【インタビュー】社会の要請に応えるため高校が変革を目指す現状を大学にも認識してほしい/宮本久也 全国高等学校長協会 事務局長


全国高等学校長協会 事務局長 宮本氏


高校教育の変化と大学入試の変化が同時に起こっている

 高等学校では2022年の新入生から、新しい学習指導要領が実施されました。

 新課程は学力を、「知識・技能」「思考力・判断力・表現力など」「学びに向かう力、人間力など」の3要素と再定義しています。これに対応し、大学入試のやり方も変わってきました。例えば大学入学共通テストで記述式問題の導入が予定されていたのも、知識・技能以外の力を評価しようとする狙いがあったはずです。

 大学入試共通テストでの記述式問題導入は結果的に見送られましたが、これまでの出題を見る限り、マークシート式の枠内で思考力や表現力等を測ろうとする工夫はかなり見受けられます。一般選抜だけでなく総合型選抜等も含めて「入試は変わりつつある」というのが私の実感です。

 新課程への移行に伴い、高校では教育や評価のやり方を変え、生徒を学力の3要素に基づいて評価しようと努力しています。ただし、その道のりは平坦ではありません。私は2022年まで東京都立八王子東高等学校の統括校長を務めていましたが、対応にはかなり頭を悩ませていました。

 公立高校の場合、大まかな考え方が各都道府県の教育委員から示され、それを基に各高校が評価基準を決める仕組みになっています。八王子東高校の場合、新課程が始まる1年前から新たな評価法を確立するための準備を開始しました。

 もともと初等教育では観点別評価が導入されていました。成長段階に応じて多様な観点から評価するやり方が主流だったのです。一方、従来の高校ではペーパーテスト偏重型の大学入試に対応しなければならないという側面もあり、知識・技能以外の評価をすることに慣れていませんでした。そこで私達はまず、中高一貫校を経験された先生を講師として何度も校内研修を行いました。そしてその方々を中心にルーブリックを作成し、生徒を評価する仕組みを作ったのです。


図表 新しい大学入学者選抜による高等学校教育への変化について(複数回答可)


生徒の多面的な能力をどう評価するか

 新課程に示された学力の3要素に基づいて生徒を評価する際、議論の中心は、「思考力・判断力・表現力」と「学びに向かう力・人間力」の評価です。

 まず思考力・判断力・表現力を評価するには、考えをまとめる機会を授業のなかで増やす等、授業のやり方を変えなければなりません。従来の高校では、いわゆる「チョーク・アンド・トーク」式の授業が多く展開されていましたが、教師が板書をしたり話したりする時間を短くすることで、生徒が能動的に考えたり互いに議論したりするスタイルの授業を増やすことが必要となってきました。そうした工夫をする高校は着実に増えており、授業改善のためグループワーク等を取り入れる学校の数は右肩上がりになっています。

 特に新型コロナウイルスの感染拡大以降は、学習用端末の普及や校内ネットワークの整備が進んだことにより、指導方法を改善する動きが加速しました。事前に課題を伝えて生徒に考えさせたり、授業終了後に生徒の感想や疑問点を集めて次の授業に反映させたりする等の工夫が容易になったのです。また、電子黒板を使って生徒達の意見を共有する取り組みも広まっています。

 思考力・判断力・表現力の評価はかなりハードルの高い課題ですが、「学びに向かう力・人間力」の評価はさらに難問です。例えば、授業中に発表をした回数で「学びに向かう力」を評価できるかというと、必ずしもそうではありません。また、「人間力」の多寡を測るのはさらに難しいことでしょう。思考力・判断力・表現力や学びに向かう力・人間力の評価は、高校にとって未知の領域です。恐らく多くの高校が、どんな物差しで生徒を評価すればいいのか悩んでいるのではないかと思います。

 ところで、生徒の多様な能力を評価するため、高校時代の学習状況や成長の様子を記録するものに「ポートフォリオ」があります。全ての高校が統一で利用できる形式のものは廃止になりましたが、民間企業のアプリを使ったり、紙に記録したりするスタイルのポートフォリオは多くの高校で採用されています。例えば私がいた八王子東高校では、「Microsoft Teams」を使って各生徒の情報を蓄積していました。そしてそこを見れば、思考力等がどの程度成長したかを確認できる仕組みになっていたのです。

 学校によって温度差はありますが、こうした取り組みに力を入れるところは徐々に増えているように感じます。また大学によっては、ポートフォリオを総合型選抜に役立てるところも現れています。これはあくまで私個人の考えですが、ポートフォリオを入試に活用する大学が増えるのは、歓迎したい動きですね。

探究学習によって生徒の多面的な能力を磨く

 旧課程で設けられていた「総合的な学習の時間」は、本来は複数教科を横串に貫いて学ぶ場だと位置づけられていました。ところが実際には、進学先調べや英語や数学の補習といった受験対策に使われるケースが珍しくなかったと思います。これが「探究学習」に変わったことで、状況はかなり変わってきました。探究学習の時間を受験対策に充てる高校がないとは言いませんが、そうしたケースは以前よりだいぶ減ったと思います。

