学生情報の共有と手厚い初年次教育で育む学生支援の輪/東北福祉大学
近年、大学教育の質保証に関して、英語圏を中心にstudent engagementという概念や実践について議論が進んでいる。従事・参加・約束・契約等、多様な日本語訳が当てられるengagementだが、適訳を探すのはなかなかに難しい。そもそも英語のstudent engagement自体、意味する内容が多様で、普遍的に合意できる定義がないという。ただ、恐らくこの言葉が示唆するのは、学生が大学における教育や学習にengageすること、つまり、学生が課外活動を含めた教育や学習と深く結びつき、大学への参加意識や所属意識を培うことの大切さだ。大学生活における「成功」に学生を導くのがstudent engagementの考え方だ。
日本に目を転じれば、今中退予防の取り組みが各地の大学で始まっている。中退につながる要因は様々で、その分処方箋も多様だ。学習面・精神面・経済面等、それぞれに異なる課題を抱えた学生をいかに発見し支援するのか。きめ細かな対応が求められる。ただ、突き詰めればこの問題は、学生が大学への所属意識を持てるよう大学としてどう支援するかという課題に帰着する。つまり、中退予防の対策やそこから得られた経験や知恵は、学生全体の経験を豊かにするための知見をもたらしてくれる可能性が高い。そのためにわれわれは多くの試行錯誤から学び、student engagementの向上につなげていくことが必要だ。
そこで本稿では、中退防止の取り組み事例として東北福祉大学(以下、福祉大)に目を向けたい。福祉大は今年新たに「中退防止対策会議」を立ち上げ、中退予防に力を入れ始めた。その背景にはどんな事情があったのか。さらにどんな課題が見えてきているのか。学生生活支援センター長の梶原洋教授と学生生活支援課の大野光吉課長にお話を伺った。
学生の志を通貫させるための多様な学生支援体制
福祉大は創立以来「行学一如」を建学の精神に掲げ、学問研究と実践実行の融合を目指してきた大学だ。名称に「福祉」を掲げる大学として、人類の福祉(幸福)を実現するための理論と実践を追究すべく、現在は総合福祉学部・総合マネジメント学部・教育学部・健康科学部の4学部9学科で構成されている(通信制や大学院を含む学生数:約9600名)。それらに通底する教育理念は「自利・利他円満」だ。大谷哲夫学長は、学長挨拶の中で「自らが生きることは、即ち他を生かし自らが生きること」、「自らの『利福』は同時に他人の『利福』」と説明する(東北福祉大学サイト)。
建学の精神から学部学科構成に至るまで、福祉大学ならではの強みが具現化されていると言ってよいだろう。人類の福祉に貢献すべく利福の精神を有する人材を育成することは、福祉大としてのリソースが十分に発揮されてこそ可能になる。
そうした観点から見れば、福祉大でこれまでにも学生支援の充実が図られてきたことは首肯できる。保健室をはじめ、ウェルネス支援室(健康で充実したキャンパスライフ支援)・学生相談室・障がい学生支援室が設置されており、これら以外に、修学面や生活面の支援は教務課や学生生活支援課、ボランティア支援課が行う。また、福祉大学だけあって、障がい学生支援やボランティアに関わる学生団体・サークルの多さは日本屈指だ。6割以上の学生がボランティア活動を行い、7割が学生団体・サークルに所属している。さらに、20年前から初年次ゼミを行い、4年間を通してゼミで学生を個別に支援している。
さらに経済的支援も充実させてきた。東日本大震災の被災地にある大学として授業料減免措置も続けている。奨学金は、日本学生支援機構や地方公共団体・民間育英団体の奨学金に加え、大学独自の奨学金制度(東北福祉大学奨学金)が整備されている。大野課長は、経済的な問題については相談に来てくれさえすれば、学生は100%残留すると胸を張る。専門性に裏打ちされた手厚い支援が効いている証左だ。それでも、年に数名は経済的理由で退学していく。相談に来てもらえばという忸怩たる思いが大野課長にはある。
だからこそ、福祉大は多面的な取り組みを展開し、学生を大学に包摂していこうと努めている。一般に、大学コミュニティの一員だと実感できている学生のほうが高い学修成果を上げ、満足度が高い。だが、不幸にしてそうならないこともある。自分の居場所がない、居心地が悪いと思えば、人は仕方なくその場を離れていく。
