人的資本としての大学職員─多様な声を活かした経営へ─/東京大学 教育学研究科 教授 両角 亜希子

大学職員の力を最大限に活用していくために何が必要であろうか。ここでは東京大学大学経営・政策研究センターが実施した2つの調査(表1)から現状の課題とその解決の方向性を考えたい。


東京大学 教育学研究科 教授 両角 亜希子氏



表1 調査概要



タイトル 【1】求められる職員像とその規定要因


 大学職員が期待される役割を果たすためには、個々人の能力を高めるSD(Staff Development)の視点のみならず、職員組織全体の能力を高めるOD(Organizational Development)の観点が重要である。個々人の能力向上が必ずしも組織能力の向上につながるとは限らず、組織を意識した議論が必要である。組織として目指す姿は様々にあり得るが、ここでは「将来の経営を担う人材が育っている」と「職員の仕事は大学の発展に貢献している」の2点に着目する。「職員調査」では、「そう思う」「ある程度そう思う」「あまりそう思わない」「そう思わない」の4件法で尋ねたが、「将来の経営を担う人材が育っている」に肯定的に回答したのは26%、「職員の仕事は大学の発展に貢献している」に肯定的に回答したのは76%。改善の余地が少なくない現状であるが、何がその成否を分けているのか。個々人の努力や感じ方でなく、組織としての取り組みや雰囲気の影響を検討することが必要と考え、ここでは人事、職場の雰囲気、成長機会、業務等の影響を分析した(表2)。

 「将来の経営を担う人材が育っている」かに最も大きな影響があるのは人事である。標準化係数の数値が大きいほどその影響力が強く、有能な人材が採用され、人事制度の納得性が高く、職員の自己啓発が奨励され、能力や適性が生かされた人事異動が行われているほど、将来を担う人材が育っている。職場の雰囲気については、常勤・非常勤の仕事の割り振りが適切であること、成長機会については、職員の意思決定への参加の機会があることが、業務については、スクラップ・見直しの実施や効率化が行われることが、将来の人材が育つうえで重要である。なお、設置形態別の差は見られず、職位別には上位職者ほど将来を担う人材が育っていないと感じている。

 「職員の仕事は大学の発展に貢献している」かについても最も大きな影響があったのはやはり人事である。有能な人材の採用、自己啓発の奨励の影響が特に大きく、他にも個人目標と組織目標の関連付け等も重要である。職場の雰囲気については、常勤・非常勤の仕事の割り振りの適切さに加えて、自分の意見や提案が言いやすいことや教員との間の信頼関係も重要である。成長機会については学外研修の効果、業務については、一定の成果が出るまで同じ担当者が関わることが効果的であることが分かった。なお私立に比べて、国立で肯定回答が少ない傾向も見られた。


表2 【職員調査】目指す職員像の規定要因分析(重回帰分析)



タイトル 【2】人事制度の現状と課題


 目指すべき職員像に何が影響を与えているのかが分かったので、それらの現状はどうなのか、順にみていき、今後に必要な方策を考えていきたい。まずは人事制度について、事務局長の回答から現状を確認する(図1)。中期目標に職員の人材育成を掲げ、「職員の自己啓発を支援している」等は8割弱が肯定的に回答し、力を入れて取り組んでいるが、人事制度の評価はそれに対すると自己評価が低く、優秀な職員の採用(6割)、人事制度の納得性(4割)、人材の多様性が業務に活きる(4割)、人事異動がよく機能(3割)となっている。優秀な人材を採用できていると感じる事務局長はある程度いるが、その後の評価はいずれもかなり低い。人事については事務局長と職員に一部同じ設問を尋ねたのでその回答を比較した(図2)。優秀な人材の採用についての認識に差はみられないが、自己啓発支援、人事制度の納得性についての評価は、事務局長のほうが甘く、職員は現状をより厳しく見ている。目指すべき職員像の実現に最も大きな影響を与えている人事について大きな課題があると言わざるを得ない。


