ライフサイエンスの総合大学が手掛ける未来志向の価値創出/北里大学 未来工学部 データサイエンス学科

北里大学キャンパス


北里大学は2023年度に未来工学部データサイエンス学科を開設する。その狙いや背景について、学部長就任予定の岡 浩太郎教授にお話を伺った。

北里大学 岡 浩太郎教授

POINT
  • 「近代日本医学の父」として知られる細菌学者・北里 柴三郎氏が創立した北里研究所の50周年事業として1962年に開学した大学
  • 理学部、獣医学部、海洋生命科学部、薬学部、医学部、看護学部、医療衛生学部の7学部15学科、2つの併設校、附属施設となる3病院と東洋医学総合研究所、感染症研究を柱とする大村智記念研究所、そのほかにも八雲牧場や三陸臨海教育研究センターを擁するライフサイエンスの総合大学
  • 2023年8番目の学部としてデータサイエンス学科を持つ未来工学部を設置し、ライフサイエンス領域のデータから新たな価値を創出し、社会に実装できる人材を育成する

ライフサイエンス分野の膨大なデータを現場で使える情報に変える必要性

 昨今、全国的にデータサイエンス(以下「DS」)系学部の増加は著しいが、他分野とDSをどう掛け合わせて如何に新たな価値を創出するのかに軸足は移ってきている。生命科学の総合大学である北里が創る未来工学部データサイエンス学科は、生命科学データの宝庫である既存各学部と連携できる点が特徴だ。これまでも北里には医工連携という概念が長らくあった。これは医療機器や装置を作るエンジニアリングの領域で、どちらかというとハードウエアとの連携を指す。その一方、今回の改革で北里が志向するのはソフトウエアでの連携だという。どういうことか。

 「情報社会ではあらゆる事象の数値化が可能です。問題は、それをどう分析・解釈するか。ライフサイエンス領域には大量のデータが存在しますが、真に意味のある情報にはなっていない、データインテリジェンスが効いていない状態。未来に向けてそうしたデータをどう使うのか、どう意味づけして新たな価値創出をするのかを設計する人材が必要です」と岡教授は述べる。岡教授は創薬・ライフサイエンス分野で急速に進むバイオイメージング(細胞や組織等における生体高分子の分布を捉え、その動態を画像として解析する技術)の専門家だが、翻って北里大学病院には核磁気共鳴画像(MRI)やX線断層像、内視鏡像等、大量の画像データが蓄積されている。岡教授は、「数字になったデータの解析はしやすいが、画像を読み解くのは難しい。それは、その画像をどのような視点で数値化するのか一通りでないから。読もうと思えばいくらでも読める画像について、医療現場で求められている視点を理解して画像解析で解を出していくアプローチが求められます。どのような示唆が画像から得られれば、医療現場にとってプラスになるのか、そのためにはどのようなデータ解析が可能か。そのために、単にプログラムを書ける人ではなく、価値創出の現場にもDSにも精通し、根気強く現場の課題やデータに向き合える気力や胆力を備えた人材を、本学は育てたいと思っています」。

 課題解決の方向性は「未来志向」だ。学部パンフレットには、工学を「今をより良くする学問」とするならば、今回設置する未来工学部は「未来の課題に挑む学問」とある。工学部といってもガチガチなハード系ではなく、今の北里で独自性を最大限発揮できる領域としてソフトなDSを選んだ。学部学科に特化した「ローカルに」DSを追加するのではなく、大学として普遍的に育成すべきスキルセットを学べる躯体として、また技能修得の舞台としての「生命科学の総合大学」という資産を大いに活用し、未来の課題からのバックキャスティングの視点を利かせた教育だ。「局所的に部分最適化されたものは、グローバルな最適解ではありません。既に北里にある専門教育の横にそれらを深化させる専門家集団を創り、将来的にはあらゆる分野との掛け合わせの可能性を生み出すことが今回の改革なのです」と岡教授は話す。単なる学部新設のみならず、次代に向けた新たな教育資産創りとも言えるプロジェクトと言えそうだ。


図1 人材育成プロセス
図1 人材育成プロセス


8分野の未来の課題から社会実装のメンタリティを学ぶ

 未来工学部が挑むのは、図2に示す8つの分野だ。左側の「データに語らせる」4ユニットと、右側の「データを活用する」4ユニットである。前者は目に見えない事象について、データをもとに把握・分析し、モデル化していくもの。後者はデータが既に大量に存在するなか、それを利活用した示唆やアウトプットを求められる領域だ。いずれも「現場リアリティ」と「俯瞰した課題設定と解決」を行き来しながら、具体的な社会実装を念頭に置いたプロセス設計が求められる。特に、個別にフォーカスした現場データを、統計学的手法を利用して昇華させて分析したうえで、そこで得られた示唆を再び個別性の高い現場に戻すという往還スキームをどう実現するのかが問われる。「医学部や病院においては情報の匿名化やマスキング等がとりわけセンシティブな問題となりますが、有為な情報としてデータを研究や医療現場で利用できるようにしたい。直接は患者さんに触れない立場で、現場の役に立つものを今までにないやり方で創り、現場で実装する役割を担ってほしい」と岡教授は言う。サービス提供者の後ろでキラーパスを出し続けるイメージだ。


