ダイナミック・アジアⅡ(4)インドネシアの高等教育戦略 服部美奈

写真 ディポネゴロ大学のランドマーク


はじめに
─うながされる競争

表1 研究・技術・高等教育省発表のトップ15大学2017

 2017年8月17日のインドネシア独立記念日、研究・技術・高等教育省(※1)は、国内の高等教育機関をランクづけし、トップ層に入った高等教育機関を発表、その数日後の2017年8月21日にトップ100(ポリテクニックは除外)を発表した(※2)。表1はそのトップ15を示したものである。

 同省は、高等教育のパフォーマンスを、1)教員の質、2)機関の質、3)学生の諸活動の質、4)研究・学術出版の質の4つの指標によって評価している。さらに1)の指標は、①博士号を取得している教員の割合、②上級講師(lector kepala)と教授の割合、③教員と学生の比率、2)の指標は、①機関のアクレディテーション、②教育プログラムのアクレディテーション、③国際アクレディテーションもしくは国際認定証(certificate)を有する教育プログラム、④留学生数、3)の指標は、学生のプレステージ及び学生の活動に対する高等教育機関による支援、4)の指標は、①研究調査のパフォーマンス、②スコーパス・インデックス付き出版物の対教員数比、③社会奉仕のパフォーマンスから、それぞれ構成されている。収集されたデータは高等教育機関の質向上のための一次データとして、さらに各高等教育機関を指標に応じてクラスター化する資料として活用される。

 一方でイギリスのQS社が発表した2015/2016年の世界大学ランキングにおいて、インドネシア大学は358位、バンドゥン工科大学は431位-440位(※3)であり、今後さらに上位へのランキングが目指されている。

 このようにインドネシアの高等教育機関は、常に国内外の競争にさらされている。2015年のインドネシア政府統計によると、インドネシアの人口は約2.55億人(世界第4位)。国土は日本の約5倍の面積を有し、約1万7000の島々からなる世界最大の島嶼国家である。この大国の高等教育は、教育の普及とともに生ずる深刻な地域格差やグローバル化への対応等、様々な葛藤を抱えつつもダイナミックに動いている。

高等教育制度の概観

 インドネシアでは、一般系の高等教育機関は研究・技術・高等教育省が、イスラーム系の高等教育機関については宗教省が管轄するほか、他省庁が管轄する高等教育機関も存在する。

 研究・技術・高等教育省の2015年年次報告書によると、2015年の高等教育総就学率は33.7%であり、2013年の29.8%と比べると確実に上昇している。また、2010年から2014年の間に、政府はポリテクニックやインスティテュートを含む国立の高等教育機関を、私立からの移管もしくは新設によって37校設立している。このうちの23校は、人口密度の高いジャワ島・マドゥラ島以外の地域に設立されたが、これは国内の後進地域に高等教育サービスを提供しようとする政府の目的による(※4)。その結果、 2015年の高等教育機関数は4274校となった。インドネシアの高等教育は学生数・機関数ともに拡大していると言える。

 近年の動向で注目すべき点として、2012年に制定された高等教育法(高等教育に関する法律2012年第12号)(※5)と、その法律に基づいた高等教育政策の展開が挙げられる。同法では高等教育機関を、大学、インスティテュート、カレッジ(単科大学)、ポリテクニック、アカデミー、コミュニティ・アカデミーの6種類に分類している。コミュニティ・アカデミーは同法による新しい分類で、地域の卓越性あるいは特別な需要を満たし、1~2年間の職業教育を提供する高等教育機関である。

 同法ではまた高等教育機関で提供する教育を、学術教育、職業教育(技術・技能教育)、専門教育に類別している。学術教育は学士課程及び大学院課程の教育課程、職業教育は特定の専門性を持った職に役立つ応用知識を得るディプロマ課程の教育課程である。なお、職業教育課程のうちスペシャリスト課程は主に医学分野の教育課程である。専門教育は学士課程後の教育課程で、特別な専門性を必要とする職に就くため、学術教育や職業教育で身につけた知識・技術をさらに専門的に学ぶ教育課程である。専門教育課程には、学術教育の学士を取得した者も、職業教育で学士相当の資格を有する者も、進学することができる(※6)。

 このように、提供される教育の類別と専門性に配慮した高等教育の仕組み作り、そして学術教育だけでなく職業教育・専門教育の充実と制度化が進められている。

認証評価の推進と大学教員の学位取得
─質の保証に向けて

 インドネシアでは1994年、国立私立を問わず全高等教育機関を認証評価する目的で、国立高等教育アクレディテーション機構BAN-PTが設立され、1998年に学士課程プログラムの認証評価が公表された。

 認証評価には、機関に対する認証評価と、教育プログラムに対する認証評価がある。研究・技術・高等教育省の2015年年次報告書によると、4274の高等教育機関のうち852機関は認証評価されたが、80.1%にあたる3422機関は認証評価されていない。この中には、数は少ないものの国立大学が含まれているという。この数値を見ると、全ての高等教育機関が認証評価を受けるにはまだ時間を要することが予想される。