図1 【事務局長調査】人事についての現状評価


図2 【事務局長調査】【職員調査】人事に対する事務局長と職員の意識の差



タイトル 【3】職場環境の現状と課題


 職員調査で全体の状況を見ると、「自分の意見や提案を言いやすい」、「教員との間に信頼関係」はいずれも肯定回答が76%と雰囲気は悪くないが、「常勤・非常勤の仕事の割り振りが適切」は53%で課題があると認識されている。「そう思う」「ある程度そう思う」「あまりそう思わない」「そう思わない」で尋ね、「そう思う」の割合を職位別に示した(図3)。「常勤・非常勤の仕事の割り振りが適切」については、嘱託等の非専任職員が最も低く評価している。専任職員の評価も高くないが、それ以上に非専任職員の評価が低いのは深刻である。また、意見や提案の言いやすさは一般専任職員が最も高く、教員との信頼関係は嘱託等で最も高く、逆に役員・管理職、初級管理職は低い傾向を示した。なぜなのか。ひとつには教員といっても立場によって関わっている教員が異なることの影響が考えられる。詳しい数字は省略するが、仕事上、誰と関わっているのかを尋ねたところ、一般専任職員、嘱託等は学内の一般教員との関わりが多く、役員・管理職になると学内の管理職や執行部との関わりが多い。事務局長の会議体への参加状況を見ると(図4)、大学の政策立案・調整会議等非公式な会議には正式メンバーとして参加していることが多いが、法定の意思決定機関や諮問機関には陪席や私立では不参加のケースも一定数、存在している。意思決定の場に対等な立場での参加が限られていることが、職位が上の職員ほど自分の意見や提案の言いやすさや教員との信頼関係をより低く感じることにつながっているのかもしれない。


図3 【職員調査】職場の雰囲気


図4 【事務局長調査】事務局長の会議体への参加



タイトル 【4】成長機会の現状と課題


 職場が提供できる職員の成長機会として、学外研修・情報交換会への参加、学内プロジェクト参加、他大学・機関での勤務経験、学内外のロールモデルとの交流等がある。学外研修・情報交換会への参加は80%、学内プロジェクト参加は72%と多くの者が経験した一方で、他大学・機関での勤務経験やロールモデルとの交流は4割弱程度しか経験していない。また、経験した者のうち成長を感じている者の割合は他大学・機関での勤務経験では77%だが、学外研修、学内プロジェクト等は6割強しか効果を感じていない。より効果的な機会にしていくよう工夫・改善が必要であろう。

 さらに、ここで考えたいのは成長機会が公平に与えられているかである。前節で常勤・非常勤の仕事の割り振りの適切さに課題があることを述べたが、本節では性別の違いに着目してみた。令和4年度の学校基本調査によると、医療系を除く本務者は男女がほぼ同数でわずかに女性が多い。しかし、私達の調査から算出した女性比率は、事務局長7%、役員・管理職17%、初級管理職43%、一般専任職員56%、嘱託等90%となっている。均等に機会が与えられた結果なのだろうか。表3を見ると、成長機会の経験率はいずれも男性が高い。他方で成長実感を見ると、学内プロジェクト参加以外は、女性のほうが同じ機会からより大きな成長を実感している。以上は職員全体の比較で、年齢や職位の違いが反映されている可能性もあり、年代ごとに男女の経験率の違いを表4に示した。いずれの機会において、またどの年代においても男性の経験率が高い。紙幅の都合で表は割愛するが、誰と仕事をしているのかについて、同じ職位で比較しても男女差がある。役員・管理職になると誰と良く仕事をするのかに性別による統計的な差はないが、初級管理職の場合、学内の管理職・執行部と「よく関わっている」のは男性40%、女性28%、国内の他大学の教職員と「よく関わっている」のは男性21%、女性は16%であった。逆に一般専任職員の場合、学内の教員とよく関わっているのは男性46%、女性55%、学生とよく関わっているのは男性28%、女性30%であった。誰と仕事をするのかによって、見えてくる課題や抱く問題意識も異なってくるはずである。多様な構成員に幅広く機会を与えているか、そこにアンコンシャスバイアスが働いていないか、今一度、振り返ることも重要ではないか。


