【対談】連携・横断・共創の必要性/宮田裕章氏×有福英幸氏
連携・横断・共創の必要性
外部連携や文理横断等、既存のあり様や大学内部のリソースを超えた組み合わせによる新たな価値創出に挑む大学が増えている。これからの高等教育において、連携・横断・共創といった概念はなぜ必要なのか。慶應義塾大学医学部教授で、2026年に開学を目指すCoIU(仮称※)学長候補者の宮田裕章氏と、(株)フューチャーセッションズ代表取締役社長の有福英幸氏の対談から探りたい。
多様なセクターと協働しこれまでにない未来を民主的なボトムアップで創るのが共創
──まず、フューチャーセッションズがどのような活動を行っているのか、ご紹介ください。
有福 フューチャーセッションとは、セクター横断の対話と協業の場であり、弊社はその場を創ることで社会進化の促進を担う会社です。今年10周年を迎えました。
フューチャーセッションで行うのは「見たこともない物事を現実化するアプローチ」であり、未来に向けた創造的な対話を通して新たな関係性とアイデアを生み出し、「協力して行動できる」状況を生み出すことです。そこで重要なのは「問い」の存在。問いとは既存システムを打ち破る視点で、問いを起点にどのような対話の場をデザインすることで気づきを最大化できるか、次のアクションにつなげられるか、といったコミュニケーション設計が成否を決めます。対話とは結論を出すことではなく、お互いの意見や違いを理解しながら、相手とやりとりすること自体に価値を置く営みです。
私は前職広告会社でクライアントのコミュニケーション戦略を作っていました。購買行動への働きかけは「モノを買ってもらう」という結果が分かりやすいため、行動がデザインしやすい。しかし、社会問題にどう行動を起こすかとなると話は変わります。やるべきことを正しく伝えても人は動かない。そこをどう打破するか。私は、自分ごと化や貢献できている、参画している意識が芽生えると、初めて人は動き出すと考えます。だからその気づきを生む対話が重要であり、それを仕組み化して共創プロセスとして展開しています。
もう一つ大事なのは、バックキャスティングの思考です。バックキャスティングとは、自分達にとって望ましい未来に向けた行動の設定。未来に向けた共創の場を創り、単にその場で良さそうな答えにたどり着くだけではなく、そこで得られた関係性やアイデアを社会に実装していくことが、弊社の活動ということになります。
── 続いて、CoIU(仮称)のコンセプトについてお聞かせください。
宮田 CoIU(仮称)は岐阜県飛騨市に本校設置を計画している大学です。人と社会をつなぐプロジェクトの中で多様なセクターと地域の未来を共に創る、共創的・実践的な学びを軸に設計を進めています。
大前提として、日本は大都市化という100年以上続くトレンドで、東京一極集中が進んでいます。しかし、これからの社会はデジタルを前提に、つながりながら未来を創るのが必須になるでしょう。共創という概念は、これまでの日本の教育が時代に合わなくなっているという問題提起によるもので、特に探究シフトが進む初等中等教育で多く起こっている議論です。では、時代とズレているものは何なのか。
私は、その筆頭が受験勉強だと思います。貴重な子ども時代の膨大な時間をスタンドアローンな勉強に使わせて、知識の再生産のスピードを軸にセレクションする。しかしそれは、世に出た時の社会課題へのアプローチとはズレているのではないでしょうか。課題解決にスタンドアローンで向かうことの不合理に比べ、他者とつながって課題を発見し、自分の持っていない能力を借りながらイノベーションのアイディアを作っていく営みは、可能性にあふれています。また、情報化の時代において知識はどんどん陳腐化し更新されていくもの。今の知識を正確に記憶することよりも、アップデートされ続ける知識を捉える視点が重要で、課題そのものも自分達で考えていく必要があります。
──共創という枠組みありきというより、時代に合う学びを創ろうとすると必然的に共創的なスキームになるということでしょうか。
宮田 そうなります。そうした動きが初等中等教育で進む探究教育の受け皿にもなると思います。
共創学を大学の軸に据えていると話すと、大体「共創学って何ですか」と聞かれますが、逆にこれからの学びで共創学ではないものって何だろうと考えます。子ども達の学びのメインは、スタンドアローンな勉強ではなく、つながりの中で協働的に学び、課題に対して考え続けることであるべきではないでしょうか。それはCoIU(仮称)だけではなく、高等教育全体で考えないといけない問題です。
有福 東京一極集中という話がありましたが、個人主義が進んだ現在、大都市に行けば行くほどあらゆるものがサービスで解決され、一人でも生きて行けるのではないかという錯覚を起こさせるのかもしれません。そのうえで、あえて共創する価値はどこにあると思われますか。
