成長支援を目玉に独自奨学金を全て給付型へ/神奈川大学

 神奈川大学は、1928年に横浜学院として創立され、翌年に旧制の専門学校に移行・昇格した横浜専門学校を母体としている。1949年の学制改革により、新制の神奈川大学に移行し、現在は、7学部20学科、2プログラム、大学院9研究科16専攻を擁する全国有数の総合大学として確固とした地位を築いている。近年は、創立100周年を視野に入れた様々な改革に着手するとともに、新しい時代の要請に応える「将来構想」を打ち出している。

 草創期より全国の向学心あふれる青年を積極的に支援するため、独自の給付型奨学金制度である「給費生」試験を全国主要都市で実施し、有為な人材を多数輩出してきた。その伝統を受け継ぎ、各種の多様な奨学金制度を充実させてきたが、2010年には「米田吉盛教育奨学金」を創設し、奨学金制度を大幅に拡充している。「質実剛健・積極進取・中正堅実」の建学精神と、「教育は人を造るにあり」という創立者の教育理念は、大学の伝統として長きにわたり息づいており、時代にあった新たな奨学金制度の形をもってさらなる発展を遂げている。

 神奈川大学にとっての奨学金制度の意味、その改革を推し進める狙いや成果・課題などについて、中島三千男学長にお話をうかがった。

勤労青年のために作られた学校

 神奈川大学の前身である横浜学院は夜間部の各種学校として創立された。京浜工業地帯で勤労する青年に向けて、主に法・商系の教育を行う場として作られた学校である。創立者である米田吉盛は、「全国各地での地方入試」「返済不要な給費生制度」といった先進的な制度を他に先駆けて導入し、経済支援としてだけでなく、広く全国から向学心に燃える優れた人材を募り、その才能を育成することを目指した。

 この制度の導入には、創立者の生い立ちや経験が深く影響している。自身が祖母に育てられながら小学校に通い、丁稚奉公をしながら苦学して学業を修め、周囲の人々にも助けられてきたという経験から、「経済的に恵まれない環境にあっても向学心のある学生に対しては学修機会を積極的に提供したい」という思いが強くあったという。

奨学金制度の改革 ──「米田吉盛教育奨学金」の創設

 創立者の思いもあり、神奈川大学は、国立大学よりも学費が低い時代が続いた。しかし、この20年の学費の推移をみると、1996年度新入生からは入学金を5万円値上げし30万円に、1998年度新入生からは授業料を7万円値上げし、法学部・経済学部・外国語学部・経営学部・人間科学部(2006年度設置)では64万円に、理学部・工学部では76万円になっている。現在は新入生学費を据え置き、初年度から学年が上がるごとに1万円ずつ値上げをするスライド制としているが、もはや「学費が低い大学」とはいえないだろう。学費については、理事会が、日本私立学校振興・共済事業団の資料を参考にしながら決めているという。

 学費を値上げした一方で、「経済格差を教育格差に及ぼしてはならない」という創立者の思いも発展させている。日本学生支援機構の奨学金は貸与型であり、学生に多額の借金を背負わせることになる。その返済のためにアルバイトに従事せざるを得ない状況は決して望ましい姿ではない。就職状況も悪化している中、卒業後に無理なく返済できるとも限らない。

 こうした問題点を重視し、法人と教学で検討を重ねながら、経済状況とのイコールフッティングからも「給付制」にこだわる奨学金制度の創設を進めてきた。2008年に公表した「将来構想」にもその旨をうたい、2010年には新制度として創立者の名前を冠した「米田吉盛教育奨学金」を創設することとなった。草創期より「給費生」制度を持っていたが、全ての独自奨学金制度を給付型にすることを決定したのである。建学の精神や創立者の思いとも一致していたため、教授会も一発で通すことができたという。現在では、「給費生」「経済支援」「成長支援」の3つの柱を中心に、広範な奨学事業として整備統合されている。

 興味深いのは、「米田吉盛教育奨学金」創設のきっかけが、大学院生が研究に専念できる環境を整備するとともに、将来自校の教員となるような優秀な人材の育成を目指してのことという点である。神奈川大学では、自校出身の教員が約1割しかおらず、創立100周年に向けての将来構想計画を練る際にも、自校出身の教員数を確保することを挙げている。「米田吉盛教育奨学金」の創設により、法務研究科で実施していた大学院生の給費生制度を全ての研究科に拡大し、意欲的に研究に取り組む大学院生を支援する制度を作りあげたのである。自校出身の教員率を上げることは、大学にとってのステータスでもあるが、むしろ、自校出身者のほうが、学生の卒業後の進路に対する眼差しがより濃いものになることに着目してのことだという。神奈川大学は研究者養成というよりも、良質なミドル層の育成を使命としており、エリート層の育成とは別の観点で一般の職業人を育てることに重点を置いていると学長はいう。

