DXによる新たな価値創出[8]多様なデジタルアプローチで介護福祉の現場を変革する/東日本国際大学


東日本国際大学 高等教育研究開発副センター長 兼電算室長 教授 関沢氏、健康福祉学部 教授 金成氏


 東日本国際大学は、2022年文部科学省「デジタルと専門分野の掛け合わせによる産業DXをけん引する高度専門人材育成事業」(産業DX)に「地域の介護福祉DXを推進できる人材育成プラットフォームの構築」が採択された。その背景や趣旨について、高等教育研究開発副センター長兼電算室長の関沢和泉教授、健康福祉学部の金成明美教授にお話を伺った。

外部資金獲得を盛り込んだ中期計画と確実なデジタル実装

 同大学は、2021年3月文科省「デジタルを活用した大学・高専教育高度化プラン」(Plus-DX)に採択されたのを皮切りに、同8月にはMDASHリテラシーレベルに認定、2022年に冒頭の産業DX、2023年には「成長分野をけん引する大学・高専の機能強化に向けた基金による継続的支援」(支援事業)にも採択される等、文科省のデジタル文脈の外部資金を順調に獲得している。これは法人の中期計画の「教学改革計画」にも明記されている方向性だ。「本学のような小規模大学が、現在求められる水準の教育の高度化を人口減少のなかで達成するためには、外部資金獲得にも積極的に取り組む必要があります」と関沢氏はその意図を説明する。

 そもそも1995年の開学時に設置した経済学部に置いた学科の1つは経済情報学科で、社会で需要の高いコンピュータに強い人材育成を目指していたという。1995年といえばWindows95が発売され、OSのデファクトスタンダードとなったころである。翻って現在、今後を見据えると、デジタル社会で生きていくためのスキルセットであるデータサイエンスやA・I情報活用能力等に改めて向き合う必要がある。近年の契機として大きかったのは2016年AP事業に採択されたことだ(小誌234号90-91P)。ICEモデルを用いた質保証をデジタルで支える仕組みを構築する過程で、DPの1項目を「教養として文化・社会・自然等に関する知識や社会人として必要な言語運用能力・ICTリテラシー等汎用的な技術と能力を身につけ、活用できること」と再定義したという。DPに今後の社会で活躍するための要素を盛り込み、そのための教育を講じる流れで、社会に必要なデジタル人材育成に辿り着くのは必然とも言えた。吉村作治現総長がサイバー大学の初代学長をしていたため、教育のオンライン化について明るかったことも奏功し、コロナ禍前には既に学修成果の可視化のためLMS(Learning Management System)を全学で導入し、教育プロセス自体のデジタル化にも着手していた経緯がある。大都市圏外に立地する同大にとって、オンデマンド型の講義が可能なことは、非常勤教員の確保にも一役買ったという。同様に、アルバイト等で多忙の学生にとってもメリットが大きかった。こうした動きがあったからこそ、「教育におけるテクノロジーの意味を教職員が理解できており、迅速に一連の改革を進めることができました」と関沢氏は述べる。

アナログからデジタルへ過渡期にある介護業界

 では、今回の事業領域である介護業界には、デジタルに関してどのような課題があるのか。介護現場で勤務した経験が長く、介護現場の実情や課題をよく知る金成氏はこう話す。「2000年に始まった介護保険制度は、約3年ごとに見直されます。法改正の方向性は介護報酬の加算に直結することが多いため、そうした情勢が現場に与える影響がとても大きい」。次回改訂は2024年だが、近年は「科学的介護情報システムの整備」が叫ばれており、そこで現場のデジタル化が盛り込まれることを見越して動く必要がある。昨今では自治体によって人手不足解消や負担軽減のための介護ロボット導入補助金制度も始まっており、どういったロボットならば助成されるのかといった情報をキャッチアップする必要もあるという。

 また、金成氏は介護保険前夜とも言える1999年には夜間帯派遣のリーダーを務めていたが、出退勤の管理が留守電の転送サービスだったり、ケアマネジメントプランのアセスメントが手作業だったり、保管義務のある5年後まで保存する書類のために、保管庫も兼ねて大きめな事務所のフロアを借りなければならなかったりと、改善すべき点が多く目についたという。「既に業界で人不足が始まっていたころだったので、早々に業務プロセスを見直したり、必要なIT化を行ったりする必要があるのに、旧態依然のやり方が続くことに違和感がありました。でもいつか、こうした業務がデジタルに置き換わり、そうしたことに強い介護職でなければ立ち行かなくなることは明白だったのです」。持続可能な介護環境を守るには、テクノロジーに明るく、現場にも精通した人材が必要だ。今回の事業スコープはまさにそこである。

