座談会/大学改革を推進する人的資本の要 職員の企画力をどう育成するのか
改革を推進するのは紛れもなく「人」という資本。教育や研究を経営とつなぎ、
将来あるべき姿の実現に向けて、確実かつ大胆に行動するのが大学職員ではないだろうか。
そのミッションを担い、組織をリードする方々にお集まりいただき、職員人材の育成をテーマに語っていただいた。
――大学改革の成否を決めるうえで、職員が果たす力は非常に大きいものがあると考えています。そこで、今求められている職員像についてそれぞれお伺いしたいと思います。
本田 私が考える改革時の職員像は2つありまして、1つは外部環境と自大学の状況を的確に把握し、強い危機意識を持つ職員です。危機意識を強く持つことで、改革マインドが芽生え、アクションへと変容していくからです。厳しい状況を把握したら、それをデータ・エビデンスに基づいて示し、危機感を共有することが大事になります。
2つ目は、エンゲージメントの高い「パッション(熱意)」のある職員です。改革には現状を打ち破る大きなエネルギーが必要です。厳しい状況においてもパッションを持って取り組める人材が求められています。
岡田 私が常々思うのは、大学改革に向けた自分なりの考えや強い信念を備えていることを前提に、「アジェンダ・プランナー」と「ポリシー・メーカー」、この2つの要素を担える人間であれば、どんな改革も進められると思っています。
アジェンダ・プランナーとは、従来の枠組みの中にはない新しい企画を構想・提案し、執行部の理解・納得を引き出すことのできる人です。ポリシー・メーカーとは、新しい大学づくりにおいて、具体的な形を示して、ルールや組織文化を変え、牽引していける人です。
そして大学改革を担う主軸こそが、われわれ大学職員だと思っています。教職協働を高度に実現しながら、全学を見渡して、経年や競合大学との比較で自大学の強み・弱み・課題を俯瞰的に把握しているのは、職員だからです。
鈴木 私は地方の小規模大学で募集広報に携わってきましたが、30歳前後の時を思い返すと、オープンキャンパスで150人の教室に5組程度しか参加者がおらず、本当に潰れるんじゃないかと思った経験があり、そこから危機意識が強くなっていきました。自分自身を企画型とか改革派とか意識したことはありませんが、改革を「やらざるを得ない」という感覚にずっと動かされてきたように思います。
――職員に期待される能力やスキルにはどのようなものが考えられますか。
鈴木 改革というと、何か「悪いものを直す」と勘違いしがちですが、もともとは良かったものが、時代変化とともに適合しなくなったので見直すということが改革なのだと思います。そう考えると、フルモデルチェンジでなくても、マイナーチェンジのアップデートという感覚でうまくいくこともあるように思います。
このとき、どこが時代に適合していないのか、問題点なのかを見抜く力が大切です。意外と課題が何かが明確になっていないのに解決という手段に行こうとするので、本質から外れることが往々にしてあります。課題解決以上に、課題を発見できる力のほうが大事で、課題を的確に設定しないと正しい改革にはなりません。
また上司から「違う」と言われて黙るような組織では、問題の本質にたどりつけません。正しい課題発見のためには、個々の職員がそれぞれの考えを自由に言える組織風土も大切だと思います。
岡田 大学改革を進める上でのボトルネックは、ひとえに不都合な真実です。学内各組織が避けたがるところに問題の本質があることが多い。解決に大きなパワーのいる課題というのはだいたいそこに尽きると思っています。特に大規模大学はその傾向が強いと思われ、われわれ職員は明確なデータ等の根拠を持って提案しないと一蹴されてしまいます。
本田 吉武博通先生も言われているように、職員のレゾンデートルとは、学校法人の目的である教育、研究及び社会貢献の機能の最大化を図ることだと思います。その役割を果たすために職員の行動指針があり、この行動指針は能力・スキルに言い換えることができます。
大きくは3つあり、①多面的に事象を見つめ資源配分の最適化に努めること、②データをもって拳証すること、③業務の本質(目的)を理解することです。特に前者の2点は職員の強みとしてやるべきことだと思います。職員は先生方と対峙することも多いですが、事実(ファクト)を知っているのはやはり職員なので、よりデータで強調すべきだといつも言っています。
