メタバースだからこそ可能な実験や学修状況の可視化により リアルとの相乗的な教育を実現/久留米工業大学

 地域の人々との協働による地域課題解決型手法を取り入れた「地域課題解決型AI教育プログラム」が、2021年度MDASH Literacy に認定されるとともにMDASH Literacy+にも選定された久留米工業大学。2022年3月には、メタバースを用いてこの教育をさらに発展させた「Society5.0時代に向けた『学科横断・高度専門工学教育プログラム』による地域課題解決型ものづくりDX/AI人材の育成」事業が、「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」に採択された。

 メタバースの利活用を進める大学はまだわずかであるなか、メタバースにどのような可能性を見ているのか、事業を牽引するAI応用研究所副所長・小田まり子氏と、工学部情報ネットワーク工学科教授・学長補佐の河野 央氏に伺った。

久留米工業大学 AI応用研究所副所長・小田氏、工学部情報ネットワーク工学科教授・学長補佐の河野氏

学生と社会人が協業するバーチャルな研究所「メタバース・ラボ」

 同事業は、実世界を模したバーチャルな研究所「メタバース・ラボ」で学生・社会人・教員が交流・協働・課題解決に取り組む環境を作り、DXやAIと専門教育を高度に融合・連携する実践力を身につけた学生を育てて、地域創生中核人材として輩出していくことを目標としている。

 具体的には、キャンパス内の最新の教育棟である「100号館(テクノみらい館)」を計測してバーチャル空間に再現し、アプリ化して提供。学生を始めとしたユーザーはアバターを使ってメタバース・ラボに入り、授業や実験、PBL、共同研究等に取り組む。また、追加のアバターやアクセサリーを学生が開発し、メタバース内のコンビニで販売できるようにもする。こうした環境を、株式会社ファンタスティックモーション(栃木県宇都宮市)との協業により構築している。


図 大学内におけるプロジェクトの位置づけ


リアルでは困難なことをバーチャルで実現

 メタバース・ラボを作る意義と期待する効果として、河野氏は大きく次の5つを挙げる。

  • 没入感がもたらす現実とバーチャルの半融合の促進
    3次元仮想空間は距離感を伴うため、授業に参加している感覚が強化される。また、アバターを用いることでキャンパスに「みんなと居る」という感覚も得られ、オンライン授業で課題とされた疎外感が低減される。
  • アバターを介することによる「行動変容」の誘発
    アバターによって匿名性が強化されることで「質問しづらい」「失敗したらどうしよう」といった感情が低減され、発言や質問の活性化、集中力の変化が期待できる。
  • 関心・意欲・態度の可視化
    メタバース・ラボ専用のポイント「KITコイン」を流通させ、学修において高い関心・意欲・態度を示した学生に対して教員がKITコインを配布したり、学生同士が助け合いのお礼に手持ちのKITコインを渡したりといった仕組みを構築。AIを用いてKITコインの推移を追跡することにより、学生の関心・意欲・態度の可視化のみならず、盛り上がっている授業の把握や交流・活動の熱量の数値化、活動できていない学生やメンタル不調の兆しの感知等が可能に。
  • 日本にいながらリアルなグローバルコミュニケーション体験
    オンライン会議ツールを用いたバーチャル留学を発展させて、よりリアルで臨場感のあるグローバルコミュニケーションを可能とするメタバース留学を2024年度より実施する。また、メタバース留学を経てリアルな留学への意欲を持つ学生が増えることや海外協定校との研究交流への発展も期待。
  • 現実世界では困難な実験やシミュレーションの実施
    現実世界では危険な立ち位置からの鉄筋コンクリートの崩壊シミュレーション、生き物の視界の見え方の再現、航空機のエンジンの動作の視覚化等、文字や映像では分からない視点からのシミュレーションや現実世界では不可能な実験も可能に。

学外に開くことで生まれる新たな価値・協業に期待

 メタバース・ラボは学外にも開放し、地域企業の社会人をはじめ、中高生からリタイアしたシニアまで幅広い人達と共に学ぶ場にすることも構想している。その意義を河野氏は「メタバースそのものの体験や、研究・開発における実験・実証、産学官民をつなげる場として多くの人が気軽にメタバースの使い方を知り、そこから何か新しい価値観やプロジェクトが生まれることを期待している」と話す。小田氏も「これまで、企業とのPBLはオンライン会議ツールで議論する形がほとんどだったが、メタバース・ラボを活用すれば、協働してのシミュレーションや実験がやりやすくなる。また、企業に『メタバース営業所』や『メタバース研究所』を設けて頂き、その中でインターンシップを実施したり、共同研究を試みたりすることで、新たな企業との連携も広げていけるのではないか」と続ける。

 さらにもう一つ、小田氏が意識しているのは、メタバース・ラボを通じたダイバーシティの実現だ。女子中高生がメタバース・ラボで大学生活や授業を疑似体験して工学部の学びの面白さに気づくことで女子学生比率の向上につなげる、障がいのある人や育児中の女性等、外に働きに出づらい人が自宅からメタバース・ラボにアクセスしてスキルを身につけたり、企業と関わり働く機会を得たりする、これまでAIやデータサイエンスに触れてこなかった社会人がリスキリングとしてこの分野を学ぶことで関連分野の人材不足を補う等、多様な人に活用してもらうことを構想している。「地域の方々にとってもメリットがあり、学生も地域の社会人と交わることによって様々な経験ができる、win-winの仕組みを作っていきたい」と小田氏。

 メタバースはリアルの代替という考え方もあるが、小田氏はそうは捉えていない。「メタバースが得意とするところとリアルが得意とするところを効果的に組み合わせた教育を行い、他大学にも事例を共有していきたい」と意気込む。本格運用に向けて期待が高まる。



(文/浅田夕香)


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