表3 【職員調査】成長機会の経験率と成長実感、表4 【職員調査】成長機会の経験率の男女差



タイトル 【5】業務をめぐる現状と課題


 業務の効率化や見直しはあまり進んでいるとは言えない。職員調査で、「コロナ禍で業務の効率化が進んだ」の肯定回答は36%、「業務のスクラップ・見直しが適宜実施されている」の肯定回答は28%であった。この5年ほどの間にどのような改革が行われたのかを把握するために事務局長に尋ねた結果が図5である。組織改革の中では「課題に応じたチーム制等の柔軟化」が最も行われており、次いで「一元集中化」が行われている。業務改革ではICT 化・DX、部署ごとの所掌見直し、外部委託、フレックスタイム等の多様な人材が業務を担う工夫の順に実施されている。興味深いのは、実施率の高い取り組みほどその効果を実感していることである。業務は日常そのものであり、大きく変革するには障壁は少なくない。そのため可能なことから一つずつ取り組んでいるのではないかと考えられる。

 業務改革については、これまでの研究から明らかになった結果を紹介しておく。第一に、業務の多忙化が職員のキャリア展望や積極的な提案という行動に負の影響を与えている(両角2022)。第二に、部署や世代を超えたコミュニケーションの充実、部署間のシステム連携、マニュアル・引継ぎ等の組織学習をしている大学や人材や働き方の多様性が受け入れられている大学で業務のスクラップ・見直しが行われている(両角・王2023)。第三に、組織・業務改革の実現に影響がある要素として、事務局長の手腕の違いと教職協働が重要である。教員と職員の情報共有を行う会議が効果的に機能し、職員の意思決定へ参加が進んでいるほど、大きな改革が実現できている(両角2023)。なお、国立では事務組織の統括方法(事務局長制か担当理事制か)によって業務改革のやりやすさ等が異なる(両角・山田・高木・平井2022)。


図5 【事務局長調査】業務改革の実施率とその効果実感


 表2の結果をみると、業務の効率化や見直しは「将来の経営人材が育っている」かに影響を与えているが、「職員の仕事が大学の発展に貢献」に影響があるのは「仕事で一定の成果が出るまで同じ担当者に関わらせる」であった。職位別、設置者別にそれを「とても重要」と思うものの割合(図6)を見ると、嘱託等の職員ほど重要性を感じており、役員・管理職、初級管理職はあまり重要性を感じていない。設置者別では公立、私立、国立の順になっている。表は省略するが「あまり実施していない」割合は国立45 %、公立46%、私立35%と、私立で最も実施されている。年齢別の学内での異動回数を見ると(図7)、国立で最も回数が多い。公立は大学により状況が異なるが、設置自治体からの出向が多いことから異動回数が少ない。その中間が私立である。こうした異動回数の傾向は10年前に行った同様の調査と比較してもあまり変わっていない。国立大学での異動回数の多さは、規模が大きいことによる部署の多さの影響もあるが、異動官職の異動時期に合わせた慣習的なものだという話を聞くこともあり、現在の異動回数や方針が適切なものなのか、他の大学の取り組みも参考に、検証するのも有効かもしれない。


図6 【職員調査】「仕事で一定の成果が出るまで同じ担当者に関わらせる」の「とても重要」の割合、図7 【職員調査】設置者別の異動回数



タイトル 【6】ダイバーシティ経営の視点の重要性


 以上の分析の結果を表5にまとめた。職員の力を大学の発展に最大限に生かしていくために、人事制度、職場の雰囲気、成長機会、業務が重要だが、いずれの点も現状で様々な課題があることが分かった。全ての点で共通して言えることは、多様な職員の意見を改革に活かしていくことの有用性である。多様な人が働きやすいワークライフバランスのみならず、成長機会や意見を言う場を非専任職員や女性職員等に広げ、十分に対話しながら進めていくことが必要なのではないか。近年、多くの領域でダイバーシティ経営の重要さが指摘されるが、職員組織においてもそれを意識的に推進することが必要なのではないか。


表5 本分析から明らかになったこと



【引用文献】
両角 亜希子2022「大学職員の採用・育成の課題」『IDE 現代の高等教育』No.646、9-14頁
両角 亜希子、山田道夫、高木航平、平井陽子2022「国立大学の事務局組織の統括方法とその変化」『大学論集』第54集、37-53頁
両角 亜希子、王帥2023「大学の事務業務とその効率化の規定要因」『大学論集』第55集、55-71頁
両角 亜希子2023「業務改革の規定要因」『IDE現代の高等教育』No.653、46-52頁



【印刷用記事】
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