日本の医学・医療・スポーツの発展に伝統的に貢献してきた大学ならではのデータサイエンス /順天堂大学 健康データサイエンス学部 健康データサイエンス学科

順天堂大学キャンパス


順天堂大学(以下、順天堂)は、2023年に8番目の学部として健康データサイエンス学部を設置する。その設置趣旨や背景について、学部長就任予定の青木茂樹教授、開設準備室の中塩義幸氏にお話を伺った。

順天堂大学 青木茂樹教授

POINT
  • 1838年日本橋に開学した蘭医学塾を起源とし、現在7学部9学科3研究科を擁する医療系中心の総合大学
  • 6つの附属病院を含む順天堂全体ではAI等を利活用した次世代医療エコシステムの構築を見据える
  • 2023年健康データサイエンス学部を浦安・日の出キャンパスに設置。「健康」×「データサイエンス」という2つの専門性を備えた健康データサイエンティストの育成を目指す

次世代に必要な医療の姿を模索

 デジタルイノベーションの時代、今回の改革で順天堂が育成するのはビッグデータの応用分野として期待される健康・医療・スポーツ領域で活躍する人材である。放射線診断学が専門である青木教授は、画像認識技術の顕著な進歩について、ディープラーニング分野研究の第一人者であるジェフリー・ヒントン氏の言葉を借りて、「ここ数年は画像診断を視覚的に行うのは意味がないとも言われ、診断自体にAIを用いる時代になっています。本学附属病院でも診療等にビッグデータを用いる医学の重要性が認識され、その影響が強く、デジタル化が進んでいる放射線診療から時代に合わせたアップデートに着手していくことになりました。AIのウェイトが高い傾向は次代に向けた新たな医療体制の新たな構築とも言えるもので、そこに必要な人材を育成・輩出していく必要があったのです」。また、こうした人材を学内で育成する必要性について、「医療現場に必要なAIを開発したり、診療関連データをデータサイエンス(DS)で分析したりできる人材は、より待遇の良い企業へ行ってしまう傾向があります」と、専門人材確保の困難に触れる。附属病院でニーズがある人材を育成することは、俯瞰して医療現場全体への良い影響になる。6つの附属病院を持つ順天堂ならではの視点と言えるだろう。また、そうした人材育成のために必要な教員等を集めるためにも、教育研究の拠点が必要であった。そのため、まずは大学院の医学研究科にデータサイエンス学位プログラムを開発した。医学研究科自体のアップデートとともに、医療とAI・DSを専門とする研究者を呼び込むことが意図である。そのうえでの今回の学部設置だ。検討が始まったのは2019年頃。青木教授が新たな教育体系に必要な教員を一人ひとり集めてまわったという。

 順天堂は法人全体としても「仁の学是に基づく人に優しいAI医療の実現」を目指し、AIインキュベーションファームを立ち上げている。Society5.0時代の医療とはどうあるべきか。産学官民連携による技術育成や産業創出等、健康で幸福な人生100年時代を実現するためのエコシステム構築が目標である。また、2022年には、日本IBMと組んだメディカル・メタバース共同研究がプレスリリースされた。「より良い医療をどう提供するのか」という文脈にデジタル技術を活用した体制の整備を盛り込んだ、バーチャルホスピタル構想である。(参考:https://www.juntendo.ac.jp/news/20220413-05.html)これも、医療の現場で新たな技術実装のもと価値創出の検討が進んでいることのひとつの証左になろう。法人として次世代に向けた医療体制を構築するなかでの学部設置なのである。


図1 健康データサイエンティストの可能性
図1 健康データサイエンティストの可能性


メディカルを含めた5つの分野を網羅するカリキュラム

 では、具体的にどのような教育を展開していくのかを見ていこう。育成人材像を鑑み、カリキュラムの軸に置いたのは以下の5つである。


数理統計:様々な応用分野に統計の知識や技術を駆使できる人材
コンピュータサイエンス:医療関連領域のみならず、自らの関心を軸にDSを用いて研究できる人材
サイバーセキュリティ:世界的に不足するサイバーセキュリティ人材
メディカル:AI医療を支え、発展させる人材
スポーツ:順天堂の強みであるスポーツ領域で、マーケティングから戦略・育成まで担う人材