3点目については、業務の本質を理解するには、5W2Hに置き換えて考えたほうが良いのですが、大半の人が「何のために」を飛ばして「どのように、何をするか」に行ってしまう。鈴木さんもおっしゃったとおり、改革は改善の積み重ねでもあります。「何のために」は私の口癖でもあるのですが、本質を知り、今を懐疑的に見て前例踏襲せず、常に近道を考えることが大事です。
岡田 先に述べたように、われわれ大学職員の強みは、経年での大学全体や競合校の動きなど、エビデンスベースで自大学が抱える課題を把握できていること、そして文教政策の動向にも通じている点です。
私はこれまで経営企画部門の人材をどう育成していくか色々と思案しトライしてきました。まず、職員に期待される能力・スキルとして、日々の業務で習熟できるデータ・サイエンススキルや法令解釈、大学設置基準の理解等は、あって当然の「所与の要件」だと思っています。
これをベースとしながら、さらにこれからの時代に求められる能力は、「前例のない事業への挑戦」「巻き込む力」「突破する力」だと考えています。人間は本能的に変化を恐れますから、改革を進めるとハレーションを伴います。しかし、もっと良くなるという期待感に働きかけ、意思決定に影響力の強い賛同者(上位者)を巻き込み、説得して共感を得て、突破することでイノベーションが起こるのです。
2015年に本学が農学部を新設した際も、当初は私たち職員を中心とした小さな提案から始まりました。最初は反対の声や否定する意見もあったのですが、「国公私立合わせて35年ぶりの農学部新設。だからこそ挑戦しよう」と担当副学長を巻き込み、様々なエビデンスを示していくうちに大学全体が可能性の萌芽を感じ、意思決定に繋げることができました。
何度も挫けそうになる中で、「突破しよう」という思いを維持できたのは、その先に希望を見いだすからであり、企画の担い手には俯瞰的視座で長期的に先を見通す力も求められます。さらに変化に柔軟に対応し、愉しむ心と乗り越える意志を持てるかどうかが大事なポイントです。「乗り越えた」という成功体験が自信に繋がり、その後の職員人生にプラスのスパイラルとして働いていくと考えています。
――求められる職員像と能力・スキルを伺いましたが、職員の方々の現状をどのように見ていらっしゃいますか。
鈴木 本質を見抜き、正しく課題を設定する際に、重要なのは当事者意識だと思います。日々の業務に追われていると、実際には気が回らないこともあります。しかし、なぜそれをやっているかが分からず、ただ漠然と去年と同じことをしていては、業務の効率化も合理化もできません。やはり「自分ごと化」して業務を見つめることで、無駄なものや改善すべき点等が見えてくると思うのです。
それから管理職からの「大学側」という言葉には違和感を覚えます。教職員が大学側そのものとなり有機的組織となることは本学にとって理想的なことだと思います。
本田 私は若年層の意識と行動変容から来る、モチベーションと組織エンゲージメントの低さが気になっています。ちょっと前までは就業3年目までの離職率の高さが社会問題になっていましたが、今は中堅の世代まで拡がっていると思うのです。
ゆとり世代やZ世代は、われわれとは就業観や価値観が大きく違っていて、仕事への依存度が極めて低く、何のために働くのか、自己実現を仕事でいかに果たすのかに目が行かないことに世代間ギャップを感じます。
あとは優秀な人材の採用が本当に難しくなっています。また、われわれの業界の中でも流動性が高まっていて、待遇つまり給与の良いほうにどんどん移っていくのです。ここ数年の離職者の多さやメンタルヘルスの問題もあり、意欲がある者も目標設定ができずにモチベーションや能力が低下して、ミスも多くなっています。
岡田 本学でもここ10年くらいで、心が折れやすい人が多くなってきました。最近ではコロナ禍で疲弊したことも一因にあるかもしれません。われわれの世代は多少辛くとも、仕事による満足度とやりがいが自覚になり、帰属意識やエンゲージメントが高まるということが無意識に醸成されていました。しかし、時代の変化によって、そうした価値観を押し付けることもできず、結果としてストレス耐性の面で、組織全体が弱体化しているように見えます。