宮田 一人で何でもできるように見えて、そうではないのが現代ですよね。検索ロジックやSNS等、テックジャイアントと呼ばれるプラットフォーマーが提供するツールに依存しながら、そのうえで自分自身の楽しさを享受し、万能感を感じているのがWeb2.0の時代です。今後、そうした中央集権的な管理から脱し、「次世代分散型インターネットの時代」と呼ばれるWeb3.0に移行していく。それは地域の人材が自律分散型でつながって価値を作っていくという流れでもあります。
一方、都市化の流れは強い。都市の密が危険視されたコロナ禍であっても、地方創生はなかなか進まなかった。既存の都市化とは異なる新しい未来の形を明確に共有していく必要があります。この時、産業や未来は、トップダウンではなくてボトムアップで創っていくことが必要だと思います。
有福 非常に共感します。共創では多様なコミュニティがつながりによって生まれていく。中央集権的なトップダウンでは創れなかった未来を、民主的なボトムアップによって創っていく営みが共創ですよね。
都市における産業だけでなく、宮田さんは地域に目を向けられていると思いますが、これからの地域の可能性をどう考えていますか。
宮田 都市は利便性や効率においてはよくできていると思います。しかし、都市は労働職を効率よく供給する仕組みとしての側面が強く、何かとつながっているようでつながっていない場です。一方で地域は、強すぎるしがらみで、未来までがんじがらめに縛られるのが課題でした。
都市でコミュニティを生むことも大事ですが、効率化のルールに則った都市の在り方をどう捉えるのか。CoIU(仮称)では大阪も東京も一つのローカルであると考え、都市拠点も作ろうと計画を進めています。一方、しがらみはあるがつながりは強い地域の見直しも必要です。こうした取り組みでは、大都市ではない「余白地帯」でのチャレンジが必要になります。
先日、コピーライターの糸井重里さんとJINSホールディングス代表取締役CEOの田中 仁さんが企画した「マエバシBOOK FES」に行ってきました。前橋は新幹線が通らなかったことで一時衰退していましたが、逆に通らなかったことで画一的な都市像から免れた余白地帯。イベントは「本で元気になろう。」をコンセプトに、家に眠っている本を持ち寄って対話しながら交換し合う、新しい読み手との縁をつなごうとする内容で、会場となった商店街には2日間で約5万人の来場があったそうです。まさにボトムアップのつながりを生む場で、共創の場の価値を再認識しました。
公益の観点からシェアドバリューを整理して異質を巻き込んだ価値創出の基盤を創る
──大学が共創する役割や意味はどういうところにあると思われますか。
宮田 現在インターネットの検索アルゴリズムにおいて、滞在時間を最大化する仕組みが社会を席巻しています。これは他者の異質性に学ぶのではなく、自分の周りを同質のもので埋めようとするもので、これによって生まれているのは分断です。自分にとって心地よい情報に耽溺していき、そうでない価値観に触れる機会がどんどん損なわれていく傾向があります。
しかしこれからは、企業も従業員の生産性向上に資するウェルビーイング経営や、社会課題であるSDGsを無視しては経営できない。社会を意識した動きは、必然的に多様性を前提にしたモデルになります。ただ、共創の場を創るうえで企業は経済の論理を無視はできない。純粋に社会課題に迫る新たな関係性を構築するには、経済の論理に飲まれない存在が必要で、公益の観点からシェアドバリューを整理して場を創っていくという状況において、アカデミアの役割は大きいと思います。
有福 私も仕事で大学の方と話す機会がありますが、大学の運営自体が共創的でないのが気になります。地域との共創を進めたいという話や、企業とのオープンイノベーションを推進したいという話は数多くありますが、「オープン」と言いながら個々の研究に閉じていき、そこには1:1の関係性しかない。異質を巻き込んで共創していくというモデルからはほど遠く、共創の感覚を持っていないことは、実際の現場推進において根深い問題だと感じます。このあたり宮田さんはどうお考えですか。
宮田 鋭いご指摘だと思います。大学はイノベーションエコシステムと言いながら、自校の研究や教育に関連するところだけを囲い込み、「自分だけが生き残る」ためのパラサイトモデルを作っていることが多い。それは、大学教員は研究における「論文数」という個人評価が基軸で、その中の勝ち組の集いであるからでしょう。研究業績の蓄積で経営ボードに上がっても、もちろん経営の専門家というわけではない。外部任用等も増えていますが、構造的に意識が内向きにならざるを得ないのです。
有福 そうなると、内向きの意識を外に向けるシフトチェンジが必要ということですね。
宮田 まさにそうで、地域コミュニティに対してこの大学はどう貢献するのかというシェアドバリューの定義に、きちんと労力やコストをかけるべきだと思います。自分のメリットを第一にした指標では、共創の場における共通KPIにはなり得ない。グローバル企業の中には、サステナビリティに関する項目が改善しているのかを第一に見ている企業もあります。