 冒頭の趣旨のみを達成するならばメディカルだけで良さそうなものだが、「改革の発端は医療ですが、ヘルスケアや医療のみならずあらゆる社会課題解決に挑めるメンタリティを育みたい」と青木教授は言う。「DSはあくまで手段。どの領域でそのスキルを活かすかについて、本学は健康寿命伸長や医療支援、スポーツを配置していますが、今回拘ったのはあくまでベースとしてデータサイエンティストをしっかり育成することです」と中塩氏も述べる。DS人材の根本を創るため、数理統計やコンピュータといった学問基盤を盤石なものにしたうえで、専門領域に順天堂の強みを置く布陣だ。日本の医学・医療・スポーツの発展と人材育成に伝統的に貢献してきた順天堂ならではの作り方とも言えるだろう。また、「各領域は学科にできるレベルの体系化を展開予定で、今後は早い段階での大学院設置構想もあります。新たな人材教育から日本屈指の研究拠点化まで、中期的に取り組んでいきます」と中塩氏は述べる。医療関連データが大量に蓄積されている順天堂で、そのデータを扱える人材を育成する今回の改革は、社会からの注目度が高く、共同研究等のオファーも既に多いという。「超高齢社会で健康寿命延長、質の高いヘルスサービスの提供がますます求められており、そうしたサプライヤーからすると今回の改革はインパクトが大きい。テクノロジーの発達によって身の回りの様々なデータ取得が可能になり、医療やスポーツ等あらゆる領域でデータ分析に基づく新たなソリューションの提案が求められています」と青木教授は補足する。こうしたニーズを背景に、高度職業人材育成の展開や、日本の今後に資する研究シーズを育むことで、業界のみならず国策への伴走も見据える。

 また青木教授は、DS教育研究の拠点を創ることにより、他分野も含めて研究力向上も示唆する。「それまで蓄積されてきたデータに価値を付与するという観点で見れば、本学の既存学部学科の教育蓄積そのものが宝の山とも言えます。そのあたりの相乗効果も期待しています」。

段階的な教育で自分の研究を見つける教育設計

 カリキュラムの概要もご紹介しておきたい。1年次は一般教養や、専門基礎科目によって幅広い知見と教養を深め、2年次には各分野のスペシャリストの講義を通して、数理統計、コンピュータサイエンスといったデータ分析の基礎知識と、健康医療・スポーツ領域の基礎知識を学ぶ。3年次以降は、附属病院や企業でのインターンシップや実務家講師による授業を通じて、現実の課題に対する実践力を身につける。さらに医学部やアスリート育成が軸のスポーツ健康科学部等、他学部とも連携した学びも想定されている。

 履修科目で見ると、1・2年次は基礎科目として、「全員が身につけるべきDSのスキルセット」としての数理統計科目とコンピュータ科目、及び、順天堂の伝統と強みである健康医療・スポーツ科目を履修する。3年次以降は学生が自身の興味に応じて、コンピュータサイエンス科目、応用統計科目、健康医療データサイエンス科目、スポーツデータサイエンス科目から選択する。「健康データサイエンス学部」という名称ではあるが、DSの対象として健康関連領域を強みとして置いているものであり、5つの領域をもとに、最終的には自分の興味関心に基づく研究を行っていくことが期待されている。「社会のあらゆる領域でデジタルは必須となる未来。その動きを牽引するリーダー人材を育成したいのです」と中塩氏は言う。


図2 カリキュラム概要図
図1 健康データサイエンティストの可能性


若者が自分ゴト化しづらい「健康」を扱ううえでの募集広報課題

 では、募集においてどういう人材が欲しいのか。青木教授は、「社会での利活用の幅広さを鑑み、18歳段階の基礎学力よりも、自ら行動するという意欲を重視したい」と述べる。逆に言うと、DSに必要となる素養は入学後に確実に身につけられるカリキュラムになっており、そこで自ら主体的に学ぶ姿勢が求められる環境だということでもある。

 現在の課題は初年度募集だ。ただでさえ認可後の短期決戦となる初年度、やや苦戦しているのが実態だという。原因は2つだ。まず、予備校模試における学問系統。「予備校の分野では健康科学に振り分けられてしまい、工学分野をベースとする本学部を志願する層から見ると発見しづらくなってしまったようだ」と中塩氏は話す。そして、学部学科名に冠した「健康」というワードが、高校生を中心とする募集対象に刺さりづらい概念である点。「本学としては本学の強みを包含する健康関連領域の広さを鑑み選んだワードでしたが、高校生から見るとやや遠く、自分ゴト化しづらかったのかもしれない」(中塩氏)。広報できる期間に対して、広報すべき内容の抽象度が高かったと言えるかもしれない。DS教育のニーズは社会的に高く、また国際潮流からしてグローバルアドミッションが十分に可能な領域でもある。追い風もあるが課題もある。このあたりの整理が短期的な課題と言えるだろう。

 とはいえ、「健康」は順天堂の意思だ。「本学はデータサイエンティストを育成しつつ、健康寿命伸長をリードする教育研究拠点を創っていきたい」と青木教授は力をこめる。健康に関する教育研究を創り、人材を育成・輩出し、業界貢献して、その評価がさらに教育研究に還る。順天堂が見据えるのはこの循環である。


カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2022/12/20)