中退率は1%台と低い水準だが、そんな不幸な巡り合わせをできる限りなくしたい。大学中退が明るい未来を拓く契機になるなら問題ないが、学生が不本意な形で中退してしまう、あるいは中退せざるを得ないというなら話は別だ。「せっかく入学してくれた学生が志半ばで辞めることのないよう、出口まで支援していきたい」と語る大野課長の言葉には、福祉大の基本的な姿勢が表れている。福祉大が多様にアプローチするのはそんな思いからだ。もちろん中退は経営的にも打撃である。しかし、せっかく入学してくれた学生には、1つでも多くの学びと経験を積んで卒業してもらいたい。大学関係者としては当然の思いだろう。
「中退防止対策会議」による情報共有強化
このように福祉大では多様な組織が学生支援に携わってきた。現在はさらに、IRセンターが過去の中退状況に関するデータを収集・分析する等、中退に至る要因を把握する取り組みも加わった。しかし、それら多様な組織が全学で有機的に連携できていたわけではないと、梶原センター長は指摘する。例えば、福祉大では長年1・2年生を対象にクラス担任制が敷かれており、問題や悩みを抱える学生が担任に相談することも多く、教員は個別に対応してきた。ただ、情報が教員止まりとなって共有されないこともあったそうだ。
そこで、早期の問題把握と有効な対策・支援を講じるべく、今年2月に「中退防止対策会議」を立ち上げたのだという。議長は梶原学生生活支援センター長。その他、キャリアセンター・入学センター・IRセンター・教務課等、学内関係組織から教職員16名が参加する形で構成される。学生生活支援センターの下に位置づけられ、学期に2回程度開催されている(図表1)。
この対策会議が目指すのは学内での情報共有の徹底だ。各部門が縦割りで個別に対応するのでなく、組織横断的に連絡を緊密にして情報共有と認識の共通化を図り、対応を決めていこうとしていると梶原センター長は説明する。
ただ、対策会議ができてまだ半年余り。その効果は必ずしも明らかではない。それでも対策会議ができたことで、学生相談や欠席者についてより細かな情報を吸い上げ、それを学生生活支援課に集約を図ること、素早く対応することが可能になってきたことを肌で感じると大野課長は述べる。担任教員から学生生活支援課に上がってくる案件が年に数件から二桁に増加したそうだ。梶原センター長も、教員側にも学生情報を上げる道筋が理解され、整理されてきたのではないかと見る。
そもそも学生に関する情報は、学内の多様な現場から多様な形でもたらされる。担任の教職員や学科教員からは学生の全般的状況、教務からは授業履修状況、財務からは学納金未納情報、課外活動を行う学生からも人間関係に係る情報等が入ってくる。問題の性質に応じて専門部署が最も有効な手段を講じるが、そのためにはできる限り情報の共有化が必須だという。もちろん、学生相談の内容等、安易な共有化には慎重でなければならない情報も存在する。そうした留意点に注意を払いつつ、今後はデータ集約のシステム化、報告基準のマニュアル化等、さらなる効率化を目指していきたいと梶原センター長は語る。
初年次教育「リエゾンゼミⅠ」による結びつき
それでは、授業の現場ではどんな取り組みがなされているのだろうか。
近年、どこの大学も学生支援に力を入れているが、なかでも共通して取り組みが見られるのが初年次教育だ。とりわけ、高校教育から大学教育への移行期にあり、まだ大学生活に順応できていない1年次への支援は重視されている。梶原センター長も初年次教育の大切さを強調する。1年次でのつまずきは、高学年次のパフォーマンスにも影響を与えかねない。
福祉大が初年次教育として展開するのが「リエゾンゼミⅠ」だ。20年前から「人間基礎論」として開始、2011年度から「リエゾンゼミ」に名称を変えた。リエゾンという名称が象徴する通り、大学における学習や生活に必要な多様な「結びつき」―高校教育と大学教育、基礎教育と専門教育、学生と教職員と地域の人々―を強化することを目指している。「リエゾンゼミⅠ」は各学科単位で学籍番号順にクラス編成が行われ、2016年度には64クラスが開講されている。2年生の「リエゾンゼミⅡ」は初年次の学びを専門の学びへとつなぐ位置づけだ。
