<寄稿>教育の無償化・負担軽減の政策動向 ―後編―

鈴木敏之
文部科学省 生涯学習政策局
文部科学戦略官

<寄稿>教育の無償化・負担軽減の政策動向 ―前編― より続く

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

3 政策パッケージの概要

 政策パッケージ中、教育の無償化・負担軽減に関する取り組みの骨子は、次の通りである。

  • 3歳から5歳までの全ての子ども達の幼稚園、保育所、認定こども園の費用を無償化(0歳~2歳児は、当面、住民税非課税世帯を対象として無償化)
  • 大学、短期大学、高等専門学校、専門学校(大学等)について、所得が低い家庭の子ども達に限って無償化
  • 年収590万円未満世帯を対象として私立高等学校授業料を実質無償化

 これらの取り組みのうち、①・②については、安定財源として、消費税率引き上げ(2019年10月)による財源を活用し、新たに生まれる1.7兆円程度を、その実行に充当することとなっている(学校段階別の所要経費の内訳は定められていない)。なお、消費税の使途を規定している消費税法に基づき、新たな措置は少子化対策としての位置づけ※5がなされている。

 以下では、高等教育関係の②の概要を紹介する。まず、政策パッケージは、「基本的考え方」として、「貧困の連鎖を断ち切り、格差の固定化を防ぐ」必要性を強調したうえで、「意欲さえあれば専修学校、大学に進学できる社会へと改変する」という考え方を示している。その背景には、最終学歴による平均賃金格差、低所得者層における大学進学率の低さのデータ(図1)が示唆するとおり、経済格差が教育格差を生んでしまうという危惧がある。

 こうした考え方に立って、支援措置の対象を低所得世帯に限定する方針が示されている。ここで念頭に置かれているのは、住民税非課税世帯(概ね年収250~270万円)の子ども達※6であり、主な措置内容は、(ⅰ)授業料の減免措置の拡充(国立大学の授業料・入学金を免除、私立大学の場合、平均授業料の水準を勘案して一定額を加算)、(ⅱ)給付型奨学金の支給額の大幅増(学生生活を送るのに必要な生活費を賄えるよう措置)となっている。(ⅱ)については、進学後も生活の不安なく「学業に専念できるようにする」という考え方の下、具体的な対象経費に関し、「社会通念上常識的なものとする」としつつ、学費のほか、自宅外生の食費や住居・光熱費等を例示している。

 こうした措置が講じられた場合、対象者に相当額の資金が給付されることになり※7、基準以上の年収の層との間で、「支援の崖・谷間」が生じるリスクも想定される。このため、「住民税非課税世帯に準ずる世帯」の子どもたちにも段階的に支援を行うという方向性が示されている。

 さらに、政策パッケージは、支援措置の対象となる学生個人、所属する大学等の機関について、それぞれ個人要件、機関要件を課す方針を示している。まず、個人要件については、高校在学時の成績だけで判断せず、本人の学習意欲を確認すること、進学後の学習状況(単位数の取得、GPA、処分等)に応じ、一定の要件に満たない場合は支援を打ち切ること等を掲げている。また、機関要件については、「学問追究と実践的教育のバランスが取れている大学等」を対象とすること(実務経験のある教員による科目の配置、外部人材の理事の任命(一定割合超)、厳格な成績管理、財務・経営情報の開示)を示している。それらの要件に関する具体的な指標については、脚注の中で例示されている。

 こうした要件は、前述の「基本的考え方」に基づき、「大学等での勉学が就職や起業等の職業に結びつくこと」によって格差の固定化を防ぐことを目的としているものである。

 以上の措置の実施時期は、消費税率の引き上げ後、2020年4月とされている。

4 今後の動き

 文部科学省としては、政策パッケージに基づき、遅滞なく無償化・負担軽減の措置を講じられるよう、本年夏までに、高等教育関係者を交えた専門家会議※8を中心に検討を行い、一定の結論をまとめる予定である。その際、具体的には、対象費目・給付額(「住民税非課税世帯に準ずる世帯」の範囲等、「支援の崖」が生じないようにするための段階的給付、私学に係る加算基準の在り方を含む)、個人要件・機関要件の具体的な内容(例えば学習意欲を的確に把握する方法、各種の客観的な指標の設定等)について、検討が行われる見込みである。また、授業料減免に関しては、機関補助の枠組みが既にある大学のみならず、専門学校を新たな対象とすることを踏まえ、望ましい補助方式の在り方を検討する必要がある。