 ちなみに約5年前、私が着任したばかりの八王子東高校では、教員の間で探究学習に対する意見が真っ二つに分かれていました。ある人は探究学習に力を入れて独自の特色を打ち出すべきだと考え、別の人は、そんな余裕があるなら進学実績を伸ばす取り組みに注力すべきだと主張していたのです。そこで私が決めたのは、探究学習と進学対策を両立する方針でした。探究学習的な考え方を磨かせることで、進学実績にも好影響が出ると力説したのです。また、教員の皆さんには教育の目的について再考するよう強調もしました。今はいわゆる「いい大学」に入っても、それで人生が安泰だという時代ではありません。入試を突破する力だけでなく、大学に入ってから、あるいは社会に出てから成長できる力を磨くことが、結果的には生徒の人生のためになると繰り返し伝えたのです。

 八王子東高校では他教科の授業を週1回分減らし、本来は週1回だった探究学習を2回に増やしました。しかし、進学実績は全く落ちなかったのです。むしろ文章力や理解力は飛躍的に伸び、大学入試2次試験の記述問題では多くの生徒が良い成績を上げました。その結果、探究学習の強化に反対する意見はなくなっていきました。

 探究学習は生徒の多様な力を伸ばすため、大いに役立ちます。ただし、マンパワーやノウハウが不足し、探究学習に注力できない高校もあります。そこで、大学や企業等外部といかに連携し協力を仰げるかが鍵を握りそうです。また八王子東高校でも行ったように、探究学習のマネジメントを専門に行う部署の新設も有効だと思います。

 マンパワーの不足は、進路指導の分野でも深刻です。多くの高校には「進路指導専門家」を置く余裕がなく、担当教員は授業の傍ら進路指導をこなしています。この先、入試改革が進んで多くの大学で独自の入試制度が導入されるようになると、丁寧な進路指導はさらに難しくなるでしょう。ICTを活用してキャリアパスポートの書式を統一する等、進路指導担当者の負担を軽くする取り組みが必要になるはずです。


図表 仕事と学びの好循環[概念整理図]


高校を信頼することが独自入試の実現につながる

 長きにわたって高等学校で教えてきた私には、大学にお願いしたいことが3つあります。まず1つ目は、高校をもう少し信用してほしいということです。

 イギリスやアメリカの大学入試では、各大学がそれぞれ基準を設けて学生を評価しています。高校の成績である程度の基礎学力があると認めた生徒に独自の物差しを当て、自学が求める能力の有無をチェックしているのです。これに対し、国立大学を中心とした日本の大学では、横並びの1次試験で基礎学力を確認した後、さらに2次試験でもペーパーテストを課しています。

 大学教育では知識・技能だけでなく、幅広い能力が求められるはずです。ところが、現状の大学入試ではペーパーテストだけが課されがちで、受験生を多面的に評価することができていないのではないかと思うのです。そこで、基礎学力の評価は高校に任せ、大学入試ではペーパーテスト以外を課すことで受験生の能力を多面的に見るようにして頂くのはいかがでしょうか。

 2つ目にお願いしたいのは、学生に求める素養をアップデートしてもらうことです。今の社会人には、課題を設定し解決する能力や、文理の枠を超えた知識・教養が求められています。そうした社会の要請に対し、大学も今以上に対応してほしいのです。

 現代は「コスパ」や「タイパ(タイムパフォーマンス)」が求められがちで、小手先の受験対策で効率良く志望校合格を目指す風潮が強まっています。しかし、そうしたやり方は間違っていると思います。正解のない時代に自律的に生きていくために、高校までの期間は、学校行事や部活動、そして探究学習等にもきちんと取り組み、人間としての基礎力をじっくり養うために使ってほしい。また、大学側にもそうした高校生を高く評価してほしいと感じます。

 そうした方向性をアドミッションポリシー等で打ち出す大学には、とても好感が持てます。例えば東京大学はアドミッションポリシーで、「入学試験の得点だけを意識した、視野の狭い受験勉強のみに意を注ぐ人よりも、学校の授業の内外で、自らの興味・関心を生かして幅広く学び、その過程で見いだされるに違いない諸問題を関連づける広い視野、あるいは自らの問題意識を掘り下げて追究するための深い洞察力を真剣に獲得しようとする人を歓迎する」と宣言しています。このように、大学が何を考えどんな人物を求めているかを、積極的に発信してほしいですね。

 そして3つ目にお願いしたいことは、高校が新たな時代に対応しようとしている現状を、大学側に知ってもらいたいということです。学び方や進路指導をより良いものにするため、高校が努力を重ねている現状を受け止めてもらい、そのうえで、大学側の対応を考えてほしいですね。

 地方では、その地域の国公立大学と高校が定期的に意見交換する場を設けているところがあります。こうした取り組みを全国に広げ、大学と高校がコミュニケーションできるような工夫ができるといいと思います。さらに、もっと多くの参加者が集う場を用意する手もあるでしょう。例えば八王子東高校では、大学の先生や小中学校の先生、PTA、地域の企業や有識者等が加わる「学校運営連絡協議会」を定期的に行っていました。

 こうした場を設ければ、どんな人物が社会から求められているか、そのために高校と大学はどのような協力ができるのか分かるのではないでしょうか。現在は過渡期なのだと思いますが、高校と大学が互いに手を取り合い、大学教育に必要な能力を養う環境を作れたら、それは素晴らしいことだと思います。



(文/白谷輝英)


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