有福 日本企業でも、自社の存在意義を明確にし、社会に貢献する経営を実践するパーパス経営の流れがありますね。持続的発展を考えるうえで、大学でも避けられない動きと言えそうです。
宮田 まずは、目標そのものの再定義から始めるのが良いでしょう。共創においてKPIが共有できるものになっていないことは問題です。目標が変わればKPIも変わるはずで、短期的成果に追われやすい大学にとって、そこがマインドチェンジの起点になるのではないかと思います。いくら地方創生等を掲げていても、地域の多様なセクターに共有できる価値基準を据えていなければ、持続可能な活動にはなりませんから。
起点となるのは「社会との接点をどう作るのが本学らしいのか」
有福 宮田さんが言われるように、自校の利益ありきではなく、どういう地域貢献をしていくのかを起点にできるのが良いと私も思います。ただ、旧態依然のやり方で成功してきた方々は、そうしたシフトチェンジに時間がかかる気もするのです。自主的な改革が理想だとしても、設置基準や行政のルール等に照らし、なかなか自由にできない側面もありそうです。
社会システムとして変革するには、どう捉えたらいいでしょう。
宮田 そうですよね。既存の大学が既存の秩序やルールで動くのはある意味当然で、枠組み自体が変化しない中で自助努力だけでどうやるのかは別の議論が必要です。社会に出て何かをすることが評価されない既存の秩序では、連携や共創を促すのは難しい。
CoIU(仮称)は新しい大学で、新たな教育の担い手として多様な教員候補を揃えつつあります。当面は一人ひとりに合うKPIを作って相談していくことに経営側がコミットする必要があると考えています。単純に業績を上げる組織にしたいのであれば、シンプルな評価でドライブをかけるのが効率良いですが、果たしてそれがアカデミアの目標と言えるのか、そんな組織を生み出したとして一体どんな社会を目指すのかと、自問自答することを忘れないようにしないといけない。
組織内に怠け者を作らない、あるいは教育研究の国際的な競争的優位を保つといった意味でのシンプルな競争指標とともに、別の軸での評価も持っている必要があるだろうと思います。
有福 経営側からすると多様な評価指標を作るのは大変ですよね。でも結局のところ、どんな事業体であっても、社会的存在意義を突き詰めたとき、創立時の理念に立ち戻っていく気がします。そこを見直して現代化するというのは良いヒントになりそうです。
宮田 大学が考えるべきは、社会の中で学びをどう位置づけるか。もちろん座学も大事ですが、社会への価値創出を見据えるなら、社会の実践の中で学ぶのが有効です。大学内部で完結できない学びを構築する必要があるわけで、そうした時のアカデミアとしての振る舞いをどう定めるのか。個の利益のために利害を調整して「共に創る」のではなく、様々なステークホルダーの方々と共同体としてどこに向かっていくのか、シェアドバリューそのものを考えて行くプロセス自体が学びになります。CoIU(仮称)ではそうした営みをボンディングシップと呼び、大事にしたいと思っています。
──大学はまず何をやっていくのが良さそうでしょうか。
宮田 まずは大学の特性を知ることだと思います。「社会との接点をどう作るのが本学らしいのか」という観点の議論が活発になると良いですね。
また、行政と企業とアカデミアの人事交流が大事だと思います。日本はあらゆる組織の課題ですが、組織をまたいで横移動するとキャリアがゼロからになる。人事交流が機能していないわけです。OJTを前提に真っ白の人が好まれる組織体も多い。越境人材を受け入れるだけではなく、それまでの蓄積をきちんと評価して共創していく必要があるのに、そうならないのは文化的課題ですね。
有福 非常に共感します。越境できる人材は概ね異端扱いされてしまうので、そうした方々の仕事も「あの人だからできるんだよね」と属人的な評価になりがちです。そういう意味では、大学のように人材流動性の低いセクターに行けば行くほど共創は難しそうに感じますが、どうでしょうか。
宮田 大学は今いる人材だけでは回らなくなっているはずです。どの学問領域でも多様な連携やDX等、今までにない挑戦が必要になっている。そうした状況においてなお、「あの人は論文を書いてないから入れたくない」などと言っている組織に未来はないわけで、既存の評価軸では対応できない人材をどうリスペクトしていけるかが問われていると思います。
有福 評価者自身のアップデートも必要ですね。
宮田 業界全体の課題として、多様性を組織の中に取り組んでいくことはマストでしょう。経営ボードがそれにいち早く気づいているところは強いと思います。
有福 異質を受け入れることが文化的に難しいのだとしても、大学自身の今後の生き残りを考えた時に、真にオープンになっていく必要性を考える必要がありますね。大学に限らず、組織の自浄作用だけではうまくいかないところもありそうです。