加えて、人が疲弊しているという意味では、現状は残念ながら「ヒューマン・リソース(人的資源)の消耗」になっていて、「ヒューマン・キャピタル(人的資本)の活躍」への転換が実現できていません。
――大学改革を進めるうえで必要な能力・スキルとして、当事者意識、エンゲージメント、突破力といったキーワードが挙がりましたが、これらを具体的にどのように育成していますか。
鈴木 ここ数年は、創造性の高い人を求める傾向が強く、採用説明会では「単なる事務をこなすだけの方は求めていません」と言っています。すると実際は受けてこないケースも多い。志願者は減っても本当に欲しい人に入職して頂きたいのでこれはこれで良いと思っています。ただ気づくと企画系の人材に偏っていたので、今度は処理能力に優れた人を採用しました。バランスは必要だと思います。
それから、若い世代の職員には、成功体験を重ねて欲しいと思っています。小さなところからスタートし、次はもう少し大きな仕事を任せてもらえるようになり、パトロン(組織で権力を有する支援者)ができて、やりたいことがどんどんできるようになる。そうなれば、仕事が楽しくなってきます。
本田・岡田 われわれが最終的にそのパトロンになるんですよね。
鈴木 そうなんです。例えば、ちょっとした工夫で無駄を省いて、みんなが早く帰れるようになった、そんな小さな成功を積み重ねるとお二人のようなパワーのある味方ができ、スケールの大きな改革にチャレンジできるようになります。
また、いきなり大学ごと変えようとすると途方もなく感じるので、気の合う仲間2~3人でもいいのでまずは企画・行動することです。そうすれば3・4・3の法則で、3の推進者が増え、4の層が共感者となれば、大きなムーブメントになるという経験を何度かしました。
本田 大きな改革は全体を巻き込まないとできないので、個々の能力を高めると同時に、組織全体のパフォーマンスを底上げしていく必要があります。こうした考えから、私は2つの方針を打ち出しました。
1つ目は「タレント・マネジメントからパフォーマンス・マネジメントとの併用」です。かつて、優秀な人材を企画部門に集めて、機関車論理で引っ張ろうとしたのですが、回ったのは最初だけでした。これからの厳しい環境の中では、いわゆる2・6・2の法則の上位2割のタレントに任せるだけでなく、6割の中間層のモチベーションとエンゲージメントも高めて、一人当たりの労働生産性を上げ全体を底上げする、両方の併用が重要だと思っています。
2つ目の「人を使う組織から人を育てる組織へ」は、私が法人事務局長になった時に所信で唱えた方針でもあります。われわれは人を育てる業界であり、人に対してより資源投資しなければいけなかったのに、人を使って、目の前の仕事をさせてきただけでした。次世代を育てるという意識が希薄だったから、職員とのギャップが出てきてしまったのだと思います。
そこで5つの具体的施策として、①キャリアパスの明確化、②研修内容の見直し、③若手育成機関「文教Mirai塾」の設置、④メンター制度の導入、⑤1on1ミーティングで組織イノベーションを図ろうと思っています。
①の目的は、マルチタスクをこなせる人材育成と適材適所の創出です。ジョブローテーションを厳格運用し、管理職になるまでに教学・管理に偏ることなく3部署以上を経験することでゼネラリストに育てていきます。②では研修目的と必要なスキルを明確化し、ITスキルとビジネススキルを徹底的に磨きます。例えば階層研修なら入職3年目までに秘書検定3級とMOS取得を義務化し、受験料等は支援します。③④は若手育成支援策で、③の文教Mirai塾は、やる気のある職員を対象に、他者との協働で成功体験をつけ自信を持たせることが狙いです。④は若年層の離職を止めるのが目的です。部署を超えた先輩等のメンターによる斜めの支援で、研修やOJTでは賄えない心理面のサポートをします。⑤は1対1でリーダーとビジョンを共有しながら、個々の職員のマインドセットや課題意識を把握する場です。事務局長になってから3年間で管理職との1on1ミーティングを2回行い、来年は一般職でも行う予定です。管理職60人と30分~1時間対話すると2~3カ月はかかりましたが、一人ひとり手間暇かけて丁寧に対話して育てていかないといけないと思っています。