 「米田吉盛教育奨学金」の創設により、金額にして従来の1.7倍である最大5億円を単年度で予算立て、給付対象学生は約2倍の1,500名に拡大し、平成23年度は、1,270名の学生に対して、およそ3億3000万円を執行している。規模の拡大だけではなく、制度の中身も時代にあった新たな考え方や自校の抱える課題などを反映させ、経済支援から成長支援にいたるまで奨学金制度を拡充している点が、この奨学金制度の特長である。例えば、新入生を対象にした奨学金制度を新設し、従来は大学入学後の学業成績、人物を判断してから給付を行っていたために対象とならなかった新1年生への支援も、評価制度を工夫することで実現できるようにしている。また、東京と神奈川を除く地方出身者を対象とした奨学金制度も設けている。かつて同大は多くの地方出身者で占められており、地元神奈川県の出身者は1割程度であったが、近年はその割合が4割を占めているという状況が背景にある。創立者の経験から「人間が成長するためには、違ったものの“るつぼ”が必要」であるとし、多くの地方出身者が入学することによって活性化するような伝統を取り戻そうという発想によって創られた制度であるという。

学生の成長を支援する奨学金制度

 なかでも「米田吉盛教育奨学金」にみられる奨学金制度改革の大きな特長は、“成長支援”にある。

 神奈川大学は「約束します、成長力~成長支援第一主義~」を大学教育のコンセプトに掲げているが、そこには「20歳前後の若者は無限の可能性を秘めている。学生自身の努力と教員や様々な指導者、良き人との出会いによって、学生の成長や達成を成し遂げられる可能性が十二分にある」という創立者の信念がある。

 このコンセプトに基づき、従来の奨学金制度にはみられない観点で、自己実現や成長の機会となる研究社会活動、スポーツや文化活動、海外留学を支援するとともに、国家公務員や司法試験、公認会計士や英語の資格などの取得に積極的に挑戦できる環境を整えることを目的とした奨学金を新たに設けている(図表1)。次のステージに進むための装置として期待される制度であり、自己実現や大学に入ってからの伸び代を経済的に支援することを目的としている。奨学金というのはあくまで一つの手段であり、それを得ることをゴールとせず、その後に成長してもらうことが重要だと学長はいう。

 そもそも、神奈川大学では「学び」を自校の学生の成長に寄与しうる全ての活動として広く捉え、奨学金の対象とする「学び」もエリート層に求められるような側面にはとどめていない。

 入学選考別に学年推移で比較をすると、神奈川大学では、推薦入試で入学した学生のほうが、学力型入試で入ってきた学生よりも成績(秀の数)・取得単位数ともに学年を追うごとに上回っており、就職内定率においてもその違いが明確にみられると学長は言う。東京都や神奈川県出身の学生には、幼いころから受験経験が豊かで、その結果、大学に入学した段階で「自分の力はこの程度」と自身を見限るような学生もおり、こうした学生に比べると、推薦入試で入学した学生は4年間の大学生活の過ごし方やモチベーションが違うという。その背景には、自己肯定感の違いがあり、学力型入試で入ってきた学生を含めてそれを高めてあげることが、学生の成長につながると考えている。

 エリート層に対しては、良かれ悪しかれ、他者からの評価がなされやすい。しかし、神奈川大学がその育成を使命とするミドル層に対しては、十分な評価が他者からなされるとは限らない。ミドル層を育て、良質なものとするには、エリート層以上に自己肯定感を持たせることが重要である。

 そのために有効な支援が、神奈川大学ではボランティア活動やインターンシップ、海外留学・語学研修といった正課外活動にちりばめられている。こうした機会を用意するだけでなく、学生が実際に活用できるように、経済的な側面からも支援することが、新設された「成長支援のための」奨学金制度の目的なのである。

図表1 2012年度「米田吉盛教育奨学金」の成長支援の奨学金制度一覧

充実した奨学金制度を支える財政基盤

 神奈川大学では、意欲ある学生を積極的に支援するような奨学金制度の改革を今後も継続的に進めていきたいという。しかし、学費水準を据え置きながら学生支援を充実させていくといった方策は、大学の財政面からみると大きな圧迫要因となりうる。財務に苦しむ中で、「いかにして長期的に奨学金制度を維持していくか」といった問題を抱える大学も多いだろう。

 神奈川大学の充実した奨学金制度を支えているのは、トップクラスの安定した財政基盤である。財政面を含め学校法人経営に対する外部評価を受け、日本格付研究所(JCR)より長期優先債務の格付け「AA(ダブルAフラット)/安定的」を取得している。2006年に実施した改革の際に実質的な定員増を行ったこと等により、その財政基盤を作ったのだという。