リエゾンゼミⅠでは共通テキスト『学びとの出会い-リエゾンゼミ・ナビ-』をもとに、基本的な大学生活に関する知識、学習スキルやコミュニケーション・スキル、論理的思考力や問題解決能力を社会との関わりや実践を通して身につけていく。クラスを選択できる2年次以降は、担任の専門性に応じて多様な内容で展開されるが、担任によっては1・2年生合同でゼミを開講している場合もあるという。こうして、大学教育への移行・人間関係の構築・専門教育への導入が図られる。
興味深いのは、主担任は教員だが、副担任に職員がつくことも少なくないことだ(図表2)。「大学職員も教育者だ」というのが前学長の考えだったと大野課長は述べる。職員が入ることの意義は、1年生が必要とする大学生活に関する情報に職員のほうがよく通じている点だ。しかも、部活動の部長を務める職員も多く、学生との距離が近いことで学生の情報も入りやすい。リエゾンゼミは、できる限り若手の教職員が担当し、さらにピアメンターも加わる等、初年次学生に配慮した手厚いサポート体制が意識的に採用されている。全学挙げて初年次学生を指導・支援しているという印象だ。
こうした取り組みが直接に影響したかどうかは精査が必要だが、中退防止対策会議の資料によると、初年次の退学者数がやや減少傾向にあることが読み取れる(図表3)。学生全体で見れば、同じ期間1.36~1.85%で推移していて初年次学生の推移とは一致しないが、今後初年次生の動向が全体の状況を好転させる可能性もある。
高度化・複雑化する学生支援現場
現在の大学には、中退防止に限らず、問題や悩みを抱えた学生をどう見つけ、どうケアするのかが問われている。この課題は今後ますます大きくなるはずだ。それに向けた仕掛けとして、福祉大のように情報共有体制の強化や初年次教育の充実があるが、より本質的には、厚生補導から学生支援への転換が進んでいることに目を向ける必要があろう。
福祉大が学生課を学生生活支援課に名前を変えたのは7年ほど前だ。大野課長は、学生生活支援課には伝統的な厚生補導の機能と近年ニーズの高まる学生支援の機能があるが、後者の比重が高まっていると述べる。
長く学生支援の現場に立ってきた大野課長の目には、近年急速に学生の質が変わってきたように見える。高校までの経験が乏しい学生が増え、相応の対応が求められるようになった。指導ではなく「サービス」という発想も必要になっている。学生を指導しなければならない場面はもちろんある。それでも、指導後のアフターケアに気をつけ、学生が学生生活支援課に入りにくいというイメージを変えようと努めているという。部活動にも顔を出し、積極的に声を掛け、学生の状況変化に目を配る。何でも話してもらえる雰囲気を作りたいと大野課長は語る。他方で過保護になり過ぎないようにも注意し、学生が自ら考え、挑戦するのを促すことも心がけているという。
なるほど、学生支援の現場で求められる能力は複雑化している。担当者には、学生だけでなく保護者や地域の人とのコミュニケーションの機会も少なくない。相手と場合に応じてきめ細かに対応できる対人スキルが求められる。だから勉強会や研修等も適宜実施しながら、現場での経験を通して学んでもらう必要があると大野課長は言う。職員だけで対応できない案件については専門性を有する人材も雇用するという。
かかる急速な変化は、大学に発想の転換を迫っていると言わざるを得ない。梶原センター長は、学生一人ひとりの要望を吸い上げること、学生のSOSを待つのではなく、こちらから情報を集めに行くことの大切さを強調する。学内の色々な所が持つ情報を極力一元化するため、学科会議でも中退防止の話をし、教員に認識してもらうことで、担任やアカデミック・アドバイザーの先生から情報を収集しやすくする。そんな地道な取り組みの結果、少しずつ情報が可視化されてきたという。やはり中退防止対策会議の設置は大きな一歩だった。次なる課題は、情報やデータに基づく多様で効果的な支援策が策定され、適切な部署が臨機応変に支援の手を差し伸べる体制を構築することだ。今後の展開に注目したい。
(杉本和弘 東北大学高度教養教育・学生支援機構教授)
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