鈴木 本学は学内研修や海外研修については充実していて、人事評価には目標管理制度を採用しています。5項目の個人目標とウェイトを自分で設定し、自ら達成度合いをA~Dで評価して、上司が個々の職員に1対1でフィードバック面談を行います。
岡田 本学は勤続年数や資格別にSD研修制度がとても充実していて、学内の業務やスキルに応じたもののほか、メンタルケアや学生支援、コミュニケーション研修、海外研修、学外団体主催研修等、本当に様々な制度があります。しかし、各業務に応じた「部分最適」としての能力育成は出来ていても、大学改革を進めるうえで必要な能力やスキルの育成には繋がっていない。中長期計画と人材育成方策が「経営戦略」としてシンクロしていないと感じています。
――岡田さんから、人材育成が改革に必要な能力やスキルの育成に繋がっていないというご指摘がありましたが、職員の育成において何が障壁や課題となっているのでしょうか。
岡田 人材育成上の障壁や課題には、外的要因(学外)と内的要因(学内)があると考えます。
まず外的要因として、大学職員の法令上の名称が「事務職員」であること。これが潜在意識に作用し、事務は教員の補助的立場と自ら認識し、能力育成の限界を生んでいると思います。過去に大学行政管理学会で副会長を担っていた時代に、学校教育法の定めを「大学職員」に変えられないかと文部科学省に交渉しましたが諸々の制約や事情があって実現しませんでした。しかし、大学職員の地位が法的に向上すれば、意欲や責任感、改革の担い手としての当事者意識の向上に繋がり、最終的には組織エンゲージメントが高まり、大学改革のムーブメントに向かうと私は考えています。
本田 私もその「事務」という言葉への捉え方には同感です。職員の役割が高まっているのは、まさにそういう大学経営全体の問題があるからです。確かに教員と職員の両輪にはなりましたが、車輪の大きさが違うんですよ。
鈴木 私も事務職員という言い方には、ずっと違和感を感じていますね。
岡田 また、内的要因は先ほど述べた、学内に多様な研修制度があるものの、改革を進めるうえで必要な能力の育成には結びついていないという点です。現場は業務多忙を理由としてOff-JT型の人事研修に積極的ではなく、また、資格・年齢別の一律的な研修ばかりで、優れた人間をより伸ばす研修や、職員個々の内発的動機付けの発揚につながる取り組みができていません。特に育成効果が高いのが他流試合、つまり交流経験です。同業他者と交流することで、自大学のレベルを客観視でき、大学職員としての自らの能力やパフォーマンスを相対化することができるからです。しかし多くの人間が外に出ていこうとしない。これでは俯瞰的視座を涵養することができません。
本田 私も立命館大学の大学行政研究・研修センターに1年間通い、多くのことを学びました。日本私立大学連盟は階層ごとに研修がしっかりしていますよね。
岡田 私大連の研修は他大学との人的ネットワーク構築に繋がります。大学行政管理学会も年間を通じて全国でテーマ別、地域別に研究会が開催されており、これに参加することも刺激があって意義深いと考えます。本学も以前は、私大連や大学コンソーシアム京都等の集合研修に職員を指名で必ず行かせていたのですが、最近はそうでもありません。人を育てて初めて組織は強くなるわけですが、業務多忙を理由に現場が人を出せないというのが実態のようです。多忙だからこそ未来の世代を育てる、米百俵の精神が大事なのですが。
鈴木 うちは私大協加盟で研修の機会もありますが、職員が自発的に外に出ていかないという思いは大いにあります。私自身も学外の偉大な先輩方を見てマインドチェンジしたので、そういう場を知らない若い人には特に経験して欲しいと考えています。
そこで大学間連携を推進し、学外交流を活発に行なっています。例えば高崎健康福祉大学との連携は、地元ではライバル法人という認識もあり、衝撃的だったと思うのですが、若手中心に職員同士で研修を企画し、学生交流も行っています。愛知東邦大学とも職員同士の1週間の交換留学をしてきました。
