デジタル庁が教育政策に期待するもの~前デジタル庁参事官補佐 横田洋和氏に聞く~

2021年9月に設立して以降、デジタルに関する網羅的な政策を展開するデジタル庁(図1)。そのなかのデジタル人材育成に関する文脈について、前デジタル庁参事官補佐で戸田市教育委員会事務局次長兼教育政策室長の横田洋和氏にインタビューした。


戸田市教育委員会 横田洋和氏


―まず、デジタル庁が掲げるビジョンと役割について教えてください。

 2020年12月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」に掲げているのは、「デジタル活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」です。それは、政府が掲げるSociety 5.0の実現に直接資するものであり、そうした社会を目指すことは、「誰一人取り残されない、人に優しいデジタル化」を実現することにもつながるという発想です。それに向けた制度構築として、2000年に制定されたIT基本法(高度情報通信ネットワーク社会形成基本法)を全面的に見直すことに着手し、2021年2月には関連法案を閣議決定・国会提出し、9月にはデジタル庁創設と同時に、後継となる「デジタル社会形成基本法」が施行されました。

 「デジタル社会」とは、新法の第2条で、高度情報通信ネットワークを活用するとともに、データの利活用によってあらゆる分野における創造的かつ活力ある発展が可能となる社会とされています。これはSociety 5.0という概念を法文上可能な文言で表現したものとも言えます。つまり、全ての国民が情報通信技術の恩恵を享受できる社会を実現するための施策を関係省庁と連携して講じるのがデジタル庁の役目ということになります。


図1 デジタル人材育成に関するデジタル庁の政策
図1 デジタル人材育成に関するデジタル庁の政策


―2021年6月には「デジタル社会の実現に向けた重点計画」が閣議決定されています。その後を含め3つの重点計画がありますが、それぞれ何が異なるのでしょうか。

 そもそも重点計画は、デジタル社会形成基本法第37条に定められた項目について定めるもので、「具体的な目標」「達成期間」も法に則って示す必要があるため、工程表等も合わせて作成されています(図2)。策定時期についての法定はありませんが、骨太の方針等と同様に、必要に応じて策定されているものです。

 重点計画はこれまでに3つ公表されています。最初の重点計画は2021年6月、デジタル庁発足前に閣議決定されたもので、準拠する法律はIT基本法等です。次が2021年12月、デジタル庁発足後に新法などを根拠に、構成も大きく見直して策定されたもの。3つ目は2022年6月で、基本的な骨格は2つ目と変わらず、そのバージョンアップとも言える内容です。

 なかでも、「デジタル人材の育成・確保」については、高等教育機関にも大きく影響する箇所かと思います。デジタル庁としても様々なレイヤー・レベル感でデジタルに関わる人材が不足していると課題認識しており、それを各教育段階でどう育んでいくのか、あるいは社会人教育の必要性等についても下記のように言及しています。


デジタル改革やデジタル実装を進めていくためには、その担い手となる人材の充実が不可欠であるが、現状では、社会全体に必要なデジタル人材が質・量ともに充実しているとは言い難く、人材全体の底上げや裾野の広がり、専門人材の育成・確保を同時に推進することが求められている。
(中略)
国民一人ひとりがそれぞれのライフステージやライフスタイルに応じて必要となるデジタルリテラシーを向上させることのできる環境、そうしたリテラシーを基盤とした課題解決能力を有する優秀な人材が民間、地方公共団体、国を行き来しながらキャリアを積むことができる環境、人材の創造性をあらゆる場で生かすことのできる環境の整備などを進めることにより、我が国のデジタル人材の底上げと専門性の向上を図り、デジタル人材が育成・確保されるデジタル社会の実現を目指す。
2022年6月決定 重点計画14ページ 第2 デジタルにより目指す社会の姿 5.デジタル人材の育成・確保より引用



図2 重点計画の位置づけ
図2 重点計画の位置づけ


―2021年に閣議決定されたデジタル原則は、デジタルの観点から全ての行政・規制を見直すというセンセーショナルな内容でした。

 国として目指すべきデジタル社会が、既存の規制や行政等が阻害要因となって実現できないということがないように、構造改革の先鞭として、デジタル社会像の原則に即した全般的な見直しを図ろうとする動きです。