 また、認証評価された852機関に対する評価の内訳だが、表2にあるようにA評価はわずか3.1%であり、B・C評価の割合が圧倒的に高い。ちなみにA評価の内訳は、国立大学16機関、国立インスティテュート3機関、国立ポリテクニック1機関、私立大学6機関である。このほか、2015年5月の時点で243の高等教育機関が活動停止(nonactive)状態にあると評価された。しかし、この数値は1年前の調査で同様に評価された576機関と比べると、ほぼ半減している。一方で改善の見られない11の私立高等教育機関は認可を取り消された(※7)。

 次に、教育プログラムに対する認証評価を見てみたい。2万1657の教育プログラムのうち、88%は認証評価されており、機関認証評価に比べて進んでいることが分かる。表3にその内訳を示したが、A評価は全体の9.4%であるのに対し、B評価は40.4%、C評価は50.3%となっており、認証評価を受けていてもその評価は高いとは言い難い。このように、政府にとって高等教育機関の質の向上が重要な課題となっていると言えよう。


表2 機関に対する認証評価(2015)、表3 教育プログラムに対する認証評価(2015)


 新たな動向として、教育プログラムに対する評価を専門的な見地から行うLAM-PT(直訳:独立高等教育機関アクレディテーション機構)と呼ばれる機関の設立に向けた動きがある。これは、各分野の専門職団体・職能団体等が分野ごとに教育プログラムのアクレディテーションを行うための機構とされ、2017年9月現在までに保健分野と法学分野で設立が検討されている。また現在、高等教育に関する全データは高等教育データベースPANGKALAN DATA PENDIDIKAN TINGGI(PDDIKTI)(※8)に集約されている。PDPTは機関及び教育プログラムの認証評価を実施するための情報源として、政府が高等教育機関を管理し、高等教育政策を計画・立案し、予算を配分し評価するための情報源として機能している。

 また、2005年には教員・大学教員法(教員と大学教員に関する法律2005年第14号)が制定され、同法第46条には、大学教員として学士課程あるいはディプロマ課程を担当する教員は修士以上の学位、大学院を担当する教員は博士の学位を有することが学術的基準として定められている。参考までに表4に2015年時点の大学教員の最終学位を示した。


表4 大学教員の最終学歴(2015)


 政府は、現職の大学教員に対して、国内外の大学院への進学を促進するための奨学金を提供すると同時に、大学院在籍中は学位取得に専念するために大学教員としての職務を軽減する等の措置を認める等、修士号以上の学歴保持者増加を目指している。

国有法人化をめぐる違憲判決とその後の法整備

 全高等教育機関の質向上を図る一方で、高等教育機関の国有法人化をめぐり、インドネシアでは2000年以降、試行錯誤が続いている。高等教育機関の国有法人化は、国内の大学を世界水準に引き上げるという政策のもと、一定の条件を満たす有力な国立高等教育機関に対してより高度な自律性を与え、国際競争力向上のために一層切磋琢磨してもらおうというものである。

 ここで少し歴史を遡り、国有法人化の経緯を説明しておきたい。国有法人化は、1999年に制定された高等教育に関する政令において、「独立して運営することが可能かつ適切な、政府が管理運営する高等教育機関は、その法的地位を独立法人とすることができる」ことが明記されたことに始まる。続いて、高等教育機関の国有法人化に関する決定及び国立高等教育機関の国有法人化の条件及び手続きに関する国民教育大臣決定が定められ、高等教育機関は自立した国有法人(Badan Hukum Milik Negara)になること、さらに国有法人化するための条件や手続きが示された。これを受けて2000年以降高等教育機関は順次国有法人化された。2006年までに国有法人化されたのは、インドネシア大学、ガジャマダ大学、ボゴール農科大学、バンドゥン工科大学、北スマトラ大学、インドネシア教育大学、アイルランガ大学の7校である。

 しかし、2003年の国民教育制度法を受けて2009年に成立した教育法人法について、2010年3月に憲法裁判所がこれを違憲と判決したことにより、国有法人化は大幅な見直しが図られることとなった。教育法人法では、初等教育から高等教育に至る全ての学校教育の実施者は、国立・私立を問わず、非営利を原則とする教育法人の形態をとることが定められた。そのため、既に国有法人化された国立高等教育機関も含め、あらゆる高等教育機関の実施者は教育法人の形態をとることとされた。これに対し、憲法裁判所の違憲判決の主旨は、教育の実施を教育法人に委ねることは、憲法の定める国の責務に反するためであったとされる。違憲判決を受けて政府は新たに政令を制定し、概ね2013年までの移行期間を以て、国有法人化された高等教育機関を通常の国立高等教育機関に戻す決定をしたのである。

