3ポリシーを全学ボトムアップで策定する民主的プロセス/公立はこだて未来大学
社会の基盤を担う情報科学をインタラクティブに学ぶ
公立はこだて未来大学(以下、未来大)は、函館圏公立大学広域連合を設置主体として2000年に開学した、情報科学の単科大学である。未来大で扱うのは学際的な「情報」で、データサイエンスからデザイン、IoTやビッグデータ、人工知能、ヒューマンインタフェース等、多種多様だ。学ぶ学問は数理科学や解析学から心理学、美大的なプロダクトアプローチまで幅広い。これらは未来社会をデザインするためのインフラであると片桐恭弘理事長・学長は言う。「我々の使命は、函館をフィールドに、人間と科学が調和した未来社会の形成を担う人材を育成輩出することです。そのため、社会のあらゆる分野で重要な役割を果たす情報の教育研究に特化し、この領域では国立大学に引けを取らない体制を構築してきました」。
こうした教育を行うに当たり、未来大は開学当初からアクティブラーニングを教育の主軸に据え、3年次には函館をフィールドとしたプロジェクト学習(必修)で実社会に紐づけて情報技術を活用し、街の課題を解決する学びを展開している。こうした実践行動重視の姿勢を顕著に表すのが、メタ学習センター(CML)の存在だ。CMLは「学び方を学ぶ」ための先進的な教育・学習方法、カリキュラム、プログラムを実践開発する組織である。「未来大の学生に身につけて欲しいのは、何を学ぶか、なぜ学ぶか、どう学ぶかといった問いを自ら立て、自律的に学習能力を向上させていく力です」と、平田圭二センター長は話す。学び続ける人間(selfregulated learner)を育てるのが「メタ学習」なのである。
文化風土として特徴的なのは「オープンスペース・オープンマインド」だ。数々の建築賞を受賞した校舎がその象徴である。ラボを模した大きな空間の中でインタラクティブに専門性を学び、フィールドを学内から函館の街へ広げて学び、社会実践の中で領域横断的に結合しながら学ぶのが、未来大の核である。
今後を生き抜く行動原理を全学で策定する
未来大が3ポリシー策定に着手する2016年春ごろは、受験生に入試のコンセプトを説明するAPはあったが、CP・DPは対外的に明確には定められていない状況だった。「開学から教員の顔ぶれも変わった中で、このポリシー策定は、今一度『この大学は何者なのか』を現メンバーで徹底的に考え議論するいいきっかけになると考えました」と、片桐学長は言う。そこで、未来大で教育のあり方を考える役目を持つCMLの平田センター長に、音頭取りの白羽の矢が立った。その頃、平田センター長は未来大への強烈な危機感を持っていたという。「未来大がこれから100年生き残るには、イノベーションのセンスを持つ有為な学生を育成輩出していく必要があると考えていました。それは即ち、未知のものに問いを立て、他者と協働しながら解を見いだせる人、メタ学習力が高い学生です。函館、情報科学という強みを活かしてそうした人材を育成するには、まだまだ教育を磨きこむ必要があります。ポリシー策定はそのための認識を共有する良い場にできると思いました」。
そうした目的に照らし、策定プロセスはトップダウンではなく、全員が自分事としてポリシー策定に拘れるメカニズムを構築することを確認した。元々、未来大はオープンな雰囲気で教員同士の距離も近く、議論に慣れている教員が多い。そのため、「サーバントリーダーシップ」が有効だろうと考え、ワークショップ中心に議論を進めることとした。中心となるコアメンバーは募集しつつ、「多くの人が集まる」「合意を得ながら進む」「プロセスを透明化する」「受けたコメントは極力反映する」等、直接民主主義的な運営を心がけ、誰でも参加できるようWeb上の経過情報閲覧やコメント記載ができるサイトを特設し、学内での議論が活性するよう工夫したという。オープンマインドを掲げる大学らしい発想と言えるだろう。また、ここには職員も参加した。「ポリシーをきっかけに意識を喚起し、共通の行動原理を確認し合うプロセスにしたかった。教員が思うことを伝えると同時に、職員の現場感覚をフィードバックしてもらいました」と平田センター長は話す。
スケジュール概観は図表に示したが、初回ワークショップでは未来大のポリシーに必要と思われるキーワードをKJ法で収集・分類し、全体像を構想し、それをポリシー原案の軸とした。翌回では文章化された原案を読んで思ったことをどんどん書き込み、それを複数回繰り返すことで少しずつ集約を重ねた。こうしたワークショップを概ね7カ月かけて7回行い、Web上の議論も包含しながら議論を深めていったという。「最終的にはポリシーを文章化した一言一句に至るまで意見を出し合い、議論が白熱しました。なるべく全員の意見を反映するようにしたので、集約作業は困難を極めました」と平田センター長は言う。それでも大学存続の危機意識をかけて組織の行動原理を確認するという目的に照らし、妥協はなかったという。こうしたプロセスを経て、目指すべき独自性と人間性を5つの観点で示すDPが完成した(図表下)。これを核に、各コースでどんなカリキュラムを構築するか(CP)、何を受験生に求めどんな入試を講じるのか(AP)を議論し、2017年3月に全学の魂がこもった3ポリシーを公表するに至るのである。
策定プロセスを日常業務に好循環し次につなげる
全学を巻き込むプロセスに拘ったことで、日常業務において立ち戻る価値観が生まれ、横断コミュニケーションにより得られた知見やつながりも多く、プロジェクトは概ね良い循環の契機となった。片桐学長は、「ポリシーはある程度結晶化しましたが、永続的なものではなく、恒常的に見直しが必要です。時代や社会変化を見据えながら、引き続き本学の価値を高めていきます」と話す。AP策定に伴い求める人材像がある程度明確になり、そこに学力の3要素評価をどう反映するかをこれから検討していくという。「メタ学習という考え方を教職員と学生に全学展開し、それをどう評価・深化させるのかは、CMLの目指す研究テーマそのものなのです」と平田センター長は意気込む。
未来大が掲げる「メタ学習力を持って自らの学びを構築するself-regulated learnerの育成」は、まさに社会でその必要性が問われているものであろう。組織の行動原理となる3ポリシーは全学的意思として整備された。今後未来大がどんな「メタ学習的評価プロセス」を開発していくのか。引き続き注目したい。
(本誌 鹿島 梓)