 一方、100年会議は、残された論点についてさらに議論を進め、本年夏には基本構想を打ち出すこととしている。具体的には、その中間報告において、「リカレント教育」、「HECS※9等諸外国の事例を参考とした検討」、「大学改革や大学教育の質の向上」等が「検討継続事項」とされている。従来、必ずしも国民的な支持が強いとは言えなかった高等教育の無償化や負担軽減※10について、その理解を広げていくためには、新たな措置の趣旨・内容に関する丁寧な説明を行うのみならず、社会からの負託に応えるべく、大学等の質向上に向けた方策を示していく必要があろう。

 もとより、リカレント教育や大学改革等については、文部科学省の中央教育審議会での重要な審議事項であり、100年会議と並行して検討を進めることとなる。とりわけ、大学分科会では、2005年の答申以来の総合的な諮問「我が国の高等教育に関する将来構想について」を受け、精力的に審議を進めている。同分科会では、概ね2040年頃の社会を見据え、①各高等教育機関の機能の強化に向け早急に取り組むべき方策、②変化への対応や価値の創造等を実現するための学修の質の向上に向けた制度等の在り方、③今後の高等教育全体の規模も視野に入れた、地域における質の高い高等教育機会の確保の在り方、④高等教育の改革を支える支援方策の在り方について検討を行い、本年秋には答申を取りまとめる予定である。

 なお、国会においても高等教育の改革に関する議論が活発化する一方、憲法の改正をめぐる論点の一つとして、教育に関わる国の役割・責務の在り方(教育の無償化・負担軽減を含む)が取り上げられる見通しであることも付言しておきたい。

 21世紀初頭に大学進学率が50%に達した日本の高等教育システムについては、万人に学習機会が開かれる「ユニバーサル・アクセス」の諸課題に取り組むべき段階にある旨、既に諸答申等で指摘されて久しい。18歳人口が再び大きな減少傾向に転ずる本2018年は、積年の課題への政策対応の画期となる可能性を持っている。大学等の関係者におかれては、今後の政策動向に引き続き留意しつつ、各機関の実状に応じ、主体的な教育改革の推進、きめ細やかな学生支援の充実に努めていただきたいと願う。

  • 教育費に関する文部科学省の統計上の定義・整理については、「子供の学習費調査」(幼稚園から高等学校まで)、「学生生活調査」(大学)を参照。なお、義務教育を「無償」とする憲法第26条第2項は、授業料不徴収の意と解されている。
  • 「教育立国実現のための教育投資・教育財源の在り方について」(平成27年7月8日)。
    URL: https://www.kantei.go.jp/jp/singi/kyouikusaisei/pdf/dai8_1.pdf
  • 100年会議は、総理を議長とし、関係閣僚及び13人の有識者議員から構成される(事務局は内閣官房)。文部科学省からは大臣が副議長として参画している。
  • 政策パッケージは、教育の無償化・負担軽減を含む「人づくり革命」及び「生産性革命」の二つの柱から成っている。中間報告は、この「人づくり革命」に係る内容を基に、補足的な説明やデータを加え、今後の検討継続事項に係る記述を充実させている。それぞれの全文は下記参照。
    URL:http://www5.cao.go.jp/keizai1/package/20171208_package.pdf
    https://www.kantei.go.jp/jp/singi/jinsei100nen/pdf/chukanhoukoku.pdf
  • 少子化対策として位置づける関係上、今般の大学等の無償化措置の対象として、大学院学生は想定されていない。本稿全体を通じ、データ等の取り扱いも同様。
  • 大学等への進学者(1学年で約100万人)のうち、非課税世帯の者は約6万人。
  • 年間平均授業料等(入学金の1/4を含む)は、国立大学約61万円(平成29年度)、私立大学約93万円(平成27年度)。また、その他の学費や生活費は 自宅外から私立大学に通う場合、約112万円の支出となっている(平成26年度「学生生活調査」)。
  • 本年1月に発足した専門家会議の動向については下記参照。
    URL:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/086/index.htm
  • HECS(Higher Education Contribution Scheme)とは、在学中は授業料の支払いを要せず、卒業後に相当年数にわたり、支払い能力に応じて所得の一定割合を返納する、オーストラリアの仕組み。自由民主党では、HECSの意義に一定の評価を行い、2017年の選挙公約(「政策BANK」)において、「「卒業後拠出金方式」を検討」する方針を掲げている。今般の無償化措置の対象は低所得世帯に限られているが、さらなるアクセスの機会均等に向けては、中間所得層を含めた負担軽減の手当てが必要であり、その際、HECSの事例は参考に値すると考えられる。
  • 教育費負担に関する日本の世論の特質については、矢野眞和ほか『教育劣位社会』(2016年 岩波書店)において社会調査に基づく分析が試みられており、参考となる。

(2018/2/14)