専門領域と技術をつなぐコーディネーター人材の必要性

 採択事業の目的は、「介護DX2.0を実現するための基礎的な数理・データサイエンス・AIの知識を身につけたうえで、介護分野特有のロボット技術、生体指標測定を理解し、プランニングできる次世代介護福祉士を育成する」ことである。先に挙げた業界課題に対し、介護とテクノロジーの双方を理解したうえで、現場のDXを推進できる人材を育成・輩出することを目指す。合わせて、国や自治体の方向性を見据えて現場のDXをコンサルティングできる体制作りも志向している。例えば、「どの種類のロボットを導入すれば省力化でき、さらに介護加算がつくのか」「この事業所に合うのはどのデジタルデバイスなのか」といった現場に即したアドバイスや、介護保険制度を踏まえた適切な提案業務ができるコーディネーター人材だ。現状こうしたことをできる人材は稀有であり、属人領域でもある。担い手の人数を増やすと同時に、属人的・暗黙知的な領域を可視化・形式知化することも必要だという。「4年後に卒業する学生が現場でリーダーシップをとれるためには必要なことです」と金成氏は述べる。

 また、これは介護業界に限った話ではないが、熟練者のスキル伝承という意味でも、デジタル導入によるパフォーマンスの可視化は大きな意味がある。「ちょっとした目線で何を見ているのか、腰を痛めないためにどういう体の使い方をしているのかといったことは、これまでOJTベースで修得するしかありませんでした。でも(以下に挙げる)生体指標測定によって、そうした習得も可能になります」(金成氏)。勘や経験則をどう可視化できるかが課題である。

デジタルに軸足を置いて介護教育を高度化する

 具体的には、以下3つを柱とした教育開発を地域と連携して進めることで、介護福祉DXを推進できる人材育成のためのプラットフォーム構築に貢献することを目指す。

  • ロボット研修の高度化
  •  今後欠かせないロボット技術(センサー系・駆動系・知能制御系)を実際に使った研修と、それらをベースとした介護DX導入のPBLで、単なる機械化ではなく、サービスの質向上につながるようなかたちで「個別最適化された介護を実現」するために技術を導入しDXを進めるマインドを育成する。

  • 生体指標測定による現場での振舞いのより効率的な取得
  •  アイトラッキング、筋電図測定、モーションキャプチャを用いた、経験則だけではない身体の振舞いの計測と理解・修得により、熟練者のスキル伝承を計測可能なかたちで行う。

  • VR/ARによる介護福祉DXのための教材開発
  •  VR/AR を活用して、様々な状況下での適切な振舞いや介護ロボットの利用法を身につけるための教材や、現場でのDX推進のための教材を開発し、卒業生が必要に応じて大学の設備を利用しつつ、地域の現場環境でのDXの検討を進める能力と、それに必要な基盤を構築する。これらは現場での介護実習を置き換えるのではなく、現場での実習と複合的に学生の能力をより深く開発するものだという。

     これらの3本柱に、従来から行っている「ICEモデルとアセスメントポリシーに基づく教育の内部質保証」「数理・DS・AI教育等との連携」「地域の介護福祉関連5団体との密接な連係・現場の知の着実なフィードバック」を掛け合わせ、教育を拡充し、継続性を確保していくという。


図 採択事業概観


産業DX構築でリカレントニーズも視野に

 今後について聞くと、「デジタル機器の分かる卒業生を送り出すのに加えて、早期退職等により学び直しをしたい準シルバー世代に対し、介護領域に進むことも選択肢の1つに考えてもらうことにも積極的に取り組みたい」と金成氏は力をこめる。「本学で4年間学べば、デジタルを含めた最先端の介護福祉のエキスパートになれます。また、例えばマッスルスーツは左右差を揃えながらトレーニングすることもできる。自ら健康長寿を目指すのに使えるのです」。人生100年時代、自らの健康も維持しながらより長くニーズのある領域で働き続けるために、セカンドキャリアとして介護を提案できる素地を作る。そのため、今後のシニアプランを考える準シルバー世代に短期で覚えてもらうために、いつでもどこでもアクセスしてVRでアセスメントして学べるシステムをしっかり作っていきたいという。

 アナログが普通の環境をどうやって意識変革していくのか。進んだ先に産業の未来があるように見通しながら、産業の高度化に向けて、一歩一歩着実に歩を進める動き。特にDX化は、大手法人は大掛かりなシステム変更等で対応できることでも、日本の大半を占める中小企業ではそうはいかないことが多い。デジタルと専門性をコーディネートする人材の必要性は介護に限らず、どの産業でも言われるところだ。東日本国際大学の取り組みから学ぶべき点は多い。


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(文/鹿島 梓)


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