社会のリアリティに向き合える掛け算人材をオープンエデュケーションで育成/和歌山大学 社会インフォマティクス学環

和歌山大学キャンパス


 和歌山大学は2023年4月に学部等連係課程である「社会インフォマティクス学環」を設置する。その設置趣旨や背景について、副学長・クロスカル教育機構長・次世代教育推進室長の永井邦彦理事、理事補佐・学長補佐・設置準備室長の竹内哲治教授にお話を伺った。


、副学長・クロスカル教育機構長・次世代教育推進室長の永井邦彦理事、理事補佐・学長補佐・設置準備室長の竹内哲治教授


POINT
  • 地域課題の解決に地域と協働して取り組むとともに、地域の知的活動の高度化に貢献することを目指す大学
  • 師範学校と高等商業学校等にルーツを持ち、1949年学芸学部(現・教育学部)と経済学部からなる大学として設置され、1995年にシステム工学部、2008年に観光学部を開設。現在4学部を展開
  • 2023年社会インフォマティクス学環を設置し、専門的な学問領域とデータサイエンスを掛け合わせて社会課題を解決する人材の育成を目指す。

次世代に求められるコンピテンスをデータインテリジェンスと置き大学改革を進める

 今回の改組の背景として、永井理事は2018年に設置されたデータインテリジェンス教育研究部門の存在を挙げる。永井理事は、データインテリジェンスとは「データを取り出して情報にすること」「意思決定のために情報に洞察を加えて意味を持たせること、その予測や推論」を指すと前置きしたうえで、「今後の大学経営に当たり、次世代で求められるコンピテンスは何かを議論し、それがデータインテリジェンスではないかとの結論に至った経緯があります」と回顧する。2019年に1年次前期に教養科目「データサイエンスへの誘い」を開講したところ、入学定員890名の和歌山大学において、300名以上の受講があった。これに機を得て2020年には「データサイエンスへの誘い」を全学部1年全員が受講する履修科目とした。同科目は2021年には数理・データサイエンス・AI教育プログラム(MDASH)リテラシーレベルの認定を受けた(2022年にリテラシーレベルプラス認定)。数理・データサイエンス教育は、1年次前期「データサイエンスへの誘い」→1年次後期「データサイエンス入門」→2年次前期「データサイエンス基礎」→2年次後期「データサイエンス応用」→3年次前期「データサイエンス実践」という形で系統化し、体系化している。2023年に「データサイエンスへの誘い」は卒業単位に含まれる必修科目となる。

文系学生にはデータリテラシーを、理系学生には社会を科学する視点を身につけさせる教育

 こうした「情報の読み解き方」をどう教授するか模索するに当たり、データインテリジェンス教育研究部門のアドバイザリーボードである学外の企業関係者、和歌山県にある総務省統計局等のステークホルダーからの要望も検討の素地となった。「文系学生にはデータリテラシーを、理系学生には社会を科学する視点を身につけさせてほしい」というものだ。竹内教授は、「情報技術と社会科学としての知識を両立するのが社会のニーズ。しかし、既存の学部学科の枠内で、それぞれの専門教育を毀損せずに両立させるのは極めて困難です」と話す。当時はそうした視点を教養教育で補完していたが、それでは専門知識となかなか融合せず、社会での活用には至らない。こうしたジレンマを解消するためにも、新たな教育組織の構想が始まったのである。永井理事はこうした動きを、政府の教育未来創造会議の第一次提言(2022年5月)で必要な人材として挙げられている、『予測不可能な時代に必要な文理融合人材』『デジタル・AI・グリーンといった成長分野を牽引する高度専門人材』の育成にも通じるものだとする。

 学環の検討は2021年11月から始まった。前述したデータインテリジェンスやMDASHの動き等、基盤となる動きは既にあった。学長のリーダーシップのもと、学内にワーキンググループを設置し、コンセプトの議論から始まり、年明けには具体的な申請準備が進み、4月にWGを設置準備室に改組し、申請に至ったという。

 大学が立地する和歌山県の動向にも触れておきたい。和歌山県では統計データ利活用に基づく地域や産業の発展・振興を目指し、総務省統計局、独立行政法人統計センター、和歌山県及び和歌山大学と連携したデジタル人材の確保・育成に向けた方策が進められており、そうした動きにも連動するのが今回の改組だ。経済学部・観光学部の社会科学分野とシステム工学部の工学分野を融合した教育組織を設置することで、データを利活用して社会の課題解決や地域活性化に貢献できる人材の育成を目指す。

 竹内教授は、「いわゆるEBPM(Evidence Based Policy Making)のできる人材が必要だ、という認識はどこの自治体にもあるので、日本全体の課題解決にも資する人材とも言えます。従来の公務員試験でそういう人材はとれないので、育てていく必要があるのです」と補足する。

学生の自主性を重んじる風土の中、オープンエデュケーションで育成する社会課題解決人材

 なお、和歌山大学は2019年に「和歌山大学グランドデザイン2040」を策定している。2018年に国の中央教育審議会答申「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」に呼応するかたちで策定されたもので、複雑化する社会課題を解決できる人材を、オープンエデュケーションにより育成することを基本方針とする。学内外の連携のもと、学びの成果を社会に価値として還元・実装することを重視した内容だ。今回の改組もこうした文脈の上にある。

