未来に向けた教育のパラダイムシフト 後編/戸田市教育委員会次長兼教育政策室長 横田洋和氏
戸田市は最先端のデジタル教育を率先垂範する自治体として全国的に著名である。その改革内容や推進について、戸田市教育委員会次長兼教育政策室長の横田洋和氏にお話を伺った。前編では、戸田市の教育DXの全体像を、後編では改革推進のポイントや今後の動きについてお伝えする。
前編はこちら
改革推進の肝は「現場の腹落ちと自走」
では、何故戸田市はここまで進んでいるのか。最初の一歩は何だったのだろうか。
改革の起点は2015年の戸ヶ﨑教育長就任だという。戸ヶ﨑氏は元々戸田市内の小中学校の校長であり、埼玉県教育委員会指導主事等を経て現職に就任したという経歴を持つ。これまでに挙げた教育改革をフロントランナーとしてけん引した人物である。最初はビジョナリーなトップのリーダーシップで改革が始まったと言える。では、2022年にデジタル庁からジョインした横田氏は、戸田市の現状をどのように見ているのか。
「外から見ていると教育長のトップダウンで改革が進んでいるイメージでしたが、中に入ってみると全く正反対で驚きました。改革当初はトップダウンだったかもしれませんが、今は指導主事や学校管理職の大多数がビジョンに共感し、自分の言葉でそれを語り出しているフェーズ。改革が着実に進行し、成果や評判も出てきたこともあり、市教委のビジョンを理解したうえで自校なりの独自性を加えて、学びの改革を自走して進める学校が増えてきた。いわば市内全校が「先進校」とも言えるような状態で、推進力が上がっていると感じます」。改革のエンジンがトップからボトムにシフトしつつあるという。
これには、デジタル化することのメリットを現場がいち早く感じることに注力したことと無関係ではないだろう。「戸田市が教育改革で大事にしているのは、現場の腹落ちと自走です」と横田氏は補足する。トップが社会変化を起点に会話し続けるのと合わせて、校務のデジタル化による変化や授業改善等、具体的な成果を起点に各自が主体的に考えることができるよう、改革の順番にも拘ったことが奏功しているのだ。「改革の目的はデジタル化そのものではなく、デジタルを前提とする社会で活躍できる人材の育成です。だから、ICTがマストアイテムとなる学びであるPBL等も同時に導入した。それによって端末が普段使いされ、文房具化の意図が腹落ちし、教師の魂の込められたツールが活用されることで学びの改革が加速したのです」。
プロジェクトマネジメントのなかで「点を線に、線を面に」
では、こうした改革の工程管理や人材育成をどのように行っているのか。
市教委は大きなビジョンを作って腹落ちさせるところまでを担い、その後は改革の主体を現場に委ねつつ、各校の取り組みがSEEPのどこに該当するのか、大きな絵の中で捉え直し、どのフェーズが市として進捗・遅延しているか等を俯瞰して確認しているという。また、SEEP実現のためには教師のファシリテーション能力向上等、従来必ずしも問われなかったスキルセットをどう伸ばすのかも重要だ。これについても横田氏は、「教育学部で学んできた内容と大きく変容している現状に直面し、自発的に学ぶ先生もいますが、全てそれに依存するのでは持続可能とは言えないので、授業改善を市教委が科学して現場にフィードバックしたり、各教科等の専門研修や産官学講師を招いての新たな学びの研修会等を開催したりしています」と話す。市教委の役割は全体をプロジェクトマネジメントしつつ、機会を提供し、現場のエンジンがかかるのを見守って必要なところにプッシュ型の支援を行うこと、つまりエコシステムとしての改革推進なのであろう。
また、主体的・対話的で深い学びの推進のため、成績を伸ばしている市内36名の教師のヒアリングをベースに、「アクティブ・ラーニング指導用ルーブリック」を作成し、全教職員に冊子として配布している。「全てを数値化できるとは限りませんし、むしろ数字で表せない部分の言語化も含めて、我々はEBPMだと考えています。優れた教授法やノウハウといった暗黙知についても形式知化して展開すれば、全体のレベルを底上げすることができます」と横田氏はその意図を説明する。属人的なものではなく、点を線に、線を面にしていくことが大事だという。
改革が特に進捗している学校の特徴
では、改革が特に進捗している学校に特徴はあるのだろうか。横田氏は5つのポイントを挙げる。
