、「極めて重視している」は30%台にとどまる。

 18歳人口の減少が確実かつ急速に進むなか、大学の事業構造も変わらざるを得ない。これからの大学のあり方をどのように構想しているのか、残念ながら今回の調査で明らかにすることはできなかった。この点は次の課題である。

 今回の調査を通して私立大学を設置する学校法人の経営者としての理事長が置かれている状況やその認識の一端を知ることができた。このような調査を通して課題認識を共有しつつ、健全なる競争環境のもとで、教育、研究、そして経営の質を高めることができれば良いと考える。この調査がその一助をなることを願いたい。



【印刷用記事】
「理事長調査」吉武博通・和田由里恵