リカレント教育最前線[6]文部科学省 大学等におけるリカレント教育の持続可能な運営モデルの 開発・実施に向けたガイドライン

社会人マーケットの開拓を目指す取り組みに「定石」はない。
そこでこの連載では、「兆し」となりうる先駆的な取り組みをレポートしていく。


文部科学省 総合教育政策局 リカレント教育・民間教育振興室 室長 西 明夫 氏、PwCコンサルティング合同会社 公共事業部 マネージャー田中晋作 氏

図 概要

持続可能なリカレント教育のための「使える」ガイドライン

これから取り組む大学も基盤にできるよう詳細な事例ヒアリングをベースに策定

 2023年3月、文部科学省は、「大学等におけるリカレント教育の持続可能な運営モデルの開発・実施に向けたガイドライン」(以下「ガイドライン」)を発表した。

 147ページにわたるガイドラインは3章構成(表1)。第1章に「リカレント教育推進の背景」、第2章に「大学等がリカレント教育に取り組む意義」を置いたうえで、第3章では「持続可能な運営モデルの構築に向けたポイント」と題し、リカレント講座の開発・運用のプロセスをPDCAの流れに即して整理し、詳述している。


表1 「ガイドライン」目次


 ガイドラインの策定を担った文部科学省西 明夫氏は言う。「これまで文部科学省では、大学等の高等教育機関が産業界や社会のニーズを満たすプログラムを開発・実施していけるよう、様々な事業を実施してきました。例えば令和5年度実施『成長分野における即戦力人材輩出に向けたリカレント教育推進事業』では63機関88のプログラムが採択されています。個々のプログラムの開発という点では効果を上げてきたわけですが、組織的、体系的に取り組めている大学は限られています。高等教育機関が日本が抱える様々な問題の解決に役割を果たしていくためには、リカレント教育にこれから取り組もうとするところ、取り組んでいるけれども悩みが大きいところも、『持続可能』な運営ができるような基盤を整備する必要がある。そこでそうした大学が効果的に活用できるガイドラインを作ろうということになったのです」(西氏)。

 キーワードである「持続可能」。ガイドラインには、その実現のための工夫がいくつも盛り込まれている。

 その一つは、「大学等がリカレント教育に取り組む意義」について独立した章を立て、詳述していることだ。事業を受託したPwCコンサルティング合同会社で中心的な役割を果たした田中晋作氏にその経緯を聞いた。「策定までには、これまでの調査研究事業などで蓄積されてきたデータや事例ヒアリングをベースに、令和4年度に三重大学大学院・西村訓弘教授を座長とする運営会議で議論を重ねました。問題とされたのは、個々のプロセスの課題と処方箋があっても、それだけで持続可能なリカレント教育は実現できないということ。まずは『なぜ、大学が取り組むべきなのか』『大学にとってのメリットはどこにあるのか』をきちんと描く必要がありました」(田中氏)。

  「これまでの取り組み事例の分析を通じ、リカレント教育は社会人という新たな学生の獲得のための手段であるだけでなく、社会人からのフィードバックを通じて教育・研究全体の質を高め、教員のファカルティ・デベロップメントに寄与するものだということが見えてきました。図1はそれらを大学全体に循環させ最大化している姿を示したもの。リカレント教育は、大学が社会に存在意義を示し続けるためのトライアルの場であり、『大学改革のキー』になりうるのです」(田中氏)。


図1 大学がリカレント教育に取り組むメリット


PDCAの各プロセスの解像度を上げ経営層・実務層がそれぞれ取り組むべきポイントを明示

 続く第3章では、リカレント教育を持続的に運用していくに当たっての具体的な課題とそれに対する取り組みのポイントが示される。特徴的なのは、それらが経営層が担うべき中長期的な視点でのPDCAと、実務層が担うべき短期的なそれに分けて整理されている(図2)ことだ。

 「経営層は大学運営全体から見た観点、実務層は個々のプログラムの改善という観点。持続可能な運営をすすめていくには、それぞれがきちんと見える化することが大切。そこでガイドラインでは、パートごとに、どちらにとって役立ててほしい内容なのか明記しています」(西氏)。

 「特に評価から改善へのプロセスについては、実務層が担う個々のプログラムについてのものだけではなく、これまで触れられることが少なかった『⑭大学運営への貢献度把握』『⑯組織体制・採算性の改善に向けた検討』という経営層が担うべきプロセスについて力をいれてまとめられています」(田中氏)。

 また、例えば「③ニーズ把握」において企業ヒアリングの際の質問項目例が具体的に多数示されるなど、どの項目も「非常に高い解像度」(西氏)で解説され、それぞれについて実際の取り組み事例も付される。「どの部分もとても腹落ちする内容になっていると思います。ぜひ時間をとって読んでいただきたいですね」(西氏)。


図2 「持続可能な運営モデル構築に向けたガイドライン」の構成


今後も高等教育機関の環境整備に注力

 「リカレント教育、リスキリングは今非常に注目されていますが、その中で高等教育機関にしかできないことは何か、社会にどのように役立てるのか。今はその確立のための環境整備こそ最重要課題だと考えています。令和5年度実施の『リカレント教育の社会実装に向けた調査研究・普及啓発パッケージ事業』においてはリカレント教育が企業や社会にもたらす影響を把握する評価指標を開発し、この3月に発表。続いて令和6年度実施の『新時代の産学協働体制構築に向けた調査研究事業』では、産業界の人材育成に関するニーズを業界ごとに調査し、各大学のプログラムの設計・改善に寄与しようとしています。今後も様々な形で環境整備に注力していきます」(西氏)。



(文/乾 喜一郎 リクルート進学総研主任研究員[社会人領域])


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