- 校長が示すビジョンが、「お題目」にとどまることなく、教職員、さらに子供達からも自分ごととして言及される(=ビジョンの浸透)
- 様々な制約がありつつも、それを言い訳にすることなく、「教師」が主語ではなく、「子供」を主語にして、「子供の学びの事実」から謙虚に学び、改善していこうとする姿勢が一貫している(=こどもまんなか)
- 学校内での「授業を軸とした」同僚性が構築され、教師達が、「悩み」や「弱み」も含めて自己開示をし、「聴き合い」や「ケアの関係」の下で、お互いを高めていく雰囲気が醸成されている(=同僚性)
- 教師が、PBL等で習得した「学びの伴走者」としての役割の考え方を、教科の授業においても拡張して実践している(=PBLから教科への波及)
- ごく少数の推進役に依存しておらず、視察等においても、多くの教師が授業を公開することが意図的に仕掛けられている(=点を線・面に)
改革は国や教育委員会からではなく、現場から起こるべきであり、最上位目標としてのビジョンの下で子供を主語とした学びの改革にチームとして挑戦している学校ほど、改革が自分ごと化して進んでいるようだ。こうした観点は大学改革にも共通する特徴と言えるのではないだろうか。
本丸の「教育の質向上」のため、苦言は金言として改革推進に活かす
順風満帆に見える戸田市だが、ここまでを振り返って最も大変だったことは何かを伺うと、横田氏は「困ったところは困っていないところと言えます」と述べた。どういうことか。
「改革推進の方策として、どうしても反対派を無視して、肯定的で感度が高く尖った改革を志向するところを引き上げるほうに気持ちがいきがちです。しかし、実は新しい動きに反発したり、耳の痛いことを言ってくださったりする“困った人”が、実は一番“困っている人”であることが多いのです。問題意識があるから反対しているのであって、きちんと言い分を聞いて協働して納得解を探ることができれば、強力な味方になってくれるかもしれない。義務教育は子供全員に効果を行き渡らせる必要がある一方で、学びの改革の進捗にも学校間格差や学校内格差があるため、そうした課題のあるところにプッシュ型の支援を行っていくこと、また、否定も肯定もしない無関心層をどう動かすかということが、困難かつ重要な私のミッションです」と横田氏はその言葉を説明する。
コロナで図らずも明らかになったこととして「学校の福祉的機能」があろうが、学校はそれを担いつつ、外部と提携してサービス範囲やクオリティーを向上させていく必要がある。そのためには自前主義、すなわち自分達で教育活動を完結しなければならないという感覚、責任感の裏返しになっている枷を外し、一人ひとりの子供にニーズに応じた支援を関係機関とも連携して提供する、いわば「総合診療医」としての役割を果たす必要があるのだろう。「子供中心に視点を置き換えてあげることが大事で、そのフックになりやすいのはPBL等、新たな学びそのものです。課題に対して先生も答えを持っておらず、手立てを予め用意できない。むしろ先生も子供と一緒に学んでいくという感覚が大切なのだと思います。大事な改革は学校現場から起こるので、現場の自走をどう支援できるかが教育委員会には求められていると感じます」と横田氏は補足する。
今後の大きな課題は、「市教委による個別支援シフト」と「財源の確保」であるという。「そろそろ、一律の管理でやってきたフェーズから個別にプッシュ型の支援を行うフェーズへ移行するタイミングだと思います。また、子供達や学校の「やってみたい!」を自治体としての予算だけでは全て実現できないため、教育委員会が『プロフィット・センター』となるべくクラウドファンディングにも挑戦しています。」
戸田市は「未来の学びの実現に向けた5つの要件」を設定し、「これまでの教育・学校の当たり前を問い直す全国的なモデルとなる」べく、「戸田市未来の学び応援基金条例」第2条に規定した(図6)。こうした動きや横田氏の発言は、全て来るべき未来に向けたものである。立ち止まらず、常に進みながら、戸田市が将来社会を担う人材育成に向けて見据える次の一手は何か。引き続き注目したい。
図6 未来の学びの実現に向けた5つの要件
文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓(2023/07/10)