図2 未来工学部が挑む8つの分野
図2


広い教養が育む社会のコンテクストを見る「視点」

 複雑で広範囲な社会課題に切り込んでいくデータサイエンティストを育成するために、4年間の学びは以下の4つのSTEPに整理された。

STEP1 社会を知り、人間を知り、基礎を固める
STEP2 手を動かしてプログラミングを習得する
STEP3 実社会のデータ、生命系データを利用した演習
STEP4 自分で課題を設定し、データを集め研究を進める

 岡教授は「大学の受験科目ではないものの中にも、将来的に大切な学びは多くあります」と前置きしたうえで、初年次に視野を一気に広げる必要性を訴える。「人間は知っているものの中からしか選べません。だから、世界を思いきり広げておかないと、どんどんシュリンクしていってしまうのです」。例えば絵画を鑑賞したり、異文化に出会ったり、興味がない分野の本を読んでみたり、そうした取り組みの中で背景や理由を洞察する力がつき、それは将来大きな強みとなる。

 「専門領域、ローカルのことだけやらないこと」を岡教授は強調する。その点、北里には充実した一般教育部がある。自然科学教育センター、人間科学教育センター、基礎教育センターを擁し、学部との有機的な連携のもと、学問を横断する知の技法、人間としての幅を広げるための知識や体験、相互理解のためのコミュニケーション技法等、全学部の1年生向けに、必要となる真の教養を身につける拠点とも言える重要な部署だ。こうした「教養」がDSと組み合わさった時、データを見る観点やデータの先にいるユーザーへの視点へと転じていくであろうことは想像に難くない。岡教授は、「文脈構造、コンテクストを把握する力は理系科目だけに絞った学びでは身につきません。一方、専門を究めるにつれて、物事の見方が横断的になってくる傾向があります。初年次に視野を広げておくことは後の展開に効いてくるのです。また、社会で働く際に教養や柔軟性に乏しく、知識が偏ってしまうと新たな発見は生まれません。考え方を常にフレキシブルにすることを含め、本学の教養教育が新学部の学びに大いに寄与することを期待しています」と述べる。

将来像に即して定められた3つの履修モデル

 また、卒業後の進路に沿っていずれかの分野の科目を重点的に学べるように、3つの履修モデルが用意されている。

モデル1:ライフサイエンス・ヘルスケア:生命科学、医療の分野でのDSに関心があり、将来この分野で開発・研究に携わりたい人
モデル2:マテリアル+創薬:創薬や主に医療に関わる素材や材料の開発の分野でのDSに関心があり、将来この分野で開発・研究に携わりたい人
モデル3:AI×DX:生命科学を含む広く自然科学や社会科学に貢献するDSに関心があり、将来この分野で開発・研究に携わりたい人

 これらはあくまで将来像に即した科目履修モデルであり、コース制ではない。大体この科目を順番にとっていくと良いというおおまかなモデルは示すが、履修は個人の自主性と目的意識に基本的には委ねられている。履修モデルは、自由度が高い中で迷子にならないためのロードマップである。収容定員に対して教員20数名という手厚い環境で、目的から醸成したい学生にも伴走し、目的意識が既にしっかりしている学生はトップアップ的に伸ばすよう指導する等、「個別最適化された学修を提供したい」と岡教授は意気込む。「データや情報は物理的な形がなく、目に見えないもの。その先をいかに想起できるかのメンタリティは、業界・職種問わず極めて汎用性が高いものとなるでしょう」。数理的な能力や社会実装に向けたモデリング能力は最終的には卒論で評価することになる。個々に伴走しながら、半学半教のマインドで、学生と教員で共創していくのが理想だという。「協働で集合知を出していけるようなコミュニティにしたいと思っています」(岡教授)。

社会ニーズと学びニーズがマッチし得る改革

 現状の反響を聞くと、「オープンキャンパスでも質問が多く、高校生や保護者からの注目度は高い」と手応えを感じているようだ。社会的にも必要性が高まるDS領域に北里の強みであるライフサイエンスを掛け合わせる改革は、社会的にも分かりやすく、募集にも好影響であるのだろう。岡教授は、「今回の改革は、社会ニーズと応募側の学びたいニーズがマッチし得る大きなチャンスではないか」と述べる。また、こうした次代への大学としての備えが新たな方策の教育研究として蓄積され、国が目指す方向性にも寄与できると見込む。「例えば、該当領域の方策のリスクはこの通りだが得られるベネフィットはこのようになる、といったデータを提示しつつ、実装に必要な観点を提供することができる、EBPM(Evidence-Based Policy Making)を支える人材になることも期待できます」。

 北里の建学の精神は、「開拓」「報恩」「叡智と実践(学んで得た知識と技術を実践の場に活かし社会に還元する)」「不撓不屈(いかなる困難にも屈することなく果敢にチャレンジする)」である。新学部はまさにこれを体現するフラッグシップであると言えるだろう。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/12/9)