 こうした流れと並行して、高等教育の国有法人化に対する批判も根強くあった。その批判の一つは、高等教育のビジネス化である。国有法人化された一部の大学では、特別選抜入試による高額な入学金や授業料の徴収、非正規プログラムの拡充による増収といった自己収入確保に力を注ぐ傾向が強く、大学入試の公正性が問われる事態も見られた。

 このような状況の中で2012年8月に制定されたのが、前述した高等教育法である。この法律が制定されるまで高等教育は、2003年の国民教育制度法に基づき、高等教育に関する政令等がその運用を規定してきた。教育法人法の違憲判決も踏まえ、高等教育法は高等教育機関に関する国の責務を改めて明記している。高等教育の法人化に関しては、質の高い高等教育を生み出すため、一定の自律性が付与される法人格の国立高等教育機関を作ることをうたい、新たな規定が設けられた。

 法人国立高等教育機関になるためには厳しい条件が課せられている。例えば、国際的な出版物や特許の数、国立高等教育アクレディテーション機構によるA評価、財政の健全性、国際レベルでの学生の活動等である。一方、法人国立高等教育機関として認可された場合、学術分野では教育プログラムの設置・廃止の権限、教職員の採用・解雇の権限等が与えられる等、高い自律性を持つことができる。

 高等教育法が制定され、最初に法人の地位を与えられたのは、かつて国有法人の地位を有していた前述の7校である。その後、ハサヌディン大学、スプル・ノーペンバー工科大学、ディポネゴロ大学、パジャジャラン大学が法人格を得ており、2017年1月までに法人国立高等教育機関は11機関となった。

おわりに
─インドネシア高等教育のゆくえ

 以上見てきたように、インドネシアの高等教育は2000年代以降ダイナミックに変化している。それは高等教育機関の全体的な底上げを図り、世界水準の高等教育機関を目指すものである。一方で2010年頃から、教育の営みが商業主義に陥ってしまうことに対する警鐘や、過度な自由主義に対する批判がなされることにより、一定の抑制が働いているように思われる。このことは上述した憲法裁判所による違憲判決にも表れている。現在は2000年以降急ピッチで進めてきた教育改革を再考する時期に差し掛かり、慎重な舵取りに転換しつつある。

 一定の抑制力が働くことにより、教育改革の流れは時に後戻り、あるいは停滞していると捉えることもできるであろう。既に実施に至った政策の撤回は現場を混乱させるものではある。しかし他方で、改革によって生じた問題や不満に機敏に対応し、過度な改革に歯止めをかける抑制力が、インドネシアでは適度に働いていると捉えることもできる。同時に、拡大する国内の格差が政府にとって重い課題となっている。この課題に対して政府は、ジャワ島外の地域における国立高等教育機関の設立や、就学率の低い地域の学生を対象とする奨学金制度を充実しようとしている。これにより、国内格差の問題と貧困層や社会的に弱い立場に置かれた人々の不満を解消し、「多様性の中の統一」を国是に、大国としてのインドネシアを維持しつつ発展させようとしている。

 筆者は、行きつ戻りつしながら柔軟でダイナミックに教育改革を進めるインドネシアの改革の動きの中に、強靭な底力を見る。

  • Kementerian Riset, Teknologi dan Pendidikan Tingg: RISTEKDIKTI. 英語では、Ministry of Research, Technology and Higher Education.(RISTEKDIKTI Website 2017年9月6日閲覧)
  • ポリテクニックのトップ25も同時に発表された。
  • Laporan Tahunan 2015, Kementerian Riset, Teknologi dan Pendidikan Tinggi, 2016, p.28.
  • Laporan Tahunan 2015, Kementerian Riset, Teknologi dan Pendidikan Tinggi, 2016, p.5, pp.38-39, p.43.
  • Undang-undang Nomor 12 Tahun 2012 tentang Pendidikan Tinggi. なお、筆者による同法の日本語訳は「Ⅷ.インドネシア共和国 インドネシア共和国高等教育法(仮訳)」、『アジア諸国における高等教育法・大学法(資料集)』(科学研究費補助金・基盤研究B「アジアの『体制移行国』における高等教育制度の変容に関する比較研究」中間報告書第3冊、平成25年度~28年度、研究代表者:南部広孝)、2016年10月、pp.145-182に掲載した。
  • 大学評価・学位授与機構ブリーフィング資料「インドネシア高等教育の質保証」(同機構評価事業部国際課作成)、2014年6月(2015年2月改訂)。
  • Laporan Tahunan 2015, Kementerian Riset, Teknologi dan Pendidikan Tinggi, 2016, pp.40-45.
  • PANGKALAN DATA PENDIDIKAN TINGGI. URLは、https://forlap.ristekdikti.go.id/(2017年9月6日閲覧)

服部美奈(名古屋大学)

【印刷用記事】
ダイナミック・アジアⅡ[4] インドネシアの高等教育戦略 服部美奈