宮田 日本は島国で流入出がないこともあり、ハイコンテクストを共有しやすい文化ではあると思います。コンテクストが揃っている人達で一緒にいるのは好きだけれど、違いを受け入れることには拒否感があり、変化そのものが少々苦手。しかし、グローバル競争力の中で相対的劣位であり続ける今日の状況からして、既存のモデルのまま思考停止していたのでは、早晩立ち行かなくなることは目に見えています。
現状の延長線上で未来を捉えないためのキーワードとして、多様性、実践、ボトムアップ等があります。今までのやり方で通用しなくなった状況で新たな価値創出スキームが必要とされており、われわれは何のためにあるのかを再度考える必要がある。それが膠着した組織が変わるきっかけになるし、きっかけにできたところから未来に向けた動きが始まるのではないでしょうか。
有福 少子化は待ったなしで、大学自体の生き残り戦略を描けないとそもそも先がないですよね。
宮田 Z世代は国際的に見ても、進学であれ就職であれ、その組織が自分の目標や大切にしている価値観を叶えられるかを見ている傾向があります。社会的なステイタス以上にそうした軸を重視している世代が次の時代を創る。そうした方々にとってどんなネットワークや豊かな学びを提供できる存在になるかを軸に、各校の価値を再考してみるといいかもしれません。
有福 大学が選んでいるのではなく、大学は選ばれる立場に変わっているという意識変容をするところがスタートなのかもしれませんね。
──大学はどうしたらもっと共創的に社会に開かれていくのでしょうか。
宮田 それには、大学のスタートアップが必要だと思います。歴史ある伝統校がやり方をいきなり変えるのは難しい。CoIU(仮称)のようなスタートアップがチャレンジして、良いと思ったものを伝統校が取り入れれば、訴求効果が伝播していくのではと思います。組織全体でチャレンジできるのはスタートアップの良さですから。
有福 今日の話にあるように自ら目標を定めて組織を構築できること、目標を達成するには組織をオープンにしていく必要があると自ら気づいていくのが最も良いのですが、客観的に見て、自ら変わるのが難しい組織もありそうです。国の枠組み等で適切に一定の水準を提示できると、「やる必要性」が何であれ付与されて、推進力が増すのかなと思います。自校にとって必要か不要かを見極めるのは、やはり当事者が熟考する必要がありますが。
──目標設定が重要ということですが、どうすれば目標からブレずに進んでいけるものでしょうか。
宮田 私はブレること自体は問題ないと思っています。バックキャスティングの思考は大事ですが、常に最短距離で行く必要はありません。今の自分に合わせてチューニングしたり、目標そのもののアップデートを許容したりできるメンタリティこそが大事なわけです。どういう共通目標を持てばよいのかを考えた時、今なら共通言語としてSDGs等が依り代になりつつありますが、例えばカーボンニュートラルというお題も、炭素吸着する技術があればそもそもクリアされてしまうかもしれない。目標が置き換わる可能性、アップデートされる可能性は常にあります。
だから、大事なのはそうした可能性も加味して、共通する目標を考え続けるレジリエンス、それに向けてどう歩いていくのかという実行のサイクルを構築し続けることだと思います。
有福 大学は、これまで目標を立て、達成するというマネジメントがなくても成り立っていた、極めて特殊な組織体だったのではないかと感じています。本来、組織というのは立てた目標を遂行することをミッションとする事業体ですから、活動が横断的になっていけば当然、共通目標は必要ですよね。
宮田 この学校で学生は何のために学ぶのか、この学校は何のために存在するのかという点に目標が設定できなければ、有福さんの言われるように、組織としての教育活動に意味はありません。社会のメンバーとして必要となる共創を自ら生み出し、多様なセクターを巻き込んで、未来に向けた価値創出の基盤となるという覚悟が、大学には必要でしょう。
また、未来への備えとして、経済合理的の枠から外れた探究も一定必要だと私は思いますが、果たすべきは社会に対する説明責任です。それがなくてただ閉じているだけでは、社会の中で必要なプレイヤーとは言い難い。目的を示さず単に大学は稼げ、自活せよ、というのはかなり乱暴な論理だと思いますが、アカデミアとしての独立を考えればこそ、理解と支援を得るために目的に即した説明が必要になるはずです。
有福 まさしくアカウンタビリティですね。一方で、社会にとってのアカデミアの意義を軽く考えてはいけない。企業側も、短期的な連携ではなく、自分達が日々できていない研究を大学が担っていることについてきちんとリスペクトを示すべきだと思います。
宮田 とはいえ日本の大学はこれまでの在り方の結果、今日のような国際競争力低下を招いていることを反省しないといけません。だからこそ、業界全体として、未来志向で共創の場を創ることにどんどん挑戦していきたいですね。
(文/鹿島 梓)
【印刷用記事】
【対談】連携・横断・共創の必要性/宮田裕章氏×有福英幸氏