20年前の危機感から生まれたデータドリブン志向/芝浦工業大学

 芝浦工業大学は、現在様々な改革を実行推進している。スーパーグローバル大学創生支援事業の採択、キャンパスの再配置、工学部の課程制導入、女子学生募集戦略の導入など、その改革はどれも多彩で攻めの姿勢を感じさせる。さらにこのような施策の意思決定や実行をスピーディーに実践している。

 これだけの改革推進の背景にはやはりガバナンス改革と、データに基づいた裏付けのある戦略を構築する体制がある。

芝浦工業大学 学長 山田氏

 実は芝浦工業大学ではガバナンス改革は文部科学省の推進に先立って2010年から取り組み、2014年に新しいガバナンスを始動させている。ガバナンス改革の核となったのが学長主導型への転換だ。学長選考規程は従来の選挙を廃止し、候補者選考委員会の推薦から最終的に理事会で決定する形に変更、学部長は学長指名とした。それに伴って教授会の位置づけが一番大きく変わった、と2021年4月から学長に就任した山田 純氏は語る。

 「これまで最高意思決定機関における特に教学サイドの意思決定には、教授会の意見がかなり重く取り上げられていました。ガバナンス改革後は教授会が学長の諮問に対する意見を述べる場という位置づけに変わり、学長がリーダーシップを発揮しやすい体制が整いました。これによってスピーディーな意思決定が可能になったと思います」

ガバナンス改革をソフトランディングするために

 ガバナンス改革は学内の足並みを揃える必要があり、そこに苦慮している大学も多いのではないだろうか。芝浦工業大学ではガバナンス改革の移行をスムーズにするため、教授会審議の一部は残し、教員の自治意識を保持しながら徐々に進めたことがガバナンスの移行に大切だったそうだ。

 また、学長として新しい施策を押し進める際には細やかなステップを踏む。

 「私も大学が長いので分かりますが、俺は聞いてないよ、という人は必ずいます。そういったことを避けるために、決まっていない段階で、『これを今悩んでいるんだよ、どう思う?』と相談を水面下でたくさん投げかける。そうすると当事者意識を持って考えてくれて、『聞いてない』ということがまず起こりません」

学長主導型ガバナンスを支える教学責任者懇話会

 芝浦工業大学では法人の理事長から教学側の意思決定については学長に付託する「学長付託型」の関係性が成り立っている。そのうえで学長が学部長を指名し、教学現場で学長を中心とした一枚岩の連携が実現している。さらにその連携を強化するものとして、教学責任者懇話会という会議を月2回設置している。

 「この懇話会は議事録に残すようなものではなく、そのときに困っていることを話し合い、方向性を見いだすという会です。参加者は学部長、研究担当理事、学事本部長。副学長は時間があるときに参加してもらっています。『こういったことをやりたいと思っていますが、何か問題はありますか』と、案件をトップダウンする前にその方向が間違っていないかどうか、本質の議論をディープに行っています。今キャンパスも2つに分かれているので意思疎通を良くするためにもこういった会の役割は大きいですね」

 あえて記録に残さない、いってみればアンオフィシャルなコミュニケーションが事前にとられていることで、意思疎通がしっかりできた状態で正式な会議体に案件があがってくる。こういった流れも施策の精度とスピードの向上に関わっているといえる。また、記録に残さない会はさらに上位層でも首脳懇談会という形で行われている。

 ガバナンス改革以降、このようにコミュニケーションを大切にする意識が醸成され、理事会と学部会の思いを非公式・公式含めて色んな形でぶつけあう機会もあえて設けている。その結果、職員と教員の関係も大きく変わり、職員も専門性とスキルを高め、相互にリスペクトする関係性が生まれているという。

データドリブンを支える教育イノベーション推進センター

 データドリブンという点に関して、芝浦工業大学はガバナンス改革以前から取り組み、既に20年かけて整備をしてきた。20年前の芝浦工業大学は外部資金調達に苦心し、学生も集まらないという苦境に立たされていた。生き残り方法を模索するために事務局に大学改革室という対策組織が発足し、このときデータに基づいて数値目標をつくり、教員に納得してもらおうという動きが始まった。まずデータドリブンな立案のために学内のデータを整理して一元化し、必要なデータがいつでも取り出せる体制をととのえ、そこから施策を考え、改革を進めていく手がかりとなった。

 「今、本学ではエビデンスベースのディスカッション、つまりデータドリブンは日常的に行われています。現在は教育イノベーション推進センターという部署内にIRのセクションがあり、学内のアンケートや分析、理工系の他大学の学生動向の分析などを行い、本学との比較を見ています。IR専門の先生が様々なデータ素材を分析し、毎回の教学系会議で解説するので、トレンドや方向が日常的に見えてくるようになっています」

 データの整備と、データに基づく施策立案が根付いた環境は、実際に様々な意思決定を可能にした。

 例えばコロナ感染症で外出が制限された際、アルバイトができなかったり家庭が困窮したときの学費免除やアルバイト相当の生活費援助、オンライン授業の環境整備に一律6万円提供といった施策を早い段階で実施。法人側が前のめりに学生施策に取り組み、データに基づいた素早い意思決定が叶った例だ。また、教学側が女子学生を増やす目標を持ち、それに対して法人側が奨学金を出す、といった協力関係もデータに基づいた議論の中で実現している。

 エビデンスベースという考え方になじみの深い理系工業大学というアドバンテージはあるかもしれないが、その運用方法はどこの大学でも共通して取り組める内容だ。20年前の危機的状況をデータドリブンとガバナンス改革で乗り越えた芝浦工業大学の手法は見習うべきところがたくさんありそうだ。


豊洲キャンパス画像&教学マネジメント推進体制




(文/鹿島 梓)


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20年前の危機感から生まれたデータドリブン志向/芝浦工業大学