大学間だけでなく、違う業種との交流もしています。私は広報から教務に移った時に、外部と連携するともっと面白くなると思い、面白法人カヤック、電通、アドビ、楽天といった企業に飛び込んで連携がスタートしました。カヤックからは当事者意識を、電通からはクリエイター脳を業務に生かす等、同業ではないところから学ぶ効果は大きいです。
高校との高大連携を通じても、同じ人材育成というところで課題の共通点が多いことに気づかされます。そこからの課題感で言うと、高校現場もそうですが日本は全国一律に誰にでも通用する汎用的な教育システムをやろうとします。ですが一口に大学職員といってもレベル感が全然違うので、同じ研修でも響くものと響かないものがあると思うのです。意識の低い職員には研修が必要ですが、自分ごと化が進んでいる職員を管理しようとしてはいけない気がするのです。一定レベルに達した職員に対しては、管理職もマネジメントするというバイアスをアンラーニングしないといけません。
岡田 今、本学において職員人材育成の基盤にある考え方は「ボトムの底上げ」です。同世代や同一資格の者が集団で同じ研修を受講する、一律的な運用になっています。これも重要です。組織力の向上に繋がっており、決して否定されるものではない。しかし、それ以上に力のある人を伸ばすことはできない。そして、その人は逆に努力をしなくなってしまうというマイナス作用も生じ得ます。
こうした現状を改め、VUCAの時代に対応した組織文化へと変えていかなければならないが、できていない。
もう一つ言うと、本学では組織構成員の同質化が進み、皆優秀だが同じようなタイプの人間が増えているように感じます。あくまでも私見であり事実ではないかもしれない。しかし、多様な人間がいる中で「個性」を活かし組織は強くなっていくものですが、現状はむしろその逆で、賢くスマートで協調性のある人間が増えている。人的資本経営におけるダイバーシティの実現は国籍や性別だけでなく、個性の面からも対応すべきであり、大きな課題だと感じています。
危機に際しては、こうした個性的な人間が突破力を発揮することから、人事の担当者も一所懸命に取り組んでいますが、「尖がった人間」が育っていない。
本田 いわゆる「生意気な人」がいないんですよね。
岡田 そう、とんがった若い人材がいない。随分と前、当時の人事課長に全員一律研修だけではなく、できる人をより伸ばすオナーズプログラム的な研修もやらないかと相談したことがあります。しかし、大学が実施する人事研修は一律でないと公平性の観点から問題があると断られました。彼の立場は板挟みになっていることも分かったので、私は個別に声をかけて賛同してくれた若手を集め、個性を際立たせ、自らの考えに基づき物言う人材を育成すべく私塾「龍谷未来塾」を主催し、約12名の若手職員を徹底的に鍛えました。今では修了生の中から管理職が出てくるようになりました。しかし、手のかかる人材育成に個人で取り組むには負担が大きく、持続可能性の面で限界が生じ、現在は休眠状態になっています。
本田 本学も育成の施策は行っていきますが、現状でもお話しした優秀な人材の確保、つまり採用が最も大きな課題として残っています。現場では労働力不足が常々言われていて、優秀な人材の確保が難しいのであれば、今いる人材のリソースを上げていくしかありません。人的資本経営が注目されている一因はここにもあって、人に対して投資して企業価値を高めることが優秀な人材確保に繋がるという点は、企業も大学も全く同じです。
――ここまで企画人材を中心に職員力育成についてお話し頂きましたが、最後に今後の方向性をお聞かせください。
本田 企画能力は企画部門だけではなくて、どこの部署でも必要な能力だと思っています。時にはResearcher(情報収集者)であり、Planner(企画者)やPresenter(提案者)でもありますが、一番重要なのはNegotiator(交渉者)とDoer(実行者)であることだと思います。プランを立てて終わりではなくて、実際にやらなければ何の意味もありません。
われわれの業界は、教員と職員、教学と経営と複層化していて、意思決定が複雑です。そういった中で物事を実行するには、ネゴシエーション、根回しが非常に重要で、皆さん苦労されているのだと思います。だから交渉力は率先して身につけて欲しいし、交渉で相手を説得するためには、日々の仕事の信用性を高めることも必要になります。