 ただし、経常収入を特定の学生に集中してあてることには議論があるため、奨学基金として第3号基本金を原資としつつ、堅実な運用や募金活動も進めている。2009年11月より受付を開始した「学校法人神奈川大学米田吉盛教育奨学金募金」は2012年3月31日までを第一期募集期間とし、厳しい経済状況の中、多くの個人・法人の賛同を得て、総額1億2800万円を超える寄付金を集めている。さらに、2012年4月から3年間をめどに第二期の募金活動を開始し、2023年には総額100億円を積みたてることを目標に引き続きの支援を募っている。

奨学金制度改革の成果と課題

 「米田吉盛教育奨学金」を創設し、広範な奨学事業が整備統合されてから3年目を迎える今、いかなる成果がみられ、いかなる課題に直面しているのだろうか。

 その成果は長期的な視点で検証していくべきものだが、学部・大学院ともに志願者数は増えており、「経済格差を教育格差に及ぼしてはならない」といった伝統を生かした奨学金制度の充実が評価された結果ではないかという。多様な奨学金制度を用意することで、受験生や保護者に対する周知が大幅にアップしたと学長はいう。

 その一方で、検討すべき課題もではじめている。

 例えば、草創期より導入され、創立者の思いを色濃く残している「給費生」試験の歩留まりの問題である。試験に合格しても、実際に入学する学生は1割程度にすぎないという。ここ数年は経済状況の悪化もありその率は高まっているが、センター試験前に実施される試験を「腕試し」として受験する学生も少なからずいるのだろう。試験での合格得点率は80%を目安にしているが、その高い基準をクリアするような優秀な学生は大学側にとってやはり魅力的であり、「いかにして合格者のせめて3割に来てもらうか」が今後の課題だという。また「学生は皆平等である」という意識は大切であるが、給費生として入学した学生を満足させる独自プログラムの検討・開発や、その成長を評価する仕組みづくりなど、もっと大枠の検討をしなければいけないと学長はいう。

 また、奨学金制度改革の目玉でもある「成長支援」の分野が十分に機能していない問題もある。中でも、「自己実現・成長支援奨学金」「指定資格取得・進路支援奨学金」に関しては、掲げる目的に対して十分に機能しているとはいえないという。

 「自己実現・成長支援奨学金」は、「学術、文芸、スポーツ、社会活動など、様々な分野において明確な目標を持ち、優れた業績を上げ、さらに挑戦し続ける意欲のある学生を支援します」とうたう奨学金制度である。選考委員会レベルで検討・審議になると順位をつけなければいけないが、多様な基準での応募者を「公平に、客観的に順位づける」ことは困難である。評価そのものが数値的に表現することが難しい活動もある。結果として、かねてより競争的分野で活躍している活動への支援となり、成長意欲がある新たな取り組みの発掘や支援という点では十分に機能していないという。

 「指定資格取得・進路支援奨学金」は、「公認会計士や税理士、国家公務員採用総合職試験など難易度の高い資格試験合格や、TOEIC®での高得点取得などに挑戦し、実績を上げた学生を支援します」とうたう奨学金制度である。しかし現状では、語学などの特定の試験の高得点取得者への報奨金になっており、大学側で期待するような難易度の高い他の資格試験へのチャレンジや合格実績につなげることはなかなか難しいという。

 神奈川大学では、ホームページなどを通して積極的に奨学金制度の広報を行っており、高い評価も得ている。今後はそれにとどまらず、学生の家庭の資産情報に応じた提案なども含め、学生や保護者に対して十分な説明を分かりやすく行うだけの職員の金融知識も必要であるという。現在は予約型の奨学金制度を設けていないが、受験生が安心して進学できるよう、今後は検討を進めたいと学長はいう。学費、キャッシュフロー、奨学金の種類などを、個々の受験生の家庭に応じて適切に説明できる人材の育成は、多くの大学にとっても課題であろう。教育機関がお金の話をするのはタブーといった認識が大学側にはまだあるかもしれない。しかし、受験者側、特に保護者にとっては重要な情報である。

 大学への進学がユニバーサル化する中、社会における大学の役割にも大きな変化が求められており、大学にも構造改革の波が押し寄せている。

 神奈川大学は、奨学金制度のパイオニアとしてその名が知られているが、その名に安住しているわけではない。都市型中堅私立大学として、一部のエリート層の養成というよりは、良質なミドル層の育成を使命と捉え、それを意識した学生の成長支援に力を入れており、そのための装置・手段として、奨学金制度を戦略的に活用しようとしている。良質なミドル層を充実させることは、現代の日本社会において極めて重要な課題である。その育成は、神奈川大学のみならず多くの大学に求められている役割であり、具体的な方策について、自校や自校の学生の状況を踏まえながら戦略的に検討していくことが必要であろう。


(望月由起 お茶の水女子大学 学生支援センター准教授)


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