 2021年12月の第2回デジタル臨時行政調査会で策定され、2022年6月の重点計画でも「第5 デジタル化の基本戦略」の中でも整理されています。国は2022年7月から2025年6月までを「集中改革期間」と位置づけたうえで、各省庁の1万以上の法令・告示・通知・通達等を対象に、アナログ規制の横断的見直しを進めています。2022年12月には第6回デジタル臨時行政調査会で、約1万条項の項目について、2年で見直しを行うべく、方針と工程表を確定したことが報告されています。具体的には、政省令改正で対応するもの、解釈の明確化や運用変更により対応するもの、一括法案で対応するもの等に対応を分け、特に一括法案で対応すべきものについては3月に国会提出されたところです。


図3 デジタル原則
図3 デジタル原則


―こうした大胆かつ横断的な動きが迅速に進められる背景には何があるのでしょうか。

 やはり、国として一気呵成に社会全体のデジタル化を進める文脈だということ。そして、トップのリーダーシップは大きいです。デジタル臨時行政調査会の会長は総理大臣ですし、有識者も影響力のある方が集まっている。立場を問わず必要な改革像の認識を徹底することと、推進力ある布陣を揃えるというのは大事なポイントでしょう。

―デジタル社会における5つの原則(図3)は、大学経営等も含め、企業や事業体にも当てはまるものでしょうか。

 特定の業種に限らず社会全体がデジタル化する将来像であることを踏まえれば、デジタル原則のそれぞれの内容は、経営に転用できる概念だと思います。文部科学省でも「大学等の自律的で機動的な経営に向けた整備」として、教学マネジメントやガバナンス改革を進めていると思います。まずは用語を正しく理解したうえで、所管省庁である文科省の文脈と関連付けながら捉えていく必要がありそうです。

―大学経営者が押さえるべきアジェンダについてはどのように考えればよいでしょうか。

 2022年に閣議決定された重点計画のデジタル人材育成関連のアジェンダは読んでいただきたいです。「デジタル改革に不可欠な人材が質・量ともに不足している」という課題に対し、「デジタル社会の担い手が創造性を生かせる環境で活躍できる社会を実現する」という目標を掲げ、情報教育の強化、人材育成環境の整備、行政機関での人材確保といった打ち手を講じています。ただ、重点計画は教育に限らず社会全般がスコープなので、少々コンパクトになっている傾向はあります。その点では、2022年1月に公表された「教育データ利活用ロードマップ」を見ていただくのがよいかと思います(※1)。

 ロードマップでは短期・中期・長期の目指す姿を掲げていますが、基本的な考え方として、まず「教育データについて標準化を進め、業務負担を軽減することで、デジタル化によるメリットを理解・享受すること」があります。そのうえで、デジタル利活用が推進され、産官学でデータ連携が実現し、学習者主体の学びや、真に「個別最適な学び」と「協働的な学び」が実現するという工程を描いています。デジタル原則と対応した高等教育のアーキテクチャも9ページに挙げているので、そのあたりも見ていただき、イメージを持っていただけると良いですね。

 大学における業務効率化の実態については、2023年3月からデジタル庁で調査を実施しているので(※2)、そのあたりもご覧いただければと思います。

 いずれにせよ、各大学の改革にデジタル人材育成をどう組み込むかについては、どのレベルの人材をどの程度育成・輩出するのか、という各大学の特色も踏まえた観点が必須でしょう。政府が言っているから、政策で決められているから、という他人事ではなく、未来に必要な人材育成について、本学はこうしたい、というトップのビジョンが全ての軸になると思います。私は今、教育のデジタル化でも注目される埼玉県戸田市の教育委員会に所属していますが、デジタル利活用をはじめ新たな学びの改革が進んでいる学校には「共通言語としてのビジョン」が存在すること、そしてそのビジョンに紐付いて日々の教育活動が行われ、個々に「当事者意識」が育っており、現場の積極的な「自走」が始まっていることが挙げられます。やはり組織運営において、手段を目的化することなく、最上位目標を共有するというのは、官民問わず重要なことだと実感しています。翻って、大学においては3つのポリシー(アドミッション・ポリシー、カリキュラム・ポリシー、ディプロマ・ポリシー)の上に大学経営のビジョンがあり、そこがリンクして日々の教育研究活動に紐付いていくというのが理想だと思います。そこにどうデジタル社会へのシフトを組み込むのかが肝要でしょう。



(取材・文/カレッジマネジメント編集部 鹿島 梓)