岡田 従来、大学職員を極めることは、ゼネラリストかスペシャリストになることでしたが、これからはその両面を高度化したプロフェッショナルを目指すべきだと思います。それぞれが高度な専門性を持ちながら、内発的動機に基づき、高いレベルでの汎用性を備えたプロフェッショナルになることが重要だと考えます。
これを実現するための処方箋としては、まず先に述べた他流試合を進めていくことです。異業種や行政・他大学との人事交流は刺激があって新たな気づきもあり、組織文化の違いや意思決定アプローチも学ぶことができます。
2つ目はエフォート型の働き方改革です。ライン業務だけでなく全学の課題に取り組むようなミッション業務に、例えば6:4や7:3の割合でエフォートに携わることで、俯瞰的視座や問題発見能力が涵養されます。
3つ目は若いころからプロジェクトを任せることです。様々な苦労を伴う経験学習を通じて、①職員コンピテンシー、②批判的思考力、③俯瞰的視座、④協働する力(チームワーク&リーダーシップ)といった4つの自我が育まれると思っています。
そして、最後にはやはりパッション、情熱が必要です。大学改革とは「パッションと信念をもって夢を描くこと」であり、パッションこそ大学改革のコア・エンジンとなるものです。アメリカの哲学者W.A.フォードの言葉に“Thegreat teacher inspires.”すなわち「偉大な教師は、生徒の心に火をつける」※1とあるのですが、まさにわれわれの世代が大学改革の「灯火」となり、後進や現場部局の意欲、危機意識、担い手としての自覚に火をつけることができれば、必然的に大学職員の改革力が育まれ、それが次の世代へと継承されるスパイラル・ストーリーとして機能していくと考えます。
鈴木 最近の上層部と話していると、人材育成をどうするかがいつもメインになってきます。今後は岡田さんのおっしゃるように内発的動機付けが重要で、外発的動機付けではいつか破綻が来るし、優秀な人は条件の良いほうへ移行してしまいます。われわれ教職員が自大学を愛する気持ち、ロイヤリティが大切だということを改めて思いました。
そのために上層部が果たすべき役割は、自分達の目指す方向性をビジョンとしてはっきり示すことです。それを旗印に、職員が各々の当事者意識で最善を考えてゴールに向かうことができれば、マネジメントしなくても同じベクトルに向かって生き生きと働けると思います。そうすることでブランドが確立し、募集に繋がれば、さらにロイヤリティが上がるという好循環が回って、強い大学になれるのではないでしょうか。発展途上の地方の大学としては、内発的にみんなでやっていくことを意識していきたいと思いました。
本田 今後、経営環境がますます厳しくなる中で競争的優位に立つためには、経営戦略とその経営戦略の実現が重要になってきます。
そのための2つの方向性として、1つ目は人事施策を戦略的に行うこと、言い換えると経営戦略と連動した人事施策が必要だと思います。優秀な人材を確保し、能力開発で個々のパフォーマンスを高め、適材適所に配置する。これを意図的かつ計画的に行うことが、経営戦略の担い手としての職員を最大限活用することになります。
2つ目は職員の意識改革です。経営戦略を達成するためには、学園ビジョンと職員個々のMyパーパス(志や存在意義)をすり合わせ、組織の目標達成と自己の就労観の実現を一緒に行っていくことが、職員の意識改革、ひいてはエンゲージメントを高めていくことに繋がると考えています。
ですから、1on1ミーティングで経営戦略を職員一人ひとりに丁寧に伝えながら、個人のマインドセットを把握して、自分ごと、自分のMyパーパスに結びつけてあげることが重要だと思うのです。学生募集もそうですが、今はマスの対応ではなくて、個に対して丁寧に対応しなければいけなくなった、そういう時代なんだと思います。
さらにいえば、今なぜ人的資本経営が着目されているかというと、人材不足で人材リソースを高めるのも一つあるのですが、やっぱり経営戦略や事業イノベーションという創造的な部分は人にしかできないからだと思うのです。企業も大学も生き残るために、もう一度「人」を見つめ直して、大切に育てていこうということではないでしょうか。
(文/能地泰代 撮影/平山 諭)
- 寺㟢昌男『主体的学び7号』特集 教えることをやめられますか(東信堂2021)