 また、和歌山大学の伝統として、学生の自主性を支援する動きもある。学生の自由な発想や課題の実現のために必要な設備・資金・指導体制等の環境を提供する「協働教育センター(クリエ)」、リアルな地域課題と向き合うためのフィールドワークを支援する紀伊半島価値共創基幹「Kii-Plus」等の取り組みがそれだ。自分達で自分達の学びを創る組織風土は20年ほど前から培われており、今回の文理横断領域への改革についても、組織風土として寄与したものが大きそうだ。

社会と情報の掛け合わせで価値を創出するための4つの成長領域に関する専門科目群

 では、学環の具体的な教育内容を見ていこう。社会インフォマティクス学環は、学環独自の授業に加え、経済学部・観光学部・システム工学部の3学部が協力して授業を提供し、教育課程を構成する。解のない社会課題に対峙できる人材を育成するためには、視座を高く持ち、物事の本質を見極め、専門の理解を深めるカリキュラムが必要だ。学環では幅広い知識の修得を前提に、既設協力3学部の専門性を融合させたうえで、多様な知識に裏づけられたデータサイエンス力を掛け合わせる。社会インフォマティクスとは社会情報学という意味であり、社会科学と情報学の掛け合わせでデジタル変革をもたらし、価値を創出する人材育成がその主眼だ。専門科目群として、以下の4つを用意している。いずれも国が成長領域として力を入れる分野だ。

  • 地方自治&産業系科目群
    地方国立大学で養った地域活性化やデータを利活用したノウハウを学生に教授し、国内外に発信し、デジタル変革をもたらす公務員や地域活性に資する人材を輩出することを目標とする。
  • エネルギービジネス&ファイナンス系科目群
    ファイナンスのデータ分析・評価の裏付けを教授し、デジタル変革をもたらすグリーン人材やエネルギー人材を輩出することを目標とする。
  • 観光サービス系科目群
    多様な人々とデータの利活用を通してコミュニケーションの取れる協働性があり、企画力を発揮し、デジタル変革をもたらすマーケティング人材や観光サービス人材を涵養することを目標とする。
  • インフォマティクス系科目群
    データサイエンスからインテリジェンスへの転換を教授し、社会科学を理解し、技術的専門性を実践できる情報処理人材やDX人材を輩出することを目標とする。

 これらの科目群は専門性を高めるうえでの羅針盤となり、学生が自由に選択して自らの知識を発展させることが可能になる。またその過程で、①ビジネスサイエンス力 ②データ利活用力 ③企画力・実践力・発信力の3つの能力を身につけ、デジタル変革をもたらす人材となることを学環教育課程のゴールと置く。3学部融合的な教育組織でこそできる人材育成に拘り、その融合のフックに成長領域を持ってきているあたりが特徴的と言えそうだ。

社会のリアリティに向き合える”掛け算人材”を育成

 「社会インフォマティクスは情報学をベースとして、社会的価値創造を強く目指すものです。従来のDSが収集・分析等技術を中心としがちなところ、社会背景を理解し、社会課題を解決することを中心とするのが本学の見据える教育です」と竹内教授は言う。そのため、学生が課題の解決されていない現場に臨んだり、教材用データではなく社会活動から生まれる実データそのものを扱ったりする機会を多く設ける。アウトプットする場として社会を常に見据えられるようにするのが狙いだ。観光ではどのようなデータをとって解釈すればインバウンドが増えるか考察したり、エネルギー分野では減らない化石燃料をどう効率よく利活用するかを考えたりといったように、向き合う課題には答えはない。短期的のみならず長期的にも学生が関われるように配慮しつつ、社会のリアリティに専門性とデータ利活用力を持って向き合う教育を目指す。

 大学HPには「複数領域を1つに集めた足し算ではなく、文理融合の掛け算になることを期待」との記載がある。図に示すように、工学的なフレームに経済学や観光学の学術的な楔が横断的に打ち込まれることで、情報技術と社会科学をつなぎ、それが社会実装され、それらが同時並行的に、学生の学修定着率を向上させていく構想だ。大学側がコンセプトに誠実に授業を磨き上げ、社会接点を機会として多く提供するなかで、学外実習・演習と学内での教育が往還し、融合的な活動が多く創出され、結果として先に挙げた3つの能力を獲得できるという流れである。「本学が作ったのはまさに学びの『環』。学生には環をぐるぐる回りながら、自分自身の学びを創っていってほしい」と永井理事は話す。


図1 育成人材像の概観


 入学定員30名に対し担当教員は15名という少人数教育を予定しており、教育の特性上何を軸に学ぶかは個別化されることが想定されるため、クラス担任制等も含めて個人の問いに基づく伴走体制を検討中だという。

文理を問わず、意欲があり、数学アレルギーがない人材を求める

 最後に、想定する入学者属性について伺った。学力的な側面においては、「数学Ⅲの履修歴があるに越したことはないですが、文系でも数学Ⅱ・数学Bまで履修していれば、その組み合わせで数Ⅲは修得が可能です」(永井理事)。ただし、数学に対する苦手意識はないほうが良いという。「嫌い、だと学びは進みません。嫌いではない、でも学んでいない、であればトレーニングはできます」。社会への価値実装に向けて不足する点は学環の学びで補う前提で、文系理系問わず、広く意欲ある学生に来てほしいという。新たな教育スキームに挑戦する人材が1人でも多く集うことを期待したい。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/11/10)